★『大爆笑、メチャおもろい日本文学史』⑤『アイヌ「ユーカラ」研究の金田一京助はメチャおもろい』講義は人の3倍の情熱、純情一直線の金田一先生』
2016/02/24
★『大爆笑、メチャおもろい日本文学史』⑤
「言語学者・金田一京助」
♡『アイヌ「ユーカラ」研究の金田一京助はメチャおもろい』
ー講義は人の倍の熱心さ、純情一直線の金田一先生』
前坂 俊之(ジャーナリスト)
金田一京助(きんだいち・きょうすけ)1883-1971。言語学者、文化勲章受賞者。東大、早大教授。学生時代からアイヌの叙事詩「ユーカラ」の研究をはじめ、北海道、樺太(サハリン)を実地踏査、アイヌ叙事詩「ユーカラの研究」を発表。石川啄木の中学時代からの友人であり、数多くの国語辞典の編纂でも有名。
ァィヌ語を研究し文化勲章を受賞した言語学者の金田一京助は言葉がていねいすぎて、女の言葉のようでおかしいと、家族からよく苦情が出た。奇行も多く、その点も重なって家族からバカにされることもたびたび。
そんな時、金田一は「他の人はわたしを神様のように尊敬しているのよ。エライと思わないのはお前たちだけなのヨ」と女言葉で怒って、ますますバカにされた。
金田一の講義はいつも長かった。授業でも終わりの鐘が鳴ってから二、三十分も延長するのはザラで、二時間の講演が三時間になったこともあった。
昭和二十九年五月、柳田国男ら四人と天皇の前で講義することになった。一人十五分ずつで最初に立った柳田は『日本人の起源』をピッタリ制限時間に終わらせた。
ところが、金田丁は話しているうちに調子にのり、気がつくと何と四十五分も過ぎていた。天皇の前なので、おそれおおく、合図するお付の者がいなかったのである。
青くなって柳田にそっと聞くと「あと五分で切り上げたまえ」とこわい顔でニラまれた。金田一は恐縮して、話を終わらせようと一生懸命努力したが、さらに十五分もかかってしまった。
数日後、天皇から四人が呼ばれて食事をご相伴になった。失態に恐縮して顔も上げられなかった京助に対して、天皇は「金田一、この間の話はおもしろかったよ」と声をかけた。 「恐れ入りました」と金田一は感激の涙をポロポロ流した。
このように、天皇の前でも失敗するのだから、一般の会合ではもっと多かった。
ある時、教え子の女性の結婚式に招待された。金田丁はスピーチには自信があり、あれこれ想を練って万全の準備をして出かけた。
ところが会場につくのが遅れて、すでに仲人のあいさつは終わっていた。 隅の方に座って、眺め回すと大変りつぱな披露宴で、花嫁と花婿の顔を見ると、いつもより違ってみえた。花婿は初めてだが、花嫁は化粧でこんなに変わるものかと感心しながらテーブルのおいしそうな料理を平らげた。
そのうち、新郎、新婦への花むけのスピーチに移ったが、新婦の名前が違っているではないか。金田一が名前を言ってボーイに確かめると「その方の結婚式はきのう終わりました」と告げた。何と日を間違えていたのである。金田「先生は耳まで真っ赤になりながら、脱兎のごとく会場を飛び出した。
金田一京助の息子も国語学者で知られる金田一春彦である。
ある時、放送局から春彦が対談するために迎えのタクシーを寄こした。それに京助がサッサと乗って出かけた。春彦はいくら待ってもタクシーが来ないので、あわてて電車を乗り継いで遅れないように局へ行くと、京助がニコニコしながら待っていた。
驚いたのは放送局。大先生の京助に、あなたではございませんともいえず、三人で対談をすることになった。最後まで京助は春彦の対談であることに気がつかなかった。
京助はまた、無類のお人好しでもあった。卒業生が監修者に名前を貸してほしい、といえば即座に了承し、無名でも正体不明の出版社でも、「先生の愛読者です」といえば、相こうをくずしてすぐOKした。やたらと、金田一京助監修の国語辞典が多いのは、このためだった。
金田一が石川啄木の親友で、その生活の面倒を見たことはよく知られている。その石川啄木全集の企画を桑原武夫らが集まって進めていた時のこと。
