日中ロシア北朝鮮150年戦争史(47) 『日本・ロシア歴史復習問題』★「ロシアは『三国干渉』で奪い取った遼東半島を李鴻章に巨額ワイロを贈り、 武力恫喝外交と謀略で占領した」-ウィッテ伯回想記から『ロシアの遼東半島占領計画』『遼東半島の譲渡を要求』 『李鴻章に五十万ルーブルのワイロを贈る』『支那ついに譲歩す』
日中ロシア北朝鮮150年戦争史(47)
『日本・ロシア歴史復習問題』★
「ロシアは『三国干渉』で奪い取った遼東半島を李鴻章に巨額ワイロを贈り、
武力恫喝外交と謀略で占領した」-ウィッテ伯回想記から
『ロシアの遼東半島占領計画』『遼東半島の譲渡を要求』
『李鴻章に五十万ルーブルのワイロを贈る』『支那ついに譲歩す』
天才外交家 ロバノフ候
[中略]私はなほ李鴻章と交渉して一日も早く取極めたい問題を持っていた。前述の協約によって支那は我々に蒙古・満洲の支那領土を通して鉄道を敷設する権利を与へることになっている。
しかしそれは李鴻章の主張によって、その鉄道の建設と経営はロシアの私設会社の業務でなければならぬのである。そこに難題がある。というのは、支那が鉄道敷設の利権を与へるのに既設会社の現存を必要とすること勿論である。何故なれば支那政府はまだ形のない会社に利権を与へ様がないからである。
ところが一方ロシア側にして見るとまだ支那から利権をえないのに会社を組織することは出来ないのである。
双方がこんな風に考へていては、その間に越えがたいミゾがあるわけで、何時までしても話のまとまる時は来ないであらう。
私はどうしても早く支那がその領土内にロシア会社の鉄道敷設を承諾したといふ保証と、支那政府とロシアの私設会社の間に鉄道敷設に関する契約をするといふ二つの文書を獲得したいのである。そこで私は露清銀行に着目した。
これなれば既に盛んに営業している私設会社のことであるから、支那政府がこれに自国領土内に鉄道を敷設し経営する利権を与えるに何の支障もあるべき道理がないからである。
しかる後に、他日露清銀行をして私設会社に利権を譲渡せしめればよいのである。但しこの場合考へねばならぬことは、露清銀行が仮りにこの利権を獲得した後、私慾に駆られてその権利を自分のものにするといふ慾望を起しては甚だ面倒である。
だから、私はまづ露清銀行をして支那政府から与へらるべき鉄道の敷設及経営に関する権利は他日、ロシア政府によっ七組織さるべき東支鉄道会社に異議なく譲渡することを約束させることにした。
ロシアの遼東半島占領計画
それから間もない十月の初めのことである。私と他の二三の大臣はムラヴイヨフ伯から覚書を受けとった。と同時に、この覚書について審議をする御前会議に招かれたのであった。この会議には、陸軍大臣ワンノフスキーと私と海軍大臣トウイルトフとムラヴイヨフ伯が出席した。私たちのうけ取った覚書には、ドイツが青島を占領したのは我々にとって支那に一つの港湾を占領する絶好の機会である。それには、旅順港と大連湾を奪取するのがよからうーといふやうなことが書かれてあった。
ロシアの出兵と支那の不満
陸戦隊を搭せたわが艦隊は、ずっと旅順付近に停泊していた。我が、艦隊が旅順付近に到着した時、ムラビヨフ伯は支那政府を安心させるようにと、駐支公使に命令した。そして「ロシアは支那をドイツ人の手から救うために来たのである。我々はドイツ人に反対して支那を防禦するために来たのである。であるから、ドイツ人が撤退すれば、すぐに我々も立ち去るのであるj-と通告させた。
支那はロシア艦隊の来着を非常に歓迎した。初めの一週間だけはこの通告を真にうけて信じていた。しかし、間もなくベルリン駐在支那公使の報告によって、ロシアがドイツと協調して行動していること知り、極端に不満の意をあらわし始めた。
遼東半島の譲渡を要求
当時カッシン[カシニー]の代はりに北京に在った駐支代理公使パウロフは、我々の条件を支那政府に提示した。それによると、支那は三十六ヶ年の租借期限で旅順大連を含む関東州を我々に割譲し、租借権に対する報償は提起しないという条件であった。
支那政府は頑としてこれに同意しなかった。ロシア艦隊は旅順港に碇泊していたが、陸戦隊を上陸させはいなかった。旅順の支那官憲は、わが艦隊や海軍軍人に対して始めのうちはすこぶる慇懃な態度で接したが、あとになるとにわかに態度を変へてきた。
‘当時、西太后は若い皇帝とともに北京の近くにある別荘地にいた。で、各大臣は上奏報告の為に絶えずそこへ往復していたのである。彼女はイギリスと日本の後援をたのんで一歩も譲歩しなかった。
このような状況のもとに、わが皇帝陛下もさらに譲歩の色を見せなかった。もし関東州割譲に関する案件の結末をつけなければ陸兵の上陸となり、それが衝突を起した場合には流血の惨事は避けがたいと、私は見てとった。そこで自からこの事件に身を投ずることに決心した。
李鴻章に五十万ルーブルのワイロを贈る
私は北京駐在財務官ポコチロフ(彼はその後北京公使となった)に電報を打って、李鴻章と張蔭桓に会見することを命じた彼等の力でロシアの提示した条件に同意を与えるよう尽力することを懇願させた。
