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『Z世代にための日本文学者列伝(動画あり)』★『 直木三十五は「芸術は短く、貧乏は長し」と詠んで『直木賞』に名を残した。』★『借金の天才の「借金取り撃退法はダンマリ作戦」』★『流行作家となり、湯水のごとく原稿料を散財した、 無駄な出費が大好き』

   

お笑い日本文学史」記事再録/再編集

直木三十五(なおき・さんじゅうご)/ 1891~1934年)作家。大正12年創刊の「文藝春秋」に文壇ゴシップを連載。昭和5年に『南国太平記』で一躍ベストセラー作家に。同7年にファシズム宣言をして話題になる。間もなく急死。親友の菊池寛が 同10年に直木賞を作った。

文学賞で最も有名なのは「芥川賞」と「直木賞」である。「芥川賞」は芥川龍之介から、「直木賞」は昭和初期に大衆小説で鳴らした直木三十五を記念して、親友の菊池寛が作った。その直木三十五は本名・植村宗一。

「時事新報」(日刊紙)に短評を書き出したのが31歳だったので、これをペンネームにとり、「植」の字を二つに分解して「直木三十一」とした。以後一年ごとに、名を年齢どおりに変えていき、35歳になった時にやめた。このため、直木三十五となった。

直木は1905(明治38)年、大阪の市岡中学校に入学した。本好きの直木は、手当たり次第に本を乱読、できたばかりの府立中之島図書館へ通いつめた。本を読みすぎて成績は下がる一方だった。

ある時、試験で答案の文字が小さいと注意された。直木は次の試験の際、ワラ半紙をたくさん持ち込んで、一枚に一字ずつ大きく書いて出した。弁論大会でも「試験亡国論」をぶって、問題となり、退学寸前になった。

1911(明治44)年、直木は早大英文科予科に入学した。一学期が終わると、高等師範部にかわったが、間もなく学費滞納のため除籍された。

大正5年、早大で同窓生の卒業式が行われたが、その日、直木は級友の青野季吉(文芸評論家)に頼んだ。「大阪でオレの卒業の日を楽しみに待っているオヤジを、なんとか安心させてやりたい」とそう言って、卒業記念写真の撮影が行われる寸前、直木はその中にもぐり込んで、首尾よく卒業生と一緒の姿を撮影、父親に送って親孝行した。

売れっ子作家になるまでの直木には、借金の山があった。このため、借金取りには慣れっこで、独特の〝金貸せ、借金取り撃退法″をマスターしていた。

その方法の一つはダンマリ作戦。

借金取りが次々に訪れると、どんなに文句を言われても、責められても〝沈黙は金″のダンマリ戦術を何時間も続け、半日でも、一日でも無言のまま。

借金取りはしゃべりつかれて、一人、二人と次々に退散。そのうち、ダンマリを続けていた直木が初めてポッリと口を開いた。

「腹がへった。金を貸してくれないか。何か食おう」

これには、さしもの借金取りも二の句が告げず、「あんまりバカにするなよ!」と捨てゼリフをはいて立ち去った。

大晦日でも、借金取りが自宅前の路上で夜通したき火をしながら、直木が帰るのを待っていたというから、スゴイ。こうした金欠病、一文なしのはずなのに、直木の浪費グセはまったくケタ外れだった。流行作家として稼ぎまくり、湯水のごとくつかい、亡くなった時、遺産は全然なかった。

当時、日本にはたった一台しかないといわれた派手なオープンカーに、それも真冬に外套はもちろん、エリマキ、帽子もかぶらずブルブル震えながら、諷爽(さっそう)と(?)乗り回しては、一人悦に入っていた。

ある時、それほど親しくない芸者と一緒に銀ブラをした。ショーウインドーをみて芸者が「アラ、ステキなダイヤの指輪ね」とタメ息をついた。

直木はさっそくその店に入り、その指輪をサッと買って、芸者に渡した。芸者はポカンとして、直木の顔をみつめていたのを、通りがかった友人が目撃した、という。

そうした直木を見習ってか、長女・木の実も昭和初期のころ、日曜日には直木が必ず泊っていた菊富士ホテルにハイヤーを呼び、丸一日、乗りまわし遊び回っていた。木の実が10歳の頃である。

「お父さんにしかられないの」と聞くと、「平気よ!」と上野公園やら、浅草やら一日中乗り回して、月末には相当のハイヤー代となったが、直木は小言一つ言わなかった。

直木は性格的に過激なところがあった。それが突出し、露悪趣味の冗談の裏返しから出たのが「ファシズム宣言」であった。昭和7年1月の読売新聞に、「ファシズム宣言」を発表し、一躍評判になった。

「ぼくが1932年より1933年までファシストであることを、万国に対し宣言する。……ぼくの『戦争と花』とをファシズムだとか-君らがそういうつもりなら、ファシストくらいにはいつでもなってやる。それで、一、二、三、ぼくは、1932年中の有効期間を以て、左翼に対し、ここに闘争を開始する。さあ出て来い、寄らば斬るぞ。どうだ、怖いだろう、と万国へ宣言する」

ある随筆で、直木は「おれの生まれる時、母のヘソの穴からのぞいてみると、薄っぱげなオヤジがいて、オヤオヤたいへんなボロ家だナ、とあきれたもんだ」と書いているが、この通り終生、貧乏から抜け出せなかった。

「芸術は短く、貧乏は長し」-直木が詠んだ文学碑が横浜市富岡に建っている。

直木の金づかいは一風かわっており、必要なものには金を出さず、ムダなところには惜し気もなく、金を使う主義であった。神奈川県富岡に、2万円もする豪邸を建てたが、窓ワクだけに何と千数百円も投じた。友人から金を無心されると、イヤとは言わず心よく応じた。

1934(昭和9)年2月14日、直木は44歳で亡くなった。『東京朝日』は3月9日付の朝刊で直木の遺産についての記事を載せ、「文壇一の借金王」と名づけた。その記事によると-。

「直木氏は湘南富岡に2万円もかけて新居を建てた。4000円もする志津三郎兼氏の名刀を手に入れた。好きでも何でもない芸者に、数百円もするものを惜しげもなく買い与えて喜んだり、女でもどうかと思う2、300円もする三面鏡を三つも座敷に置いて、一人で悦に入っていた。汽車に乗ればボーイに与えるチップに日本一ぶりを発揮……」といった具合。

友人代表の菊池寛が借金を調べ上げたところ

(1)富岡の家の借金    4000円

(2)三越、松屋、高島屋へ 2000円

(3)料理屋        1000円

(4)日本刀        8000円

など借金の山。直木の死ぬ直前の原稿料や、香典合計4000円を差し引いても、とても払いきれない。このため、菊池は「直木三十五追悼号」や全集を計画、残された家族のために何とかする方策を考えた。

「立てた豪邸にほとんど住まなかった」

大正の末から昭和の初めにかけ活躍した大衆作家の直木三十五の富岡の旧宅(跡)の門前に、 昭和35年に横浜ペンクラブにより建てられた文学碑(「芸術は短く貧乏は長し」)があります。 彼の墓は現在、長昌寺にあり、命日の2月24日前後の休日に、 代表作「南国太平記」にちなんで「南国忌(なんごくき)」の名称で、 彼の供養と直木賞作家等の講演会が毎年開催されています。

なお、直木賞は大衆文学における彼の先駆的功績を記念して、親交のあった菊池寛により昭和10年創設され、現在、毎年春秋の二期、新進、中堅の作家に授与されています。

 

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