終戦70年・日本敗戦史(84)陸軍反逆児・田中隆吉の証言④『惨憺たるミッドウェーの敗北ー愚弄された一億の民』
2015/06/02
終戦70年・日本敗戦史(84)
敗戦直後の1946年に「敗因を衝くー軍閥専横の実相』で
陸軍の内幕を暴露して東京裁判でも検事側の
証人に立った反逆児・田中隆吉の証言④
『惨憺たるミッドウェーの敗北ー愚弄された一億の民』
ミッドウェー島の周辺において日米両国の海軍が正々堂々、四つに組んで雌雄を決したのは、ハワイ及びマレー沖でのわが勝利の夢がなお暖かい、昭和十七年六月五日の出来事である。この海戦において海軍は世界海戦史上、未だかつてない惨憺たる敗北を喫した。そして内外に対し久しく無敵を誇り続けたわが海軍も、この敗北のため無敵の二字を物の見事にアメリカ海軍に奪い去られてしまった。
太平洋戦争の勃発以来、戦争前の豪語にも似ず、戦争指導者が心密かに憂慮しつつあったのは、日本内地に対する敵飛行機の空襲であった。何んとなれば、内地での防空施設はまさに貧弱そのものであったのみならず、建築物の大部を占める木造の家屋はひとたび空爆を受けれは東京、大阪の如き大都市といえども一瞬にして廃墟となる可能性が多く、そのもたらす結果は戦争の遂行能力の致命的なる低下であるからである。
戦争の開始と同時にグアム島は直ちにわが手に帰した。しかしながらハワイ、グアム両島の中間に存在するミッドウェー島は飛行機の根拠地として最も好適であり、もし同島に、当時アメリカが世界一を誇って居た空の要塞(二四隻)の多数を装備し、シベリア、若しくは支那大陸に着陸地点を求めつつ、日本内地に対する空襲を敢行するならばその実現には十二分に可能性があった。
まことに昭和十七年四月十八日に行われたドゥリットル摩下の飛行機の東京、名古屋に対する爆撃は痛く海軍を刺激した。
聯合艦隊司令長官山本五十六元帥は、日本内地を完全に敵の空襲圏外に置こうとして、ミッドウェー島の攻略を企図し、昭和十七年五月初旬から聯合艦隊主力の青森湾への集結を開始した。
この聯合艦隊の中には百隻の運送船に分乗した旭川師団の歩兵聯隊も含まれていた。この聯隊はミッドウェー島に上陸作戦を行う予定の陸軍部隊である。
集結に約半ヵ月の日数を費し、五月三十日、聯合艦隊は威風堂々ミッドウェーに向って青森湾を出発した。
第1陣はハヮイの奇襲に成功した南雲中将の率いる航空艦隊であり、第二陣は戦艦を主力とする第二艦隊と西方よりミッドウェーに迫る甲級巡洋艦を主力とする第二艦隊であった。
航空基地を有する島嶼に対し、海上に浮動する艦隊をもって攻撃することは、敵の不意に乗じない限り極めて危険である。もし相手方が、事前に艦隊の接近を察知したならば、攻撃成功の公算は殆んどゼロに近い。しかし発達し近代の航空機の威力の前には装甲甲板を有する戦艦と錐もほとんど無力に近いからである。
このため、海軍軍令部は山本元帥のこの計画には当初反対であった。しかし山本氏はこの反対を押して敢行した。
それはハワイの勝利に陶酔して敵を侮っていたからであろう。わが航空艦隊がミッドウェー航空隊の爆撃圏内に入ると、アメリカの急降下爆撃機はミッドウェーの基地を出発してわれに向って攻撃を開始した。
ほとんど同時にわが艦載機もミッドウェーに向って進発した。わが航空艦隊は、赤城、加賀、飛龍、蒼龍の四航空母艦よりなる精鋭なる我海軍航空兵力の全部である。
しかしながら、この精鋭なる四艦もアメリカ急降下重爆撃機の前には極めて無力であった。戦闘数刻にしてことごとく海底に葬り去られた。
ミッドウェーを爆撃して帰来せるわが艦載機は、その母艦を失って着艦不能に陥り、ことごとく海上に着水する己むなきに到り、優秀と精鋭を誇れる多数の航空将兵はその全部を挙げて水中に没し屍を海底にさらした。
同時に第二艦隊の甲級巡洋艦一隻も撃沈せられ、一隻は大破した。聯合艦隊は此意外の失敗に周章狼狽、なす所を知らす、卒然として戦場を離脱し内地の根拠地に引き揚げた。
アメリカは「真珠湾の復讐に成功せり」と全世界に放送し轟、撃沈したわが艦艇の名を事実ありのままに伝えた。海軍省と軍令部は上を下への大騒ぎであった。その真相は日ならずして我々の耳へ入った。しかし、陸軍省内では大臣、次官の外には何人にも知らさぬことにして極力事実の隠蔽に努めた。
私は痛烈に当局のこの態度を批難した。それはある日の局長会報の席上であった。
