前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

日本リーダーパワー史(638)日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(31)<川上参謀総長からロシアに派遣された田中義一大尉はペテルスブルグで活躍<ダンスを習いギリシャ正教に入信して情報収集に当たる>②

      2016/01/14

日本リーダーパワー史(638)

日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(31)  

 <川上参謀総長からロシアに派遣された田中義一

大尉はペテルスブルグで活躍、

<ダンスを習い、ギリシャ正教に入信して情報収集に当たった>②

  前坂俊之(ジャーナリスト)

田中は明治31年8月にペテルスブルグに赴任,その1年後に川上は急死す,日露戦争5年前のこと

参謀本部は早晩戦うべき相手のロシア研究に、若い優秀な将校を送りたかったので、川上総長は田中を選んだ。川上は一大尉たる田中に対して、「謹而呈田中兄 川上操六拝」と自署した写真を贈って餞別としたのだから、彼のロシア行をいかに川上が重大視したかがわかる。その川上は、それから一年後に急死するのである。

日露戦争勃発の5年前である。田中のロシア派遣は川上のインテリジェンスの冴えが発揮された、最良の人選となった。この参謀本部の逸材は川上の期待に応え、ロシア研究に打ち込み、ロシア人になりきって、諜報活動に獅子奮迅の活躍を見せる。

田中大尉は1898年(明治31)6月に東京を発ち、8月にペテルブルグに到着した。時のわがロシア公使は、林董(次で小村寿太郎、珍田捨巳)で、公使館付武官は、伊東主一少佐で、伊東少佐病死の後は村田淳大佐であった。なお藤室少佐(後の陸軍少将藤室松次郎)広瀬大尉(後の海軍中佐広瀬武夫)等の先達者もいたので、いろいろと指導を受けると共に、藤室少佐の紹介で先ずロシア語の研究を始めた。

田中の任務とする研究は、

ロシア陸軍の実情、その作戦、動員、編制、教育及び兵器材料等、直接軍隊に関する事が主ではあったが、当時世界第一の強大を誇るロシアの国情、その社会組織を通じて軍隊と国民との関係、ロシアの裏表一切を調査研究するに在った。直接的に陸軍を研究するためには、内山駐仏公使館付武官の注意もあったので、部隊付になろうと希望したが、日本武官の隊附勤務は前例がないという理由で、容易に実現しなかった。

もし強いて事を急げば時が時であるだけにあらぬ疑惑を招いて、鉄のカーテンをいよいよ堅くさせるばかりになりそうなので、まだロシア語も不十分だったので、しばらく機会を待つことにし、それまではロシア、ロシア人を徹底的に研究して見ようと決心した。

社交場に出入して、ロシア名を名乗る

そこで社交場に出入して上層階級と親しく交際をするにも、下層階級に飛び込んで行くにも、生活様式をロシア人同様にして、彼等の風俗習慣に同化することが先決問題であると考えた田中は、先ず自分の姓名をロシア式に変更し、名と姓との間に父称を入れて『ギイチ・ノブスケウィッチ、タナカ』と名乗り、名刺もこの通りに作った。

このロシア人になりきろうとする態度は、人情の機微に触れて、生れつきの人の善さと相まって、ロシア人といたる所でたちまち旧知のような深い交際を結ぶことが出来た。

藤室少将は次の如く語っている。

「当時私は少佐で、田中さんは大尉であったが、ロシアに来られたのは私よりも半年ばかり後であった。

先ず最初の二年間は、語学の研究で田中大尉も他の者と同じように、婦人の教師について勉強した。婦人を教師に選ぶのは、発音が正しいからである。その女教師と初対面の時『信仰は何宗教か』と、尋ねられたので私は『仏教だ』と答えたが、田中大尉は『無宗教』と云ったので、教師は非常にビックリしたようであった。

それほど宗教の盛んな国であったからロシア人と親しくするためには無宗教と答えた田中大尉も、間もなく教会に行くようになったばかりでなく、ロシア人との社交上必要なので、ダンスの稽古もやったが、流石の田中大尉も、ダンスは物にならなかったようだ。

