前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

終戦70年・日本敗戦史(64)徳富蘇峰が語る『なぜ日本は敗れたのか』⑮「緒戦の奇功(真珠湾奇襲攻撃)に陶酔し和平の機を逸す」

   

                                             終戦70年・日本敗戦史(64)

A級戦犯指定の徳富蘇峰が語る『なぜ日本は敗れたのか』⑮

「緒戦の奇功(真珠湾奇襲攻撃)に陶酔し和平の機を逸す」

日本の失敗は、自業自得で、政略も、軍略も、全く物になっていなかった。

如何なる大国でも、驕慢であれば、必ず失敗する。

 

対支那(中国)の態度が、全く物になっていなかった事は、既にのべたる通りである。ところが当局者は、大東亜戦争初期において、非常なる幸運を掴み、絶好の機会を握り、一大勇猛心を以て、戦争の大勢をここに切り止め、講和の手段を回らしたならば、ただちに支那問題を解決し得たばかりでなく、南方における石油、ゴム、錫、鉄を初め、諸々の鉱石、木材、米、その他を、容易に獲得する事が出来たであろう。

しかるにこの機会を空しく取り逃がし、いよいよ手も足も出ないという切羽詰まった時に至って、七転八倒、講和を企て、遂に得ず、抗戦を企ててまた得ず。和戦両ながら非にして、遂に無条件降伏のやむなきに至ったのは、無謀、無策、無頓着、無責任の極みと言わねばならぬ。運命が日本を見棄てたのではない。日本が運命を見棄てたのである。

私は決して、自から先見を誇るではない。また言論人としての私の位地を、弁護せんとする者でもない。しかし事実だけは、ここに明白にしておく。予は昭和16年の11月頃、日本のこの糾紛する立場を清算するためには、速戦速和の他に途はないという事を、当局者に忠告した事がある。

 

その文書は、今なおどこかに存在している筈である。ところが廟議は、十二月八日に至って、宣戦の詔勅発布となった。西南太平洋における、我が海陸の活動は、実に驚天動地の偉功を、収めるに至った。

もし軍隊に、大山厳、児玉源太郎の如き人あり、廟堂に伊藤博文、山県有朋、桂太郎、山本権兵衛の如き人があったら、ここでたちまち外交の手を打ったであろう。ところがわが軍部の大官連中は、その勝利に陶酔し、遂に再び得難き機会を、空しく失い、やがては相手が陣容を立て直し、われに向って反撃し来る時間を、手を空しくして、敵に寄与した。かくて、する事なす事食い違い、遂に20年8月15日の無条件降伏に落着いた。

私は戦争中においても、当局者に向って、相当警告を発したつもりである。今日において、誰れもこれを記憶している者はあるまい。しかるにこの頃、中外日報を読めば、禿氏祐祥氏の論文中に、左の如き一節があるのを見出した。

大東亜戦争に突入した当時、徳富蘇峰氏はこの点に関連したラジオ講演を行ったことを記憶している。即ち日清、日露の戦争において、戦争を開始した政治家は適当の時にこれを終事せしめたが、今回の戦争は開始することだけを知って、終結の方法については一向に研究していないように思われるが事実はどうか。政局の担当者も度々変更せられ、何人が責任者であるか諒解に苦しむと述べられた時には共鳴を禁じ得なかったのである。

かかる意見の持主である予であれば、今少し世論を動かし、当局者をも善誘すべきが当然である。しかし正直の所、私自身も幾らか、緒戦の赫々たる奇勲に陶酔したと同時に、到底この戦勝の気分を、転換させる程の力がなかったのである。

私は、当局者が講和の好機会を、取り逃したと言ったが、あるいはこれは私1個の想像であるかの如く、思う人もあろう。1946年、即ち昨年12月21日、米国海軍側より、太平洋戦争の諸作戦と題する報告書を公表したが、その詳細を知ることが出来ぬが、概略はこれによって知ることが出来る。

即ち米海軍は、前半の2ヵ年に失策をして、後半の2ヵ年に、それを取戻す以上の勝利を得たる顛末である。この文書によって、米国が如何に禍を転じて福となし、日本が如何に福を転じて禍となし、一切の事が、上半と下半で、全く彼我転倒したる始末を、知る事が出来るであろう。

