前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

知的巨人たちの百歳学(126)カルピス王・三島海雲(96)の「天行健」(てんこうけん)>①に散歩、②に日光浴③に食養生④に早朝散歩を毎日実行する

   

 

 知的巨人たちの百歳学(126

<カルピス王・三島海雲(96)の長寿健康法> 

  ①『必要な金はどこからか自然に湧いて来る

②一に散歩、二に日光浴、三に食養生。

③早朝散歩と日光浴を毎日欠かさず実行せよ。

前坂俊之(ジャーナリスト)

<三島海雲 (みしまかいうん)1878・7・2-1974・12・28 96歳>  

*甘くて酸っぱい人生遍歴 1965年、三島海雲(88)の時の言葉―

「私は本年、八十八歳の米寿を迎えた。この八十八年間を回顧すると初恋の味・カルピスのそれにも似て、甘くて酸っぱい思い出にみちている。いろいろのことをやり、失敗も重ねたが、結局、カルピスがものになった。 いまやカルピスは、日本の飲料から世界の飲料へと伸びてきている。昨年の東京オリンピックには世界94カ国の選手に大変な人気を博した。私の望みは、今後、オリンピックの開催ごとに外国に一つずつカルピスの兄弟会社をつくっていくことである。

90歳を過ぎても元気いっぱいで、1日 10時間の睡眠と8時間を健康維持に当て、健康法を実践していた。

① 日光浴…・一年中、夏は朝、直射十分、冬は木蔭などで3,40分日光浴を続ける。

また、拡大鏡を使って お灸の要領でへソのまわりを高温で焼く。

② ローヤルゼリーの服用

③ 生活……野菜、果実、海藻、牛乳などのアルカリ性の食品を多く食べる。

④歩行禅…朝食前に4000歩、夕方も三3000歩以上歩く。足が弱ると脳の働きも弱る。

⑤手足の温浴…・朝、昼、夕の食前に、手足を四〇度ぐらいの温湯で十二、三分間温める。

 

三島海雲は大阪府下の貧乏寺に生まれた。西本願寺文学寮に学んだ縁から北京東文学舎に招かれ、ここで奈良の山林財閥・土倉庄五郎の五男五郎を知り日華商会を創立する。

以後一三年間、大陸中国にわたりの日華・日モンゴルの友好を念じながら、雑貨商、牧羊、養蜂などいろいろな事業を試みたものの、辛亥革命で無一物となり帰国した。

この間に軍馬買付けのため内蒙古入りしたとき、蒙古の上流階級の人びとが 牛乳の脂肪クリーム(ヨーグルト、酸乳)を食べているのを見た経験を生かして企業化に取り組んだ。

最初は「醍醐味」、蒙古の牛乳クリームをそのまま栄養食品としたもので製造には成功するが、マスプロ化できないことと、脱脂乳の始末に困って失敗。次は乳酸菌入りキャラメル「ラクトー」、これも商品に欠点はなかったが、宣伝費不足のために失敗。

最後に原料を逆にして、脱脂乳を醗酵させて砂糖とカルシウムを加えた「カルピス」を創業(大正八年)した。

まもなく第一次大戦後の不況に襲われた。ドイツの芸術家が猛烈なインフレで困っていると聞いて商標をドイツで懸賞募集する。

賞金八〇〇円(八〇〇兆ドイツマルク)応募作晶は国内で展覧即売するというこの催しは爆発的人気をよんでカルピスの知名度を一気に高める。

大正一二年九月一日の関東大震災には、東京恵比須の工場はさいわい被害をまぬがれたため、欝災地は水道が止まったと聞いて在庫のカルピスを全部トラックに績んで被害者に無料で配った。「全く奉仕のつもりだったが、これが大歓迎、大感謝を受けて、あれから一生カルピス党というファンをつくった」うえ、新聞に報道されて一躍「カルピスは全国ブランド」となった。

三島はこの経験から商品広告よりも企業イメージ広告に力をいれて、イベントを次々に開催、伝書バトレース、日比谷公園での公開囲碁大会、宮城道雄の琴演奏会などを連発し「宣伝PRの天才」といわれる。

①本願寺文学寮で杉村楚人冠から「自然は裸であるが何物にも驚かない」というエマーソンのことばを教わった。大無量寿経には「有田有憂、有宅看憂」 (田を持てば田を憂い、家を持てば家を憂う)とある。人のこころの憂いは所有欲から生ずる。自然のよう人間でありたいーを理想とした。

② エマーソンは「物理学の法則も心理学の法則も同じである」という。四五 度の角度で入って来た光線は四五度で反射する。人のこころもこちらが打算を離れて接すれば相手も同じように応じる。阿含経には「すべての効果ある行為は私欲を離れた根から生ず」とある。

③三島は「必要な金はどこからか涌いて来る。事業は金がなくてはできないが、正しい確たる裏付けのある事業には必ず金は自然に入って来る」という。

④最後に「私の事業は人さまの好意と援助で発展した。今度は私が報いる番だ」と、昭和三八年にカルピスの全持株を手離し、学術振興の三島財団を設立した。

  三島海雲独特の健康法、養生法

幼時から病弱で、闘病生活を余儀なくされたので、若いころから「健康をいかに保つか」に人一倍気を配り、独特の健康法を編み出した。

それは「天行健」(てんこうけん)と呼ぶもので、天体の運行のように時間を守り、規則正しい生活を送れば、商売は繁盛し、身体は健康になるという考えかた。

五十歳を過ぎて自身もこれを実践した。 食品関係の創業者にはグリコの江崎利一(九十七歳)、日清食品の安藤百福(九十六歳)、カゴメの蟹江一太郎(九十六歳)と長寿者が多いが、健康法を一番熱心に研究し、実践したのは三島である。

