「トランプ関税と戦う方法論⑫」★『日露戦争でルーズベルト米大統領との友情外交でポーツマス講和条約を実現させた金子堅太郎の交渉術③』★『ル大統領のオイスターベイの草ぼうぼうの私邸に招かれた』★『米国大統領にトイレを案内してもらった初めての日本人!?』★『ル大統領は私邸での質素な生活ぶりをすべて見せた』
2025/04/18

ルーベルト大統領の私邸に招かれた。オイスターベイの私宅は草ぼうぼう。
これは余事でございますけれども、ちょっとルーズベルトはいかなる人であるかということをど列席のお方々に報告したいと思う。あるとき官邸で食事のときにルーズベルトが言うには
「君とはほとんど二年ばかりここで交際しているが、君はまだ本当のルーズベルトを知らぬ」「それはどういうわけか」
「ここは大統領の官邸である。官邸におけるぼくは北米合衆国一億二千万の人民の主権者であるから、多少、辺幅も飾らなければならぬ、体裁も整えなければならぬ。君がぼくの本性をみるにはこの大統領官邸にいるルーズベルトではいかん。ぼくのオイスター・ベイの私宅に一晩泊りに来て、ぼくの家に寝てぼくと一緒に飯を食いたまえ。そうするとルーズベルトはどういう人間だということが分かる。ぜひ来たまえ。」
「それでは喜んで行こう。」
という約束をした。その後七月七日泊りがけにて私邸に来てくれという電信が来ましたから私はその日の午後にニューヨークから汽車に乗ってオイスター・ベイに行った。そうしたらば、ステーションにルーズベルトの常用の馬車が待っていた。
それに乗って行くとオイスター・ベイはロング・アイランドの田舎でサイド・ウォーク(歩道)もない、補装道路もないひどいところである。そうして野原の草ぼうぼうたるところを上って行くと、小山がある。これが有名なるサガモーア・ヒルである。
その絶頂にルーズベルトの家が垣もなければ境界もなく野原の草ぼうぼうたるところに建っている。その粗末な木造の家に馬車が着いた。ここにその家の構造をちょっと申しますがまず玄関を入ると、中には幅一間半(2・7m)ばかりの廊下があって、その右が書斎で左が応接の間になっている。
その応接間の外に縁側(ベランダ)があってその向うが傾斜したる芝生になっている。その廊下の突当りが広いホールになっている。これはルーズベルトが大統領になった後、夏の間、各国の大使、公使が信任状を送呈するとき在来の狭い応接間ではいかぬから、建増しをしたもので、その左右にはいろいろの武器や狩猟にて得たる獣類の頭や角が飾ってある。その横に小さな食堂があるのみ。
その晩の食事には男子は例によって燕尾服(タキシード)を着けました。大抵上流社会では夜分家庭で食事をするときでも燕尾服を着るのであります。ここに列席したる人びとはルーズベルト及び夫人、ルーズベルトの妹のロビンソン夫人、その他は子供等で全く家族的の晩餐であった。
夕食は魚フライ、牛肉ロースの質素なもの

大統領の御馳走であるから晩餐は定めしいろいろな美味が出るだろうと思っているに大いに相違して、スープが出て、次に魚のフライと牛肉のロースとのみにて、後はプディングと果物、ただそれだけでまことに質素なものである。使っている家僕(かぼく=しもべ)は黒人で、アメリカ人は使わない。これはアメリカ人は給料が高いからである。
食事が済んでコーヒーは応接間で飲もうと言って応接間に入った。応接間に入ると真中にテーブルが一個あって、その上に石油ランプが一つあるー(明治三十八〈1905〉年の頃ですが)ガスも使っていなければ電気はもちろんない。
私の東京一番町の家では既に電気をつけていたのに、ルーベルトの邸宅ではまだ太古の石油ランプを用いてそれもただ1個である。その丸テーブルを中心にして、ルーズベルト及び夫人と私と三人寄っていろいろの四方山話(よもやまばなし)をした。夫人は何をしているかとみると編物をしている。大統領の奥さんが編物をしている。
「貴女は何をなさっているのですか」と聞くと、
「これは子供たちの靴下です。子供たちの靴下はみな私が編みます。」
と言う。一国の元首の夫人”(First Lady of the Nation)が子供の靴下を編んでいる。ここで我々三人がいろいろの話をして十時頃になった。そうすると夫人が、
「私はこれからご免をこうむって休みます。」
と言って窓の戸締りを始めました。このときボーイも女中も主人にかまわず先に自分の部屋に行って寝ている。
日本ではお客様や主人の寝るまでは下女も下男も寝ないのに、アメリカでは自分の仕事が済めば、自分の部屋に行って先に寝てしまう。夫人が再び