要するに、日本の失敗は、自業自得である。政略も、軍略も、全く物になっていなかった。如何なる大国でも、驕慢であれば、必ず失敗する。いわんや未だ自ら世界の大国たる位地に到達していない、言わば漸くその途上にある日本においてはいうまでもない。

(昭和22年1月27日午前、晩晴草堂にて)

 - 戦争報道

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

『オンライン講座/日本興亡史の研究』★『末広鉄腸の『インテリジェンス②』★『1888年(明治21)、優勝劣敗の世界に立って、外交をどう展開すべきか』<西洋への開化主義、『鹿鳴館」の猿まね外交で、同文同種の中国を排斥し、日中外交に障害を及ぼすのは外交戦略の失敗である』★『130年前に現在の日中関係を予言する』

  2015/11/24記事再録/   &nbsp …

no image
日本リーダーパワー史(791)ー 「日清、日露戦争に勝利」 した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、インテリジェンス➈』●『明治36年4月、日露戦争開戦9ヵ月前にロシア・クロパトキン陸相が日本を敵前視察に乗り込んできた』★『クロパトキンの「日本陸軍秘密研究書」による日本軍の欠点『西欧的機関を表面的しか理解していない、無能な老将校が存在し、部隊長の決断が遅く変化に対応できない』

 日本リーダーパワー史(790)ー 「国難日本史の歴史復習問題」 ★「日清、日露 …

no image
★『アジア近現代史復習問題』・福沢諭吉の「日清戦争開戦論」を読む] (5)「北朝鮮による金正男暗殺事件をみていると、約120年前の日清戦争の原因がよくわかる」●『他を頼みにして自らから安心す可らず  』 (「時事新報」明治27年5月3日付)★『支那帝国の中心は既に腐敗した朽木に異ならず、地方も各省もバラバラの施政で、日本の封建時代の末路と同様に亡国の状態だ』

 ★『アジア近現代史復習問題』・福沢諭吉の「日清戦争開戦論」を読む』(4) ー「 …

『Z世代のための日本戦争史講座』★『陸軍の内幕を暴露して東京裁判で検事側の証人に立ったリ陸軍の反逆児・田中隆吉の証言⑥』★『『紛糾せる大東亜省問題――東條内閣終に崩壊せず』』

終戦70年・日本敗戦史(86)「敗因を衝くー軍閥専横の実相』の記事再録 http …

no image
終戦70年・日本敗戦史(81)「敗因を衝くー軍閥専横の実相』」で 陸軍を告発し東京裁判でも検事側証人に立った田中隆吉の証言①

  終戦70年・日本敗戦史(81) 敗戦直後の1946年に「敗因を衝くー軍閥専横 …

no image
『世界サッカー戦国史』①ー『W杯ロシア大会と日露戦争(1904)の戦略を比較する。西野監督は名将か、凡将か➀ 

  『世界サッカー戦国史』① W杯ロシア大会2018と日露戦争(190 …

『中国共産党誕生100年前講座』★『(動画30分)孫文の辛亥革命を全面に支援した宮崎滔天兄弟の<日中・兄弟・仁義>の原点・宮崎滔天兄弟資料館に歴史を学びに行こうー(動画30分)』

    2014/03/20  記事再録 …

no image
★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < チャイナ・メルトダウン(1057)>『劉暁波弾圧/獄死事件と、約120年前に日清戦争の原因となった「上海に連れ出して殺害した国事犯・金玉均暗殺事件」を比較する』★『中国・北朝鮮には<古代中華思想>による罪九等に及ぶ族誅(ぞくちゅう)刑罰観が未だに続いている』

★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < チャイナ・メルトダウン(1057) …

no image
<新聞史研究> 太平洋戦争と新聞の戦争責任を考えるー徳富蘇峰の戦後の反省の弁は・・

太平洋戦争と新聞の戦争責任を考える   <以下はJCJ12月集会>   …

『Z世代のための<日本安全保障史>講座①」★『1888年(明治21)の末広鉄腸の『安全保障論①』★『1888年(明治21)、優勝劣敗の世界に立って、日本は独立を 遂げることが出来るか』★『各国の興亡は第1は金力の競争、第2は兵力の競争、 第3は勉強力の競争、第4は智識(インテリジェンス)の競争である①』★『トランプ1国孤立主義で世界秩序は大変革期(大軍拡時代)に突入した』

2021/06/17 オンライン講座/日本興亡史の研究』 2015/11/23& …