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『百歳長寿経営学入門』(208)『プロパンガスの父・岩谷産業創業者・岩谷直治(102歳)』 ★『その「否凡」経営哲学12カ条』と『102歳の健康長寿実践哲学10カ条を公開!』

      2018/03/13

百歳学入門(42)

2012/07/17
百歳学入門(42)『岩谷産業創業者・岩谷直治(102歳)語録』
『プロパンガスの父・岩谷直治(102歳)の百歳「否凡」経営』

 

名言『岩谷精神12カ条』

① 世の中に必要な人間となれ 世の中に必要なものこそ栄える

②  開拓者魂をもて 創造の苦しみは繁栄のための投資だ

③ 大きな夢をもて 夢を実現する努力こそ人間を大きくする

④ まず義務を果せ 権利は必ずついてくる

⑤ 創業精神に帰れ 自主独歩の気概を養おう

⑥ 正しい利潤を生み出せ 利潤こそ価値ある仕事の報酬だ

⑦ 頭の働きを充分に そして行動は敏速に

⑧ 目先の動きに惑わされるな 大局の中に核心をつかもう

⑨ 競争は堂々とやれ  先手先手で必勝をねらおう

⑩ 能力の出し惜しみをするな  意欲と知識が限りない力を育てる

⑪ もっと迫力を出せ  狙ったものは最後までやり通そう

⑫ 信用をかちとれ  実力と誠意こそ相手を満足させる

前坂 俊之(ジャーナリスト)

 

米ビジネス界で「Never tiree」(ネバータイアリー)=引退しない人々=という言葉が話題となっている。『ニューズウイーク』(3月28日号)によると、もともと米社会では、さっさとリタイアして優雅な老後の生活を楽しむのが、アメリカンドリームの定番だが、このところ風向きが変わってきた、という。

大富豪のバフェット(81)やジョージ・ソロス(81)らリッチな経営者たちは【最後まで引退せず仕事に情熱を傾ける】「生涯現役で死ぬまで働く」と60%近くが回答しているというから、老いてますます盛んというのが、米ビジネス界の新傾向なのである。

では、日本ではどうなのか。この手の創業者をながめれば『プロパンの父』、岩谷産業創業者・岩谷直治{102歳}が何といっても代表選手であろう、百歳・生涯現役を貫き一代で巨大企業を築きあげた、その長寿健康経営学は後継者不足に悩みリタイアを迷っている中小企業オーナーたちになんとも手本になる輝ける星である。

わが国でも一代で大企業にのしあげた創業経営者には長寿経営者が多い。「パナソニック」の松下幸之助(92)、シャープ創業者で岩谷とも生前親しかった早川徳次(88)、カゴメの蟹江一太郎(96)、出光石油の出光佐三(96)、日清食品の安藤百福(96)、グリコの創業者・江崎利一(96)らと関西財界に数多いが、中でも百歳過ぎても会社に顔を出していたという岩谷は文字通り『センテナリアン創業者』(百歳創業者)のトップと言っても過言でない。

名言①「学校歴」はないが、みずから学ぶ「学歴」のある人になる。

 

岩谷直治は1903年(明治36)3月、島根県大田市の豪農の総支配人(筆頭番頭)の父と後妻の実母の間の五男五女の末っ子に生まれた。父は岩谷が幼かった頃、病気となり、総支配人もやめて生活は困窮し、岩谷家は没落した。尋常小学校を出ると、金のかかる中学にはいけず地元の大田農業学校に入った。

父は貧乏しながらも『常に謙虚であれ』「その姿勢を持ち続けよ」ときびしくしつけた。岩谷も貧乏をバカにされ、「将来きっと商売で成功して、地元の田畑を全部買い占めて見返してやるぞ」と悔しさにバネに耐え忍んだ。15歳で卒業すると、1918年(大正七)、神戸の楫野海陸運送店に住み込みの小僧で丁稚奉公に出された。

 

毎朝午前五時に起きて(これは死ぬまで習慣となった)、夜遅くまで年中無休で働いた。奉公から四か月後、父が亡くなった。父の頼母子講の借金千円が残されており、岩谷が返済することになり、母親と妹二人を養うために必死で働く以外になかった。岩谷の苦しい徒弟修業時代である。

