前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『リーダーシップの世界日本近現代史』(285)/★『新型コロナウイルス戦争について歴史的に参考にすべき日本インテリジェンス(常在戦場の胆力)』江戸を守った山岡鉄舟の国難突破力④ー『常在戦場の胆力、まず走りだしてから考えろー』

   

 福島原発事故から3ヵ月後  日本リーダーパワー史(164)記事再録

今(2011年6月20日の時点の記事)、日本は人類史上初めてと言っていい、最強最毒の放射能阻止の100年戦争下にある。日本列島は見えない戦場(現在のコロナウイルスの見えない敵との戦場)と化して、犠牲者が続出中なのである。まさに常在戦場である。その戦時下にあって、本来、戦場なら指揮官、司令官であるべき、政治家、リーダーたちが批判されている
東京にいて背広を着て、化粧して、国会で質問するでもなく、行動するでもなく、TVのトーク番組のおしゃべりに花を咲かせ、菅首相が悪いだの、役人が悪いだのコメントしている。議会制民主主義という名の無責任形式主義(ポピュリズム)によって日本は確実に亡びつつある。          

                無刀流の由来
 
勝海舟、高橋泥舟とともに、幕末の三舟と謳われた鉄舟は、人も知る当代一の剣の達人で、当時の剣客中、かれに勝つ者は江戸中にいなかったといわれる。しかし上州(群馬)の浅利又七郎だけは、なんど立ち合っても二本も打ち込めなかった。
 
「この上は、技だけの練磨では駄目だ」
 
鉄舟は京都へ飛び、天竜寺の満水和尚について禅の修行に励み、江戸へ帰ってからも『剣禅一致』の工夫に没頭した。いつもまぶたに浮かぶ浅利の姿に向かって剣を構えると、浅利の顔が大きく迫ってきて圧倒され、手が出ない。
 
座禅数年。ある夜半、翻然と悟るところがあった。剣を構えると、浅利の姿がふっと消えてしまった。山岡は、「籠手田!起きろ」
と、門下生をたたき起こし道場へ引っ張りだした。籠手田は木剣をとって、構えたが、鉄舟が巨人の仁王像のように見えて、木剣を投げだした。
 
「先生!おゆるし下さい、今夜の先生は、いつもと違います。恐しくて立ち合えません」
翌日、鉄舟は、ちょうど出府していた浅利又七郎に試合を申し込んで、道場で相対した。浅利は一度、正眼に構えたきり、金縛りにあったように身動きできない。一呼吸おいて竹刀を引き、
「参った。もうわしはお主の敵ではなくなった」
 
鉄舟はこのあと、無刀流の一派を開いて開祖となったが、禅の無の悟りから開いたものであった。
 
 
度胸免許の腕前、清水次郎長と山岡鉄舟
 
 山岡鉄舟は晩年、清水次郎長を愛して、なにかと教え導くことが多かった。ある日、次郎長に、
 
「長五郎、お前の身体には刀痕というものが一つもないのはふしぎだな。たいして剣の上手とも思えぬが、一ども斬られたことはないのか」と聞いた。
 
「あたりまえですよ。斬り合って見て相手が自分より上だなと思ったときには、すたこら逃げ出すし、オレより弱いなと思ったら叩き斬るんでさあ……」
 
「ふむ、それは安全な戦法だが、相手の強い弱いはどうして見分けるのだ」
 
「それは、互いに刀を向け合いましょう。そのとき刀の切っ先でチョイチョイと向こうの切っ先を押して見るんです。こっちで押したとき、むこうで逆らってすぐ押し返してくるような奴は弱いにきまっている。
 
こういうやつらはひと突きにやっつけますが、強い奴だと、チョイと当たって見たときに、逆らってはこねえが、ネバっこく、こっちの刀についてきます。そういう奴にあったら、一目散に逃げるんです。それで私は、いつも普通より寸の長いドスを持っていましたよ」
 
「なるほど剣の極意によくかなっている。真剣勝負に刀を構えて、それだけ心に余裕があるとは、感心なものだ。お前は世にいう『度胸免許』の腕前とみえる」と鉄舟はほめた
 
 
寝衣のままの参内した鉄舟
 
明治11年(1978)8月23日に起きた「竹橋騒動」は、西南戦争のときの論功行賞に不服であった、皇居近くの竹橋兵営の近衛兵部隊が夜中に起こした武装反乱事件である。
 
この時、明治天皇の侍従だった山岡鉄舟は、乾門ぎわの邸で寝ていたが、陛下の御座所近くで突発した事件に跳ね起きると、寝衣の上に袴をつけ、太刀をとり裸足のままで皇居へ駈けつけた。明治天皇は、すでに起きていたが、側近を護衛する者は一人もいなかった。
「おお、山岡か、よう参った」
 
