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『日中韓150年戦争史』パーセプションギャップの研究』㉝「日露同盟のうわさについて」(英国「タイムズ」)

      2015/01/01

  


『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』

日中韓のパーセプションギャップの研究』

 

 

以下の記事は2つの点で注目される。

    安倍首相と中国国家主席の習近平との会見は中国側が拒否してなかなか実現しないが、甲申事変(明治17年)、
天津条約調印(同
18年)、長崎清国水兵事件(同19年)、ノルマントン号事件(同19年)、条約改正問題(20年)など、
日清間で紛争、対立が激化いていた中でも

日本から中国に行き積極外交を展開していたことである。今から130年前の方が問題があるからこそ積極的に
あって交渉していたのだ。

➁ 習近平・共産党主席の傲慢な態度(『タイムズの表現を引用』と李鴻章の「オープンな態度」との落差が、米ソ間の
激しい対立の中でも、両国トップが電話で何度も話し合い、交渉を続けている態度と比べても一段と際立っている。
中国共産党が非近代的国家体制の「朝貢秩序」『中華思想』「懲罰戦争」から脱皮できていないことの証明である。

 

 

1888(明治21)年1226日 英国「タイムズ」

 

日露同盟のうわさについて

 

虚報がどのように発生し.どのように大きくなっていくのか.その経緯をたどるのは常におもしろいものだ。それは微小なものとして発生しながら,最後には驚異的な大ささになってしまうのだ。これは種目同盟のニュースの場合も同じだった。

 

これにういては本紙のフィラデルフィア通信員が,カナダにおいて元駐日スペイン公使館の書記官から保証を得たと述べている。この虚報(これほどばかげたニュースが東洋から届いたことはない)は,元日本国首相の伊藤(博文)伯爵と閣僚の西郷(従道)伯爵が昨年の秋,海の旅をしたことに始まる。この2人の政治家は,いっもの秋期休暇をとる際,日本の静養地でいっもの単調な休暇を過ごすよりは日本海を朝鮮から東シベリアのロシア人居留地まで訪ねることにしたようだ。

 

これらの地域は,日本にとってはかなり重要なところだ-朝鮮北部にあるいくつかの湾が都合のよいものかどうか.海岸沿いにあるロシアの基地が強力なものかどうか.そのほかそれに類した問題は,東洋でかなり長い間議論され続けている。

 

そこで,2人の日本人政治家が.休暇を利用して自らの目で,この地を見たいと思うのは当然といえば当然だ。ちょうどイギリスの政治家が.インドその他の植民地を訪れて,じかに情報を得ようとするのと同じことだ。日本海の西海岸沿いは,実質上汽船の通っていない場所なので(しかし夏の間は日本海を検断する汽船がふんだんにある),伊藤伯爵と西郷伯爵は軍艦で旅行したのだが,それが,2人のちょっとした休暇を取り巻き始めていたうわさ話に,もっともらしい印象を与えたのだ。

 

最初,2人は天津に行き.李鴻章に会い.困難な問題や危機的な問題(といっても.だれもその詳細はわからないのだが)を解決するという話だった。それがその次には,朝鮮の騒動を一気に解決し.かの未開の半島に日本の権利と利益の永久に安全かつ堅固な基盤を設置するのだという話になった。日本は中国の傲慢さにあまりにも長い間耐えてきたが,今や2人の政治家が軍艦に乗って事を解決し,中国をそれ相応の地位に引きずり落とそうとしているのだ,という話になった。こうして,2人の紳士が北への旅を続けるにつれて,次から次へと話がめまぐるしく変化した。これは、2人がついにウラジオストクに到着し,彼らの旅のすべての狙いと目的が明らかになるときまで続いた。

 

目的は,1つに違いない。つまり,ロシアとの問に攻守同盟を結ぶことだ。だが.同盟を結ぶからには,その対象となる物なり人なりがあるはずだ(同盟はたいがいそういう対象があって結ばれるものだ)。同盟が結ばれたとしたならば.それは間違いなくイギリスを対象にしたものだ-対象となるような国はイギリス以外には考えられないから,きっとそうだ。対象は,やっぱリイギリスなのだ。これで虚言はできあがった。

 報告書によれば.同盟を求めたのはロシアだそうだが,外務大臣でもない2人の日本人政治家が同盟を結ぶためにロシアに渡るなどというのは.どう考えてもおかしい。それに.ロシアは東京に完全に信任を受けた公使を置いているが,ウラジオストクの総督は.それに比べて下位の役人で.外交同盟締結の責任を担えるほどの者ではない。

 

うわさで言われているような同盟の目的を果たす-つまり.ロシアとイギリスとの間に戦争が勃発した際には,日本はイギリス船の日本の港への寄港を拒否する-には,同盟を結ぶ必要など全くなく.日本は中立国としての通常の手段をとればいいだけの話なのだ。

