今一番求められるのは<社会の木鐸>である―反骨のフリージャーナリスト・松浦総三論(片野勧)
今一番求められるのは<社会の木鐸>である
―反骨のフリージャーナリスト・松浦総三―
日本の大マスコミは日本支配層の男芸者であり、政府や財閥、官僚に支配されている。現代の一流ライターであるということは、しょせん日本支配層の男芸者となることである。「一流ライター」になることを拒否すれば、確実にメシのことに跳ね返ってくる。つまり、NHKをはじめ、『朝日新聞』や『文藝春秋』など大マスコミに書けなくなる。
ジャーナリスト・評論家の松浦 総三さんが今年7月6日に96歳でなくなった。昭和戦後を代表する偉大なジャーナリスト、社会の木鐸であった。生前親しくお付き合いした片野勧氏に、すばらしい追悼記を書いていただいた。
私の松浦総三論
片野 勧(フリージャーナリスト)
私が松浦総三さんという人物を知ったのは、もう三十七年も前になる。当時、松浦さんは「東京空襲記録する会」の事務局長で、私は「宇都宮市戦災を調査する会」を立ち上げ、事務局長の任に就いたばかりのころであった。
そのころ、東京空襲を記録する運動が新聞などで取り上げられ、全国的に空襲・戦災を記録する運動へと広まっていった。宇都宮もそんな運動の中で「戦災を調査する会」が生まれたのである。それは昭和四十九年(一九七四)二月十六日のことであった。しかし、立ち上げたものの、どのように資料を収集していけばよいのか、見当もつかず暗中模索が続いていた。
そんなことから松浦さんに指導を受けに東京・新宿の事務所へ出掛けていったのが、初めての出会いである。松浦さんは確か、その時、六十歳だったと思う。「松浦総三」とだけ書かれた名刺を見て、この人は一体、どんな人なのか、よくわからない。もちろん、「東京空襲記録する会」の事務局長ということは知っていたが、何を書いている人なのか、などと思案していた。
しかし、新聞記者とはいえ、ジャーナリズムの全体像と歴史に疎い私は、その時、目の前にいる人物が一貫して反権力を貫く大ジャーナリストだとは、無知蒙昧なことにまったく気付かなかった。
松浦さんは昭和十四年(一九三九)、渋沢栄一伝記資料編纂所に入ったのが、ジャーナリストとしての第一歩であるという(私は一九四三年生まれだから、まだこの世に誕生していない)。つまり、松浦さんは戦前・戦中の言論弾圧や戦意高揚のジャーナリズムを身を持って体験していたのである。
私は松浦さんから一冊の本をいただいた。『占領下の言論弾圧』(現代ジャーナリズム出版会)という本である。サインの日付が一九七六年五月一日とあるから、恐らく、東京空襲記録する会の事務所でいただいたものだろう。もちろん、一冊の本として松浦さんのものを読んだのは、この『占領下の言論弾圧』が最初である。
そして私は、またしても自分の蒙昧ぶりを恥じなければならなかった。「ホンモノ」というのは、こういう人のことをいうのだろう。日本がアメリカ軍(連合国軍)によって占領されていた約六年七カ月間(一九四五・九~一九五二・四)、日本の新聞、雑誌、放送、書籍、広告などはすべて検閲されていた。
しかし、占領下の残酷な検閲は残念ながらアメリカ軍によって発明されたのではなく、天皇の特高警察によって昭和十一年秋ごろから計画され、昭和十四年ごろに完成した方法で、アメリカ占領軍式検閲の発明者は天皇の特高であることを、松浦さんは極めて具体的に、明快なジャーナリズム史として描き出した。
紙数の関係で、ここではその本の内容には触れない。その代わり、強調したいのは松浦さんの「ホンモノ」としての視点であり、ジャーナリズムの現場証人としての信頼性である。たとえば、大宅壮一の菊池寛と女性関係を論じた個所にこんな言葉が出てくる。
「菊池の生涯を通じて、男女関係に致命的な破綻を招かなかった最大の原因は、人に親しまれる人柄にもよるが、それよりも彼はその生涯を通じて精神的にも肉体的にも、ほんとの恋愛らしいものを一度も経験しなかったことにある」
文藝春秋社長であり、文壇の大御所に向かって随分と激しい批判をしたものである。しかし、大宅自身も自らをそう思っているから、菊池をそうみたのだろうと松浦さんは言う。そして自らのことを棚に上げて、他人を批判する棚上げジャーナリズムは詐欺ジャーナリズムと松浦さんは大宅を厳しく批判する。
もう一人のジャーナリス清水幾太郎に対しても松浦さんは遠慮なく批判している。清水の『占領下の天皇』のなかに、こんなくだりがある。
「天皇制権力を構成するものは、軍閥、官僚、重臣、財閥の諸勢力であって、アンドリュー・ロスの説いているように、体裁は君主制でも、実質は寡頭制ということになる。天皇制とは、簡単にいえば、これらの勢力が、内部的な衝突を重ねながら、そして、天皇の名で民衆を脅かしながら、お互いに勝手なことをしてきた体制を意味する」
素晴らしい天皇制論で、それはマルクス主義者では発想できない天皇制批判であった。ところが、清水は『戦後を疑う』を書き、転向してしまう。なし崩し転向であり、百八十度転向である。
リベラルだと思っていたら、いつの間にか極左の新左翼となり、あれよあれよと思う間に、こんどは超保守主義の天皇制支持者に変わっていく。一度は天皇制批判や戦後民主主義を承認しておいて、それを何ら検証なしに否定するやり方について、松浦さんは「その思想や論理はグロテスク以外の何物でもない」と言う。
