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日本リーダーパワー史(184)『アジア経済時代の先駆者・犬養木堂④』 一貫して『産業立国論』を唱えた民権政治家―

   

日本リーダーパワー史(184)
 
百年前にアジア諸民族の師父と尊敬された犬養毅
アジア経済時代の先駆者・犬養木堂④
 藩閥、軍閥と戦い終始一貫して『産業立国論』を唱えた政治家―

                      前坂 俊之(ジャーナリスト)
 
 
犬養木堂は明治15年に政界に進出した当初から、民権政治家として終始一貫して「産業立国主義」を唱えてきた。ここに紹介するのは『経済上より観たる産業立国』(1921年(大正10)、第44回帝国議会での演説草稿の一部である。
 
 
『経済上より観たる産業立国』
 
 
明治維新以来、何人も共に心配している問題は第一にわが国の土地の狭いこと、第二には原料の乏しいことで、しかも人口は増える一方であったことから、これが国民頭脳を刺激して、やがてハワイの出稼ぎとなり、アメリカの出稼ぎとなったのであるが、それ位のことで年年、増殖する人口がハケきれない。
 
ソコで近年は満蒙(中国東北部)、シベリアに出かけて行く者が出てきたけれども、一方、米国では日本の出稼ぎを排斥し、カナダでもオーストラリアでも、日本人は入れない、これは実にわが国の前途に取ってゆゆしき問題である。
 
この問題をどう解決するかというに、藩閥全盛時代にやむを得ずして領土拡張の意見を懐いた政冶家や軍人がいたが、これは今日の国際関係上、全く空想であって、もはや今の世界はすこしの土地といえども一国が拡張するのを許さない。領土の拡張を許さないとすれば、如何にしてこの問題を解決して、民族の生存を維持するかというに、これは実に容易ならぬ問題である。
 
維新以来、日本農業も工業も順調に進歩してきたことは事実であるが、しかしそれだけの進歩では、将来列強に伍して、産業競争に対等の地位を占めることは出来ない、というのは、従来の輸出貿易において、日本品が競争に打勝った原因は、製作の技能熟練が競争国よりも優ったわけではなくて、労働者の生計の程度が低く、労働賃金が低いために、生産費が下位にあったに過ぎない。ところが生計の程度は、文明の進むに伴って進み、我国の努働階級の生計もまた、昔日に比して著しく進んだ。
 
さうなると従来の如き生産費で仕上げることは出来なくなるのは当然の帰結である。加うるに、国際労働会議の結果、労働時間を短縮するということになり、工業努働の基礎は各国均一にされたから(我国は除外例の部類にあれど)ますますもって他国との競争が困難にならざるを得ないのである。
 
その証拠には、生糸は日本の輸出品中の大半であるが、近来、支那においては、日本の約半額の生産費で出来て、しかも日本の生糸よりも強いのである。ソコで米国人は、早くもこの点に着目して、盛んに支那に桑畑を奨励し、養蚕がにわかに増加してきた。日本でも三井物産や片倉組などが、工場を支那に設けて、製糸に従事するといふ有様である。又紡績も、太糸は支那と困難が困難になった。
 
 ソコで富士紡績、鐘ヶ淵紡績、日清紡績等皆支那に工場を建て、支那のやすい労働者を使うという有様である。資本は移動的であるから、資本家は利益のあるところはどこでも行かれるが、国内に置き去りにされた努働者はどうなるか、これは将来に残された問題である。
 
生糸や紡績だけについて見ても、この様な始末であるが、この他にもこの種の事が多い。従来、大阪や名古屋方面から輸出していた雑貨類なども、支那の工業がだんだん進歩するに従って、日本からの輸出はどんどん減って来るのである。この様に数えて見ると、日本の輸出貿易の前途は甚だ心細いものである。
 
一体、日本人がこれまでのお得意国たる支那や南洋の文明は、未来永久に進歩せぬものならば、わが国の工業状態もこのままで差しつかえはないが、支那でも南洋でも、なべて人類の文明は進むべきはずなれば、もし彼等の文明が進んだ結果はどうなるかといえば、従来、日本から輸出した製品は、支那でも南洋でも、サツサツと出きるようになるのである。
 
ここで彼等が進めば、われは更に進み、要するに1歩づつ彼等よりも先きへ進歩すれば、依然として従来の地位を維持することが出来るが、日本の現代は決して一歩先きに進歩しない。
 
さうすると、これまでの通り輸出が出来なくなるばかりでなく、生産費の低廉な国々から却って輸入してくることになるので、困難はますます国難になる。
 
これらの困難に打勝つべき方法は外にはない。かりに生糸の例を以ていえば、従来、生糸なる未製品を海外に輸出したのが、支那の生糸に対抗が出来ぬとなれば、我は未製品の輸出よりも更に一歩を進めて、今度は絹織物を以て輸出するまでの工業進歩がなくてはならぬ。
 
