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百歳学入門(65)「女性芸術家たちの長寿・晩晴学④」―石井桃子、武原はん、宇野千代、住井すゑ

   

百歳学入門(65)
 
女性芸術家たちの長寿・晩晴学④
石井桃子、武原はん、宇野千代、住井すゑ
 
前坂 俊之(ジャーナリスト)
 
●明治時代の平均寿命は50歳ほどですから、90歳近くまで活躍したという長寿者は、寿命ののびた現在では100歳以上となりますね。数少ないですね。結局、時間的に長生きしたというよりも、晩年に何をしたか、人生の質が大切なのはいうまでもありません。晩年学よりも『晩晴学』こそ大切です。
 
 
★☆<女性のほうが長寿であり、現在の日本のセントナリアンの人たちの80%が女性ですが、やっぱり女性のほうが元気で長生きですね>

 
●児童文学作家、翻訳家の石井桃子(1907年3月―2008年4月) 101
 
「クマのプーさん」「ピーターラビット」の絵本シリーズや「ちいさなうさこちゃん」「ノンちゃん雲に乗る」『幻の朱い実』などで知られる児童文学作家、翻訳家の石井桃子(1907年3月10日―2008年4月2日) 101歳もすごいね。
88歳で読売文学賞受賞、90歳で芸術院会員になっていますが、児童文学、翻訳文学界の最長老ですね、東京子ども図書館理事長の松岡享子は石井について「大げさなこと、仰々しいことが何よりおきらいで、静かなこと、小さいこと、日常に根をおろした笑のあることを徹底して大事にしておられる」という。静かなこと、小さいことを大切にしながら、コツコツやっていると、いつの間にか大きな収穫をもたらし、気がつけばセンとナリアンになっていたということでしょう』
 
●日本舞踊家の武原はん(1903、明治36-1998、平成10年)95歳は日本代表的な美人。
 
武原はん(1903、明治36-1998、平成10年)95歳。日本舞踊家山村流地唄舞の家元、日本舞踊協会参与など。藤間勘七郎、西川鯉三郎、尾上菊之丞らに師事、自らの芸風を確立。芸術祭賞はじめ紫綬褒章に輝く。
句集「小鼓」や随筆も。徳島県身。
 
『日本舞踊の第一人者だった武原はん(1903―1998、95歳)日本美人の代表で、最後までその優雅な女舞は輝いていました。「上方地唄舞」を東京を中心に根付かせ、その凛とした舞は『一幅の錦絵』『動く浮世絵』とまで讃えられました。

 

 
「鏡は自分の舞姿も心も映ります」と鏡を「大鏡神様」と呼び、毎朝、線香とろうそくを立てて拝みながら、80,90歳の高齢になっても、毎朝から二時間、三時間も稽古し、「芸術に完成はありません。死ぬまで稽古です」と語っています。
 
美容と健康への執念は最後まで衰えず、朝起きると固いタオルにうすいノリを張って皮がむけるほど強くこすりながら頚まで丹念にマッサージです。そのあと、順次指圧も自分でしていたという。
 
以下は「著名人のわたしの健康法」(社会保険新報社、昭和56年)からの転載で、武原77歳の時のインタビューである。
 
「私は、若いころから健康だった。しかし、芸者、料亭経営、舞踊家と、夜遅くまで働かねばならない商売がら、健康には気を配っている。特に、太平洋戦争の直後は、私も四十歳を過ぎたので、人から聞きづてに、その当時流行した電流の通じたベッドを買い込んで寝たものだった。
 
それは血液の循環がよくなるというふれ込みだったから。その後、さらに血行をよくする目的で、風呂の中にかくはん装置を取りつけたりもしてみた。
 
 そうかと思えば、深川のお不動さまの行場で水を浴びるといいと聞かされて、寒中に六十杯の水を浴びる荒行も経験した。あの時は荒行のあとに入浴しても、なかなか体が温まらず全く途方に暮れたものだった。
そのほかにも、木曽の御嶽さんでの滝行にも出かけたことがある。しかし、三十八年に肋膜を患ったところからやめさせられた。
 
無事に退院すると、私は手持ち無沙汰で仕方なかった。それからは二日の仕事が終わって入浴したあと、家の広間で真向法と竹踏みを始めた。これは大変に爽快で、現在も毎日欠かさず続けている。
 