陛下は山岡の顔を見て、ひと安心された。山岡はそのまま、太刀を引きつけてお側を守った。それから一時間も過ぎてから、ボツボツ、馬車や人力車で参内してきた重臣や宮内官は、いずれも礼服を着用していた。
 
「この危急の場合に、礼服を着ているヒマがあるのか」と山岡は叱責した。しかし、鉄舟はわが姿のあまりのひどさに、お詑びを申し上げると、陛下は、「構わぬ。山岡にはそれが似合いじゃ」と笑った。そして、忠誠の記念として、山岡の刀をお召し上げになった。
 
明治二十二年(一八八八)、鉄舟の没後、明治天皇は山岡の嗣子、直記に、その「誠忠の記念」の品を下げ渡された。
 

 

 - 人物研究, 戦争報道, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
知的巨人たちの百歳学(111)-明治の大学者/物集高見、高量(106歳)の大百科事典『群書索引』『広文庫』の奇跡の長寿物語➂→「(人間に必要なのは)健康とおかねと学問・修養の三つでしょうね。若い時は学問が一番、次がおかね。健康のことなんかあまり考えないの。中年になると一番はなんといってもおかね。二番が健康、学問なんかどうでもいいとなる。そして年取ると・・・」

物集は膨大な日記を書いている。 それは「百歳は折り返し点」の自伝の「年表の総まく …

no image
日本メルトダウン脱出法(778)「この異常気象がヤバい!あなたに迫る地球温暖化の脅威」●「シリア・アサド政権打倒で第3次世界大戦の危険性も」●「鼻を折られたプーチン大統領との接し方に要注意」

日本メルトダウン脱出法(778) この異常気象がヤバい!あなたに迫る地球温暖化の …

  日本リーダーパワー史(771)―『トランプ暴風で世界は大混乱、日本も外交力が試される時代を迎えた。そこで、日清戦争の旗をふった福沢諭吉の「外交論」を紹介する」★『日清講和条約(下関条約)から3週間後の福沢諭吉の外交論である。 『外交の虚実』『時事新報』明治28年5月8日付』●『今日の順風も明日の逆潮に変化するその間に立て、虚々実々の手段をめぐらし、よく百難を排して、国の光栄利益を全うするは外交官の技量にして、充分に技量を振わせるものは実に朝野一般の決心如何に在るのみ。』

   日本リーダーパワー史(771) トランプ米大統領の誕生で『世界は大混乱の時 …

no image
日本記者クラブで坂本団 弁護士が「マイナンバー、その可能性と危険性」- 自己情報は誰のもの」と題して講演、記者会見した(4/20)

日本記者クラブで坂本団 弁護士が「マイナンバー、その可能性と危険性」- 自己情報 …

no image
日本リーダーパワー史(68) 勝海舟の外交コミュニケーション術・「至誠と断固たる気骨で当たれ」

日本リーダーパワー史(68) 勝海舟の外交コミュニケーション術・至誠と断固たる気 …

no image
明治150年歴史の再検証『世界史を変えた北清事変⑤』-服部宇之吉著『北京龍城日記』(大正15年)より」★『義和団の乱の原因は西教(キリスト教)を異端として排斥した清朝祖宗の遺訓からきている』●『北清事変はキリスト教対中華思想の文明の衝突』

  明治150年歴史の再検証『世界史を変えた北清事変⑤』 以下は服部宇之吉著『北 …

no image
★『リクエスト再録記事 (2013/02/14 )』宮崎滔天ー―尖閣問題で軍事衝突が危惧されている今こそー100年前の中国革命(辛亥革命)の生みの親・宮崎滔天に『日中両国民』は学ばなければならないー

    2013/02/14 に執筆 ―尖閣問題で軍事衝突が危惧されて …

no image
日本メルトダウン脱出法(858)『中国、南シナ海問題取り下げ要求』●『安倍首相 サミットで米露を和解させる外交的勲章に野心』●『コラム:中国の不良債権株式化、銀行の自己資本不足招く恐れ』●『コラム:中国の改革を阻む「ゾンビ企業」の過剰雇用』

日本メルトダウン脱出法(858) 中国、南シナ海問題取り下げ要求 http:// …

no image
日本リーダーパワー史(399)ビデオ歴史政治座談会<安倍自民党政治へ提言>安倍外交は武田信玄の軍略を学べ

   日本リーダーパワー史(399)   …

no image
日本メルトダウン脱出法(704)「中国経済成長率、実際は公式統計の半分以下か 英調査会社が試算」「減少続く中国の外貨準備、資本流出を巡る論争に火』(英FT紙)

  日本メルトダウン脱出法(704) 中国経済成長率、実際は公式統計の半分以下か …