世界史の中の『日露戦争』⑫ 『日露戦争開戦―日本の奇襲はロシアに打撃』<開戦3日目>—英国『タイムズ』
2016/03/03
⑫英国『タイムズ』米国「ニューヨーク・タイ
ムズ」は「日露戦争をどう報道したか」⑫
『日露戦争開戦―日本の奇襲はロシアに打撃』
<世界は日本が相手の最強の要塞の砲台の真下で迅速果敢な
攻撃を行ったことに感銘を受けた
<英国『タイムズ』1904(明治37)年2月10日<開戦3日目>—
極東で始まった大戦争の第一撃が加えられた。アレクセーエフ提督からロシア皇帝にあてた電報が昨日ペテルプルグで発表されたが,それによると月曜日の真夜中ごろ,旅順でロシア艦隊に対し日本の水雷艇の奇襲攻撃が行われ,戦艦ツェザレヴィッチおよびレトゲィザン,巡洋艦パルラダに「穴」が開いた。
損害の程度はまだ確認されていないと同提督は言うが,本紙通信員の1人が送稿し,ここに引用したばかりの電報の最後の方に見られるように,日本の魚雷でいくつかの穴が開けられたことは認めており、すべての現代の海戦の経験によれば,こうした兵器により被った損害はきわめて重大である可能性が強い。
パリ経由で届いたもう1通のペテルプルグ電報によれば,パルラダはすでに沈没した。ニューヨーク発の電報は,攻撃時に旅順に停泊中で,チーフーに去ったアメリカの汽船の経験を伝えている。真夜中直前に魚雷のショックを感じ早朝まで続いたという。夜が明けると・損害を受けた戦艦2隻と巡洋艦1隻が港の入口に横向きに擱座しているのが見られ,日本艦隊はしばらくの間,3マイルの距離から艦船と要塞に対し砲撃を続けていた。
ロシア側の3隻の大破の結果,さしあたり旅順の未完成のドックのきわめて不十分な修理施設はいっぱいとなろう。
日本の奇襲攻撃の精神的な影響は強調するに余りある。それはロシアの陸海軍の間に深刻きわまる打撃となったという。それに劣らず世界全体もまた,日本が相手の最強の要塞の砲台の真下で迅速果敢な攻撃を行ったことに感銘を受けた。
日本側に対しては,この緒戦の成功は,大胆な攻撃の敢行による勝利ならではの励みと自信を与えるだろうし,与えられたからには,それは戦争で強壮剤の効果を持つ。
一方,ロシア艦隊も,国民的勇気に事欠かないから,これで奮起して,威信回復にすべての神経を集中するだろうことも間違いない。このロシアの敗北がアレクセーエフ提督により世界に発表されたことに,劇的な意味がある。
ロシアの初代極東総督の彼こそが,ひたすら野心的な進言を行って,ロシア政府をあの無謀な侵略政策に乗り出させたと信じられており,それが今や戦争の裁決に問われているわけだ。
ロシアの軍艦は,明らかに哨戒艇からの警報が手遅れで,魚雷に対して無防備のまま,満州におけるロシアの大要塞の真下の停泊地にいたところを襲われ,なすすべもなかったが,そこから,自己の準備能力以上のことを行い,将来の敵の勇気と能力を最初から見くびっていた外交の報いが読み取れるようだ。
旅順におけるこの戦闘の当面の戦略上の結果も,その精神的効果に劣るものではない。本紙はここ数週間,折に触れて陸海の軍事情勢の解説を掲載してきたが,それらを追ってきた読者なら,海軍力においては,両軍に不均衡はなかったことに気づかれたことだろう。
日本は確かに,戦艦と巡洋艦の装備の均質性においてまさり,さらに最近の実戦の勝利という,計り知れないほど有利な経験がある。しかし,数の上では,月曜日の突然の交戦までは,日露の優劣はつけがたかった。
今や相違は重大である。ツェザレヴィッチとレトゲィザンはそれぞれフランスとアメリカで建造されたが,ロシア艦隊の中で最強の装甲と装備を持った鑑だし,またパルラダはかなり新しく,去年に極東に配属になったが,ロシアの防護巡洋艦の上位にあった。
もしこれらの戦艦が.その可能性はきわめて高いようだが,永久に戦闘不能になったなら,ロシアが日本艦隊と艦隊戦を行うのは事実上不可能となろうと,本日掲載の本紙軍事通信の有意義な現状解説が指摘している。日本側は,月曜夜にかくも有効に始めた魚雷攻撃を,昨日,日が暮れてから再開した可能性もある。
連続攻撃は中国との戦争における日本海軍の際だった戦略的特徴だったからだ。一方で,日本が朝鮮で軍事行動を姶めたという確実な情報がある。ソウルの港である済物浦が占領され,その兵力は4個大隊だと信ずる根拠がある。
日本は現在までに朝鮮の首都も事実上占領したと思われる。
制海権をめぐる戦いが決着する前に日本が朝鮮の西海岸の中部に部隊揚陸を敢行したというのは,海軍力への少なからぬ自信を示すものだが,旅順のニュースに照らせば,日本はそれを企てる一応の根拠を持っていた。
取時点で日本艦隊がどこにいるかは分からないが-旅順から離脱中のところを中立国のある船が見ている-いずれにせよ,上陸地点に選んだ朝鮮の港と,300マイル彼方でロシア艦隊が停泊する大要塞とのほぼ中間にいると推定される。
ロシアがその敗北を真っ先に世界に公表したのは,特に日本側が-交戦に直接携わった海軍士官すら-夜間の攻撃の戦果をわずかの間に正確に知り得たとも思えなかったから,一見して奇異な感じもしよう。
だが政治的な理由からそうしたのは間違いなく,それが何かは,今日ペテルプルダから届いたニュースから推察することが可能かと思われる。
それによれば,ロシアの首都の住民は当然ながら不安を強め,興奮を抑えているだけでなく,日本は宣戦布告をせずに攻撃したから,ロシアにだまし討ちを仕掛けたのだとして,憤激も募らせているという。
ロシア政府がアレクセーエフ提督の発表を許可したのは,そうした大衆感情が触発され.それだけ政府のためになる
ことを事前に承知していたからだろうと疑わざるを得ない。またおそらく,ことさら慎重な言葉通いの発表を行うことにより,後にさらに深刻なニュースが来た際に及ぼす印象を軽減しようとの意図も秘めていたかもしれない。
いずれにせよ,ロシアが日本の思いがけぬ敏速な攻撃を騒ぎ立てようとしても,無理と言うほかはない。戦闘開始の前に正式な宣戦布告が行われる例は,近代史においては,割にまれだったのだ。
ロシアはどの道,その伝統を守るどころか,破るのが常だった。ロシアはドナウ諸公国へ1853年に出兵するに先立ち,宣戦布告をしなかったし,1877年にも,ロシアはその先頭部隊がブルート川を越えた後に初めて詔勅を発し,その行為を外交的に正当化しようとしたのだった。
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