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イラク戦争報道―米軍前線指令本部の発表はどうだったのか 03 年8月

   

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――太田阿利佐・毎日新聞サイバー編集部記者に聞く‐‐
前坂 俊之
今回のイラク戦争では『エンべット取材』(従軍取材)で実際に米軍部隊に埋め込まれ
て行動を共にする従軍取材が認められ,各国から600 人の記者が参加した。同時に、
カタール・ドーハに設置された『米軍前線指令本部』の発表、記者会見の情報、米国
国防省、ホワイトハウスからの戦果についての発表、取材、バグダッドに入った各国
の記者の報道、各国政府の発表,取材などの情報を総合して、メディアは記事が書か
れた。
従軍報道を認めたことで、メディアは戦争報道がオープンになったと歓迎する論調が
一部にみられたが、古今東西の戦争で『最初に犠牲になるのは真実であり、メディア
が血祭りにあげられる』という原則にはかわりはない。
いずれの国の軍であれ、自分たちに都合の悪い情報はださない「大本営発表」となる
ことにかわりわない。発表や会見では情報操作がつきものであることをしっかり踏ま
えて、戦争報道ではメディア側はこうした情報のでっち上げ、ウソ、真実の隠蔽など情
報操作を見破っていく鋭い眼力、ねばり強い取材力が求められる。
今回、開戦と同時にカタールの米軍前線指令本部で取材した太田記者にその内幕を
聞いた。戦争報道はどのようにおこなわれたのか、情報操作の実態、取材の内幕が
たいへんわかりやすく説明されている。
1――カタールの米軍司令部はどのようなところか。
太田記者  私がいたカタール・ドーハは、バグダッドから飛行機でも1 時間以上かか
るところ。米軍の前線基地があり、ここから司令官が指令を出す。実際の飛行機が発
着する基地は数㌔離れたところで、近くに行ってもフェンスの向こうに見渡す限り砂漠
があり、ゴツゴツした石ころだらけのところで、はるか先に倉庫の影が見えるといった
広大なものだった。
記者が基地内に入るのも厳重でレントゲン撮影され,荷物は犬がプラスチック爆弾な
2
ど匂いで検査してやっと中に入れる。フェンスの周りはセキュリティーが厳しくて写真
一枚撮ろうものなら、地元警察が飛んできた。
開戦初会見はなんと60時間後に
2――イラク攻撃開始の時の様子はーー
太田記者  3 月20 日の午前4 時が攻撃開始のデッドラインで、実際攻撃が始まった
のが5 時35 分だった。
しかし、私が戦闘開始を知ったのは、プレスセンターにある6 台のテレビ(BBC,CNN,ア
ルジャジ―ラ,アブダビTV など)から。2台がバクダッドの様子をライブで映し出し、何
か火花が散っているという映像が流れた。最初に「衝撃と畏怖」という攻撃があると聞
いていたので、「これはイラク軍の誤爆ではないか。これが攻撃なのか」という感じだ
った。
事前に配られた取材のマニアル書には、「戦闘が始まったら午前と午後に1 回ずつ戦
況をレクチャーします」 「最新の情報について、ワシントンより4 時間早く発表します」
ということが書いてあったが、これは全く守られなかった。
電話で報道官を呼び出して「何があったんだ」と聞いたが、報道官は「そちらに流せる
情報は一つもない」という。問いつめると、「申し訳ない。なにも分かりません。我々も
テレビを見ているところだ」という返事。私の印象では彼らも何も知っていなかったと
思う。
東京から携帯電話がかかり、なぜ確認できないんだと言われたが、こちらはお手上げ
状態。取材陣が報道官の1 人を問いつめると、「ワシントンで何か発表があるらしい。
どうも大統領らしい」ということで、英米メディアのみんな一緒に飛び散って「攻撃開始
らしい」と打った。それが攻撃開始の初報だった。
米英の広報官がドア一つ隔てた隣にいて会見するが、彼らも(全体を)分かっている
かというと、そうでない部分が非常に多い。
「隠して情報操作をしているんじゃないか」といろいろ探りをいれたが、どうもすべてを
分かっているのは司令部に詰めているほんの数十人以下で、情報は上には集まるけ
れども、下には絶対流れないという軍隊のシステムがよく分かった。
3
21日午後5時ごろ,開戦から36時間たっていたが、英軍が会見するという。ところが、
イギリスのメディアしか取材には応じない。オーストラリア軍もオーストラリアのメディ
アのみに発表ということになった。米軍が発表しないのにわれわれは勝手に発表でき
ないと言うことで、結局日本のメディアはソースにふれることができなかった。
3――では実際に米軍が会見して、発表したのはーー
太田記者  記者会見は60 時間も無かった。22 日午後5 時半になってやっとフランク
ス司令官が出てきた。会見でも紙の資料は一切出てこなかった。
会見時間は約1 時間。記者会見席は250席、3列目までは指定で質問などで優遇さ
れる。ここにはAP,ロイター、USATODAY、アメリカ,イギリスのテレビなど)。2 回目以降
は前列から3 列目まで席が決められ、(質問の挙手に対し)誰を当てるかも米軍は前
もって戦略を練っていたようだ。4 列目以降の人は時たま当てるという感じだった。
「日本のメディアで当たったのは2回だけ」で、手を挙げているが、当たらないのが実
情だ。

