知的巨人の百歳学(138)-『六十,七十/ボーっと生きてんじゃねーよ(炸裂!)」九十、百歳・天才老人の勉強法を見習え!』★『日本株式会社の父』渋沢栄一は83歳で関東大震災を体験、自宅、事務所は全焼した。家族は郷里に避難をすすめた。すると、渋沢は「バカなことをいうな!わしのような老人は、こういう時にこそ働かなければ申し訳ない。それを田舎に行けなど卑怯千万な!これしきの事を恐れて八十年の長い間生きてこられたと思うのか」と怒鳴りつけ、翌日から大車輪で復興の先頭に立った』
2011/05/04記事再録
生涯現役の達人・渋沢栄一(91歳)の晩年・長寿力に学ぶ
前坂 俊之(ジャーナリスト)
20011年の3・11ショック以来、政治家、経済人のリーダーシップが問われている。ちょうど88年前に東京を直撃した関東大震災(大正12年(1923年)9月1日)の時、『日本株式会社の父』,『財界の大御所』渋沢栄一は83歳。兜町や飛鳥山の邸宅、事務所は全焼した。
家族は老齢と健康を心配して埼玉の郷里に避難をすすめた。すると、渋沢は「バカなことをいうな!。
わしのような老人は、こういう時にいささかなりとも働いてこそ生きている申しわけが立つようなものだ。それを田舎に行けなど卑怯千万な!これしきの事を恐れて八十年の長い間生きてこられたと思うのか。あまりといえば意気地のない」と怒鳴りつけた。
東京復興計画の後藤新平(内相)と手を組んで栄一は早速、まだあちこち火の手があがる町に出て、財界トップとして全面協力し、陣頭指揮に立ちあがった。
九月九日には商業会議所と国会とが共同で「大震災善後会」が発足させ、救済寄付金の募集や救護活動、被害状況の視察や罷災者の慰問など目の回る忙しい活動を老齢をものともせず続けた。
さすが、幕末、明治維新、日清、日露戦争の動乱と修羅場を切り開いてきた財界トップだけに、今回の東電や政治家、経済人比べてその決断とスピードは段違いである。
いうまでもなく渋沢栄一(一八四〇~一九三一)は日本ではじめて株式会社を作り、生涯、第一国立銀行(日本銀行)、王子製紙、東京瓦斯ガスなど500社以上を創立した『日本資本主義の父』である。平均寿命が40歳代という明治期に九十一歳という長寿を記録した『財界の大御所』として生涯現役を貫いた日本最高の偉人といってもいい。
私は3・11ショック以来、この「渋沢栄一の晩年突破力」に感激し、自分でできることは何かー
と考えた末に、『日本のメルトダウン』(ガンバレ、日本)なるHPを立ちあげた。さらに、災害、原発事故の当事者に取材して動画で『youtube』で発信することを思いついた。即実行あるのみと、ビデオカメラ、三脚、パソコンなど30万円ほどで買い込み、福島原発の技術者からの動画取材を悪戦苦闘しながら4月23日にアップした。
70歳前のネットブログビデオジャーナリストのデビューである。
さいわい『youtube』からの反響は大きく、問い合わせ、リンクの要望が多くよせられた。
私の座右銘は『いまやらねば いつできる。わしがやらねばだれがやる』(平櫛田中)と『少なくして学べば壮にして為すあり 壮にして学べば老いて衰えず 老いて学べば死して朽ちず』(佐藤一斎)の2つで、このビデオジャーナリストは体力の続く限りやりたいと思っている。
ところで、渋沢翁の生涯現役・晩年長寿学を調べてみると、ますますその凄さに敬服の念を強くした。あれだけ公私両面で人の何倍も大車輪で生きてきた渋沢はもともと体はあまり頑健でなかったという。すぐに風邪を引く。腹痛をよく起こしでゼンソクもあった。
