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日本リーダーパワー史(644) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(37) <戦争で最も重要なことは「インテリジェンス」第2は『ロジスティックス』である>(モルトケ戦略) ▶ 川上参謀次長は日清戦争2ヵ月前に「日本郵船」(近藤廉平)に極秘裏に用船を手配し、大兵をスピーディーに送り込んだ。

   

日本リーダーパワー史(644)

日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(37)  

<戦争で、最も重要なことは「インテリジェンス」

第2は『ロジスティックス』(logistics」である>(モルトケ戦略)

川上参謀次長はこの戦略を応用し、日清戦争2ヵ月前に「日本郵船」

(近藤廉平)に極秘裏に用船を手配し、大兵をスピーディーに送り込んだ。

 前坂俊之(ジャーナリスト)

前回までは「日露戦争の田中工作(田中義一)、明石工作(明石元二郎)」など、先を急ぎ過ぎたので、ここで話を戻す。日清戦争開戦までの「ロジスティクス(logistics」(兵站)について触れる。

モルトケが川上操六に叩き込んだのは『インテリジェンス』
「ロジスティックス(鉄道輸送の利用)」「電信技術の利用」
の三つである。

 

以下の文章は『軍事とロジスティック』江畑謙介 日経BP 2008年刊)による。

「ロジスティクス(logistics」という用語は、現在ではかなり一般化しているが、旧日本軍では「兵站補給」と訳した。「兵站」を岩波書店の『広辞苑』で引くと、「作戦軍のために、後方にあって車両・軍需品の前送・補給・修理、後方連絡線の確保などに任ずる機関」となっている。「軍事」、「後方」が強調されている点が注目される。小学館の『大辞泉』では「戦闘隊の後方にあって、人員・兵器・食糧などの前送・補給にあたり、また、後方連絡線の確保にあたる活動機能」と、ほとんど『広辞苑』と変わらない解説になっている。

「ロジスティクス」は米陸軍の用語辞典では、「物資の取得{調達}貯蔵、配分、輸送など、人員の移動・輸送・治療、そのための労役(役務)の供給などに関する業務治療など、施設の維持・解体処分など「業務務全般を指す」としている。軍の辞典だから軍事に特化した定義になっているが、治療(医療)や施設に関する業務も含み、それに必要な労働力(軍人とは限らず、例えば民間会社との契約も含む)までも包含している。

ロジスティクスを「後方」と訳す自衛隊

ところが、現在の防衛省・自衛隊は「ロジスティクス」を「兵站、後方、後方補給」と訳しているである。日本の辞書と同様、「後方」の概念が強い。

戦争(戦闘)に限らず、人間の行為に対しては常に「ロジスティクス」が必要になる。移動し、水を飲み、食事を摂り、排泄し、眠り、防寒・防暑対策を講じ、目的(任務)に必要とされる器材を揃え、それを使う場所まで運び、整備し、(人間の)治療や(装備の)修理が必要なら、それが可能な場所や施設まで移動させ、弾薬や燃料、オイルのような消耗品は欠乏がないように供給し続けなければならない。

極端な話、人間は鉄砲の弾がなくても(弓矢や竹槍などで)戦えるが、水と食料がなければ戦えない。だから何をするにも、まず考えねばならないのはロジスティクスである。ギリシアの哲学者ソクラテスは、「戦いにおける指揮官の能力を示すものとして戦術が占める割合は僅かなものであり、第一にして最も婁な能力は部下の兵士たちに軍装備をそろえ、糧食を与え続けられる点にある」としている。

川上操六モルトはモルトケから「ロジスティクス(logistics」(兵站)の重要性を教えられ、日清戦争では児玉源太郎を陸軍次官、軍務局長で兵站を一切担当して、頭脳と行動力抜群の児玉は万事怠りなかった。

日露戦争でもその児玉が参謀総長(川上はすでに5年前に死亡)として指揮していたのでロジスティクスの重要性はよく理解していた。

旅順港に主力を配備していたロシア太平洋艦隊を壊滅させ、欧州から増派された第二太平洋艦隊(バルチック艦隊)を、ウラジオストックに入られる前に、何が何でも撃滅しなければならなかったのは、これらのロシア海軍部隊によって日本本土と朝鮮半島、その先の満州(現在の中国東北部)の間の兵端補給線が切断され、大陸に渡った日本陸軍が補給を断たれてれば敗北してしまうからだった。