会見はビデオを通じて
4――会見の内容をもうすこし話してください。
太田記者  その後1 日1 回をめどに会見が行われるようになった。最初に向こうが
20 分ぐらいしゃべる。
ビデオも流されたが、いかにうまく作戦が遂行されたかをアピールするものだった。例
えば「今日の攻撃のおもな成案について報告します」ということでビデオが始まると、
ターゲットの建物が見えてきて、照準が確定され、ミサイルらしきものが命中し爆発、
煙が出て、しばらくすると別の飛行機からなのか、角度が違った映像が流れる。「周
削りの建物は大丈夫です。この建物にはバース党員が200 人いた」とか言う。
「部隊の現在位置については一切開示出来ない」 「作戦の今後の展開についてもー
切開示しない」 「それらに関する質問は受け付けない」というのが、彼らが作った前
提条件、ルールだった。
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現地で取材が非常に難しいと思ったのは、イラク第2 の都市、バスラは人口約150
万人だが、英軍がぐるりと包囲したというとき、英軍は4 万5000 人しかいない。
しかも、その半数が油田の警備とか、補給物資の運搬に割り当てられていて、どう見
積もっても2 万人しか使えず、包囲出来ない。
あふれる情報を検証できない
そういうことを自分で戦況をイメージして、軍隊がどう動いているかという想像力がな
いと、米軍とか英軍の発表に乗ったままの記事を流してしまうのが怖さだなと思った。
バスラでシーア派の叛乱がおこったと言う情報も,英軍の報道官のところに行き確認
の取材したが、「われわれも実態がよくわからない」というだけで、情報がながれたが、
「アルジャジ―ラ」が現地の映像をすぐ流して、米軍側の誤報だったことがわかった。
前線本部にいても情報の真偽を確認することは不可能だ。
映像も情報もふんだんにあることはあるが、その情報がほんとうなのかどうかは検証
できない、そこにもどかしさがあり、戦争報道のむつかしさを感じた。米軍司令部にい
ても戦争はほとんど見えなかった。
バグダッドとかエンベッド取材で従軍していた人も戦争の全景を見たかというとそうで
はなくて、一場面一場面だけだったと思う。
会見では、米英の司令官や報道官から、「我々は死んだイラク兵や市民の数を数え
るのが仕事じゃない」という発言を何度も聞いた。ミサイルの的中率について、「我々
は外れたミサイルの数は数えない」と明言されたことが何度もあった。報道官は「外れ
たミサイルは戦況に関係ないからだ」と言った。
米軍の被害者が何人あったかも、むこうは常に3 日遅れ、4 日遅れだった。私は戦
争が始まってしまったら、情報公開というものはもう二の次、三の次だと思った。「戦争
の目的は相手に勝つことで、戦闘の障害にならないような情報だけ出していればいい
のだ」というのが、彼らの徹底した姿勢だった。
そして、いざ戦争が始まったら、知る権利というものは一顧だにされず、戦争と民主主
義は基本的な性質から相いれないものではないかと痛感した。
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5―――エンベット取材についてどう思うか。
太田記者  「エンベッド」という言葉自体が、侮べつ的な意味がある。「ベッドを共に
する仲間」というよりは、「ベッドを共にすることで自分の思い通りにさせる」という意味
合いが込められているという話を知人の記者から聞き、その記者は「我々が受け入れ
るべき言葉だったか疑問だ」と言っていた。 エンベッド取材は、原則オンレコだった。
私が現地でAP やロイターの記者に話を聞いていたことによると、記事以外に携帯
電話で部隊がどのあたりにいるとかいう情報はエンベッド取材記者から入ってきたよ
うだ。