 

そうすれば.作戦基地として自国の港を使用されることもない。それに,日本人の政治家たちが,けっこう頭もよく抜目がないことは一般的にも知られていることだが.その彼らが,今まで苦労して作り上げてきた艦隊を破壊し.貿易を混乱に陥れ,沿岸を襲撃し,彼らの進歩を半世紀は遅らせることのできる力をもつ国イギリスに敵対して.この特殊な状況において全く力を貸し得ない国ロシアと同盟を結ぶなどとはとても考えられない。

 

以上のことは相当に明白な事実だ。だがそれなら,今述べたようなうわさは,思慮に欠ける無知な人々のために作り出され,こうした人たちに享受されることを意図しているということになる。ロシアが,日本との間に何年もかかって友好的な関係を培ってきたことは間違いがない(スペインの外交官が言ったように,何か月かの間ではないのだ)。それというのも.ロシアは日本との貿易が皆無に近いために,貿易がらみで障害を生じることもなく,また,日本に逗留しているロシア人もほとんどいないので.さしたる問題もなく.この友好政策を追い求めてこられたのだ。

 

このように.ロシアは,既存の条約から解放されたがっている日本に対して,悪びれることもなく同情を示すことができる。一方の大英帝国やドイツなどは,日本と重要な貿易を行い,その貿易に自国の人々がたくさん従事しているために,ロシアのように,気軽に日本に同情してみせることはできなかった。そういう意味では.ロシアが日本で人気があるのは理解ができる。ロシアが日本の提案に同意するのは.同意しても失うものがないからなのだ。彼らは,得るものはないにしても,日本人の人気だけは少なくとも獲得することができる。

 

大英帝国にとっては,関税と,現在の外国人に対する裁判制度の改善の要求は当面の緊急課題となっている。これは,何百万ポンド相当の貿易を左右する問題であり.この貿易に携わる1000余人ものイギリス人たちの自由と財産にかかわる問題だ。だからこそ,慎重に話し合う必要があり,必要に応じて変更を加え,修正あるいは却下すべき問題なのだ。

 

われわれにとっては,かかっているものが大きいだけに,ともすれば日本人からは.非情で貪欲,頑固者に見られ,われわれの立場はなかなか苦しいものがある。が.一方のロシアはなにもかかっていないから,日本から求められたことはなんの疑問もちゅうちょもなく受け入れることができる。

だが,こういう面でいくら人気を博していても,いざ同盟となると話は全く別な問題になってくる。

日本人もその近隣諸国や世界の他の国々同様.アジアでロシアの力が増大することに不安を感じないわけがない。太平洋でロシアの力が増大した場合に.自分たちにどのような影響が及ぶのか,不安を感じている日本人は.朝鮮からロシアを追い出すために中国と手を結ぶ必要があることをはっきりと感じていると言われる。多分日本は.ロシアと同盟を結ぶことなど考えもしないだろう。イギリスを敵に回しての同盟など,日本にとっては自殺行為も同然であり.日本人はそれをわきまえている。

 

 

 一方,日本がヨーロッパ列強と同盟を結ぶ可能性はあるのか.あるいは結ぶ意思があるのかについて疑問の余地がある。ワシントンのモットーである「同盟関係には巻き込まれないこと」は,アメリカ合衆国と同様に,日本にとっても健全な政策だ。ここ20年間の日本の歩みを信用するならば,日本は近隣諸国に対して敵対心も持っておらず,周りに警戒心を起こさせるようなこともしていない。

 

日本が欲しているのは自国の独立を守れる地位に立つことであり,自国にとって何が利益になるのかを理解できない,ましてや自国の利益を保護することができない時期に,無理やり結ばされた条約の束縛(と日本は考えている)から解放されることであり,1868年以来.

寸断されることなく進めてきたすばらしい国内の発展と改善をこれからも続けることであり,手短に言えば,自分のやり方で自己の救済をなしとげることなのだ。

 

幸い日本は,今までそれ自体の利害,目的,手段,計画をもって,ヨーロッパの政治の混乱にかかわろうとする意思はみじんも見せたことがない。これは,日本人が何にも増して常識と沈着なる判断力を持ち(たとえ日本人の政治家たちに欠けるところはあったに

しても)自国の本当の利益を見きわめる鋭い目を持っていることを思い起こせば,少しも驚くに足らないことだろう。

 

日本が,実際に三国同盟や対三国同盟.あるいは西洋の政治の組合せゲームに加担するようになったならば,日本の友人たちはさぞかしがっかりすることだろう。だが.最近日本人の政治家たちが正気を失ったと思わせるような事件は全く起きていないのだ。

 - 戦争報道 , , , , , ,

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