このように松浦さんの人物論はかなり辛辣で過激。しかし、意外な一面も。那須温泉に行く車中での話。あるパーティーで大宅壮一の昌夫人と会った時、てっきりお叱りを受けると思っていたら、「あなたの文章には愛情がありますね」といわれたという。いかにも、松浦さんらしいエピソードである。
松浦さんは体制ジャーナリズムや反共ジャーナリズムには厳しいが、よく読むと、単に体制的だから、反共だから叩くという教条主義的態度とは違うことが分かる。共産党の権力的、教条主義的体質に対しても手厳しい。また創価学会を批判することもあれば、擁護することもある。特に創価学会の反戦出版には高い評価を下していた。要するに、松浦ジャーナリズムはジャーナリストとしての揺るぎない視点であり、信頼度が高いということだろう。
松浦さんはこんなことも書いている。
「もし、現在まで大宅が生きていて天皇論を書いたらどんなものができあがるだろうか。筆者(松浦さん)はやはり大宅が“一流ライター”であるかぎり、草柳(大蔵)とそう違ったものは書けないだろうと思った。現代の一流ライターであるということは、しょせん日本支配層の男芸者となることだからである。たしかに、大宅の天皇嫌いはすさまじいものだったが、昭和三〇年代には転向してしまった」
松浦さんがこうしたことを発言されることは何を意味するか。「一流ライター」になることを拒否し、確実にメシのことに跳ね返ってくることを意味する。つまり、NHKをはじめ、『朝日新聞』や『文藝春秋』など大マスコミに書けなくなる。それはしょせん、日本の大マスコミは日本支配層の男芸者であり、政府や財閥、官僚に支配されているからである。
たとえば、有能なフリーのライターが日本支配層の中枢に切り込み、官僚の内幕や天皇制に挑戦したら、確実に干されて、「一流のライター」の座を去らなければならない。しかし、男芸者になるためには、ある時は体制側を批判し、ある時は反体制側に猛然と攻撃を加えなければならない。本多勝一氏は松浦総三著『天皇とマスコミ』を書評した時、この松浦さんの文を引用してこう書いている。
「松浦氏は、そのような男芸者になることをはっきり拒否している。こうしたホンモノの視点から見れば、ニセモノをたちまち見破れるのは当然である。大宅壮一だの清水幾太郎だのが、いかに男芸者と化していったか。マスコミ全体が天皇をめぐっていかに男芸者だったか。さまざまな具体的人物を含めて、これはホンモノ松浦氏によるニセモノ鑑別帳ということもできよう」(『潮』一九七五年二月号)
敗戦直後、朝日新聞は「新聞の戦争責任論」を何回も書いた。そして「国民と共に立たん」という社告まで書いた。しかし、絶対君主であろうと、象徴天皇であろうと朝日新聞は天皇の戦争責任を追及したことは一度もない。日本支配層の男芸者であるからだ。再び、本多氏の言。
「男芸者を拒否した松浦氏は、なるほど『現代の一流ライター』にはなれないかもしれない。だが何とそれは名誉なことであろうか。クソだめのような今の一流紙(誌)に顔を並べた男芸者どもなど、いずれ歴史のカスとして消えゆくのだ」(同)
今、この原稿を書くために松浦さんの著書を数冊、本棚から取りだしたところ、松浦さんから贈られた『天皇裕仁と地方都市空襲』(大月書店)という本の中に次の手紙が差し込んであった。
「前略
『天皇裕仁と地方都市空襲』をおくります。前著『天皇裕仁と東京大空襲』の続編です。右の二著は『江戸東京博物館』空襲コーナーへの異議申し立てです。建設者鈴木俊一知事は内務官僚・七三一部隊事務官などの歴任者です。
江戸東京博物館の『思想』を一言でいえば、前天皇裕仁の『終戦の詔書』が日中戦争や太平洋戦争を『防衛戦争』と呼んだのと全くおなじ考え方です。つまり、大東亜戦争肯定論であり、東京大空襲肯定論です。首都東京の空襲の博物館なのに『皇室』が全くでてこないのは前天皇裕仁の戦争責任を隠蔽するために外なりません。
江戸東京博物館の『思想』を一言でいえば、前天皇裕仁の『終戦の詔書』が日中戦争や太平洋戦争を『防衛戦争』と呼んだのと全くおなじ考え方です。つまり、大東亜戦争肯定論であり、東京大空襲肯定論です。首都東京の空襲の博物館なのに『皇室』が全くでてこないのは前天皇裕仁の戦争責任を隠蔽するために外なりません。
老耄八一歳 松浦総三 一九九五年四月」
この本は戦争責任未決のままに過ぎた戦後五十年への痛恨の思いを込めて、空襲の実相と歴史的意味、マスコミ報道の責任を追求したものだが、松浦さんは最後の最後まで天皇制や東京大空襲に対する驚くべき執念を持っていた。
それはなぜか。大正世代生まれを一口に言うと、「天皇の安全のために開戦し、天皇の安全のために終戦」(正木ひろし『近きより』)によって殺されそこなったからである。松浦さんは大正三年(一九一四)生まれである。
片野 勧
1943年、新潟県生まれ。フリージャーナリスト。主な著書に『マスコミ裁判―戦後編』『メディアは日本を救えるか―権力スキャンダルと報道の実態』『捏造報道 言論の犯罪』『戦後マスコミ裁判と名誉棄損』『日本の空襲』(第二巻、編著)。近刊は『明治お雇い外国人とその弟子たち』(新人物往来社)。
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