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『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』⑯「朝鮮で起きた騒乱(甲申事変)」(「ノース・チャイナ・ヘラルド」

      2015/01/01

 
 
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史
日中韓のパーセプションギャップの研究
 

日中150年戦争のルーツは中国が冊封体制によって属国としていた
『琉球王朝』(日中両方に朝貢していた)を明治維新
後に一方的に「琉球処分」して、日本が沖縄県に編入したことが
対立の発火点なのである。

中国が世界の中心であるという「中華思想」「冊封体制」韓国のこれに服属し

た『事大主義』対「西欧近代主義に転換した明治日本」との対立の構図である。
 これが「壬午事変」(明治15年)「甲申事変」
(明治17年)とエスカレートして、「日清戦争」(明治27年)へと爆発する。
 
この三国関係の外円には西欧列強の英国、フランス、ロシア,アメリカ、ドイツ
が加わって中国、日本、朝鮮をターゲットに19世紀の帝国主義的領土、
経済利権の分捕り合戦、戦争が繰り広げられたわけである。
現在の日中韓の対立、紛争の発火点もここにある。
以下の記事を読むと、最近は全く頓挫しているが北朝鮮をめぐる「5ヵ国協議」
を思い出す。

 朝鮮で起きた反乱(甲申事変)は,

 
 

 
<壬午事変>
 
        1885(明治18)年114
   上海英国紙「ノース・チャイナ・ヘラルド」
 
 
「朝鮮で起きた騒乱(甲申事変)」(仁川通信員記事)

今月15日,私はソウルから当地に移った。われわれは6日.九死に一生を得たのだ。午後1時,もう1人の在留外国人と私は,イギリス公使館に行く途中,日本公使館に立ち寄った。3時半,王宮で中国軍と日本軍との間で撃合いが始まった。そのときわれわれの脳裏をかすめたのは,もし日本人が負けたとしたら,日本公使館もそれほど安全な場所ではなくなるだろうし,その上,もしわれわれがとどまって日本人の手助けをしたとしたら,その後めんどうなことになるかもしれないということだった。
 
そこでわれわれは家族と召使(日本人)を護衛しながら町を通り抜け,アメリカ公使館へと向かった。道すがら興奮した群衆の中を通り抜けたが.われわれのもっていたライフルが恐ろしげだったのだろう。
近くに寄ってくる者はいなかった。われわれは無事目的地に着いたが,もし日本公使館を出る時刻が30分遅かったとしたら,決してたどり着けなかっただろう。
女性1人.子供3人を含む日本の一般人35人が通りや郊外で殺された。おそらく帰宅途中に殺されたのだろう。その夜・中国人(兵士ではない)が彼の家に押し入り,妻は10人の男に強姦された。その後中国人は子供たちを殺そうとしたが,ちょうどそのとき家に入ってきた別の中国人がそれを押しとどめ,自分の家へ連れていった。翌朝,一家の者は中国軍に付き添われてアメリカ公使館に連れてこられた。
 
は日本にいる。王宮襲撃の際,朝鮮軍兵士の中には中国軍と行動を共にしていた者がいくらかいた。日本側の死者は2人,負傷者5,6人,中国側の死者は40ないし50人.朝鮮側は多数の死者を出した。通りでの殺害のほとんどは朝鮮人の手によるものだ。王宮の大部分が焼けた。殺された日本人のほとんどが裸にされ体を切断された。磯林という士官は測量をしていた。彼は死をかけて公使館へ行くことを決意し,若い相棒と共に直ちにソウルに向かった。2人は門のところまでやってきたが,朝鮮人の暴民に襲われた。磯林は刀で7人殺したが,両名とも殺害された。2人の遺体ははあまりにもばらばらに切断されていたため、やっと確認できたほどだった。心臓までもえぐりとられていた。
 
 土曜と日曜の夜,町は興奮のるつぼと化した。銃.槍.こん棒,弓矢などで武装した大勢の人々が行進し.大かがり火がたかれた。だれもが叫び声をあげていた。公使館にいたわれわれは絶えず十分な武装をし,門やその他の場所で警戒にあたった。
 
2つの公使館に派遣された4人の日本兵のはかに,アメリカ公使館には男女合わせて22人はどの日本人がおり,われわれは・朝鮮兵が彼らを襲おうとするのではないかと恐れた。月曜日,公使館は約20人の中国兵によって警備を強化されたが,このことはわれわれをますます不安にさせた。日本人全員を男女別々の部屋にかくまい,中国人が歩き回らないように,そして朝鮮人から日本人の居場所を聞いたりしないように気をつけなければならなかった。
 
 月曜日の午後,日本人全員が婦女子を真ん中に整列して公使館から出ていった。兵士たちは道を開けさせるため,通りに向かって発砲し続け,大勢の人々を殺傷した。
 
王宮にいる中国人あるいは朝鮮人が,日本人めがけ大砲3発とマスケット銃を発射したはかは.だれも彼らを止めようとする者はいなかった。
ライフルの銃弾によって負傷したのは1人だけだった。日本人全員,公使や女性さえもが歩いた。弾薬をポケットに詰め込まなくてはならなかったので,彼らは一切合切お金や貴重品までも後に残してきた。
女性と子どもは直ちに船で長崎に送られた。南門は中国兵が見張をしていたので,日本人は西門から町を出た。彼らの中には50人から60人の大工がいたので,斧で手際よく門を壊したのだ。
 
 現在.ソウルではすべてが静穏なように見える。店は開いているが,大勢の人々が続々と町を離れている。まだ決着はなにひとつついていない。2人の日本人使節がやってきて.会合や協議が毎日開かれている。
 ァメリカ公使とイギリス総領事は当地に移ってきた。ドイツ総領事は数日前エスポワール号で発ち,フート将軍は現在オシッピー号に搭乗している。フート夫人は先日トレントン号で長崎に向かった。現在の軍艦数は日本が2隻,イギリス,アメリカ.ドイツが各1隻ずつだ。
 閔泳イク(立つに羽)の傷はそのうち治るだろうが,敗血症が気づかわれている。ソウルでは自白あるいは金を引き出させるため.捕らえた者を片っ端から拷問にかけるのに大わらわだ。今度の暗殺事件の首謀者との嫌疑をかけられている金玉均はいまだに消息不明だ。(仁川,12月26日)
 
 
済物浦通信員記事
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ソウルで最近起きた報復行為ならびに大量虐殺を調査するため,日本から外務卿井上伯爵,高島将軍,樺山提督などから成る委員会が到着した。委員会の目的は朝鮮政府だけでなく.当地の中国代表-もし彼らがこの事件について交渉する権限を政府から与えられているとしたら-と話し合うことだ。権限が与えられていない場合.委員会は北京へ赴くことになろう。
   日本から2個大隊と4隻の軍艦が到着・済物浦の町は戦場のような様相を呈している。当地にはロシア,イギリス,アメリカの軍艦も停泊している。
  井上伯爵は一両日後.ソウルに向けて出発する予定であり、平和か、戦争かという問執ままもなく決着がっくだろう。しかし日本が朝鮮に宣戦布告するとは思えない。どちらかというと,中国と戦争をする可能性の方が高い。(済物浦,1月2日)
 
 
 
 

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