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片野勧の衝撃レポートー『戦災と震災』⑨『なぜ、日本人は同じ過ちを繰り返すのか』サハリン引き揚げと福島原発<下>

   

片野勧の衝撃レポート
 
太平洋戦争<戦災>311>震災
 
『なぜ、日本人は同じ過ちを繰り返すのか』
サハリン引き揚げと福島原発<下>
 
        片野 勧(フリージャーナリスト)
 
 
「ふるさとを2回、追われた」
 
 
原発難民の声を詩に託して
 
「追われて、避難するのはいつの時代もつらいものです」
佐藤さんは各地を転々とし、ふるさとを追われている間、詩を作り続けてきた。枕元にノートとペンを置き、思いつくままメモした。
たとえば、それは原発への憤り。
<仕事が ありますよ
 お金を 澤山あげますよ
 甘い言葉にのせられて
 自分の墓穴を掘るために
 夢中になって働いてきて
 原発景気をつくった
 あの頃……>
あるいは、「右へならえ」の原発の恐ろしさ。
<戦時中もそうだった
 右へならえ!
 右へならえしないと
 兵隊さんに叱られた
 原子力発電所を造る時も
 遅れてはならないと
 右へならえ して
 この小さな日本に五十四基
 ノーモア ひろしま
 ノーモア ながさき
 あんなにノーと叫んだのに
 原爆と原発は
 親戚みたいなものなのに>
もう一つ、「仮設という名の姥捨山」。
<誰が拾ってくれるというの
 この年を
 誰が支えてくれるというの
 この足を
 病院へ行くのも一人
 帰って来ても 一人
 手をのばしても
 誰も居ない
 立っているのも覚つかない
 心が凍る
 足がすくむ
 こゝは姥捨山だよナー
 ポツリとつぶやく
 頬かむりして>
最後は、故郷への思い。
<呼んでも 叫んでも
 届かない
 泣いても もがいても
 戻れない
 ふるさとは
 遠く 遠のいて
余りにも遠い
近いけど 遠いふるさと>(佐藤紫華子『原発難民の詩』朝日新聞出版)
 
いわき市の仮設住宅から富岡町の自宅まで車で1時間ほどの距離だが、立ち入り禁止の警戒区域に指定されて車は入れない。サハリンが遠くにありて思う故郷なら、佐藤さんにとって富岡は、
<余りにも遠い
 近いけど 遠いふるさと>
となった。
2011年、佐藤さんは書きためた作品を2冊の詩集に収めて『原発難民』として自費出版した。84歳が紡いだ56篇のポエム集である。
この詩集が俳優の吉永小百合さんの目にもとまった。原爆の詩を朗読することをライフワークとしている吉永さんは、佐藤さんの詩に心を動かされ、2012年4月に福島市で開かれた朗読会で佐藤さんの詩を取り上げた。
 
自費出版本の冊数はなくなった。内容を再構成し、新たな作品を加えて出版したのが、『原発難民の詩』だ。その帯に吉永さんはメッセージを寄せた。
「紫華子さんの心の叫びを、故郷への思いを、私は今、しっかりと受けとめたい。負けないで、乗り越えてと祈らずにはいられません」
 
「原発のおかげでただ食い」と陰口を叩かれ
 
福島原発事故によって、周辺の12万人が家を離れ、仕事を失って見通しのつかない避難生活を続けている。日常を奪われ、不条理な状況の中で、避難生活を強いられている原発立地自治体住民。佐藤さんは言う。
 
「原発のおかげであんた方はいいもんだ。金をもらってただ食いしているんだから、と陰口を叩かれたりしました。とんでもないことです。私たちは推進派とか反対派とかに全然、関係ありません。ただ、そこに住んでいたというだけの話です」
確かに、原発の立地によって東電や国からさまざまな形で恩恵を受けてきたかもしれない。しかし、今の状況は東電と国が嘘をついてごまかしてきたことの結果である。
 
