前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

<恋愛の日本史・山本五十六-「提督の恋」>「うつし絵に 口づけをしつつ幾たびか 千代子と呼びてけふも暮しつ」

      2015/11/12

2009年5月                       「ニッポン奇人伝」に掲載
 
 山本五十六-「提督の恋」「うつし絵に 口づけをしつつ幾たびか 千代子と呼びてけふも暮しつ」
前坂俊之(静岡県立大学国際関係学部教授)
 
(やまもと・いそろく・1884-1943)海軍大将。新潟県生まれ。アメリカ駐在(ハーバード大学)、赤城艦長、航空本部長、海軍次官を経て昭和十四年に連合艦隊司令長官に。親英米派で日独伊三国同盟に反対、真珠湾攻撃を実行。十八年四月十八日ソロモン上空で米機に撃墜され戦死。
 
  1941(昭和十六)年12月8日未明。真珠湾攻撃の成功に日本中がわきかえり、山本五十六連合艦隊司令長官は一躍、国民的英雄となった。山本長官のもとには、全国から手紙が殺到した。その中で、山本が一日千秋の思いで、待ちこがれていた一通の手紙があった。
 
愛人、河合千代子からのラブレターであった。
「方々から手紙が山のごとく来ますが、たったひとり千代子の手紙ばかりを朝夕恋しく待っております。写真はまだでしょうか。」(十二月二十八日付)
 国の運命をかけた作戦指揮の最中、山本の心に去来していたものは、千代子への熱い思いであった。山本はこの頃、五日とあけず、せっせと千代子へラブレターを書き送った。
 
千代子からも、「呉局気付、軍艦『長門』山本五十六様」と、折りかえし手紙が届いた。水兵たちも心得ていて、厚さ二〇センチにもなる手紙の一番上に、千代子のものをのせて持ってくる。
 
 「オウ、どうもありがとう」と山本はうれしそうに礼を言う。千代子の手紙がない日は、不機嫌だったという。山本は司令長官室で千代子の手紙の長さを、一生懸命に測っていたというから、何ともほほえましい。
 
  山本が初めて「梅龍」の芸名を持った新橋芸者・千代子を知ったのは、昭和八年夏である。もともと、山本は新橋の花柳界ではモテモテで、両手の指が八本しかなかったことから、〝八十銭〃のアダ名で親しまれていた。山本の妻はよく気のつく山本とは、正反対の質実剛健な女性で、家庭的には冷え切っていた。
 一方、、千代子はこの道に三十歳近くで入った、薄幸の女であった。似たもの同士で、愛情が深まったのである。昭和十二年に千代子は芸者から足を洗い、料亭の女将となった。東京芝神谷町に家を構え、山本に負担をかけまいと、ここを逢瀬の場にした。
 〝Ⅹデー〃(12月8日)を前に、山本は広島県呉市から上京、多忙な公務に追われながらも、寸暇をさいて千代子と銀プラを楽しんだ。ダンディな山本は、会う時はいつもバラの花を持っていた。別れの際、「この花ビラの散る頃を見て下さい」とナゾの言葉を残した。
 
六千代子が鏡台に大事に置いていたバラの花ビラが散った翌日、開戦の臨時ニュースを聞いた。連合艦隊は約半年の航海の末、昭和十七年五月十日、呉に帰港した。山本は千代子に会いたいとしきりに電話をかけてきた。この時、千代子は肋膜炎で生死の境をさまよっていた。
千代子は山本に一目会いたい、と看護婦が止めるのも聞かず、死を賭して列車に乗った。 山本は呉駅でメガネとマスクで人目をはばかりながら、歩けない千代子を背負って、人力車に乗せた。千代子はこの時の別れを、「あなたはずいぶん強い力で、私の手を握って下さいましたね。どこまでも、私の手を離さないでつれていって下さいませ」と日記に書いた。
 ミッドウェーへ向かった山本から、折りかえし手紙が届いた。「私は国家のため、最後の御奉公に精魂を傾けます。その上は、万事を放耕して、世の中から逃れてたった二人きりになりたいと思います。「うつし絵に 口づけをしつつ幾たびか 千代子と呼びてけふも暮しつ」(五月二十七日付)
 
山本からの最後の手紙は昭和十八年四月二日付である。ガダルカナルを撤退しラバウルへ出発する直前に書かれたもので、遺髪が同封されていた。短歌も小さい紙に書かれていた。「おほろかに吾し 思はばかくばかり 妹が夢のみ毎夜見むい」
 
 四月十八日、山本は帰らぬ人となった。五十九歳。発表は一カ月以上伏せられ、六月五に国葬が行われた。山本から千代子へあてた手紙は、十年間に三〇センチ以上の高さになったが、国葬の前日、昭和十六年以降の分が海軍省へ没収された。
 その後、「全部焼却するように」との命令が下り、千代子は心に残る十九通だけを残して、あとは焼いた。別の軍人は千代子に「国葬の当日までに自決せよ!」と迫った。
 千代子は山本との愛を生きがいに耐え、戦後は沼津で料亭を経営。昭和二十九年四月十八日付「週刊朝日」が「山本元帥の愛人-軍神も人間だった」で二人のラブロマンスを報じるまでは、一般には全く知られなかった。
 まさしく〝提督の恋″であった。
 