こうして寝室に入り、日記をつける。そしてお経をあげてから床に入ると午前二時である。すべてを終えた後は、実にすがすがしい気持ちになれ、眠りにつくことができる。
 私の生家は、四国の徳島で、代々真言宗である。父母が大変に信心深く、そのせいで私も信仰心は厚い。毎日お経をあげるほか、写経もしている。写経は般若心経と南無妙法蓮華経をカルタぐらいの小さな紙に二十行ぐらい書く。
 
これを七年間続けている。そのほか色紙や紺紙にも書き表装して保存している。というわけで、私は信仰は好きだが、いわゆる盲信家ではない。世の中には、よく信仰にこり固まって、病気になってもお祈りに励めばお医者さんにかからないでも大丈夫という人がいるが、私はそんなことはしない。
 
 信仰というものは、精神衛生上結構だと思う。精神衛生といえば、俳句はとてもいい。戦前、大阪にいたころ、私は朝日新聞の俳句欄に投稿、それが入選してから病みつきになった。東京へ来てからは、高浜虚子先生のもとに入門した。
 
そんなわけで、仕事がうまくいかなかったり、何かクサクサする時でも、お経をあげて季節に合った俳句を作ったりすると、気分がほぐれてくる。私は今年、喜寿77歳迎えた。
 
数年前に「寿(ことはぎ)の八十路の春は何舞わん」という句を作ったが、私の尊敬する平櫛田中先生が百七歳になられてもお元気で制作されていたのを拝見して「負けてはならない」と思った時の句である。これから先、百歳まで舞うのが私の望みである」
 
 
●『91歳でベストセラー自伝『生きていく私』を出した宇野千代(一八九七―一九九六)
は美人作家で恋多き女性で、その人生は波乱万丈ですね。
 
大正十一年、25歳で作家の尾崎士郎と結婚したが、尾崎が新しい女を作っで離婚。こんどは画家の東郷育児と同棲するがこれも東郷の女問題で離別。この愛と別れを『色ざんげ』などで作品化して一躍有名に。次は新聞記者・北原武夫(その後作家)と結婚した。
 
これまた北原の不倫で破綻、離婚したという波乱万丈そのもの。80歳過ぎてもいつも美しい和服姿で、ほんのり薄化粧をして年寄りの感じが全くしない。最後まで美しく、明るく可愛い人で、その精神の持ちよう、健康法も並ではなかった。
 
八十三歳のとき、広いマンションの最上階に住み 寝室も書斎も台所もかねただだっ広い開けっ放しの二十畳ほどの広さの部屋で、執筆し、執筆の合間に毎日決まってこの中を1,2万歩歩く。徹夜マージャンも平気というから、スーパー女傑である。
 
食事の時間も朝が七時、ヒルが十二時、夜が五時。間食は一切しない。食事は自分で作って、片づける1人暮らし」ヨーイドン教の教祖だと冗談をいっては笑わせる。
 
「何事も、くよくよしないこと、いつもヨーイドンの姿勢をとっていること。トシのことは一度も考えたことなんかないわ。イヤなことがあってもすぐ忘れ、気持ちが明るくなります。失恋したって、くよくよしないから別の男がすぐ見つかるのよ。もう一度結婚したいと思っているのよ」と明るくおっしゃる。この年、『生きて行く私』を新聞に連載して100万部突破する大ベストセラーを出し、宇野千代ブームを起こした。
 
「私はなんだか死なないような気がするの」が口癖だった彼女は1996年六月、九十八歳で亡くなった』
 
 
 
●大作『橋のない川』を書いた住井すゑ(一九〇二~一九九七、95歳)
 
は九十一歳で 部落差別との戦いと人間の尊厳を歌い上げた長編小説『橋のない川』を書き続けている。執筆を開始したのが 大作『橋のない川』を書き始めたのは、五十五歳の時である。
 
60歳前の19六一年(昭和三六年)、23年かかってその第七部まで完成させたのが八十一歳の時。第八部に取りかかったのが九十二歳の時です。
 
 しかし、実体験のない彼女には、この作品を書くことは大変な苦労があったようですね。現地に取材に出かけ、体験者や学者から教えてもらう、勉強の連続で、タイトルについて、こう語っていますね。
 
「被差別部落との関係を文字にあらわしたら、『橋のない川』になるんだよ。行きたいけれども、川があるんでおたがいに渡れない。橋がないからこっちへこれないし、むこうへ行けないね。それは理屈抜きで、一枚の絵だな」と』
 

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