日本敗戦史(54)A級戦犯指定徳富蘇峰の 『なぜ日本は敗れたのか』⑥「全体的大構想の欠如」烏合の衆の愚かな戦争になった。
2015/04/11
日本敗戦史(54)
マスコミ人のA級戦犯指定の徳富蘇峰が語る
『なぜ日本は敗れたのか』⑥
「全体的大構想の欠如」(今度の戦争は出合頭の衝突的な出来事で、
それが連続的に延長し、初めから終りまで、何ら確固たる政策
もなければ、作戦もなく、組織もなければ、統率もなく、
烏合の衆の愚かな戦争で終った。
「全体的大構想の欠如」
最も大なる欠点は、一貫したる計画の欠乏した事であった。この点について、外人は皆な日本を誤解している。誤解というよりも、むしろ買いかぶっている。彼等は今回の戦争は、全く一定の筋書があって、それを順序正しく履行したものとして、その戦争指導を詮索している。しかし、もしその通りであれば、負けるはずはなく、たとえ負けても、こんな惨めな敗北にならない。
要するに今度の戦争は出合頭の衝突的な出来事で、それが連続的に延長したというまでであって、初めから終りまで、何ら確固たる政策もなければ、作戦もなく、組織もなければ、統率もなく、烏合の衆で、終ったという他はない。
もっとも局部的には計画もあり、筋書もあったかも知れぬが、それは全くそれだけの事であって、横にもタテにも、徹底した連絡もなければ、貫通したるパイプもなく、個々別々に、雑然と出で来ったものに過ぎなかった。孫子の「常山の蛇勢」とは「その首を撃てば、則ち尾至り、その尾を撃てば、則ち首至る。其の中を撃てば、則ち首尾ともに至る」という訳であったが、わが国の戦争には、頭は頭、醇は尻尾、胴体は胴体、皆な個個別々の働らきをして、その間に何ら全体的の大構想なるものは、含蓄していなかった。
これでは、局部では勝っても、全体には負ける事は、決まり切った事である。いわんやその局部の勝利さえも、緒戦だけの事で、やがては局部でも負け、全体でも負け、負け負け負けで連続し、ただその敗戦を、国民の眼中より覆い隠す(大敗北を終戦などと)ことだけに、成功したるに過ぎなかった。
わが陸海軍は、そのする事なす事、敵側には一切筒抜けであった事は、例えて言えば、山本五十六連合艦隊司令長官が、戦死したことも、日本では偶然のように考えているが、アメリカ側の発表する所によれば、山本が海軍諸基地の、巡視に出掛ける情報を、米国側では探りあて、それを当時の海軍長官ノックスより、現場の司令官に通報し、それによって山本の巡視を、途中に待ち受け、これを墜落せしめたるものであった。(米側の暗号解読で待ち伏せして撃墜された)
http://www.maesaka-toshiyuki.com/person/4892.html
あたかも猪撃ちが、猪が必ずここを通るという報知を得て、そこに待ち構えていたのと同様である。これは一の例であるが、一以て十を知るべしである。
戦争は相手次第のものだから、わが思う通りに、ことごとく行くものではではない。しかし善く戦う者は、敵をして、わが思う壷に入れるように、働らき掛けるものである。戦って利ある時には、敵は戦いを欲しなくても、余儀なくわれに戦わせて、戦って不利なる時は、敵は戦わんと欲しても、戦わなくするように、仕掛けるのが戦争に長じた者の行動である。
日露戦争の如きは、初めから余計な勝利を考えていなかった。児玉源太郎参謀次長の如きは、五分五分の戦をすれば、それで日本は、得る所が多いと、言わねばならぬと言っていた。また大山厳参謀総長の如きは、出征に際し、見送りにきたる山本権兵衛海相に向い、「戦争はこっちでするが、戦争をやめる事は、そちらでよく肝煎ってもらいたい」と、ねんごろに告げて別れた。
当時の満洲軍の総司令官は、出征に際して、すでに如何なる場合に、講和す可べきかという事を考えて、出掛けていた。従って明治38年3月10日、奉天の大会戦以後は、軍の総参謀長たる児玉は、ひそかに東京に舞い戻り、さかんに当局者に対して、満洲における我軍の戦力は、既に峠を越している。速かに和平を講ぜよと、さかんに誘説した。
必ずしもこれがためというではなかったが、伊藤、山県、当時の首相桂、外相小村の如きも、深くそのことを考えて。遂にポーツマスの講和会議までもってくる事が出来た。一方には、国民に、戦争には余りあるの力ある事を示しつつ、他方にはさかんに裏面工作を以て、和平を将来したる事は、その苦心決して容易ではなかった。
