『リーダーシップの日本近現代史』(274)★『江戸を戦火から守った <勝海舟、山岡鉄舟と共に幕末三舟の一人として知られた高橋泥舟の国難突破力②-泥舟の槍・淋瑞の禅』
日本リーダーパワー史(158)
『江戸を戦火から守った”三舟”の1人・高橋泥舟
の国難突破力②-泥舟の槍・淋瑞の禅の対決』
前坂 俊之(ジャーナリスト)
勝海舟・山岡鉄舟と共に幕末三舟の一人として知られた高橋泥舟は、槍術では当時、天下無双の達人といわれていた。ある日、黒衣の二十歳位の僧が泥舟の槍法を見たいと申込んできた。この青年僧は小石川伝通院内の淋瑞律師と呼ばれる奇傑であった。
門人中から特に優れた高弟を選んで、泥舟自らから槍を執って、力一杯の秘術を尽くして見せた。泥舟自身にも、いつも以上の出来栄えの妙技で、得意満面で、「和尚!拙者の槍術をいかに見られたか」
と尋ねた。淋瑞は静かな笑みをたたえて「いや謹んで拝見いたしました。先生の槍術は神妙で、世間普通の槍使いのかなうところではない。しかし、愚僧等の道からすると、どうも今少しというところである」と批評した。
泥舟は心中大いに憤り、ジっと怒気を抑えて自室に引上げ、改めて淋瑞を呼び二人で対座した。
「さて和尚、御身は拙者の槍術にはいまだ間然するところありと申されたな。定めてお考えもあってのことであろう。それを承りたい」
淋瑞はおもむろに言った。
「先生の槍術は、その妙なることは至極妙である。たとえば仏如来の世間に出て天魔を降伏し、正覚を成就して一切衆生を救済したようなもの。その境地にまで先生の槍術は到達しているようにみえる。しかし、無遠慮に評せば、今一歩を進めて大機大用を得られる真の極致に至っては、いまだという感であった」と。
これを聞いて、泥舟は心中なおおさまらず、「然らば、その大機大用とはどのようなことであるか」と質問した。
この時淋瑞は声に一段と力を入れて、
「さればじゃ、愚僧がまず聞かん。御試合を拝見するに、槍頭出没して、一見神妙を極めし如くであったが、その呼吸は終始一貫せぬものがあった。これは他でもない、先生はしばしば他のことを思慮されるところがあったのではないか。そこを一考願いたい。先生が稽古であるからとて、槍先に真の鋒を用いられぬためであろう。もし、実際に敵と相対し、真の鋒の長槍を用いての真剣勝負であったならば、試合に臨み、心中何か思慮される如きは、とうてい承服し難いところである」とピシリと突っこむ。
さすがの泥舟も大いに感じ入った。
「貴僧は実にタダの人ではない。拙者は見誤っていた。」と、讃嘆の声を惜しまなかった。淋瑞はなお語を続けて、
「古人の言に、無念・無住・無証、有にして無、無にして有、両頭撒開して仲間放下し、一念不生にして始めて自由自在の分あらん、よくよく究めて看られるがよろしい」
と、初めて心要を説いて示した。泥舟はここに至って全く膝を屈し
「ああ、今日図らずも貴僧に接見して、尊き仏教最高の妙理を拝聴することを得た。何という幸せであろうか。今や貴僧は拙者の師、希くは今後、将来、仏教の真理を以て拙者に槍術の秘妙を教えたまえ」
以後、師事することとなった。淋瑞は泥舟のこうした気性に対し「先生こそ誠に資性かっ達・殺活自在の力を備えられておる。末頼もしきお方よ」
と賛辞を呈し、それから後は互に親しく往来して国事を談じ、また泥舟は仏教の玄理を淋瑞にきいて槍法の奥妙を究めた。
それから約三年をへたある夜のこと、泥舟は一室に独座、瞑想していたが、やがて深夜になって、かつ然として悟入するところがあった。ほどなく泥舟は寝についたが、夢の中に十年前になくなった兄の山岡紀二郎が現れて
「汝の槍術は至極上達したものと認める。いざこれより我と十本勝負をせよ」
という。直ちに起って道場に兄と相対し、泥舟は渾身の力を振り絞って対決した。すると兄はガラリと槍を捨て、
「よくぞここまで修業してくれた。兄はもはや満足じゃ」
といって立ち去ろうとする。泥舟は「兄上、兄上」と大声に呼びかけて引き止めようとしたが、その自分の声に目が醒めた。「さては夢であったか」と、起き上って、端座、黙然たる時を過ごした。
夜が全く明け放れるのを待って、多くの門人を道場に集め、槍を揮って残らず相手にしたが、この日始めて、槍法の極意、万物の妙致を合点することが出来た。
早速、伝通院に淋瑞を尋ねて行った。すると淋瑞は
「先生、何か好案なきや」と問う。泥舟は待っていたとばかりに、
「別に好案とてもござらぬが、拙者今つくづく愚考するに、従来の御修養状態なるものは、恰も障子一重の隣室に、小野小町や、衣通姫が列座して、ホホホ、ヒヒヒと、歌い舞うを聞きつつ、いやいやおのれは彼女らの声や姿を顧みてはならぬ。
そのような煩悩を起すのは道ではない。ヤレ戒行に迷う。それでは本当の修行じゃないと、堅く戒律を守って修行に入念せらるのが、貴僧等の修行であり、道であるのでござろう。