この幼、少年期に世の辛酸をなめ尽くしたことが、「負けず嫌いの人生」のスタートになり、マイナスを奮起、克服してプラスに変えていった。

名言②「我以外皆師」(自分以外はすべて先生である)「世の中で必要なものは決してつぶれない」

 

大正七年八月、神戸に本社があり、当時、「三井」を凌駕し日本一の大商社といわれた「鈴木商店」(金子直吉支配人)が米騒動のあおりで暴徒に襲われて焼き打ちにあった。この鈴木商店は昭和5年には倒産してしまうが、「人間も企業も栄枯盛衰する。バブルともうけ過ぎほど恐ろしいものはない」とを子供心に身にしみた。

1923年(大正12)九月の関東大震災では、同店横浜支店にいて遭遇した。死体ゴロゴロ、大地震、家屋倒壊、一面焼け野が原の地獄図を必死で生き延びて「人生観が変わる」大ショックを受けた。

後年、岩谷は生死紙一重の修羅場で「よく売れるもの」が「まず、食料品であり、すいとんですわ、今度はその〝すいとん〟を入れるドンブリが要りますわね。そういうことで商売のコツをおぼえました」とビジネスの極致を会得したと語る。

この体験から「世の中に必要なものは必ず栄える」「世の中が必要とする会社になろう」と創業を決意した。

名言③若いうちに苦労した人は必ず伸びる。逆に、楽をした人は自主独立心に欠ける。

 

「私にとっては、実社会が学校である。仕事を通じて出合った人すべてが先生であり、若いころから見てきた産業、企業の盛衰が教科書だった。早く実社会にはうり出された分だけ、人よ。長く学ぶことが出来たのかもしれない」(自叙伝「負けず嫌いの人生」、1990年、日経新聞社)

1930年(昭和5)五月五日、27歳で独立して大阪で酸素、溶接材料、カーバイトなどを扱う岩谷直治商店(現・岩谷産業の前身)を夫人2人で創業した。文字通り「ゴー、ゴー、ゴー」と満をじしてのダッシュである。楫野海陸運送店からの知り合いのフランス人から信用されて酸素の仕事に取り組んだ。以来、六十有余年、岩谷は商売ひと筋に打ち込んで、現在のLPG販売の最大手商社・岩谷産業へと育て上げていった。

名言④台所革命で、女性を解放したい。ヒトマネをせず、マネされる仕事をする。

岩谷は遅咲きである。プロパンガス(LPガス)を本格的に手がけたのは50歳の時である。1952年(昭和27)、「ガスの缶詰」という話を聞き「これこそ自分が求めていた大衆に奉仕する事業」とヒラメいた。誰も考えつかなかつた事業化に乗り出し、「マルヰプロパン」のブランド名で家庭用プロパンガスを全国発売した。

その背景には電気、ガスなど家庭に全く普及していなかった時代に育った岩谷の苦労した母へ感謝の熱い思いがあった。1945年以前の家庭の台所の大半は薪や薪でカマドに火をおこして女性が炊事、食事を作っていた。

「台所からカマド、ススをなくし女性を解放したい」という岩谷の台所革命でもあった。これが燃料革命になると同時に、それまで燃料として使われていた山林を乱伐から守り自然保護の先駆にもなった。

陣頭指揮によって、プロパンガスは家庭、産業用に全国に普及した。ガス漏れ検知器「みはり」(1969年)、携帯・簡易式の「カセットフー」【同年】も開発して折からのレジャーブームにのって大ヒットした。