これに反して今回の戦争は、鉄砲玉の如く、行くところまで行いた後は、帰る道を忘れた。そしてその先にまた一発を放った。戦争はただ鉄砲の弾丸を撃って、先から先にと進み、やがては敵から押され、押されれば退き、また押されれば退き、やがては城下の盟、露骨に言えば「雪隠(トイレ)で首をくくる」状態となって来た。海軍なども、技術の上から言っても、また巨砲堅艦(戦艦大和)、飛行機から言って見ても、今回の戦争は日露戦争に比すれば、天地の隔たりがあった。しかし軍令部長にせよ、海軍大臣にせよ、一個の山本権兵衛ほどの者はおろか、その片腕ほどの者もなかった。
海軍は、ただ最後は、海軍の名だけあって、実物は無く、幽霊海軍とし存在した。もし成功と言えば、国民の眼の前に、幽霊を実在と見せかけただけが、手際であったと、言わねばならぬ。陸軍に至っては、何と言ってよいか、ちょうと批評の言葉に苦しむ。
(昭和22年1月11日午前、晩晴草堂にて)
関連記事
-
-
F国際ビジネスマンのワールド・ウオッチ⑨』『“中国の次期ニューリーダーの不可解な不在”』(ニューヨーク・タイムズ(9/11)
『F国際ビジネスマンのワールド・ニュース・ウオッチ⑨』   …
-
-
★『アジア近現代史復習問題』・福沢諭吉の「日清戦争開戦論」を読む(3)ー「北朝鮮による金正男暗殺事件をみていると、約120年前の日清戦争の原因がよくわかる」★『脱亜論によりアジア差別主義者の汚名をきた福沢の時事新報での「清国・朝鮮論」の社説を読み直す』★『韓人の治安妨害』(「時事新報」明治27年4月19日〕』★『 朝鮮国王の指令で次々に4人の刺客を日本に送り込み、 日本の主権を侵し金玉均、朴泳孝の暗殺を実行した』★『朝鮮政府に対し不法なテロ事件の真相を究明し、国際談判を開き、黒白を明にして国家の治安を擁護すべし』
★『アジア近現代史復習問題』 ・福沢諭吉の「日清戦争開戦論」を読む(2)ー 「 …
-
-
『Z世代のためのオープン講座』★『ウクライナ戦争と「アルマゲドン(最終戦争)」の冬の陣へ(上)』★『WHOが「コロナの終焉近い」』★『クリミア橋爆破事件の衝撃』★『悪名高い「アルマゲドン将軍」の異名を持つスロヴィキン将軍を総司令官に抜擢』★『EUはロシアの「最も野蛮で凶悪な戦争犯罪」と非難』(10月15日までの情報)
前坂俊之(ジャーナリスト) ウクライナ戦争はクリミ …
-
-
『和製ジェームス・ディーンと言われた「赤木圭一郎」の激突死(1961/02/21)』★『不死鳥の“トニー”は嘘だった』★『鎌倉英勝寺に眠る』
赤木圭一郎が1961年(昭和36)2月14日昼休み、ゴーカートを運 …
-
-
『日本を救え、世界を救うために、決断を!』ー<福島原発事故 最悪のシナリオから考える(2)>(池田知隆)
『日本を救え、世界を救うために、決断を!』 福島原発―最悪のシナリ …
-
-
日本メルトダウン脱出法(678)「2020年9.4兆円の赤字」を大幅に減らす方法」●「「想定外」を一蹴 IAEA報告書 「国際慣行に従わず」批判
日本メルトダウン脱出法(678) 「2020年9.4兆円の赤字」を大幅に減らす …
-
-
日本メルトダウン(927)『日本の政治:国会支配の行方 (英エコノミスト誌)』●『関東で地震が頻発、直下型大地震の前触れか? 「伊豆・相模地域は警戒を」と埼玉大・角田教授』●『日本軍と共謀した毛沢東を、中国人はどう受け止めたか?』●『ここは世界遺産か、それとも「聖なるスーパー銭湯」か~あまりにも残念な「熊野古道」の現状』
日本メルトダウン(927) 日本の政治:国会支配の行方 (英エコノミスト誌 20 …
-
-
知的巨人たちの百歳学(176)記事再録/「東洋のビール王」「大日本麦酒創業者」(アサヒ、サッポロビールの前身)・馬越恭平【88歳) 「健康10ヵ条」ー「2つの養生<体の養生と財布の養生とは怠るな>」 「四気の保持を忘れぬこと―元気、勇気、長生き(気長の意味) 、腹の落付き(沈静)の四つ」
2015/09/16   …
-
-
『働き方改革』EXPO(幕張メッセ、9/16-18)の取材で発見した「スーパープレゼン」-「(株)スタジアムのWeb面接・録画面接システムの『インタビューメーカー』はすごいよ」
日本の最先端技術「見える化」チャンネル 『働き方改革』EXPO(幕張メッセ、9/ …
