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『池田知隆の原発事故ウオッチ⑳』◎「地熱発電」の開発を急げ―地熱資源立国にむけた規制緩和を―

   

池田知隆の原発事故ウオッチ⑳』
 
『最悪のシナリオから考えるー「地熱発電」の開発を急げ

池田知隆(ジャーナリスト)
 
 (福島原発問題で雑誌に書きました。私のホームページからPDF版も読めます)
 
 
◎「地熱発電」の開発を急げ―地熱資源立国にむけた規制緩和を―

           (月刊日本 2011年10月号)
 
 「3・11」後、原発の代替エネルギーとして「地熱発電」への関心が高まっている。火山国日本の地底深くにあるマグマは、純国産の自然エネルギー源だ。これまで原子力(核エネルギー)という「神の火」に政策的に抑えこまれ、大地の恵みの地熱はあまりにも注目を浴びなかった。火山国は「地熱資源大国」であり、いま、その地政学な利点を生かしていくことで「フクシマ」後の世界で日本の生き残る道が開かれるのではないか。
 
◎地球の恵みとしての”地熱”
 
 東北地方の人々は、多くの災害を乗り越えてくるなかで、大地の力への深い思いを抱きつづけているようだ。宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」は、目前の大冷害を防ぐために火山局技師が自ら犠牲になって火山を噴火させる壮大な物語だ。井上ひさしさんの長編大作「吉里吉里人」で描かれた岩手・宮城県境の架空の国「吉里吉里国」の電気は、地熱発電所で確保していた。地域の共同体社会は、大地の力と共に「自立」していかざるをえない。
 
 いま、地熱という自然エネルギーの活用が東北の地から新たに動きだしている。7月、岩手県八幡平地域で地元の八幡平市と地熱関連企業による地熱発電の事業化が始まった。2015年には出力7000kw級の発電設備による送電開始を目指している。八幡平には1966(昭和41)年に日本で初めて運転開始され、世界でも4番目の地熱発電所といわれる松川地熱発電所がある。実現すれば、1999年に八丈島で地熱発電所が稼働して以来、日本において16年ぶりの新規稼働となる。それは「地産地消」のエネルギー社会に向けての確かな一歩になるだろう。
 
 地熱は、地表から地下にむかって100mで3℃くらいの割合で温度が上がり、地球の中心部では6000℃になるという。火山の下にうごめく高温のマグマは、地表からしみ込んでくる大量の水を熱し、熱水や水蒸気を作り出す。地下の割れ目に充満している水蒸気を地上に取り出して発電機のタービンを回転させるのが地熱発電で、タービンを回すところから先は火力発電や原子力発電と同じ原理だ。
 
 世界で最初の地熱発電所は火山国イタリアのラルデレロにつくられ、1913年に運転が始まった。日本では1919年、山内万寿治海軍中将が、国のエネルギー安全保障の観点から興味をもち、大分県別府で掘削に成功、これを引き継いだ東京電灯の太刀川平治博士が1925年に実験発電した。実用化されたのは先の松川地熱発電所が最初だ。
 
 現在、全国13カ所に地熱発電所が存在する(他に5カ所の自家用地熱発電所)が、電力の総容量は約54万kw。中型原子炉1基分にすぎず、総電力に占める地熱発電量はわずか0.28%だ。
 
 「熱資源大国日本は、地熱発電で国内電力の半分、もしかして、全部をまかなえるかもしれない」
 
 世界的な環境学者レスター・ブラウン氏は2008年6月、上智大での講演でそう語った。火山国日本は、インドネシア、米国と並んで地熱資源量は大きい。環境省の調査(2010年)では3300万kwに達し、それだけでわが国の原発の約33基分を地熱でまかなえる。ずいぶん先のことになるとみられるが、マグマ熱を直接使える技術が開発されれば、全国電力需要の3倍近くをまかなえるという。
 
 世界の地熱発電容量は、アメリカ、フィリピン、インドネシア、メキシコ、イタリア、ニュージーランド、アイスランドの順に多く、日本は第8位。地球環境問題やエネルギーの安全保障の面から世界各国は地熱開発に積極的で、2005年から2010年の5年間で年間の総発電量が20%も増加している。そんな世界の潮流とは対照的に日本の地熱技術開発費は1982年をピークに減少を続け、2003年以降はゼロだ。世界の主要地熱資源国で開発が停滞しているのは日本だけだといえる。
 