「私は少しお先にご免をこうむります。」
と言ったとき、ルーズベルトいわく、
「自分は少し金子男爵と要談をするから書斎に行く。」
と言ったところが夫人がロウソク立て二個を持ってきて大統領と私に与えた。あなた方はご承知でありましょうが、二、三十年前に日本の車夫部屋などにもありましたが、ブリキで製造したるローソク立てと同一のものである。これにマッチを添えて我々両人に与えてテーブルの上の石油ランプを消し自分も一つのローソク立てに火をつけてグッドナイト(さようなら)と言って二階にある自分の寝室に行った。
それからルーズベルトと私は与えられたるブリキのローソク立てを持って書斉に入って講和談判のことに関し協議して一時過ぎになった。それからルーズベルトが、君の寝室に案内しようと言ってローソクに火をつけ先に立って二階に上って
「これが君の寝室である。」
と言った。これをみると内部はすべて今から五、六十年前の植民地時代の有様でその片隅に高い木造の寝台がある。他の一方には洗面台の上にピッチャーがおいてある。栓をひねって水が出る近世的の物ではない。それからルーズベルトが寝台の中に手を突っ込み、
「毛布が一枚より外ない。ここは夜中にひょっとすると寒くなる、風邪を引くといけないから、もう一枚持ってこよう。」と言って出て行った。
やがてローソク立てを右の手に持ち、左の手に毛布を引っ抱えて、やっさやっさと言って二階に上って来て
「これを足元の方におくから寒くなったら掛けなさい、これで大抵用事は済んだ……あっ!忘れた。大事なことを忘れた。便所を教えてない。これは大事なことである。夜中に君が起きてもどこにあるかを知らないと大変である。ちょっと案内しよう。」
と言って、ローソク立てを手に持って二階を下り、長い廊下を歩いて隅の方に行って、 「ここが便所である、この内にはきれいなタオルがある、又石けんもある。」
と言って引出しを示し、再び寝室に戻り、「これで何もかも用は済んだからお休みなさい。」
と言って握手して室を出て行った。
●大統領にトイレを案内してもらった初めての日本人!?
それから私は寝て考えるのに、日本人六千万人多しといえども、一国の主権者に便所まで案内させたのは、おそらくおれ一人だろうと思った。(笑声・拍手)
昼は官邸において大統領を向うへ回して国事を談じ、夜はその私邸において大統領に便所の案内をさせる。実に私は幸福な日本人だとそのとき思った(笑声・拍手)。
翌朝の食事中にも又面白い話があった。大統領が私に向っていうには、「ぼくは日本の武士というものを非常に尊敬しているが、日本の武士の生活はどのくらいの金があったらよいか。」
と聞いた。そこで私は、
「日本の封建時代の武士というものは、国主の下にある家老から下小禄の士族まであるから、これは大変な差がある。そうして三万石ぐらいから二人扶持と六石の蔵米取の士族まであるから、その身分の高下に応じて生活費の多少がある。
しかし普通の士族は概して第一に自分の地位に相当する大小の刀二本、鎧一領、そうして正月元日とか式日に登城して国主に拝礼する麻裃(あさかみしも=和服における男子正装の一種)、冠婚葬祭に列する身分相当の服装、第二に子供の教育、女は女に相当の教育、男は男に相当の教育をする費用が要る、第三に一家二年間の食料被服の費用。この三つの課目が武士の費用である。」
と答えたところが大統領が言うには
「それはぼくのと同じである。ぼくは我が身分相当の暮しをするだけの費用より外は必要はない。あたかも君の国の武士の生活費とよく似ている。しかし君の話によるとぼくは日本の武士より一つの費目が多い。
それはどうかというと、君の言う身分相当の費用、子女の教育費、家族の食料被服費の三項目の外に、ぼくには第四項目がある。これは医者の診察料と薬代である。日本の武士は病気をしないか。診察料は払わないか、薬代はどうするか。」
と反問された。
「それはごもっともであるが、封建時代の医者というものも国主から世禄をもらっているから診察料も薬代も要らない。士族で病気にかかった者は医者のところに駆け込めばすべてただである。薬代もただなら診察料もただである。」
すると、
「そうか、アメリカもそういうふうにしたいね。」というような笑い話を重ねました。
それから大統領の一家族とともに、近傍の原野を散歩しながらいろいろ面白い話をなし終日静養してニューヨークに帰り、すぐ前夜と翌朝の談話を暗号電報にて政府に報告しました。
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