そればかりか、東京オリンピックの聖火や、Hl、H2ロケットの燃料にもイワタこのプロパンガスが使われた。松下幸之助と並び関西屈指の創業経営者に。

今では都市ガス以上に、業界各社で全国二千万戸以上の家庭に普及するまでになった。

名言⑤「プロパンガスが台所を変えたように、21世紀は水素が世の中を変える」

岩谷産業はこのプロパンのほか窒素ガス、水素ガスなども手がけ、メーカー機能を併せ持つ商社として歩んできた。

一方、無公害・無尽蔵エネルギーである水素についても1978年(昭和53)には、商業用大型液化水素製造プラントを完成させ、わが国の宇宙開発ロケット燃料に供給するほか、1986年(昭和61)、「プロパンガスが台所を変えたように、21世紀には水素が世の中を変える」「いずれ飛行機が水素で飛ぶ」と

次世代エネルギー・水素へと事業を拡大した。住宅や健康食晶にまで手を広げ

「ほかの人の後は追いたくない。ヒトマネでない事業を求め続けるのが、私の経営の信念である。本当に人々の生活に必要なものなら必ず事業化できると信じている」と語る。

名言⑥『岩谷精神12カ条』

一九六八年(昭和四十三年)、65歳となった岩谷は『岩谷精神12カ条』の経営哲学を取りまとめ、毎月の標語にして社内に呼び掛け、浸透を図った。岩谷の半世紀に及ぶ苦闘の人生の中から悟った「土の思想,火の経営」の経営理念のエキスであった。

⑬ 世の中に必要な人間となれ 世の中に必要なものこそ栄える

⑭  開拓者魂をもて 創造の苦しみは繁栄のための投資だ

⑮ 大きな夢をもて 夢を実現する努力こそ人間を大きくする

⑯ まず義務を果せ 権利は必ずついてくる

⑰ 創業精神に帰れ 自主独歩の気概を養おう

⑱ 正しい利潤を生み出せ 利潤こそ価値ある仕事の報酬だ

⑲ 頭の働きを充分に そして行動は敏速に

⑳ 目先の動きに惑わされるな 大局の中に核心をつかもう

21 競争は堂々とやれ  先手先手で必勝をねらおう

22 能力の出し惜しみをするな  意欲と知識が限りない力を育てる

23 もっと迫力を出せ  狙ったものは最後までやり通そう

24 信用をかちとれ  実力と誠意こそ相手を満足させる

 

そして、『商売の本質は“小さな信用”を積み上げていくこと』だと説く。

「商売のコツは安く仕入れて高く売ることだという人がいる。しかしこれは商売の本質を見誤った考え方で、自分本位にばかり動いていると結局はユーザーに見離されてしまう。商売の本質は駆け引きに頼らず、〝小さな借用″を積み上げていくところにある」

名言⑦「親辛抱、子楽、孫貧乏」「事業は3代かかって完成する」

「人生は芸術である」といわれる。そうだとすれば百寿者はなかでも特別な芸術品であろう。しかし、長い人生、一体何が起こるかわからない。困難は人間の年などには頓着しないのだ。いつでも襲ってくる。その分、年をとると喜びと同時に困難、悲しみ、つらいことが多く待ち受けている。
岩谷百寿王の人生も波瀾万丈、山あり谷ありである。三男一女の子供、家庭にめぐまれ、企業も順調に発展して、はた目には黄金の晩年、輝く成功の人生に見える。そろそろバトンタッチを考えていた80歳代に、突然、予期せぬ大不幸に襲われた。

それまで岩谷は3男・学(まなぶ)を自分の後継者にすべく、慶大を卒業するとすぐ支店にやり、荷作り作業から始めてずっと岩谷産業で働かせてきた。ところが、専務になった1985年(昭和60)8月、好きなヨットを仲間と楽しんでいて、突然倒れて、急性心不全で亡くなったのである。元気ざかりの息子はまだ五十歳の若さである。

親にとって、子供に先立たれることほどつらく、悲しいことはない。しかも、事業の担い手なのだ。岩谷は驚天動地、電撃的ショックをに茫然自失した。「禍福はあざなえる縄のごとし」「好時、魔多し」、人生の無常を打たれた。

どん底から立て直るのに4ヵ月かかったが、何度も修羅場をくぐり、苦難の人生峠を幾重も越えてきた82歳の岩谷だけに社長を退く決断をおこなった。

同年12月、専務を呼び、社長に指名し、会長に退いた。82歳から54歳へ一挙に28歳の若返りである。

この苦難を乗り越えて、連結売上高六千八百億円、経常利益百二十億円の大企業に育て上げた。(2007年当時)百二歳で取締役名誉会長に就任したが、七十年間にわたって文字通り生涯現役を貫いたのである。

