日本リーダーパワー史(497)日本最強の参謀は誰か-杉山茂丸❼人は法螺丸、自らは「もぐら」と称して活躍した破天荒な策士①
日本リーダーパワー史(497)
<日本最強の参謀は誰か-杉山茂丸>❼
人は法螺丸と呼び、自らは「もぐら」と称して政治・外交・戦争
の舞台裏を生きた怪物・破天荒な策士・杉山茂丸の黒子人生①
日清・日露戦争をはじめ明治政府の国家的プロジエクトの陰で
伊藤博文や山県有朋ら元老や巨頭を自由自在に操った
神出鬼没の大黒幕
<月刊「歴史と旅」(1998年4月号)に掲載>
           前坂 俊之(ジャーナリスト)
 杉山茂丸は明治、大正、昭和の財界の裏面で活躍した桁外れのスケールの人物である。
 
 日清・日露戦争は杉山の舌先三寸と指先のさじ加減一つで、自在に操られたといわれる。明治、大正の政治、外交、戦争の舞台裏には必ず彼の影があった。
 日本ばかりでなく、明治期の世界的な事件、特に韓国、中国、ロシアに関する事件にも深くかかわっており、歴史を動かした破天荒な怪物である。

 
 常識破りの発想と機略縦横、大胆不敵な行動力、圧倒的なスケール、その雄弁と構想の大きさから、世間では「茂丸」をもじって「法螺丸」「ホラ丸」と呼んだ。その雄弁、座談の巧さは当代随一であった。
 
 杉山は「怪人」「怪傑」「魔人」「政界の黒幕」「軍師」「天下の浪人」「国士」「懐刀」「参謀」「策士」「政治家の人形使い」など様々な呼び名がつけられた。
 しかし、杉山は自らを「もぐら」と称して、政治の表面に名をだすのを嫌い、もっぱら黒子に徹して地下工作を専門としていた。
 彼が、歴史の正史に登場することは稀であった。しかし、歴史に大きな役割を果たしたことは間違いなかった。
 杉山は元治元年(一八六四)に筑前福岡に生まれた。父・三郎兵衛は黒田藩の諸藩応接役で長州征伐以来、高杉晋作と連絡をとり、東奔西走していた。
 没落士族の子だった杉山は早くから自由民権思想を信奉し、ルソーの「民約論」に大きな感化を受けた。薩長藩閥の打倒を念願し、明治十三年(一八八〇)に上京して政治運動に身を投じた。
 杉山によれば、真の国士とは「四たい病」を根治した者である。
 
「長生きしたい、金をもうけたい、手柄を立てたい、名誉をえたい」
 
の四つであり、「命はいつでも投げ出し、貧乏も平気で、縁の下の力持ちで、悪名ばかりとる」が杉山の信念となった。
 
 暗殺団の親玉
 21歳となった杉山は「福岡藩に人物なし」として、熊本の佐々友房を訪ねた。佐々は西南戦争では西郷軍に加わわって戦い、捕まって懲役刑をくらい、熊本に引っ込んで教育家となっていた国士である。
 見ず知らずの杉山はひどい貧乏暮らしの佐々に藩閥打倒を呼びかけて議論を吹っ掛け、意気投合した。その上、二百円の借金を申し込んだ。佐々は一銭も持ち合わせはなかったが、意気に感じて駆けずり回って翌日、百六十円を都合した。杉山は借金の抵当として、自分と政府高官の生首二つを差し出す約束をして、テロリスト資金に充て、上京した。
 杉山はフランス革命時のジャコバン党にならって「国を傷つけ民を惑わすものは、最終的には生首を掻き切ってしまう」を主義綱領とした「首浚組」(くびさらいくみ)を組織し、その棟梁、暗殺団の親玉を自認して、薩長藩閥の巨頭たちをターゲットにしてつけ狙っていた。
 このため、杉山は警視庁から危険人物として追われており、「迫害はやめろ」と後藤象二郎から紹介状をもらって、総理大臣伊藤博文らに不満を持っていた黒田清隆に面会を求めた。
 1884年(明治17)12月、黒田に会った杉山は「酒を飲んでおられますか」と、まず先制パンチかました。杉山21歳で黒田は倍以上離れた45歳である。黒田は妻を酔って殺したとの噂があるほどの、大変な酒乱で聞こえおり、飲んでいるのかどうか念を押したのであった。
 「私は貴下がごく正直で、精神の正しい御方で、私の申し上げることを聞いてくださる方と思って来ましたが、一方で酒を飲んで乱暴される御方とも聞いています。酒の力をかりねば乱暴できぬような卑怯な方と真面目な話をするのは無駄でございます。元来、私も乱暴者でございますが、一滴も酒を飲みませぬ。故に、私の乱暴は始まったら止む時がございません。酒の力で始まる乱暴は酔いがさめると止まりますが、私のとは相撲になりませぬ」
 と杉山一流の憫喝をまじえながらの理詰めの弁舌で、「藩閥官僚は政権の詐欺師である」ととうとうと弁じ立てた。
黒田もさすがの大物、「後藤も面白い男を君介したものじゃ。よろしい。今日は洒なしで話をしましょう」といっぺんに杉山が気に入り、迫害をやめるように伊藤に取り次ぐことを約束した。
翌明治二十年一月、杉山は山岡鉄舟の紹介状をもらって、伊藤を首浚い第1号にしようと出かけた。
 紹介状には「この田舎者は半端な政治思想にとらわれて閣下に怨恨をもっていますが、他日、国家のお役に立つと思いますので引見して説諭してください。ただし、凶器を所持しているのでお気をつけ下さい」とあった。
 伊藤は殺しにきた杉山に、護衛もつけず単独で面会した。杉山は凶器こそ持っていなかったが、荒紐を体に縛って、これで首を絞めて殺すつもりであった。
 ところが、初めてみた伊藤は想像以上に貧相で小柄な老人であり、これなら素手で縛り殺せると思った。
 杉山は九ヵ条の罪状を突きつけただしたが、伊藤は一つ一っていねいにすべて答え、「君が私を殺して国事の汚点が晴れるなら結構だが、これは不可能だ。互いに命を大切にしてお国に尽くしたい」とこんこんと諭した。
 杉山は自らの不明を恥じて、逆に伊藤に心服して政治に開眼するきっかけとなった。このあたりは坂本竜馬が勝海舟を暗殺しようとして、逆に弟子となったのと全く同じケースである。
日本リーダーパワー史(480)日本最強の参謀は誰か-「杉山茂丸」の交渉術⑥ 
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