当時の公使館員も武官も何か問題の起った時は忙しいけれども、平常は暇にまかせて、遊びも盛であった。私共も誘われるままに、あるいは芝居見物に往くとか花札を引くなど盛にやったものである。

また人情の機微を心得ていて、思い切ったことをされたもので、これもその一つだが、ロシア人に限らず欧洲人は一般に、日本の柿を非常に珍重するので、大尉は日本から柿をとり寄せて、彼等を喜ばせたこともあるし、又、焼豆腐を取寄せたこともある。

私は荷物の着いた時のことを覚えているが、豆腐をブリキカンに入れて、氷をつめた大変な荷造りであった。公使館で一同舌鼓を打って賞味した。この柿にせよ、焼豆腐にせよ、要するにロシア要路の人物に接近して親密になる手段ではあったろうが、田中さんがやられると如何にも板についていて手段だなどと思う者はなかった。

しかしその苦心と努力とは容易ならぬものであった。又、ロシア研究の歩度が進んで真剣味を加えて来ると、その活躍も相当なものである時のごときは重要書類と図画とを入手され、これを公使館の奥で厳重に包装して、ドイツとの国境まで持って行って参謀本部に密送したこともある。それはロシア軍の戦時集中計画を書いた貴重な資料であったから、日露戦争に役立ったことは、いうまでもなかろう。

私は、二年余り田中大尉と一処に、ペテルスブルグに駐在したが、たまたま御来遊の開院宮殿下に随行した大島中佐(後の陸軍中将大島健一)が病気になったので、私が代って供奉の命を受け、殿下に随行帰朝した。

シベリア経由の御予定であったが、北清事変のため、モスコーから引返して、仏国マルセーユから海路、御帰朝になった。

田中大尉は私の帰国する直前からロシア軍の隊付となって、一層深くその内画を調査研究したようで、後の戦役を考えると田中のロシア研究と日露戦争とは、離すことの出来ない関係である。」

ダンスとギリシャ正教の入信について田中自身は後年、回想する。

「ロシアの貴族と交際するためにはダンスを知らねばならぬので、当時海軍から留学していた広瀬(武夫)と一緒に、露国の帝室付ダンサーであった女優を師匠として稽古をした。

初めの間は大きな鏡の前で両手を腰に当てて腰の振り方を稽古するのであるが、広瀬の腰付がうまくゆかないので、竹の鞭で叩いて矯正されるけれども、柔道で鍛えた広瀬の腰は女優の鞭位では容易に直るはずはなく、流石の広瀬も大いに困り、気の毒に堪えなかったこともあった。」

が、御当人のダンスも前述の如くものにはならなかったようであるが、自分の腰つきには、述懐はふれていない。

ただ国のためと思いつつ、軍神と讃えられた広瀬中佐と総理大臣になった田中大将とが、女優上りのダンサーに鞭で叩かれながらダンスを踊った光景は一種の微苦笑を催おさせるものがあるではないか。

ロシア人に成り切る努力の第三はギリシア正教への入信であった。帝政時代のロシアは十六世紀頃からギリシア正教を国教とし、しばしば起った君主独裁の政治的危機も、民族精神を統一する国教によって救われたことさえあった程、信仰は殆んど衣食住に先行する程に狭く民族に根を下ろしていたのである。ただ国のためと思いつつ、軍神と讃えられた広瀬中佐と総理大臣になった田中大将とが、女優上りのダンサーに鞭で叩かれながらダンスを踊った光景は一種の微苦笑を催おさせるものがあるではないか。

従って十七、八、九の三世紀にわたる絶間ない外国との戦争はその殆んどが異教徒を征服せんとする宗教戦であったから、民族的結束は益々強力に展開されたのである。

そのユダヤ人に対する圧制、あるいはポーランドの亡国と、その再建を巡る執拗な独立騒ぎも、異教徒であるというのが主たる理由である。

従って上流と下流とを問わず、兵隊も娼婦も国教の熱烈なる信者で、一週二回の説教と祈祷とを怠る者がなかったのは、我々がロシア文学でよく知るところである。

田中大尉も、語学教師が「無宗教」に驚ろいたのに自覚し、先ずロシア人と信仰とを研究して、正教に入信せねば殆んど人間扱いを受け得られないことを知ったので、直ちに入信の手続をとり、敬慶なる信者として下宿の老人と共に祈祷に参列し、説教を聴聞したのである。