名言⑧元気と若さの秘密はボウリング。誰に気がねなく、

年齢差を越えて、若い男女と付き合えるのがいい

 

岩谷の『百歳長寿健康法』はどのようなものだろうか。

その元気と若さの秘密はボウリングにあった。1955(昭和30)年ころ、五十歳を過ぎて当時まだ外国人や芸能人しかやらなかったボウリングを、取引先の人から誘われるままに始めた。たちまち病み付きになった。特に、十本のピンがきれいに倒れるストライクに、何ともいえぬ快感を覚えた。

「ストライクをとろうと思ったら、背筋をまっすぐ伸ばし、肩のカを抜き、力まず投げる。そこに健康の極意に通じるものがある」と熱中した。九十歳を過ぎても、百五十以上のスコアを出していた。「日に三ゲームまでと決め、それでも最低五十回くらいは投げていた。

「ゲームをした後の汗と爽快感が私にとっては何より尊い。公私混同がなく、誰に気がねなく楽しめ、年齢差を越えて、若い男女と付き合えるのがいい」と語る。

 

名言⑨岩谷の健康長寿10カ条とは・・・

① 毎朝5時起きは早寝早起き

② 30~40分ヨガを主体とした独自の岩谷式体操。

③ 般若心経を大きな声で読経。大きな声を出すのは健康にとてもよい。

④ 姿勢がいいことは健康の基本。背筋をまっすぐ伸ばす。

⑤ 健康法は粘り強く続ける。何事も三日坊主はダメ。

⑥ 食事は好き嫌いなく、よく噛んで、バランスのいい食事を摂る。

⑦ 年寄りの食べ過ぎは寿命を縮める。、食べ過ぎが一番悪い。

⑧ 毎日欠かさず牛乳に自社で開発した粉状のゴマを混ぜて飲む

⑨ 年をとっても老けこむな

⑩ 何ごとにも好奇心やチャレンジ精神を持つ

 

本人は87歳の時の日常生活について、次のように書いている。

「毎朝五時に起きる。日曜、祝日も四季を問わず、七十年以上続けている。起きるとすぐ、脚を開いて床に頭をつけるといった柔軟体操をひと通りしてから、手と手をこすり合わせ、額をこすり、わき腹をこする。目のツボ、耳のツボを押さえる。どれも五十回、百回と数えながらやる。血行を良くするために考え出した我流の健康法である。
会社へは重役が出て来る午前八時の十分後に着くようにしている。人に会い、会議に出席し、夕方六時には退社する。意見を求められない限り経営に口を出さないようにしているが、分からないことがあれば、何でも尋ねる」(前掲『負けずぎらいの人生』

 

名言⑩「私の辞書には引退はない」

名言⑪岩谷の座右銘「子孫のために財を遺す、子孫必ずしもこれを守らず。子孫のために書を遺す、
子孫必ずしもこれを読まず。めいめいのうちに陰徳を積んで遺すに如かず」(司馬温公)

 

評論家の草柳大蔵は岩谷を評して『否凡の人』となづけて、その伝記を執筆中に2002年7月に78歳で亡くなった。岩谷の人間性について「平凡と非凡というひとつの線の上、比較線上の問題ではなくその次元を越して、凡という尺度を越えた「否凡」の人ではないか」という。

岩谷は黙々と陰徳を積んで遺した「超凡」、「否凡」のひとであり、「巨大な喬木」なのである。(「草柳大蔵取材ノート『否凡の人岩谷直治』【非売品、2003年、同社刊】

「無私の心で会社に尽くし、社会に貢献したいという「利他」精神を忘れずにやってきた」「私の辞書には引退はない」と「否凡の大きな梵鐘」を鳴らし続けてきた岩谷は2005年7月19日に102歳4ヵ月で大往生した。

 - 人物研究, 健康長寿, 現代史研究

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