ところで、これを拙者の日夜、工夫・鍛錬する槍術より見ると、大に相達するところがござる。それは他でもござらぬ。拙者の道は、小野小町や衣通姫の雪の肌や、玉の膚を上から下までなでさわる。さらに身体検査を致した上で、それから腰巻をつけ、肌着を着せ、中着、上着と仕上げてしまうのが拙者らの道でござる。不見不聞、不言、不飲、不食など、そんな規則ずくめは、拙者等の本来取らざるところでござる」
と、まくし立てた。黙って聴いていた淋瑞は、泥舟の言葉が終ると同時に、ピタリとその場に手をついて「今日よりは、愚僧が貴殿の弟子じゃ、愚僧などの遠く及ぶところでない」と嘆称した。これは泥舟自ら人に語ったところの話である。
泥舟は増上寺の福田行誠上人とも親しく道交があったが、ある時、上人門下の居士が、泥舟を訪ねた折に
「ここをしも さとりの峰と思いしは 迷いにくだるはじめなりけり」
という一首を示し、上人近頃の名歌だというと、泥舟は
「なるほど、これは名歌に違いない。しかし我が槍法より見れば、あまり感心したものとも思われぬ。なぜならば、悟りという峰があれば、必らず迷いの道は離れぬであろう。自分ならこうもよむであろう」
と、いって筆を執り、
「さとりてふ みねもなければ いかにして まよいにくだる道しあらめや」
と詠んだ。これを持ち帰って上人にみせると、上人は「いかにも泥舟がいいそうなことじやわい」と、いってただ微笑されたのみであった。
道に迷う者には、迷わぬ道を教えねばならぬ。迷わぬ道とは即ち悟りの道であり、本来迷わぬ者には悟りという名すらない筈である。そこにはただ大道あるのみである。
大道元来迷悟無し。
<参考文献> 国米藤吉「心機百話選」洋洋社(1957年)
関連記事
-
-
『 2025年は日露戦争120年、日ソ戦争80年とウクライナ戦争の比較研究②』★『日露戦争でサハリン攻撃を主張した長岡外史・児玉源太郎のインテリジェンス②』★『山県有朋や元老たちの判断停止・リダーシップの欠如』
●山県有朋や元老たちの判断停止・リダーシップの欠如 日露戦争当時 …
-
-
<2018年は明治維新から150年 >「目からウロコの明治裏面史(1)」日本の運命を決めたドイツ鉄相・ビスマルクの1言『大久保利通の「富国強兵政策」はこれで決まった』
2018年は明治維新から150年 目からウロコの明治裏面史(1) 日本の運命を決 …
-
-
★10・世界一人気の世界文化遺産『マチュピチュ』旅行記(2015 /10/10-18>「インカ帝国神秘の魔宮『マチュピチュ』の全記録、一挙公開!」水野国男(カメラマン)⑤
2015/11/02   …
-
-
終戦70年・日本敗戦史(115)明治維新直後日本は清国、朝鮮との国交交渉に入るが難航、「中華思想」「華夷序列秩序」「小中華」『事大主義』対「天皇日本主義」の衝突②
終戦70年・日本敗戦史(115) …
-
-
知的巨人の百歳学(117)ー『米雑誌「ライフ」は1999年の特集企画で「過去1000年で最も偉大な功績をあげた世界の100人」の1人に、日本人では唯一、浮世絵師の葛飾北斎(90歳)を選んだ』(上)
『世界ベストの画家・葛飾北斎(90歳)の創造力こそが長寿力となる』★『北斎こそ世 …
-
-
日本天才奇人伝⑤近代の巨人・日中友好の創始者・岸田吟香伝②荒尾精ら情報部員を支援、中国各地で情報収集
日本天才奇人伝⑤ 近代の巨人・日中友好の創始者・岸田吟香伝② <陸軍 …
-
-
★「日本の歴史をかえた『同盟』の研究」ー「日英同盟の影響」⑪1902(明治35)年3月8日『『露紙ノーヴォエ・ヴレ一ミャ』★『英国は南アフリカでのボーア戦争に敗れて、露仏独から中国での利権を守るために日本と同盟を結んだ』● 『日英同盟(英日条約)に対抗して仏露同盟が生まれた』
★「日本の歴史をかえた『同盟』の研究」- 「日英同盟の影響」⑪ 1902(明治 …
-
-
『50,60,70歳のための晩年長寿学入門』★『エジソン(84)の<天才長寿脳>の作り方②」★『発明家の生涯には助産婦がいなくてはならない。よきライバルを持て』★『エジソンの人種偏見のない、リベラルな性格で、日本人を特に愛した』★『失敗から多くを学ぶ。特にその失敗が全知全能力を傾けた努力の結果であるならば』』
2018/11/23 百歳学入門(96)記事再録 &nb …
-
-
知的巨人の百歳学(161)/記事再録/百歳学入門(81)▼「長寿創造的経営者・大阪急グループ創業者の小林一三(84歳)の長寿経営健康十訓」
百歳学入門(81)▼「長寿創造的経営者・大阪急グループ創業者の小林一三(84歳) …
-
-
日本作家奇人列伝(38)作家は変人ばかり。三島由紀夫、志賀直哉、壇一雄、野村胡堂、久生十蘭、土井晩翠、草野心平・・
日本作家奇人列伝(38) 作家はなくて7クセ、変人ばかり。三島由紀夫、 志賀直哉 …