前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

日本リーダーパワー史(35)リーダーへの苦言―『豊かな時代の愚行は笑い話ですむが、国難の際の愚行は国を滅ぼす』(スミス『国富論』)

   

 日本リーダーパワー史(35)
リーダーへの苦言―『豊かな時代の愚行は笑い話ですむが、国難の際の愚行は国を滅ぼす』(スミス『国富論』
『汝、君主たるすべを知らざれば君主になるべからず』(バルザック)
良心の桐生悠々『ジャーナリストはいいたいことではなく、言わねばならむことをいうことだ』
                
 
桐生悠々の言いたいことと、言わねばならないこと
 
 
                       前坂 俊之
                   (静岡県立大学名誉教授)
                                      
明治・大正・昭和の三代にわたる反骨のジャーナリストー桐生悠々。昭和8(1933)年、『信濃毎日新聞』の主筆として執筆した「関東防空大演習を嗤(わら)う」の一文で主筆を追われた彼は、個人雑誌「他山の右」に立て籠り、死の直前その廃刊に至るまで、発禁・差押えの弾圧に壊せず、八年間にわたって軍部ファッショと戦い反軍、批判の文を書きつづけ、憤死した。
 
その桐生悠々のジャーナリストの基本姿勢が『言いたいことではなく、いわねばならぬことを書く』ということである。以下でその全文を紹介する。
●言いたいことと、言わねばならない事と
 
人ややもすれば、私を以て、言いたいことを言うから、結局、幸福だとする。だが、私
は、この場合、言いたい事と、言わねばならない事とを区別しなければならないと思う。
 
私は言いたいことを言っているのではない。徒に言いたいことを言って、快を貪っているのではない。言わねばならないことを、国民として、特に、この非常時に際して、しかも国家の将来に対して、真正なる愛国者の一人として、同時に人類として言わねば
ならないことを言っているのだ。
 
言いたいことを出放題に言っていれば、愉快に相違ない。だが、言わねばならないことを言うのは愉快ではなく、苦痛である。なぜなら、言いたいことを言うのは権利の行使であるに反して、言わねばならないことを言うのは、義務の履行だからである。
 
尤も義務を履行したという自意識は愉快であるに相違ないが、この愉快は消極的の愉快であって、普通の愉快さではない。
 
 しかも、この義務の履行は、多くの場合、犠牲を伴う。
 
少くとも、損害を招く。現に私は防空演習について言わねばならないことを言って、軍部のために、私の生活権を奪われた。
 
私はまた、往年、『新愛知新聞』によって、いうところの檜山事件に関して言わねばならないことを言ったために、司法当局から幾度となく起訴されて、体刑をまで論告された。これは決して愉快ではなくて、苦痛だ。少くとも不快だった。
 
 私が防空演習について、言わねばならないことを言ったという証拠は、海軍軍人が、これを裏書している。海軍軍人は、その当時に於いてすら、地方の講演会、現に長野県の或地方の講演会に於て私と同様の意見を発表している。何ぜなら、陸軍の防空演習は、海軍の飛行機を無視しているからだ。敵の飛行機をして帝都の上空に出現せしむるのは、海軍の飛行機が無力なることを示唆するものだからである。
 
 防空演習を非議したために、私が軍部から生活権を奪われたのは、単に、この非議ばかりが原因ではなかったろう。
 
私は信濃毎日に於て、度々軍人を恐れざる政治家出でよと言い、また、五・一五事件及び大阪のゴーストップ事件に関しても、立憲治下の国民として言わねばならないことを言ったために、重ねがさね彼等の怒を買ったためであろう。
安全第一主義で暮らす現代人には、余計なことではあるけれども、立憲治下の国民としては、私の言ったことは、言いたいことではなくて、言わねばならないことであった。そして、これがために、私は終に、私の生活権を奪われたのであった。決して愉快なこと、幸福なことではない。
 
私は二・二六事件の如き不祥事件を見ざらんとするため、予め軍部に対して、また政府当局に対して国民として言わねばならないことを言って来た。私は、これがために大損害を被った。だが、結局二・二六事件を見るに至って、今や寺内陸相によって厳格なる粛軍が保障さるるに至ったのは、不幸中の幸福であった。
 
と同時に、この私が、はかないながらも、淡いながらも、ここに消極的の愉快を感じ得るに至ったのも、私自身の一幸福である。私は決して言いたいことを言っているのではなくて、言わねばならない事を言っていたのだ。また言っているのである。
 
 最後に、二・二六事件以来、国民の気分、少くとも議会の空気は、その反動として如何にも明朗になって来た。そして議員も今や安んじてーなお戒厳令下にありながら-その言わねばならないことを言い得るようになった。
 