六十四歳から翌年に掛けての長患いでは一時危篤に陥り、徳川慶喜(最後の将軍)が駆けつけて手を握り涙をこぼす一幕もあった、という。還暦(60歳)や古稀(70歳)のころの栄一は、自分の寿命が九十を超えるとは毛頭思っていなかった、という。
それが『国難来るー関東大震災』ではあれだけの決然たる行動力と気概を示したのだから、その気魄には圧倒される。
関東大震災からから4年後。87歳となった渋沢は『健康法』についての新聞のインタビューにこう答えている。
「若返って元気になるには、不断の活動が大切です。つねに計画を立て、六十から九十のあいだに実行することです。同時に節制も大事で、活動が過度にならないように注意する。活動と節制とが、車の両輪のように調和してこそ、元気の要素がえられる。
また精神的に、憂いかあってはいけない。現状に満足し、穏健で平和な毎日を送る。煩悩、苦悩、すべて快活に愉快にというのが、わたしの秘訣です。酒は飲まない、食物に好き嫌いはない。暇を見て経書(儒学の経典)を読むくらいですね」
この見事な教えを3つ目の『座右銘』としているこの頃である。
ところで、渋沢はなぜ長生きしたのか、彼の伝記を調べているうちに松浦玲『還暦以後』(筑摩書房、2002年)にその記述の一部があった。ちなみにこの松浦の『還暦以後』は晩年を如何に生きるべきか考え出す60歳以上のものには必読の名著と思う。
この『渋沢栄一』の項目によると、『渋沢栄一は、慶喜公伝の編纂を急がせた。慶喜公は高齢、自分も高齢、二人が生きているうちに仕上げようというのである。とくに栄一は「著者」なのだから、途中で死んでは本にならない。
慶喜については、この危惧が当った。完成前の一九一三年(大正二)七十七歳で病没する。ところが渋沢はなんと九十二まで生きたのだった。
健康とは言えなかった。すぐに風邪を引く。腹痛が頻繁で喘息もあった。約束を断り自宅や別荘で療養することが多い。
六十四歳から翌年に掛けての長患いでは一時危篤に陥り、慶喜が駆けつけて手を握り涙をこぼす一幕もあったようだ。還暦や古稀のころの栄一は、自分の寿命が九十を超えるとは毛頭思っていなかったのである』とある。長生きしようと思っても、これは自分の養生、節制ではどうにもならない天寿なのである。
渋沢の九十のときの日課を見てみると、
午前六時から七時に起床。午前八時から八時半に朝食。午前九時から十一時まで読書し、午後は仕事で外出。昼食はとらない。午後五時から六時に帰邸し、午後六時から七時に夕食。食後は十時まで読書して、十時から十一時までに就寝する。ちなみに渋沢は、昼寝、仮眠などをいっさいしなかと、いう。
「老人になれば、若い者以上に物事を考え、楽隠居をして休養するなどということは、絶対にしてはいけません。逆に、死ぬまで活動をやめないという覚悟が必要なのです」
とも語っており、一喝される思いである。
関連記事
-
-
日本メルダウン脱出法(676)「大都市は急速に老化する(池田 信夫)」●「歴史問題は「安倍談話」で終わるわけではない」など8本
日本メルダウン脱出法(676) 「大都市は急速に老化する(池田 信夫)」 ーh …
-
-
日本メルトダウン脱出法(732)「ラグビー日本代表はなぜ“強豪”になったのか、W杯勝利へのマネジメント術」●「このままだと3分の1が空き家に!?–実家を見捨てる都会人の複雑な想い」
日本メルトダウン脱出法(732) ハリポタ作者「こんな話書けない」、日本 …
-
-
下村海南著『日本の黒幕」★『杉山茂丸と秋山定輔』の比較論
2003年7 月 前坂 俊之(静岡県立大学教授) 明治国家の参謀、明治政府の大物 …