「結局、犠牲になったのは私たちです。何の罪もない普通の人間が一部、利権業者と同じに見られるのは心外です。私は若い人たちに言うのです。“もっと怒りなさい”って。何でも言いなりで、ハイハイではいけませんよ、って。戦争も原発事故も、誰かが声を上げてさえいれば、過ちを防げたはず。『多数派』に負けてはいけません。くじけては生きていけません」
 
声を上げよう。同じ過ちを繰り返さないために。実際、浪江町の農夫・舛倉隆氏(故人)は同町棚塩に原発建設が決定された後、30年もの間、一貫して建設計画に反対し続け、ついに建設を断念させたではないか。
 
無一文になって放り出され
 
私はサハリンから無一文になって放り出され、食べるものに困っていたという女性に会うために南相馬市原町区益田を訪れた。2012年11月25日。真っ暗な山の麓にぽつんと家の明かりが見えた。大原尚子さん(69)の家だ。彼女は元中学校の美術教師で現在、絵画教室を主宰している。彼女は「はらまち九条の会」の会報(No112)にこう書いている
「昭和18年(1943)生まれの私にとって、あの戦争は爆弾や空襲といった思い出より、ひたすら空腹に耐えた厳しい日常生活の思い出といえます」
 
彼女は昭和20年の敗戦をサハリンで迎えて以来、2年間、ロシア人に混じって生活していた。そして昭和22年(1947)、サハリンの南端の港町「大泊町」から引き揚げ船に乗った時、彼女は3歳半。しかし、原町に引き揚げたものの食糧難で生活は困窮を極めた。「飢え」一色だった。
「私は知人の家の物置の、軒の片隅でスタートした生活は、極貧そのものでした。教員をしていた父のわずかばかりの給料では、十分な食べ物が賄えるはずもありませんでした」(同)
 
国策とはいえ、大原さんは愛と希望に燃えてサハリンに渡った両親のもとですくすく育った。しかし、敗戦という悲しい結末を迎えて苦難を強いられた大原さんの証言を読むと、胸を激しく揺さぶられる。人間のささやかな努力を容赦なく破壊し、奪い尽くす国家の非情さ、戦争の暴力性に粛然たる思いにとらわれる。
 
東電のごまかしは許せない
 
私は大原さんに原発事故について話を聞いた。
 
「昨年、東京電力が検査結果の数値をごまかして、謝った際、『二度とこういうことがないように100%安全な原発を目指します』と記者会見で言っていました。私はそれを聞いて首をかしげました。人間のやることに100%安全ということはあるのでしょうか。事故がおきた時、やっぱりな!と歯ぎしりしました」
戦前、日本の指導者は「100%、日本は勝つ」と言っていたが、その言葉と重なったのだろう。戦前も今も日本の構造的システムは何も変わっていないと大原さんは言う。
 
原発事故によって大原さんも避難先を転々とした。はじめは南相馬市の友人宅やお寺に一晩ずつ、泊めてもらった。その時、横浜市に住む長女から電話が入り、
「お母さん、東電の言うことを信用しちゃダメだよ」
 
と悲鳴に近い言い方で、より遠くへ避難するよう叱責された。長女はかつて原子力安全委員会で働いていたので、原発の怖さをよく知っていたのだろう。その声はものすごい緊迫感に満ちていて、のん気に構えていた大原さんをびっくりさせた。そのあと大原さんは仙台市に住んでいる長男夫婦宅に2カ月間、お世話になった。大原さんは話を続ける。
「精神的窮屈さや苦しさは(ぜに)(かね)に替えられません。原発で追われ、この先、どうなるんだろうか、という苦しさはおさまりません。今、何不自由なく暮らしていますが、気持ちの中がちっともほどけてないんです」
原発事故で回復する目安がつかない怒りを大原さんは絵に描いた。「避難民・怒り」(6号)と「避難所・死者との対話」(80号)。いずれも油絵である。
「じっと口をかみしめて目を真っ赤にして怒っている自分を描いたのですが、それは東電に対する怒りです。今も多くの家族がばらばらに生活しているのに、再稼働なんてとんでもありません」
 