健康長寿の秘訣を問われると「一に散歩、二に日光浴、三に食養生」と答え、とくに早朝散歩と日光浴を毎日欠かさず実行することを勧めた。

「散歩をなさい。足が弱ると、脳の働きや腰の力まで弱る。頭と足をできるだけ働かす日常生活を送ること」と答えた。

八十歳を過ぎても元気いっぱいで、1日 10時間の睡眠と8時間を健康維持に当て、健康法を実践していた。

④ 日光浴…・一年中、夏は朝、直射十分、冬は木蔭などで3,40分日光浴を続ける。また、拡大鏡を使ってお灸の要領でへソのまわりを高温で焼く。

⑤ ローヤルゼリーの服用

⑥ 生活……野菜、果実、海藻、牛乳などのアルカリ性の食品を多く食べる。

④歩行禅…朝食前に4000歩、夕方も三3000歩以上歩く。足が弱ると脳の働きも弱る。

⑤手足の温浴…・朝、昼、夕の食前に、手足を四〇度ぐらいの温湯で十二、三分間温める。    

 - 健康長寿

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(152)再録/『知的巨人の長寿学』の牧野富太郎(94)に学べ<植物研究と山歩きで、世界的な植物学者になる>★『学歴差別をものともしなかった「日本の植物学の父」』

   2010/10/31   記事再録 …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(68)記事再録/ 日本の「戦略思想不在の歴史」⑶日本で最初の対外戦争「元寇の役」はなぜ起きたか③『現在の北朝鮮問題と同じケース、一国平和主義に閉じこもっていた鎌倉日本に対して世界大帝国『元』から朝貢(属国化)に来なければ武力攻撃して、日本を滅ぼすと恫喝してきた!、国難迫る!』

日本の「戦略思想不在の歴史」⑶ 日本で最初の対外戦争「元寇の役」の内幕 第4回目 …

no image
『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』⑲『開戦3ゕ月前の『英タイムズ』の報道-『満州撤退の最終期限10月8日が過ぎたが,ロシアは過去3年間と 変わらず満州に居座り続けた』●『ロシアは満州全体をおさえ、その前進運動をさらに朝鮮に拡大、竜岩浦に軍事基地をつくった。』●『日本は平和的な措置をとり.難局において,また紛争の長期化を通じ,日本は自制を保ち続けてきたが,これは日本が大国になって以来の最も称賛すべき特徴だ。』

 『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争』⑲   1903(明治36) …

no image
『百歳学入門』(166)『大成功した人たちが毎朝7:30前にしている7つのこと』★『 1日に3時間超の公演を次々こなす97歳、金子兜太の力の源泉』●『【書評】残酷な延命治療で「死なせてもらえない」高齢者たち』●『「もういい歳だから」が口癖の人ほど、どんどん老け込んでいく訳』●『目が死んでいる、早期リタイアした人々。その意外なデメリットは』●『10人に1人が100歳以上、イタリア「長寿村」の秘密 研究』●『ピンピンコロリの長野県、長寿日本一の秘密』●『なぜ、世界共通で「男性よりも女性の方が長生き」なのか?』

  『百歳学入門』(166)   大成功した人たちが毎朝7:30前にし …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(147)再録★日本国難史にみる『戦略思考の欠落』③「高杉晋作のインテリジェンスがなければ、明治維新も起きず、日本は中国、朝鮮の二の舞になっていたかも知れない」

    2015/11/22 日本リーダ …

★『巣ごもり動画で元気回復!ストレス発散、幸福指数がオーバーシュート!<鎌倉稲村ケ崎サーフィン/ベスト動画集> (2015~2020年)を一挙公開(60分)』★『これを見ながら室内で腕立て,腹筋,スクワットを毎日各100回以上(3×33)のくコロナ免疫筋トレ>を継続する。<今やらねばいつできる、君がやらねばだれがやる!』

前坂俊之Youtubeチャンネルで「稲村ケ崎サーフィン」の検索結果 38 件あり …

『Z世代のための死生学入門』『中江兆民(53歳)の死に方の美学』★『医者から悪性の食道ガンと宣告され「余命一年半・・」と告げられた兆民いわく』★『一年半、諸君は短促なりといわん。余は極めて悠久なりという。 もし短といわんと欲せば、十年も短なり、五十年も短なり。百年も短なり。 それ生時限りありて、死後限り無し」(『1年半有』)』

     ★『中江兆民(53歳)の遺言』ー「戒名は無用、葬式も無用、灰 …

no image
★人気リクエスト記事再録『百歳学入門(201)』<知的巨人たちの往生術から学ぶ③>『一怒一老 一笑一若 少肉多菜 少塩多酢 少糖多果 少食多岨(たそ) 少衣多浴 少車多歩 少煩多眠 少念多笑 少言多行 少欲多施』<渋沢秀雄(90歳)>

『知的巨人たちの往生術から学ぶ』③ 朝日の[天声人語]の名コラムニストの荒垣秀雄 …

『オンライン/ジェンダ―ギャップ歴史講座』★『女性学を切り開いた高群逸枝夫妻の純愛物語』★『強固な男尊女卑社会の封建国・日本』

  2009/04/09  「国文学」0 …

『オンライン/徳川歴代将軍講座』<日本超高齢社会>の歴史とは⑤…<徳川歴代将軍の年齢、実力調べ』★『徳川家康と秀忠、家光の三代将軍の指南役 の天海大僧正107歳?こそ徳川幕府の盤石な体制を築いた<影の将軍>なのじゃ』

      2010/01/27&nbs …