-
-
『Z世代のための日韓国交正常化60年(2025)前史の研究講座③」★『井上角五郎は苦心惨憺、10ゕ月後に朝鮮で最初の新聞「漢城旬報」を発行』★『清国から西洋思想、日本の宣伝機関である、「井上角五郎を誅戮せよ」と非難、攻撃された』
苦心惨憺、10ゕ月後に朝鮮で最初の新聞「漢城旬報」を発行 http://ja.w …
-
-
日本リーダーパワー史(820)『明治裏面史』 ★ 『「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、 インテリジェンス㉟『日本史決定的瞬間の児玉源太郎の決断力⑦』★『日英同盟によって軍艦購入から日本へ運行するまで、英国は日本を助けて、ロシアを妨害してくれたことが日露戦争勝利の要因の1つ』●『児玉、山本権兵衛の『先見の明』と『最強のリーダーシップ』の証明でもあった。』
日本リーダーパワー史(820)『明治裏面史』 ★ 『「日清、日露戦争に勝利」し …
-
-
『Z世代のための最強の日本リーダーシップ研究講座】㉝」★『120年前の日露戦争勝利の立役者は児玉源太郎、山本権兵衛』★『日露開戦4ヵ月前、前任者が急死したため児玉源太郎は二階級(大臣→参謀次長)降下して、決然として立ち、日露戦争全軍を指揮した』★『わが戦略が失敗すれば、全責任を自己一身に帰して、内閣にも、参謀総長にも分たず、一身を国家に捧げる決意で取り組む」と決意を述べた』
児玉源太郎副総理(内大臣、台湾総督)は二階級(大臣→参謀次長)降下 …
-
-
歴史秘話「上野の西郷さんの銅像はこうして作った」「西郷さんと愛犬」の真相ー彫刻家・高村光雲が語る。
「上野の西郷さんの銅像はこうして作った」-彫刻家・高村光雲が語る。 銅像「西郷 …
-
-
日本メルトダウン脱出法(886)『ドイツ提唱「ソブリンと銀行の共倒れ」防止策、ユーロ圏に亀裂』●『本当は人工知能が仕事を増やすという試算』●『天からの新札? ヘリコプターマネーは日本に恩恵をもたらすか(浜田宏一)』●『起業をして成功する人の7つの共通点』●『LINE元CEO森川亮氏が「成功」を捨て去れるわけ』
日本メルトダウン脱出法(886) ドイツ提唱「ソブリンと銀行 …
-
-
百歳学入門⑤<クイズ>日本の長寿経営者はだれか<農業、食品企業の創業者になぜ長寿者は多いのか>②!?
百歳学入門⑤<クイズ>日本の代表的長寿経営者は誰か?② <農業、食 …
-
-
<1時間でわかる超大国中国の謎と対日感情>動画座談会ーチャイナウオッチャー・松山徳之氏から聞く
<1時間でわかる超大国中国の謎と対日感情> ★★お勧め(動画座談会 …
- PREV
- 知的巨人の百歳学(138)-『六十,七十/ボーっと生きてんじゃねーよ(炸裂!)」九十、百歳・天才老人の勉強法を見習えよじゃ、大喝!』-儒学者・佐藤一斎(86歳)の『少(しよう)にして学べば、則(すなわ)ち 壮にして為(な)すこと有り。 壮(そう)にして学べば、則ち老いて衰えず。 老(お)いて学べば、則ち死して朽ちず』
- NEXT
- 知的巨人の百歳学(139)-『六十,七十/ボーっと生きてんじゃねーよ(炸裂!)」九十、百歳/天才老人の勉強法を見習え!』★『渋沢栄一(91歳)こそ真の民主主義者、平和主義者』★『「社会事業は私の使命である」が最後までモットー。日米関係を打開するため米国へ老体を鞭打ってわたり、「次回ここに来るときは棺を一緒に乗せてくるかもしれない、それでも私は必要とあらば参ります」と断固たる決意を述べた。』