云うまでもなくこの入信がロシア人の信用を一挙に獲得したことは当然であった。後に掲げる大尉の日記によれば、或は長時間ひざまずいて祷り、あるいは聖水を頭に受け、亦聖像に接吻するなど其の信仰振りはまことに堂に入ったものであった。

「田中義一伝」(上)原書房 1981年(1958年刊行の復刻版)

 - 人物研究, 戦争報道, 現代史研究 , , , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

『百歳学入門』(229)-『 ルノアールの愛弟子の洋画家・梅原龍三郎(97)の遺書』★『「葬式無用、弔問、供物いずれも固辞すること。生者は死者のために煩わされるべからず』

  2018/05/27 記事再録 『百歳学入門』(229) …

no image
日本リーダーパワー史(185)『世界一の撃墜王・坂井三郎はいかに鍛錬したか』ー<超人(鳥人)百戦百勝必勝法に学ぶ>

日本リーダーパワー史(185) 『世界一の撃墜王・坂井三郎はいかに鍛錬したか』< …

no image
<まとめ> 日中韓150年戦争史の研究ー日韓近代史でのトゲとなった金玉均(朝鮮独立党)事件と日清戦争のトリガーとなった金玉均暗殺事件

<まとめ> 日中韓150年戦争史の研究 日韓近代史でのトゲとなった金玉均(朝鮮独 …

no image
日本リーダーパワー史(213)<『坂の上の雲』の真実②>外交力・諜報力・IT技術力で、今後の日本再生に活かせ

日本リーダーパワー史(213)   <クイズ・『坂の上の雲』の真実とは …

no image
新刊「追悼山本五十六」新人物往来社編 新人物文庫(667円)を出版しました。

  新刊「追悼山本五十六」新人物往来社編 新人物文庫(667円)を出版 …

no image
イラク戦争報道(下) 2003 年6 月30 日

1 日本のメディアはイラク戦争をどう報道したか 前坂 俊之(静岡県立大学国際関係 …

鎌倉/逗子≪マル特動画ニュース≫★『逗子マリーナ鎌倉側トンネル前で土砂崩れ事故で交通止め、国道134号への影響は被害は大丈夫か!

 ★5 鎌倉/逗子≪マル特動画ニュース≫ 『逗子マリーナ鎌倉側トンネル前で土砂崩 …

no image
日本メルトダウン(920)『南シナ海に迫る「キューバ危機」、試される安保法制 』●『出口が見えない中国との関係 、互いに非難し合うのは愚かな言動 柯 隆』●『仲裁裁判がまく南シナ海の火種』●『中国は戦前の日本と同じ過ちを犯し自滅に向かっている』●『南シナ海の洋上で中国製の原発計画が進行中 19年までに運転開始へ』

  日本メルトダウン(920) 12日に南シナ海問題で国際裁定へ 南シナ海に迫る …

no image
『「申報」からみた「日中韓150年戦争史」(75)『(旅順要塞敗北など連戦連敗の清国軍の敗因について)兵を語る』

     ◎『「申報」からみた「日中韓150年戦争 …

no image
日本メルトダウン(1003)―『トランプ「IT会談」全詳細/官邸ホットラインはティール主導で』●『「世界で最も影響力のある人物」ランキング プーチン大統領が4年連続の首位』★『世界のIT長者 日本からZOZO前澤社長が資産2,600億円で初ランクイン』●『東京23区「平均年収ランキング」圧倒的1位は902万円の……』●『東京23区「平均年収ランキング」圧倒的1位は902万円の』★『「英語力ランキング」日本30位で韓国下回る 政府の教育支出が低すぎ?』●『「世界人材調査」日本は61カ国中26位(語学力ワースト2位)、韓国総合31位、中国40位』

     日本メルトダウン(1003) トランプ「IT会談」全詳細 官邸ホットラ …