この際、私はこの二人に-李には五十万ルーブル、張には二十五万ルーブルといふ莫大の贈物を約束した。これ等の大官たちは陸兵を満載したロシア艦隊が完全な戦闘準備を整へてゐることを知っていた。関東州の割譲は結局避けがたいことであると考へた。そこでロシアの提議に署名するように西太后に説きに行くことを引きうけたのであった。
支那ついに譲歩す
永いあいだ協議を重ねたのち、西太后はとうとう譲歩した。私はこれに関する電報をポコチロフから受け取った。その電文には協約は必らず署名されるであらう』
一と書かれてあった。
陛下は私のこの策動については何も知らなかった。私はこのことをすぐに陛下に報告した。陛下は私の報告文に「何んのことか了解に苦しむ」-と書きそえて返した。が、私が陛下にこの経緯を説明した時、陛下は更に電文の上「rこれは非常によかった。信じ難いほど素敵だった」と書いた。
協約は一八九八年三月十五日、わが全権と李鴻章及び張蔭桓との間に調印された。
この際もし、支那政府が譲歩せず、これを拒絶した場合には、縁指揮官たるドゥバソフ提督は数日を出せないで関東州占領の命令を下したであらう。
そしてその実行は極めて容易なことであったらう。なぜならば旅順要塞はまるで玩具のやうなものであったし、関東州には支那の軍隊らしいものがなかったからである。かうして危険な我々の第一歩は終ったのである。
そしてこの第一歩は、遂に日露戦争といふ不幸な結果に我々を導いたのである。またこの占領は支那と我々との伝統的親善関係を破壊し永久にとりかへしの付かないものにして終ったのである。
(「ウィッテ伯回想記日露戦争と露酉亜革命上」大竹博吉訳、南北書院、1931)
[用語]張蔭桓1837-1900。中国清代の外交官。李鴻章により駐米公使(18855-90)に任ぜられ、中国移民禁止条約締結。日清戦争講和全権に任ぜらるも日本政府により拒否さる。戦後政策により保守派の反感を買い、死刑になる。
ムラヴィヨフ MikhailNikolaevichMurav,ev。1897-1900年露外相。極東に対する積棲政策の支持者。義和団事件に際して日本の出兵牽制のため露軍4000名を派遣。
関連記事
-
-
★『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』③―「1903(明治36)年1月3日 付『英タイムズ』『満州とロシア鉄道』(上)『日本外交の失敗は三国干渉を受諾した際、三国は返還した遼東半島をその後占領しない旨の一札をとっておれば,その後の東アジアの戦争は起きなかったであろう』●『このため、3年もたたないうちに,ロシアは日本を追い出して満州を軍事占領した。』
『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』③ 1903(明治36 …
-
-
『Z世代への日韓関係近代史の研究講座』★「延々と続く日韓衝突のルーツを訪ねる➀ー『朝鮮の暴動激化―東学党、各地の村で放火、住民殺害、税務官ら焼き殺される。 朝鮮王朝が行政改革を行えば、日本は反乱鎮圧にあたる見込―ソウル(朝鮮)1895年12月12日>
2011年3月16日の記事再録/『ニューヨーク・タイムズ』(1895(明治28) …
-
-
日本風狂人伝(42) 泉鏡花・幻想文学の先駆者は異常な潔癖症・・
日本風狂人伝(42) 泉鏡花・幻想文学の先駆者は異常な潔癖症・・ …
-
-
日本メルトダウン(924)『グローバリズム(国際主義)、ポピュリズム(大衆迎合主義)を勝ち抜くリーダーシップは・MLBの上原投手、イチロー流の生き方ー①『人気よりも実力、結果で示す』 ②『ユーモアとコミュニケーション上手」 ③『独立自尊し、謙虚に分をわきまえる』<真のリーダーとは『愚者」ではつとまらない。『賢者』 (スマート人間)で、『結果勝利」がなにより重要>
日本メルトダウン(924) 『グローバリズム(国際主義)、ポピ …
-
-
日本リーダーパワー史(120) 明治の2大国家参謀とは誰でしょうか!?・驚くなかれ、杉山茂丸と秋山定輔だね
日本リーダーパワー史(120) 明治の2大国家参謀とは誰か・杉山茂丸 …
-
-
『F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ ウオッチ(226)』ー『宗務者や部族長 、首長がコーランの魔力や石油成金のバラマキを通じて、国家の体裁を保ちつつも、健全で強固な未来志向の政治経済の体制づくりに失敗している現状では、アラブ世界からは米欧と平和裡に協調、切磋琢磨できるリーダーは先ず出てこないのでは?とも感じます』
『F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ ウオッチ(226)』 コーランを拾い …
-
-
『日本世界史(グローバル・異文化・外交コミュ二ケーション史』生麦事件、薩英戦争は英国議会でどう論議されたか①英国「タイムズ」
『日本世界史(グローバル・異文化・外交コミュ二ケーショ …
-
-
日本リーダーパワー史(854)ー『2018年には米朝開戦か、北朝鮮を核保有国と認めて 「核シェアリング」で核抑止するかーギリギリの選択を迫られる 』(下)『北朝鮮は「核保有国」を宣言。核開発と経済発展の『並進路線』を推進 』
北朝鮮は「核保有国」を宣言。核開発と経済発展の『並進路線』を推進 …
