日本敗戦史(50)マスコミ人のA級戦犯指定の徳富蘇峰が語る 『なぜ日本は敗れたのか』②リーダー不足と力量不足
2017/08/16
日本敗戦史(50)
マスコミ人のA級戦犯指定の徳富蘇峰が語る
『なぜに日本は敗れたのか』②
「リーダーの不足と力量不足」
<昭和戦前の指導者と明治『日露戦争』時の
リーダーシップの差は何と百分の1>
そして、今の日本のリーダーはその何分の1なのか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%AF%8C%E8%98%87%E5%B3%B0
徳富 蘇峰はいうまでもなく日本近代、最大のジャーナリストであり、知識人でもある。日清戦争に従軍し、日露戦争では開戦を支持、山県有朋、桂太郎ら明治のトップリーダーの伝記編纂、著者となり、太平洋戦争中は「大日本言論報国会会長」として、日本の新聞、出版のトップに君臨して、戦争の旗振り役に徹した。昭和16年12月8日の開戦では東条英機の依頼で、詔書を添削した。昭和19年)2月には『必勝国民読本』を刊行した。終戦後の昭和20年9月、敗戦責任を取り、自らの戒名を「百敗院泡沫頑蘇居士」とする。GHQによって戦争責任を追及されてA級戦犯に指定されたが、後に不起訴処分となった。徳富の死後半世紀たった2006年、蘇峰が終戦直後から綴った日記「終戦後日記」が初めて公開された。
この中で『何故に日本はやぶれたるか』を追及し20回連載している。A級戦犯に指定されて人物で、ここまではっきり書いた者はいない。
原因として昭和天皇をはじめ軍人、政治家、首相、リーダーたちが明治のトップリーダーと比べると質が大幅に低下し、さらに欠乏したこと、大東亜共栄圏の指導者たる資格にかけていたこと、日本人の欠点について、満州事変、日中戦争の大失敗、大戦略の欠如、教育の失敗、軍事、外交の失敗などの全面的な批判を展開している。
私がブログで展開している「天皇ガラパゴス国家の<死に至る日本病>」であり、今もこれが再発して、重症化し「第3の敗戦」が切迫しているのである。
「なぜ日本は敗れたのか②
<昭和戦前の指導者は明治『日露戦争』時の
リーダーシップの100分の1の大差>
結論から先に言えば、惨敗の原因は、数えてみれば10指、あまるが、根本的には、人物欠乏という事がある。人在りて物在りで、物在りて人在りではない。世間では、物資の欠乏を、主なる原因と見ているようだが、われらはむしろ人間の貧弱、即ち人物の欠乏が、それであると思う。
この問題を解決するには、もしも日露戦争(明治37,38年=1904 ,5年)の人物を、そのままそっくり、今回のいわゆるる大東亜戦争に、持ち込んだらばどうか。今度の戦争に、日露戦争での政治、軍事、経済のトップリーダーを勢揃いして当たれば、この問題を解決する、手近かな方法であろうと思う。
即ち、昭和天皇の代りに、明治天皇が大元帥として、軍国の機務を総撹し、東条英機の代りに、桂太郎、寺内正毅、嶋田繁太郎(海相)の代りに山本権兵衛。山本五十六、古賀峯一、豊田副武らの代りに、東郷平八郎。而して東郷茂徳とか、重光葵とかの代りに、小村寿太郎。また寺内寿一とか、山下奉文とか、板垣征四郎とか、岡村寧次とかの代り野津道貫とか、黒木為楨とか、乃木希典とか。
またその上に大山巌、児玉源太郎の如き、総参謀長を以てしたならばどうであったか。このほかにも、清浦奎吾とか、近衛文麿とか、平沼麒一郎とか、岡田啓介とか、若槻礼次郎とか、広田弘毅とかの代りに、伊藤博文、山県有朋、井上馨、松方正義を以てしたらばどうか。公平に考えて見れば、舞台はむしろ戦争にかけて、十倍も大きくなっていたが、トップリーダーたちはそれに反して、前の指導者の十分の一と言いたいが、実は百分の一にも足らない。
日露戦争の主な指導者については、私は親しく接近して、一通りその長短得失を知っている。陸軍の大山、海軍の山本、外交の小村、財政の松方、井上、内治外交一般的の総括的指南役としての伊藤、山県などは、親しくこれを知っている。児玉なども、親密という程ではなかったが、一通りは接触して、知っている。寺内の如きは、むしろ親密と言ってよい関係であった。
桂太郎に至っては、政友として、互に相当の程度までは、信じ合っていたから、改めて言うには及ばない。私の理想的人物としては、伊藤、山県を初めとして、相当に注文がある。明治天
皇においても、その盛徳に感激していたが、古今列国の帝王中、ある点においては、明治天皇以上の資格を具えた人物が、なかったとは言えない。ことわって置くが、ある点であって、すべての点ではない。しかしこの時代の上下のリーダーを一括して、これを一方のハカリにかけ、今回の戦争の指導者を一方の秤にかけて、その軽重を計ればれ、まさに「提灯と釣鐘」の差がある。
