前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

★『明治裏面史』/ 『日清、日露戦争に勝利した明治人のリーダーパワー, リスク管理 ,インテリジェンス(52)『宇都宮太郎は、思想的には大アジア主義を唱えていた。』★『孫文や黄興ら中国革命家たちを支援した犬養木堂、頭山満ら玄洋社の支援グループの一人だった』★『『辛亥革命百年の真実』『孫文を助けた大アジア主義者・犬養毅らの熱血支援』

      2017/08/18

                                 ★『明治裏面史』/

『日清、日露戦争に勝利した明治人のリーダーパワー,

リスク管理 ,インテリジェンス(52)

 以下は宇都宮徳馬『暴民損民」徳間書店(1984年)より

 宇都宮太郎は、思想的には大アジア主義を唱えていた。それは、封建的なアジアの保存ではなく、アジア諸国の近代化によって、ヨーロッパの露骨な侵略を阻止しょうというところに眼目があった。

日本は明治維新によって近代化の道を歩み出し、列強による植民地化をまぬがれたが、中国は不幸にして半植民地と化し、なおも封建的な清朝の支配下におかれて、民衆はもがき苦しんでいた。

日本の明治維新以後の発展に強く影響を受けた人びとが、封建的な後進性の打破と列強の分割からの独立、国民的な統一をめざして闘っていた。これらの人びとと相携えて、アジア諸国の近代化と繁栄を築こうというのが父の考え方だった。

 明治25年9月、宇都宮は参謀本部付となったのは31歳のときである。この時、最初の意見書を彼が尊敬していた川上操六参謀次長に提出している。その後、大アジア主義者として日清英同盟を模索するようになる彼の思想的萌芽、国家戦略がその中に見える。

『意見書をの内容はロシアを隣国とする日本は「専守的防禦」で国を支えることは不可能であり、あくまで「進取的国是」のもとに「攻勢的防禦」を採らねばならないと説いた。人口密度の高さからも版図拡張は避けられず、今後、清国ならびにイギリスと同盟して、シベリア鉄道の完成前にロシアと開戦するべきだと提議した。川上次長らはこの論説を高く評価したという。のちに宇都宮が第二部長となったとき、日英同盟に清国を加えて東アジアを安定させようという構想の祖形として、この意見書に『昔時之夢』と題を付けて徳富猪一郎などに見せている。』(「日本陸軍とアジア政策―陸軍大将宇都宮太郎日記①」(宇都宮太郎関係資料研究会編、岩波書店、2007年刊 5P

 こうした発想から、父は中国革命と革命家たちに対して、当初から深い関心を抱いていた。ロンドンで三民主義の構想を練った孫文が、カナダを経て来日したのは、明治三十年八月のことだった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%AB%E6%96%87

 父と孫文、黄興

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E8%88%88

との交渉がいつ始まったかについて、詳らかにすることはできないが、孫文が明治三十八年にふたたび来日して、中国革命同盟会

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%90%8C%E7%9B%9F%E4%BC%9A

日本リーダーパワー史(203)『辛亥革命100年』・今後の日中関係のヒント②日本最大の革命家・宮崎兄弟はスゴイ!

http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/2835.html

坂本金弥邸宅で『中国革命同盟会』成立大会を開催す

http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/3293.html

を結成した頃は、まだロンドンの駐在武官だった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

しかも、それ以前から孫文や黄興らとの交渉があったことを考え合わせると、私の父も明治三十年の当時、すでに革命家たちの支援グループの一人だったものと思われる。

また孫文らの国民革命派に対して深い共感を抱き、物心両面の援助を惜しまなかった犬養毅(木堂)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AC%E9%A4%8A%E6%AF%85

や根津一

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B9%E6%B4%A5%E4%B8%80

らと、父は終生、肝胆相照す仲だった。

日本リーダーパワー史(175)『辛亥革命百年の真実』『孫文を助けた大アジア主義者・犬養毅らの熱血支援』

http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/3009.html

日本リーダーパワー史(204)『辛亥革命100年』・今後の日中関係を考える③『日本は西洋覇道より,東洋王道を目ざせ』ー孫文の遺言「大アジア主義」演説全文

http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/2833.html

<世界が尊敬した日本人『アジアの共存共栄を目指した犬養毅』―パールバックはガンジーらとともに高く評価し

http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/1747.html

【紙面シリーズセミナー】 辛亥革命から100年 孫文を助けた岡山県人たち  前坂俊之氏 (山陽新聞掲載)http://ashitari.jp/seminar.php?id=7

 