啄木の未発表の日記が函館の図書館にあり、これを活字にしようと、桑原が提案したが、京助が猛反対した。反対などついぞしない人が珍しく徹底して反対するので、帰りに、桑原がそっと京助にその理由を開いた。
すると、京助は真っ赤になりながら弁解した。
「あの日記には啄木を誘って浅草の赤線へ出かけるところがある。私は潔白で一線を越えずに帰ってきたが、私には今、嫁入り前の娘がある。もし婿になる人があそこを読んであらぬことを空想して、破談にでもなったら娘が可哀想だから、どうか日記の公開は見合わせてくれ」
あまりの純情さに桑原も目をパチクリ。
関連記事
-
-
『オンライン/徳川歴代将軍講座』<日本超高齢社会>の歴史とは⑤…<徳川歴代将軍の年齢、実力調べ』★『徳川家康と秀忠、家光の三代将軍の指南役 の天海大僧正107歳?こそ徳川幕府の盤石な体制を築いた<影の将軍>なのじゃ』
2010/01/27&nbs …
-
-
日本リーダーパワー史(61) 辛亥革命百年④ 仁義から孫文を支援した怪傑・秋山定輔①
日本リーダーパワー史(61) 辛亥革命百年―仁義から孫文を支援した …
-
-
日本リーダーパワー史(787)「国難日本史の復習問題」 「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、リスク管理 、インテリジェンス④』★『日本史の決定的瞬間』★『撤退期限を無視して満州からさらに北韓に侵攻した傍若無人のロシアに対し東大7博士が早期開戦論を主張(七博士建白書事件)』
日本リーダーパワー史(787) 「国難日本史の復習問題」 「日清、日露戦争に勝利 …
-
-
『世界一の女性長寿者はフランス人のジャンヌ・カルマン(122歳)』★『スポーツマンで、「勇気があるから、どんなことも恐れないわ」★『その食事は野菜が嫌いで「赤ワイン」と「チョコレート(1週間1㎏)が大好き』★『愛煙家で20代から117歳までタバコを吸っていた、というから驚く』
2024/12/13 ジャンヌ・ …
-
-
真紅の夕焼けの鎌倉湾に黒影の絶景の富士山が浮かぶ、カヤックが2隻(2023年5月9日午後6時ー材木座海岸より撮影
真紅の夕焼けの鎌倉湾に黒影の絶景の富士山が浮かぶ、カヤックが2隻(2023年5月 …
-
-
『リーダーシップの日本近現代興亡史』(213)記事再録/『 日本海軍トップリーダー・山本五十六の指導力と人格について、井上成美が語る』★『昭和18年9月25日発行の「水交社記事」(故山本元帥追悼号)より井上成美中将の「山本元帥の思い出』を再録』
2010/06/28 日本リーダーパワー史(58)記事再録 …
-
-
『Z世代のためのジェンダ―ギャップ歴史講座』★『日本初の女性学を切り開いた高群逸枝夫妻の純愛物語』★『強固な男尊女卑社会の<封建国家日本>の歴史を独力で解明した先駆者』
2009/04/09   …
-
-
『Z世代のため百歳学入門』★『世界最長寿のギネス彫刻家は平櫛田中(107歳)です」★『世界最悪の日本超高齢・少子減少社会』の逆転突破力・彫刻家・平櫛田中翁の気魄に学ぶー『今やらねばいつできる、わしがやらねばだれがやる』★『50,60洟垂れ小僧、70,80人間盛り、100歳わしもこれからこれから!』
2019/03/02 「知的巨人の百歳学」(144)の記事 …
- PREV
- 日本メルトダウン脱出法(843)『今では「ガイジン」じゃなく「YOU」と言われる、日本は変わったって?ーコリン・ジョイスの「新作」日本論』●『TPPには日本の法体系を破壊する「罠」がある、知的財産権を巡る合意の巨大インパクト』●『EU離脱か残留か、イギリス国民投票の衝撃度ー離脱のリスクを過小評価してはならない』●『「今ない仕事」が作れれば、誰でも第一人者になれる~『「ない仕事」の作り方』
- NEXT
- 日本リーダーパワー史(671) 日本国難史の『戦略思考の欠落』(53) 「インテリジェンスの父・川上操六参謀総長(50) の急死とその影響➁ー田村 怡与造が後継するが、日露戦開戦4ヵ月前にこれまた過労死する。