それが事前に報道してはいけないと決められていたものなら、紙面化されたりネットで
流れたりした時点でエンベッド取材は中止で、記者は送り返された。実際、そうした記
者も多かったようだ。
エンベッド取材の意味がなかったとは思わない。現地の生々しい状況とか、米英軍の
兵士がどう考えていたかとかは、情報がたくさんあってよかったと思う。ポイントは当
時報道していないが、エンベッドの記者が集めていた情報を基に、後で戦争をどう検
証出来るかということだ。
記者を心理的圧迫
6――記者会見では国によって米軍報道官の対応に差があったのか。
太田記者  記者会見場の席順が多くを物語っている。最前列はテレビメディアが座
るというルールもあった。そのほか、米軍の会見など米メディア、英国なら英国と、自
国のメディアを優位に扱い、報道官のそれぞれのメディアに対する対応は明らかに違
っていた。
英国とオーストラリアは自国メディアにこっそりレクチャーをしていたようだ。
それが逆に「情報を教えるから、不利な情報は流すな」というプレッシャーになったよう
だ。結局は顔なじみなので記者からその情報は教えてもらえるが、例えば、補給路が
長くなって食事が1 日1 回になったことについて、米国の大衆紙の記者は「このことを
書いて、軍に不利になって、何かあったらどうなるのか」と言っていた。
こう考えるとかなりのプレッシャーが記者にかかっていて、その心理的圧迫を報道官
がうまく利用しているなと思った。
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こんなこともあった。バグダッドの市場に爆弾が落ちて55 人死んだ時、会見でその
質問に集中したが、その翌日、会見が始まる5 分前に最前列にいる米メディアの女性
キャスターと米軍報道官が1 分弱ぐらい、肩を寄せて話していた。
会見が始まると3 番目に彼女は指名され、「市場の誤爆について、その後、分かった
ことを教えてください」と質問し、報道官は「あれはイラク軍の対地ミサイルの誤爆の
可能性が強い」と説明をし、直後にその映像がアメリカ全土に流された。
米国の記者たちは身近にテロの恐怖
7――米英の記者は、どう思ってこの戦争を取材していたのか。
太田記者  私も何人かにプレスセンターで話を聞いたが、米国の大衆紙の若い女
性記者は「この戦争にどうしてフランスが反対するか理解できない」と大きな声で言っ
ていた。彼女はワシントンから来たらしいが、「『9・11 同時多発テロ』のあの恐ろしさが
米国以外のヨーロッパ人には分かっていない」と言っていた。
フセイン大統領はひどい人間で、やらなければこちらがやられるという確信めいたも
のを持っていたようだ。
私の知っている英国の記者は非常に冷静で、「確かにこの戦争は正しい戦争か分
からない。しかし、我々には身近にテロの危機がある。そのために何らかの手を打た
ないといけないことは分かっている」と表現していた。英国のスタンスはこういうものだ
なと分かったような気がした。

7――戦争報道について改めてどう思ったかーー
太田記者  今回の戦争取材は、有事法制の取材にまったく生かされていないという
の私の印象だ。
戦争が始まったら、政府や国の当局は自分たちが情報を出さないだけで、情報の
かなりの部分をコントロールできる。
なぜかというと戦地での検証は非常に難しい。そこに人を送り込むこともたいへん危
険だし、情報を伝える、映像を発信することも非常に危険を伴うので、検証が非常に
難しい。今回、米軍の取材をしていれば、そのことを身にしみて分かっているはずだ。
それが有事法制諭議に生かされず、成立したことばメディア側としては非常に痛手だ。
その次はインターネットを規制してくる。             (終り)

 - 戦争報道

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