○地熱発電を遅らせる規制
 
 原発の代替エネルギーとして太陽光や風力に注目が集まっているが、島国の日本では風向が安定せず、雨や雪も多い。太陽光発電で休耕田に大規模発電するという意見もあるが、パネルで一面に覆えば、休耕田の保水能力は失われ、土壌が荒れ、自然破壊につながりかねない。
 
さらに設備利用率(実際に取り出せるエネルギー)は太陽光約12%と、風力約20%と低く、極めて不効率だが、地熱は70~90%と高い。発電単価(円/kwh)は、太陽光46円、風力10~14円、地熱7~22円で、安定的に効率よく供給が期待できる地熱の優位性ははっきりしている。
 
 しかし、地熱発電への国や地元行政からの支援は、火力や原子力と比べて乏しかった。地下資源の基礎調査から運転開始までの開発期間は約10年を要し、地熱発電するまでの初期コストが大きい。だが、国の補助が得られる「新エネルギー」指定から外されて、地熱の開発は停滞した。2008年に「バイナリー(中高温熱水や蒸気も熱源にできるように沸点の低い媒体を加熱、蒸発させて発電する)方式」の発電だけが「新エネルギー」指定を受けたが、それでも多くの規制がかけられている。
 
 さらに国内の地熱資源量の80%以上は国立公園特別地域内にあり、開発規制や温泉問題をめぐる地域住民の反対という障壁があった。群馬県の嬬恋村では2008年に地熱発電の計画が表面化した際、その予定地から数㌔離れた草津温泉の源泉に影響が出る可能性が必ずしも排除できないとして草津町が反対している。日本にある豊富な地熱源は、温泉として楽しむという非生産的な分野で大量に浪費されるだけで、まったく有効に活用されていない。
 
 海外ではアイスランドなどの景観に優れた国立公園内において、自然環境に十分適合した地熱発電所が建設され、温泉と発電に活用されている。そこで地熱発電を推進している日本地熱学会は報告書「地熱発電と温泉利用との共生を目指して」をまとめ、「地熱基本法」制定を要望。環境省も今年6月、「国立公園に関わる規制」および「温泉施設に対する影響評価」の見直し作業に入った。だが、この開発規制や温泉の問題についてどのように打開していくのか、ロードマップがみえない。
 
 「(日本では)地球環境に最も貢献できる発電方法を環境省が妨げている」と作家、真山仁氏は、地熱発電をテーマにした小説「マグマ」(角川文庫)のなかで欧米のメディアによる外圧戦術を展開していたが、そんな指摘も的外れとはいえない。日本政府は外圧に弱い。それに頼らないと国内調整ができないのが日本政治の現実である。
 
○技術で世界をリードする日本企
 
 そのように地熱開発で政策的な遅れをとる日本を尻目に、東南アジアや世界の国々は地熱発電を積極的に推進している。アメリカに次いで発電容量が多い火山国フィリピンは、国内総発電量の約5分の1を地熱でまかなう「地熱発電大国」だ。建設中の原発を運転開始の直前に廃絶し、地熱発電所の建設を促進している。
 
 産油国であり、火山国でもあるインドネシアも2015年までに450万kw、2025年までに950万kwを地熱発電でまかなうというエネルギー安全保障戦略を打ち出している。地熱発電量で言えば数年後、日本の10倍近くに達するが、そのインドネシアの地熱発電所(5カ所)の建設に対して日本政府はODA(政府開発援助)として553億円の円借款を行う。
 
 ところで、あまり知られていないが、世界各地の地熱発電設備の大部分は日本企業が手がけているのが実態だ。地熱発電に関わる日本の技術は高く、富士電機ホールディングスは今年5月、14万kwと1基としては世界最大出力の地熱発電プラント(ナ・アワ・プルア地熱発電所)をニュージーランドに納入し、運転を始めた。世界の地熱発電設備容量の約70%のプラントは富士電機、東芝、三菱重工の日本企業3社が供給している。
 
 だが、7月、地熱の業界関係者を揺るがす事件が起きた。円借款が付いたインドネシアの地熱発電所の施工管理に関する入札で、日本勢がイタリア企業に競り負けたからだ。かつては世界トップクラスだった日本の資源調査技術も、日本国内での政策的なミスリードから開発が停滞する間に脅かされようとしている。一方でインドネシア国産のタービン開発プロジェクトが始動し、日本の競争力を揺るがしかねないほどまでに成長しつつあるという。
 
 さらに地熱発電の新技術として「高温岩体発電」に大きな関心が集まっている。地下の高温の岩体に水圧技術を利用して人工的に割れ目をつくり、熱水や蒸気を回収する方式だ。温泉などとも競合せず、地中深く掘削することで場所を選ばすに地熱発電ができると期待され、火山国でないドイツ、オーストラリアも意欲的だ。
 