 明治四十四年に辛亥革命が起こって清朝が倒れ、孫文が臨時大統領に就任した頃、父は参謀本部第二部長として中国問題を担当していた。孫文らの南方革命派に有利な政策を推進しようとして、長州閥の清朝保護政策と鋭く対立したが、これは正論であった。

辛亥革命に対しては、国民の間でも、新聞界、実業界を含めて、元老山県有朋らの革命に干渉して清朝を保護しょうとする政府の政策を批判し、革命派に対する援助を叫ぶ気運が大いに起こったのである。

陸軍内部においても、その間の事情は同じであったらしい。私は父のような南方派と、長州閥主流派の北方派という二つの流派が、かなりはっきりした形で存在していたことを、後年、本庄繁(元大将)から聞かされた。

 もしも当時、日本に民主主義政党政治が確立していたならば、山県らの長州軍閥を中心とする官僚勢力の清朝保護政策を粉砕し得たことだろう。

この長州軍閥主流派の清朝保護政策、衰世凱擁護政策をみて、孫文に代表される中国の国民革命勢力は日本に背を向け、ロシア革命に関心を示すにいたった。山県の思想は、同じ長州閥の田中義一(元大将)に受けつがれ、済南事件など一連の諸事件を起こして、「若き中国」を末長く敵に回してしまった。

かくして清洲国を樹立し、清朝の廃帝を皇帝とし、中国本土を侵略するような、時代に逆行する馬鹿げたことになってしまった

しかし明治から大正初期にかけての日本のアジア政策は、ロシアのロマノフ王朝専制国家の危険な侵略政策に対抗した点においても、また日本の立憲政治が、アジアの近代化の希望であった点からも、充分に前向きであったことを、現在の日本人は思い起こす必要がある。

 - 人物研究, 戦争報道, 現代史研究 , , , , , , , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
日本リーダーパワー史(319)『日本だけでもてはやされる人間』よりも『世界が尊敬する日本人』を作ろう①

日本リーダーパワー史(319)   日本・世界・地球を救うためにー『日 …

no image
日本メルトダウン脱出法(884)『日銀の苦悩:金融緩和が壁に突き当たるとき』 (英エコノミスト誌)●『注目のトランプ「外交政策」、やはり中身はなかった 粗雑な孤立主義を米国の識者が厳しく批判(古森義久)』●『[FT]中国は「トランプ大統領」を望んでいる』●『AlphaGoは人間を超えたのか~脳科学者・茂木健一郎氏×ドワンゴ会長・川上量生氏』

   日本メルトダウン脱出法(884)   日銀の苦悩:金融緩和が壁に …

no image
速報(205)『日本のメルトダウン』★SPEEDI隠蔽の国家犯罪を殺人罪、業務上過失致死罪で検察はなぜ追及しないのか。

速報(205)『日本のメルトダウン』 ★☆SPEEDI隠蔽の国家犯罪を殺人罪、業 …

no image
速報(38)『日本のメルトダウン』53日目ー『浜岡原発を即ストップせよー山田孝男記者(毎日)がんばれ!』

速報(38)『日本のメルトダウン』53日目 ◎『浜岡原発を即ストップせよー山田孝 …

no image
日本風狂人伝⑰ 宮武外骨・奇人変人の日本最高傑作だね(下) 

(2009/07/12)   日本風狂人伝⑰宮武外骨・奇人変人の最高傑 …

no image
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』⑯「朝鮮で起きた騒乱(甲申事変)」(「ノース・チャイナ・ヘラルド」

    『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』 日 …

no image
日本リーダーパワー史(318)<本物のリーダーとは、この人をみよ>大津波を予想して私財を投じて大堤防を築いた濱口悟陵

日本リーダーパワー史(318)   <本物のリーダーとは、この人をみよ …

no image
日本の「戦略思想不在の歴史⑽」『高杉晋作の機略縦横と突破力③』明治維新に火をつけたのは吉田松陰、徳川幕府を倒したのは高杉晋作である』★『男子は困ったということだけは、決していうものじゃない』

  明治維新に火をつけたのは吉田松陰であり、230年惰眠をむさ ぼった …

『ウクライナ戦争の終わらせ方の研究①★『独裁者・プーチンが核兵器発射で脅している戦争を終わらせるのはなお難しい』★『太平洋戦争を鈴木貫太郎首相と昭和天皇の<阿吽の呼吸>で玉音放送で終結させた国難突破力は世界史にも例がない』

日本リーダーパワー史(746)歴代宰相で最強のリーダーシップを発揮したのは第2次 …

no image
『2014世界各国/サプライズ、面白ニュース④』ブラジルー「サッカー王国」の秘密」「アマゾンの肉牛のゲップが地球を滅す」

『2014世界各国/サプライズ、面白ニュース④』   サッカーWカップ …