これは昔の人が偉くて、今の人がエラくないという訳ではない。しかし如何に大きく割引をしても、日露戦争時代における日本の戦局は、明治時代の華であったと言っても、過言ではあるまい。私は今回の戦争中に、しばしば嘆声をもらした。せめて一人の桂太郎でもいたならば、これ程のへまは、しなかったであろうと。現在でも、私はこう信じているのだ。
私は当時の首脳人物である東條英機、小磯国昭、鈴木貫太郎などの首相について、一通りの智識を持っている。彼等は負け相撲であったから、あらゆる悪評を受けているが、悪人でもなければ、バカでもない。
立派な一人前の男である。ただその荷が、仕事に勝ち過ぎたのである。諺に「やせ馬に重荷」というが、彼らはやせ馬ではなかったが、その荷物は、尋常一様の荷物ではなかった。相当の名馬でも、とてもその任にはたえぬ程の、重荷であった。いわんや当り前の馬であるにおいてをやだ。
もし東條が、日露戦争の時に、一軍の総帥となったならば、相当の御用に立ったであろう。乃木大将位の戦争は、したかも知れぬ。しかし、今度という今度は、東條の頭脳には、咀嚼が出来ない(理解できない)程、大物をあてがわれ、遂に東條は、仕事から追いまくられて、馬に乗らずして、馬に乗せられ、ただ馬の行くままに、鞍にしがみついて、落馬しない事だけを努めていたという姿に終わったのは、国家にとってはもちろん、当人に取ても、笑止千万の事であった。
(昭和22年1月7日午前、晩晴草堂にて)
つづく
関連記事
-
-
『オンライン講座/独学/独創力/創造力の研究⑦』★『エジソンの発明精神を学ぶ』➂『エジソンの人種偏見のない、リベラルな性格で、日本人を愛した』★『私たちは失敗から多くを学ぶ。特にその失敗が私たちの全知全能力を傾けた努力の結果であるならば』★『「未来へのビジョンを持つ、将来に信仰を持ちなさい、前進しなさい」 』
2018/11/23 百歳学入門(96)再録 「史上最高の …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(134)/記事再録★『山県有朋から廃藩置県の相談された西郷隆盛は 一言で了承し、即実行したその日本史上最強のリーダーシップ②』( 下中弥三郎『大西郷正伝第2巻』(平凡社、昭和15年))★『行財政改革を毎回唱えながら、中央省庁再編、道州制、都道府県市町村再合併、財政削減はなぜ進まないか、リーダーシップ不在が続く』
2012/03/26 /日本リーダーパワー史(248) …
-
-
日本リーダーパワー史(98)『幽翁』伊庭貞剛・大住友精神を作ったその禅による経営哲学(リーダーシップ)
日本リーダーパワー史(98) 『幽翁』伊庭貞剛・住友精神を作った経営哲学 …
-
-
トラン大統領は全く知らない/『世界の人になぜ日中韓/北朝鮮は150年前から戦争、対立の歴史を繰り返しているかがよくわかる連載⑴』ー(まとめ記事再録)『日中韓150年戦争史の連載70回中、第1回-20回までを再掲載)
日中韓異文化理解の歴史学(1) 『中国紙「申報」』の論説から 日中韓150年 …
-
-
日本リーダーパワー史(261)『山県有朋―『日本陸軍の父』は九つもの庭園を作ったガーデニアン!』
日本リーダーパワー史(261) 『山県有朋―『日本陸軍の父』は九つ …
-
-
片野勧の衝撃レポート(36)太平洋戦争とフクシマ⑨原発難民<下>「花だいこんの花咲けど」
片野勧の衝撃レポート(36) …
-
-
日本リーダーパワー史(797)ー「日清、日露戦争に勝利』 した明治人のリーダーパワー、リスク管理 、インテリジェンス』⑭『 未曾有の国難来る。ロシアの韓国侵攻に対して第一回御前会議が開かれた』●『巻末に連載9回-13回までの掲載リンクあり』
日本リーダーパワー史(797)ー 「日清、日露戦争に勝利』 した明治人のリーダ …
-
-
日本メルトダウン脱出法(682)「私が決して日中友好パーティーに出席しない理由」●世界経済の減速の兆し:円安のインパクト」(英エコノミスト誌)の7本
日本メルトダウン脱出法(682) 私が決して日中友好パーティーに出席し …
-
-
速報(429)『日本のメルトダウン』『アメリカで失墜する安倍首相の評判』『アホノミクス」が5つの悲劇を引き起こす! 浜矩子』
速報(429)『日本のメルトダウン』 ●『アメリカで失 …
-
-
『AI,人工知能の最前線が最もよくわかる授業➀』-第2回AI・人工知能EXPO(4/4、東京ビッグサイト)でのピカイチのプレゼンー『SIGNATEは「国内唯一・最大のAI開発コンペティションサイト」★『モノゴコロのバーチャルアーティスト・IAのステージはスゴイよ!』
第2回AI・人工知能EXPO(4/4)でのピカイチのプレゼンー『SIGNATEは …