何故にわが国は自国の生糸に加工して、欧洲向きの絹織物を作ることが出来ぬか、米国向きの織物を作ることが出きぬか、外国の工場が時の流行を追うて、精巧な織物を製出するような眞似が不可能であるか、ひっきょう日本の工業知識が彼に及ばないからである。
 
日本人の工業知識が進歩すれば、或はフランスの如く、或はベルギーの如き製品が出来なければならぬ道理である。もはや日本も生糸輸出の時代より、絹物輸出の時代に進まなければならないのであるが、今の有様ではそれは不可能である。それではどうするかと言え、科学知識の進歩を限るより外に方法はない。
 
 くらべて物価の騰貴から驚くべき現象がある。例えば支那から薪炭を輸入し、雨傘を輸入し、米国から小楊枝を輸入するが如きは尤も甚だしいものである。
 
もちろんこれ等は、戦後の物価騰貴に伴う一時的現象で、永久的のものでないかも知れないが、中には一時的のものでないのもある。こういうものをどうするかと言へば、一方、国民の科学知識を進める事と、生産費増加の原因を除く事とに全力を注がねばならぬ。
 
将来の文明進歩の結漂、工業上の知識が世界諸国いずれも優劣なく、一斉に平均点までに進むべきものと考へねばならないが、もしさうなると、原料の多い国が結局。勝利を占めるようになるにきまっている。しかるに日本には綿が出来ず、羊毛ができず、尤も大切な鉄がはなはだ貧弱ある。その他においても天然の資源というものがはなはだ乏しい。
 
であるから、将来のことを考えると、この貧弱な資源をもって、他の豊富な国にあたることははなはだ困難である。ソコで当然、起って来る問題は、如何にして原料を得るかに在る、それに何としても国際関係を密接、円満にすることが肝要である。
 
一例をあげれば、支那における鉄の供給を永久的ならしめようとすれば、今少し支那との関係を親密にして、両国間に猜疑心をなくするようにせねばならぬ。満州、蒙古などの資源を拓く上にも、皆この心得で豊富なる原料の供給を受けるようにせねばならぬ。
 
この様に一方に原料供給の途を開いておいて、そして一方には大いに工業知識即ち科学知識を進めなければならぬ。それに先づ高等の学府から始まなければならないが、日本にもたくさんの専門学校や大学はあるけれども、いづれも予算の節約からして設備が十分でない。
 
設備が不完全では学術の進歩を望むことはできぬ。かりに学者の知識程度が、他の文明国に比して決して遜色がないとしても、学府における設備が不完全では、学者が研究の試験も出来ぬから、学術の産物をえることはできぬ。
 
いわんや科学の知識はなお他の文明国に及ばざるにおいておやである。ソコで進歩の本は何をするにも金である、金があれば最高学府の学者の活動も出きれば、進歩も出来る。されど高等の学者が出きたばかりでは、産業はまだ進まぬ。
 
全体の国民の知識が進んで、最高学者の研究よりで結果を実際に応用するだけの知識が無くてはならぬ。これがためには国民教育年限の延長も必要である、実業補習学校も必要である、農学校、エ学校、商業学校を造ることも必要であるが、も一つ是非とも、設けねばならないのは、われわれの多年主張しておる理化学研究所である。即ち国費で建設する大規模のものである。このようなものをもうけて、日本の学者だけで足らなければ外国からエライ学者を招致してくればよい。
 
いまやドイツとベルギーには立派な学者で生活に困っておるのもたくさんあるから、それを招致するがよい。そして高等学府において研究したるものを実地に応用すべき試験は、この研究所の目的である。これらの設備が無くて産業の面目を改めることはできぬ。
 
その一例をあげれば、昔は英国の染料が世界一と称されたが、ドイツがだんだん進歩して、ついにこれを凌駕してしまった。英国の学問が必ずしも劣って居たのではないが、ドイツの如く、学術と実際の工業と密接な連絡がなかったのが原因であった。
 
ドイツはこの点に着目して、一方の進歩し学理を一方の工業に結付けたのである。即ち、媒介機関が理化学研究所である。ここで盛んな応用試験を行い、試験の成績はいちいち国内の当業者に示して、これを応用する、その結果は従来より精良なる品を安価で作ることが出来るようになったのである。
 
これでも大規模の国立理化学研究所をつくって、これに十分の金を与えて設備を造れば、日進月歩の学理を実物に応用するのである。
日本も今日から生存の必要上、世界の工業に対抗するに科学に全力を注ぐがよい一。科学万能能主義で進む外はない。その準備として第一に要するものは金である。故に政府は不生産的経費を節減して、なべて産業振興の費に充つる決心をせねばならぬ。
 
そのために行政の整理も、税制の整理も軍備縮少も断行せねばならぬ。こういう風にすべての経費を節減して、産業立国の基礎を固めて、世界の競争の中で優勝の地位を占めなければならぬ。これが、経済上からみたる産業立国の概要である。
 
(以下つづく)
2 国際関係より観たる産業立国、
3 軍事上より観たる産業立国
 
(以上、鷲尾義直『犬養木堂』中 東洋経済新報社 昭和14年刊  451-455P)

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