「抑々この戦争は洩れ承わる所によると、戦うも戦わざるも亡びるが故に巳むを得ずして剣を取って起ち、死中に活を求めんとしたものであるとのことである。
果して然らば、真に国家の運命を賭した戦であるから、指導者たるものは宜しく一億国民のことごとくをして、富士山を枕に討死を覚悟せしむるにあらざれは、到底、戦争目的の達成は出来ない。ミッドゥエーの海戦は明かに敗北は敗北として、その偽らざる真相を国民の前に発表しなければならぬ。何んとなれば日本国民は良きにつけ、悪しきにつけ、泣いて戦う国民であるからである。勝利のみを誇大に発表して敗北を隠蔽することは、国民の士気を昂揚する所以でない。ミヅドゥエーの敗北は、その真相の全部を国民の前に暴露して、その奮起を促すことが絶対に必要である」と。
私はこの主張には、東条首相の腹心、富永恭次人事局長
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E6%B0%B8%E6%81%AD%E6%AC%A1
も賛意を表した。しかし、首相は傲然たる態度で答えた。
「政治と言うものはそんなものでない。大衆は愚だ。真相を知らしむれば士気を挫折する」と。
依らしむべし、知らしむべからざることを政治の信条とする東条氏の面目躍如たるものがある。私は「それは日本の思想ではない、支那の思想だ」と言った。首相は「見解の相違だ」と言って肯んじなかった。
やがて大本営からミッドゥエーの戦果が発表せられた。その発表によれば我方航空母艦一隻沈没、二隻大破、敵もまた同等の損害を蒙ったと云うのである。国民を愚弄するも、ここに至って甚しいと言わねばならぬ。私は東条氏の最も信頼する首相秘書官、赤松大佐に対し「こんなことでは東条氏はやがて国民の怨府となる。君からよく忠告するがよい」と注意した。
近代戦においては、航空母艦一隻は戦艦三隻の戦闘力に匹敵する。
故にミッドウェーの敗戦で我海軍の蒙った損害は殆んどその戦力に対する致命的なものである。
この報に驚愕した海軍首脳部はこの海戦で負傷した将兵の全部を横須賀の海軍病院に缶詰とし、憲兵の監視下に一切外部との交通を遮断し、その家族に対する通信は厳重極まる検閲を受けた。
アメリカ側が事前にわが聯合艦隊の接近を察知したのは、その精巧なるレーダーの賜物であった。
しかるに、わが海軍は当時この精巧なる近代兵器の存在に全く無知であった。
故にこの失敗を以て国内にあるスパイが敵側と通謀した結果であると速断した。そして直ちに全国の警察陣を動員して峻烈なるスパイ狩りを行った。しかし、スパイは遂に発見し得なかった。
この敗戦は太平洋戦争に於ける海軍の天王山であった。これを一転して日米両海軍の戦勢は全く其処を替えた。以来、海軍は先づブーゲンビル島、次ぎにフィリピン沖において、台湾沖において朝に1艦失えば、夕べに2艦を失い、敗戦に次ぐ敗戦を重ねた。かくして昭和20年8月15日の無条件降伏に際してはその精鋭を宇内に誇った海軍もわずかに深手を負える敗残の艦艇数隻を数える過ぎない惨憺たる有様だった。
宇垣一成氏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%9E%A3%E4%B8%80%E6%88%90
は昭和16年12月8日未明に行われたハワイの奇襲をもって「寝込みを襲う強盗の行為であって、正々堂々の勝利でない。この先が思いやられる」と喝破した。そして奇襲成功の報に欣喜雀喜する当局の態度を半ば冷笑し半ば憂慮した。山本元帥が、日本本土を敵航空機の爆撃圏外に置こうとしたことは正しい。
しかし、その企画の達成のための手段は無謀の一語につきる。しかも、その戦法が全くハワイの奇襲と同じに到っては仏の顔も三度のそしりを免れぬ。何んとなればドジョウは常に柳の下にのみにいないからである。
要するにこの敗北は、勝ってカブトの緒をしめなかったために生まれた悲劇である。小成に安んじて、敵を侮る増長慢の招いた天譴である。まことに、レーダーをスパイと誤まったわが海軍の非科学性に至っては、私はこれを詳する言葉を知らぬ。アメリカはこの勝利によって真珠湾の復讐に成功し、その戦果は真珠湾において失える所を補って余りがあると声を大にして世界に放送した。これを知らぬものはただ日本の国民だけであった。
つづく
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