『リーダーシップの日本近現代興亡史』(223)/★「世界天才老人NO1・<エジソン(84)の秘密>とはー発明発見・健康長寿・研究実験、仕事成功10ヵ条」★『 生涯の発明特許数1000以上。死の前日まで勉強、研究、努力 を続けた生涯現役研究者ナンバー1』
百歳学入門(93)
★「エジソン<天才長寿脳>の作り方」
①隠居は非健康的である。死ぬまで研究、100歳までは引退しない。
②人生は短い。やりたいと時に徹底してやる。休むことは錆びることだ。
③眠るな、人問の全睡眠時問を減らせば能力は増大する。
④理論よりも実験-数学よりも、徹底した実験を重んじた。データなし
には研究できない。すべてデータでやる
トーマス・アルパ・エジソン(1847~1931)
生涯に1000件以上の発明し「発明王」と呼ばれた。生涯の特許数1000余。死の前日
まで勉強をし続けたエジソンこそ、生涯学習の先駆者といってよい。
1931年10月21日午後10時、アメリカ中の灯が消えた。エジソンの
死を悼んで、全国民が祈りを捧げた。
第一条 隠居は非健康的である。死ぬまで研究、100歳までは引退しない。
① 晩年のこと、彼はある記者からそろそろ隠居の時期にきているのではないかと問われた。それに対して、「私は決して隠居しない。隠居とは、非健康的だと思っているから」と答え「100歳になってから引退しても遅くない」と付け加えた。
80歳の誕生日を迎えた時、新聞記者に「あなたはいつまで研究を続けられますか?」と質問され、「葬式の前日まで」と答えた。
そんな彼の生涯の情熱を支えたものは飽くなき探究心で、「あらゆることに興味がある」と語っている。
第2条 人生は短い。やりたいと時に徹底してやる。休むことは錆びることだ。
16歳で放浪の旅に出たエジソンは、電信技師の仕事と勉強に夢中だった。その当時にも食事を勧められて、「今は食べない。することが多すぎるし、人生はとても短いんだから」と語った。祖父が103歳まで生きた長寿の家庭に育ちながら、人生は短いと言ったのはなぜか。それは彼のやりたいことが余りにも多かったからである。
彼が、「休むことは錆びることだし「収穫はたまたま実るもので、一生に一度ないかも知れない」と発言。「
彼は昼も夜も研究室で勉強していた。1日の時間とか1週間の曜日など問題にしなかった。疲れ切った時は、発明の仕事のほとんどを夜やったようで、夜中より日中に眠ることのほうが多かった」といわれる。
第3条 眠るな、人問の全睡眠時問を減らせば能力は増大する。
世の中の多くの人は眠り過ぎると、エジソンは考えていた。
人間の全睡眠時問を減らせば能力は増大する。ナポレオンは3時間しか眠らなかったいうが、エジソンも同様に眠らない人であった。
「人間の全睡眠時問を減らせば、能力は増大する。人は少しでも眠らなければならないという理由はない。現代人が過去の人より睡眠が少ないのと同様、将来の人は現代人よりずっと眠る時間が少なくなるだろう」
彼の眠りに関するエピソードは多い。一度に15分しか眠らなかったといわれる。15分で飛び起きて、以後120時間もぶっ通しで研究を続けたこともある。
「どうせ人間はいつか長い眠りに落ちなくてはならない。その前にそう長く眠る必要がどこにある。余りたくさん眠るのは、精神的にも肉体的にもよくない。だから人間はできるだけ目を覚ましているべきだ」と部下たちに話していた。
寝たいときに寝る、食べたいときに食べる。思いついた時に行動する、というのがエジソン流の研究の秘訣だったようだ。
第4条―理論よりも実験-数学よりも、徹底した実験を重んじた。データ
なしには研究できない。すべてデータでやる
過去の理論にとらわれることなく、すべて自分の日で確かめ、自分でデータを蓄積し、研究を進めるのが彼のやり方だった。
彼はまた、思いついたことをすぐに書きつけるメモ魔でもあった。84年間の人生に残したノートの数は3400冊に上った。
エジソン研究所の標語は、「10日ごとに小さな発明、6か月ごとに大きな発明」だった。
彼の発明への情熱は「大衆を苦しい労役から解放し、その上で最大限の幸福と繁栄をもたらすために、私は自分の及ぶかぎりのあらゆることをやってみたい。それが私の熱望である」
その方法論は完璧なデータ主義といえるもので、E・H・ジョンソンは次のように記録に残している。