斎藤隆夫氏の質問演説はその言わねばならないことを言った好適例である。だが、貴族院に於ける津村氏の質問に至っては言わねばならないことの範囲を越えて、言いたいことを言ったこととなっている。
 
相沢中佐が人を殺して任地に赴任するのはけしからぬというまでは、言わねばならぬ
ことであるけれども、下士兵卒は忠誠だが、将校は忠誠でないというに至っては、言いたいことを言ったこととなる。
 
 言いたい事と、言わねばならない事とは厳に区別すべきである。 
 
(昭和11年6月)
 

 - 人物研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

『リモート京都観光動画』/外国人観光客への京都ガイドー清水寺の舞台から下って音羽の森に向かう』★『清水寺の北御門・月照の碑の裏にある石仏群』★『わが愛するイノダコーヒー・久しぶりで京都清水店で味わう「確かに絶品、究極の香り」』

外国人観光客への京都ガイドー清水寺の舞台から下って音羽の森に向かう① 外国人観光 …

日本リーダーパワー史(386)児玉源太郎伝(8)川上、田村、児玉と歴代参謀総長はそろって日本救国のために殉職した。

 日本リーダーパワー史(386) 児玉源太郎伝(8) ① & …

no image
『ガラパゴス国家・日本敗戦史』㉘ 『来年は太平洋戦争敗戦から70年目― 日本は<第2の経済敗戦>の瀬戸際にある!②』

 『ガラパゴス国家・日本敗戦史』㉘     『来年は太平洋戦争敗戦から70年目― …

no image
   日本メルトダウン( 970)トランプ次期大統領が決定ー『トランプ氏、クリントン氏に番狂わせの勝利-国民は既成勢力拒否』◎『「TPPは死んだ」 米専門家、トランプ新大統領に懸念』●『  在日米軍の撤退「想定はしておかないと」防衛相経験者』●『クリントン氏の敗因は?、全ての層でオバマ氏得票を下回る』●『中国、実は「トランプ大統領」を歓迎? その理由は・』

                   日本メルトダウン( 970) トランプ次期 …

  日本リーダーパワー必読史(746)歴代宰相で最強のリーダーシップを発揮したのは第2次世界大戦で、終戦を決然と実行した鈴木貫太郎であるー山本勝之進の講話『 兵を興すは易く、兵を引くのは難しい。』★『プロジェクトも興すのは易く、成功させ軟着陸させるのは難しい』●『アベノミクスも、クロダミクスも先延ばしを続ければ、 ハードランニング、亡国しかない』

  日本リーダーパワー必読史(746) 歴代宰相で最強のリーダーシップを発揮した …

『日中台・Z世代のための日中近代史100年講座④』★『宮崎滔天の息子・宮崎龍介(東大新人会)は吉野作造とともに「大正デモクラシー」を牽引し「柳原白蓮事件」で「大正ロマンの恋の華」となった」★『炭鉱王に離別状を朝日新聞に大々的に発表、男尊女卑の封建日本を告発した<新しい女の第一号>で宮崎龍介と再婚した』

  2014/07/23    …

no image
日本風狂人伝⑬ 日本最初の民主主義者・中江兆民は明治奇人の筆頭

日本風狂人伝⑬           2009,7,06 日本最初の民主主義者・中 …

no image
国際ジャーナリスト・近藤健氏が<2016年アメリカ大統領選挙>について語る≪60分ビデオ)

  近藤健氏は元毎日新聞ワシントン支局長・外信部長・元国際基督教大学教 …

『オンライン講座/ウクライナ戦争と安倍外交失敗の研究 ➄』★『大丈夫か安倍ロシア外交の行方は!?』ー 『 日ロ解散説が浮上!安倍首相の描くシナリオ-「史上最長政権」を狙う首相の胸中は?』●『北方領土「2島先行返還」は日本にとって損か得か?』●『鈴木宗男氏「北方領土問題の解決にはトップの決断しかない」』●『鈴木宗男・元衆院議員の記者会見(全文1)北方領土問題、必ず応じてくれる』●『もっと知りたい北方領土(3) 料亭やビリヤード場も 東洋一の捕鯨場』

』 2016/10/03   日本リーダーパワー史(740) …

no image
『日中韓500年/オンライン世界史講義②』★『世界的権威ベルツの日韓衝突の背景、歴史が一番よくわかる教科書』★『明治天皇のドイツ人主治医・ベルツ(滞日30年)の『朝鮮が日本に併合されるまでの最後の五十年間の経緯』

    2019/08/15 &nbsp …