 ●戦後、すぐ総理大臣となった幣原喜重郎は、米国大使時代に山本五十六が大使館付武官をしており、親しくしていた。ある時、幣原は大変参考になる本を見つけ、山本に「これを翻訳して、海軍省に報告したらどうか」と話した。
 その本は相当ぶ厚い本で、幣原は報告を書くには普通の人のスピードで、最低二、三週間はかかるとふんでいた。
 ところが、本を渡してわずか三日後に、山本は報告書を持ってきた。あまりのスピードに幣原が驚いてたずねると、「この内容は一刻も早く海軍省に報告した方がよいので、二日徹夜して仕上げました」と答えた。
 山本はこの間、飯も食べずに没頭したと言い、幣原がその報告書を読むと、実に的確なレポートで、精力絶倫ぶりにあらためて舌を巻いた。
 
●山本はお茶目な性格であった。大正八年、海軍少佐の時、米国へ行くため商船「諏訪丸」に乗った。船中で演芸会が開かれたが、外国人は次々に歌ったり、隠し芸を披露するが、日本人は誰も恥ずかしがってやらない。
 山本はサッと立ち上がって、手スリの上で見事に逆立ちして、会場から拍手喝采を浴びた。すぐその後、ボーイから大皿二枚を借り皿回しを始め、最後には両手に皿をのせたまま、宙返りして観客をうならせた。
 
 ●山本は当意即妙で、誰からでも揮ごうを求められると、すぐ応じた。赤城司令官時代に、ある会合で給仕をしていた婦人にはこう書いた。「男は天下を動かし、女はその男を動かす」山本五十六の恋文http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/essay/pdf/mochizukiyoshio02.pdf

 - 人物研究 , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

  関連記事

no image
日本リーダーパワー史(120) 明治の2大国家参謀とは誰でしょうか!?・驚くなかれ、杉山茂丸と秋山定輔だね

日本リーダーパワー史(120)  明治の2大国家参謀とは誰か・杉山茂丸 …

no image
日中韓異文化理解の歴史学(1)(まとめ記事再録)『日中韓150年戦争史の原因を読み解く(連載70回中1ー20回まで)★『申報、英タイムズ、ルー・タン、ノース・チャイナ・ヘラルドなどの外国新聞の報道から読み解く』●『朝鮮半島をめぐる150年間続く紛争のルーツがここにある』

  『中国/朝鮮行動学のルーツ⑦』中国紙「申報」の論説から 日中韓150年戦争史 …

no image
日本リーダーパワー史(128) 空前絶後の名将・川上操六⑲ 日清戦争前哨戦のインテリジェンスとは・・

日本リーダーパワー史(128) 空前絶後の名将・川上操六⑲日清戦争前哨戦のインテ …

no image
日本リーダーパワー史(48)名将・川上操六のインテリジェンス④藩閥・派閥を超えた徹底した人材抜擢法とは

日本リーダーパワー史(48)名将・川上操六のインテリジェンス④ <クイズ『坂の上 …

no image
日本風狂人伝(44)ジョークの天才奇才(2)内田百閒のユーモアとは・・『百閒(ヒャッケン)とはシャッキン(借金)』

日本風狂人伝(44)   ジョークの天才奇才(2)内田百閒のユーモア …

no image
日本リーダーパワー史(856)「国難突破解散」総選挙の結果は23日未明には確定する。」★『朝鮮半島有事と今回の3度目の冒頭国会解散の意味と歴史類似性を検証する』

  日本リーダーパワー史(856)   安倍首相が「国難突破 …

no image
日本敗戦史(42)「終戦」という名の『無条件降伏(全面敗戦)』の内幕<ガラパゴス日本『死に至る病』①

日本敗戦史(42) 「終戦」という名の『無条件降伏(全面敗戦)』の内幕— <ガラ …

default
『日本史決定的瞬間の現場を歩く』★『明治36年4月21日、京都「無隣庵」での伊藤博文、山県有朋、桂太郎首相、小村寿太郎外相の4巨頭に児玉源太郎内相、杉山茂丸の6者で『日露戦争を辞せず』と決定した。

★『日本史の決定的瞬間』★ 『明治36年4月21日、京都「無隣庵」での伊藤、山県 …

no image
日本リーダーパワー史(862)『日本の「戦略思想不在の歴史⑯』まとめ記事『世界史の中の元寇の役(文禄の役、弘安の役)6回』

 日本リーダーパワー史(862) まとめ記事『世界史の中の元寇の役(文禄の役、弘 …

no image
日本リーダーパワー史(402)●『原発廃炉国難に当たり<原発ゼロ>にリーダーパワーを発揮できるのは小泉元首相しかない

    日本リーダーパワー史(402) …