米グーグル社が2008年、ベンチャー企業等に1000万ドルを出資して話題になり、2010年からオーストラリアで27万5000kwの大規模な高温岩体地熱発電プラントの建設が進められている。国内の地熱開発を妨げている諸規制を緩和し、海外での開発経験を基に洗練された最新地熱技術を国内で早急に活用する時期にきている。
 
○「資源小国」という錯覚
 
 これまで原子力を推進するあまり、日本は「資源小国」というイメージにとらわれてすぎてきたのではないか。日本の地底に眠る豊かな地熱や海洋資源について調べるうちに、そう思い知らされた。
 
 東大東洋文化研究所の佐藤仁准教授によると、「資源」という言葉は、日清、日露の戦間期にあたる1900年前後から使われるようになったという(『「持たざる国」の資源論 ―持続可能な国土をめぐるもう一つの知―』東京大学出版会)。日本は資源を持たない国という概念が定着したのは日露戦争後のことで、それと同時に日本軍の大陸侵出が本格化していく。資源は日本の外にある。だから、外から資源を取ってこなくてはならない。そんな資源観が敗戦まで続く。
 
 戦後になると、政府は国内の資源に目を向け、1960年のエネルギー自給率は58%と、エネルギーの半分以上を国産でまかなっている。ところが、高度経済成長とともにエネルギー消費が爆発的に増え、いまでは自給率は4%(原子力を含めても18%)だ。いつしか海外資源の確保に力点が移り、国内の石炭や森林などの豊かな資源は放棄されてきた。
 
 日本は地熱の宝庫である。いま、日本が熱源のない国だという誤った思いこみから抜け出さなくてはならない。「脱原発依存社会」を実現するには数十年もの長い期間がかかるが、原発に代わる代替電力として中長期的な観点からみれば、その本命は地熱である。地熱発電をめぐる世界トップクラスの日本の技術力を国内で生かさない手はない。
 
そうはいっても、地熱発電がすべてを解決できるわけではなく、森林に放置されている間伐材などを活用したバイオマス発電など多彩なエネルギー源を組み合わせながら、リスクを分散していくことが必要だ。
 
 今年2月に大地震に見舞われたニュージーランドは、国内に原発を1基も持たない。水力や風力などの再生可能エネルギーで電力の7割以上をまかなっている。地熱発電は総発電量の13%だ。2025年までに国内電力の9割を再生可能エネルギーに転換させる目標を立て、地熱発電所の建設を推進している。アメリカとの軍事同盟と一線を画し、独自の「非核政策」を毅然として貫いている。人口1億2000万人の工業立国日本と人口430万人の農業国とを単純に比較することはできないが、そのニュージーランド国民の気概に学ぶことは少なくない。
 
○「地産地消」は「自治」の場
 
 地熱発電を活用する最大の眼目は「地産地消」型発電という点にある。地熱発電所の建設を通して、地域分散型のエネルギー供給システムを構築するのが大きな課題だ。「地産地消」型の基礎エネルギーをもとに、日本社会の産業の再配置を展望していかなくてはならない。
 
 先に八幡平の例をあげたが、地域自治体と民間企業がパートナーシップを築き、地熱発電所を建設、運用していく仕組みを作り上げることが急務だ。初期投資に対して、低利融資などの優遇措置をとって企業の誘致を図るべきだ。地元の温泉組合などとの共存を図るために、「エコ温泉」として観光振興を積極的に支援するなどの方策を組み合わせていけばいい。
 
 再生可能エネルギーについて固定価格で買い取る施策がとられるが、今後、買い取り価格の上積みや、地域の情勢にあった柔軟な価格設定が必要だ。さらに電力の販売を自由化し、地熱で発電した電力を地元に安く提供する方式も求められる。そのためには現行の中央集権的な電力供給体制を再編し、発電、送電、配電部門を分割して電力の融通がきくようにしなくてはならない。将来、超電導技術が進歩すれば、電力をより安定的に確保できるようになる。
 
 震災被災地の復興は、地域の共同体社会の「自立」なしにはありえない。地域再生に向けて「民主主義」と「自治」をはぐくんでこそ、未来が開かれる。地熱に象徴される自然エネルギー活用の問題は、そのための試金石でもある。「脱原発依存」社会に向けて地熱発電を国家、国民がどこまで推進していくのか。自国のエネルギー自給率をどう高めていくのか。それは“フクシマ”後の世界で日本がどのように生き延びていくのか、という安全保障戦略とも深くからんでいる。
 
 
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