それを十分に理解していたから、陸軍は旅順の(港を見下ろせる)二〇三高地奪取に多大の犠牲を払い、日本海海戦において東郷平八郎司令長官は「皇国の興廃此の一戦にあり」という信号を掲げた、のである。

 

 モルトケ戦略の第2条―
鉄道利用による「大部隊のスピーディーな派遣、輸送」(ロジスティクス)
によって「分散行軍」「集中包囲攻撃」を可能にする。

モルトケはすでに1860年頃から対オーストリア作戦を策定していた。

モルトケはオーストリアより充実していたプロイセンの鉄道網を利用して、これまでの軍事学の常識を覆す「分散進撃して攻撃時のみ集中」させる作戦計画を立て

プロイセン軍の全兵力の7分の6にあたる三軍(エルベ軍、第1軍、第2軍)を配置し、それぞれの位置からベーメンのオーストリア軍へ向けて進撃させて決戦場で合流させる計画。そのための鉄道はプロイセン側は5本、オーストリア側は1本であり、モルトケは優位を確信していた。こうして5本の鉄道線路を駆使して、プロイセン軍の7分の6を分散投入して、3方からオーストラリア軍を攻撃し、完全勝利を達成した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%B1

短期決戦において重要なのは鉄道であり、モルトケは参謀総長に就任して以来、フランスとの戦争を見据えてドイツ各地からライン川へむかう向かう鉄道の建設に尽力していたその結果普仏戦争時点で北ドイツからフランスへ通じる鉄道は6本になっていた。

そのためモルトケは普仏戦争に強い自信を持っており、早期の開戦が有利であると主張。謀略によってビスマルクは反プロイセン的な南ドイツ諸国をプロイセンが取り込めるほどドイツ・ナショナリズムを激昂させる行動をフランスにさせる機会を窺っていた。(同上参照)

この戦術を川上はそっくりまねたのである。

日清戦争前に韓国、清国側が共謀した金玉均の暗殺、遺体の八つ裂きとさらした蛮行、東学党の乱(甲午農民事件)の広がりによって、日本側のナショナリズムを激昂させる機会をうかがって戦端を開くことを、モルトケの戦略をすっかりコピーして応用した点はこの連載でもすでに紹介した。

日清戦争開始の約2ヵ月前の明治27年6月1日。参謀本部から日本郵船会社に対し、『大演習の準備に必要だから、至急、会社所有の船の今、碇泊している所と、人員をのせる能力とを調べて提出すよう』にとの依頼があった。

三日後、川上操六参謀次長のから、郵船社長に会見申し込みがあった。副社長になりたばかりの近藤廉平が参謀本部にいくと、川上は先日さし出した一覧表に赤いマークをつけた「10隻の船を借り受けたい。一週間のうちに宇品(広島)にまわしてもらいたい」と申し出た。

近藤は急な申し込みに異を唱え押問答となったため、川上は「実は演習のためでなく、内密だが朝鮮出兵するためである」と本音を語り、近藤を説得した。近藤も了解し承知した。

「ただし、取締役会にかける必要があるので、その上で返事をします」というと、川上は「もしこれが清国側に情報が漏れれば国家の一大事じゃが、その点は大丈夫か」と難色を示した。

近藤はきっぱりと答えた。

「私も日本男子です。国家を思う赤誠は断じて閣下に譲りはしません。この秘密を知るのは、あなたと私だけで、万一もれたら二人のいずれかなので、その場合失礼ながら閣下と共に割腹して果てましょう」

近藤は早くからの対清韓強硬論者だったので、この出兵をよろこんだのである。

近藤は自からこの用船事務に積極的に協力し、わずか5日間で指令の船を全部宇品に回航させた。川上の注文より2日も早かったので、日清戦争の緒戦の成歓への大兵の護送、勝利の影には、近藤のこの機敏な協力があった。

日清戦後に川上は近藤を招いてその努をねぎらい、日清戦争の大勝における郵船の功を感謝して、「戦時中、船舶の座礁、失火、衝突が一回もなく、戦機を円滑ならしめたのは、さすがに平素の訓練の程も思われる」と近藤を賞賛した。

 - 戦争報道, 現代史研究

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