エジソンが最初の結婚をした当時のことで、自動電信装置と取り組んでいた時のことだ。
「ある晩、私が行ってみるとエジンは化学薬品の山と化学の本の中に埋まっていた。本は床の上に一冊ずつ積み重ねたら5フィートの高さになったろう。彼はこれらの本を、ニューヨーク、パリ、ロンドンに注文した。夜を日についで研究し、そのまま机で食事をし、椅子で眠った。
本は6週間で読破し、一冊ごとに抜き書きをやり、処方に従って2000種の実験を行ない、世界でひとつだけの答を作った」
これが彼のやり方だった。
<以上の出典は雑誌『サライ』1991年9月19日号、特集・エジソン流学問のすすめ>
関連記事
-
-
『AI,人工知能の最前線がよくわかる授業③』-『第2回AI・人工知能EXPO(4/5、東京ビッグサイト)ー『ITOUCYU×SATの衛星ビッグデータ×AIによる革新的な情報活用』★『HITACHIの「IoTデータモテリングサービス~センサデータの活用を支援する人工知能~」』★『FKAIRのチャットボット エナ、エナジーエージェント 、発電予測パーソナルAI「藤崎エナ」のプレゼン』
日本の最先端技術『見える化』チャンネル ITOUCYU×SATの『衛星ビッグデー …
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(245)/記事再録★『第2回、Japanドローン展2017』(3/23-25)幕張メッセ)ードローンビジネスの市場規模2016年度は353億円から5年後は2116億円と約6倍に急拡大が見込まれる。(動画版)』③
2017/03/25 日本の最先端技術「見える化」チャンネ …
-
-
『Z世代への遺言』★「日本史最大の国難を4ヵ月で解決した救国のトップリーダー・鈴木貫太郎首相(78歳)を支援して、終戦を実現させた昭和名僧、山本玄峰(95歳)とは一体何者か?(上)』★『力をもって立つものは、力によって亡ぶ。金で立つものは、金に窮して滅び、徳あるものは永遠に生きる』
2021/10/01「オンライン・日本史決定的瞬間講座 …
-
-
日本リーダーパワー史(46)水野広徳による『秋山真之』への追悼文(下)
噫(ああ)、秋山海軍中将(下) 水野広徳著『中公公論』大正7年3月号掲載 …
-
-
名将・川上操六⑪の『最強のリーダーシップ』とは(3)<元老、先輩など眼中に置くな」>
名将・川上操六⑪の『最強のリーダーシップ』とは(3) <頭山満の評「川上は偉い。 …
-
-
『Z世代のための日本の超天才人物伝⑨』★「藤田嗣治とパリの女たち」★「最初の結婚は美術教師・鴇田登美子、2度目は「モンパルナスの大姉御」のフェルナンド・バレー、3度目は「ユキ」と名づけた美しく繊細な21歳のリュシー・バドゥ』★『夜は『エ・コールド・パリ』の仲間たちと乱ちきパーティーで「フーフー(お調子者)」といわれたほど奇行乱行をしながら、昼間は毎日14時間以上もキャンバスと格闘していた』
2008年3月15日 「藤田嗣治とパリの女たち」記事再録再編集 前坂 俊之(評論 …
-
-
東海大学国際教育センターのアブドーラ准教授の「イスラム社会からみた日本人人質事件」などについての記者会見90分動画(2/4)、
<東海大学国際教育センターのアルモーメン・アブドーラ准教授(日本語日本文学博 …
-
-
「老いぼれ記者魂ー青山学院春木教授事件四十五年目の結末」(早瀬圭一、幻戯書房)ー「人生の哀歓が胸迫る事件記者の傑作ノンフィクション!』
「老いぼれ記者魂: 青山学院春木教授事件四十五年目の結末」 (早瀬 …
-
-
『日本死刑白書』(1982年版)内容ー「忘れられている死刑囚」★「死刑執行まで」★「誰が死刑囚になるのか」★『誤って殺される人たち』★『閉ざされる道」★「死刑廃止は是か、非か」★『人の生命は全地球よりも重し」★『世界の死刑白書』
『日本死刑白書』 前坂 俊之 19820430 三一書房,239p.   …
-
-
最高に面白い人物史④人気記事再録★「世界で最高にもてた日本人とは誰でしょうか」ー『答えは「ハリウッドを制したイケメンNo.1の早川雪洲じゃよ」
世界で最高にもてた日本人とは誰でしょうかーーー 答えは「ハリウッドを制したイケメ …