私は大原さんの話を聞きながら、昭和45年に製作された山田洋次監督の松竹映画『家族』を思い出した。炭鉱のある長崎県の島から開拓のため北海道へ移住する一家を描いた作品だ。高度経済成長の陰で、希望を失わず懸命に生きる人々の姿が心を打つ。
 
私は前夜、車で郡山市から飯舘村を通り、南相馬市へ入ったが、明かりはどこにもなく、何も見えない。昔、山道を走っていても、ぽつんと明かりが灯っていたものだが、今は真っ暗で怖いくらいだ。一緒にいるはずの家族は離れ離れのままなのだろう。
カーナビが「この先を右へ回ってください」とアナウンスするので、右へ回ると「立ち入り禁止」。警戒区域に指定されているため、中へ入れないのだ。路頭に迷っていると、1台の車がきた。手を挙げて運転手に尋ねた。
 
「南相馬市へ行くのですが……」
そしたら彼は、「俺の車のあとをついてこい」という。明かりのない真っ暗闇の中を走って、ようやく南相馬市へ着いた。
私は思った。本当の幸せとは何か。それは、たとえ貧しくとも小さな明かりの下で一家団欒していることではないのか、と。しかし、原発事故は家族をばらばらにした。
 
青年に課せられた東北の再生
 
収束への確かな道筋が見えない今、放射線被曝の不安を抱え、ふるさとを離れたままの福島県民は多い。しかし、国策に翻弄されながらも奮闘してきた彼ら彼女たちの姿から、問題の根底に何かが見えてくる。
サハリン引き揚げと原発事故――。ここで改めて明らかになったことは、いかに東北が中央政府の下支えになってきたかという事実だ。日清日露の戦場では兵卒として。大正、昭和期は開拓の先兵として。戦線を拡大した兵士に供給する稲作の奨励地として。そして戦後は中卒若年労働者や集団就職、出稼ぎの発信地として。あるいは電力供給源の原発立地県として。
貧困からの脱出で東北が得たものは補助金であり、それがまた東北から「体力」を奪っていった。中には自立と共生で故郷を再創造していった村もあった。しかし、原発事故でそれも一瞬にして消えた。
 
大切なのは何か。それではいったい、誰が東北の復興を担うのか。農村の忘れられた民権思想を掘り起こしてきた在野の歴史家・色川大吉氏は2011年、自らハンドルを握って三陸から福島まで津波で被災した沿岸部を走った。色川氏は書いている。
 
「こんどの地震、津波の被害によって、若い人たちがもう一度先祖の地を立て直そうということになれば、農村部から再び新しいエネルギーが出て来ることになるでしょう。復興への情熱が彼らの力になる。第二の戦後ともいうべき、新しい出発点になりえます。第一の戦後では、農村から大量の労働力が都市へ移動し、それが高度経済成長の推進力になった。それが今度は、ふるさとの復興へと逆流していくのではないでしょうか。そういう動きが始まっていると私は思います」(『朝日新聞』2012/2・28付)
 
自由民権運動――。明治維新後わずか10余年、全国の農村でルソーやミル、あるいは欧米の憲法典を読む学習会が重ねられていた。無名の青年たちが集まって、自分たちの国を将来どうするか。そのためにどんな憲法をつくればいいのかを議論していた。
 
3・11後の東北の再生――。今、東北の青年たちは自分たちの東北をどういう形でつくっていくか、真剣に考えているに違いない。優秀な人材が根こそぎ中央がさらっていった戦前・戦後のシステムから、今度は新しい自分たちの東北の創造的システムづくりへ歩み出す――。これが東北の青年たちに課せられた大きな使命と誇りではないだろうか。
 
           (かたの・すすむ)

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