日中ロシア北朝鮮150年戦争史(44)『日本・ロシア歴史復習問題』★ 「日清戦争後のロシアの満州進出」が日露戦争の原因になった。
2016/10/17
日中ロシア北朝鮮150年戦争史(44)『日中歴史復習問題』★
「日清戦争後のロシアの満州進出」が日露戦争の原因に
′ロシアはシベリア鉄道計画の当初より既に満州に利害を感じていたのである。
一八九四年春大蔵大臣ウィッテのシベリア鉄道の工事を促進し、一八九九年までに黒龍江区、バイカル区以外の全線一九〇一年までにバイカル区以外の全線の運転を開始する提案は、シベリア委員会により決議せられた。
当時ウラジウオストックはシベリア鉄道の終点と定められていたが、ロシアはこれに満足せず、朝鮮沿岸において不凍港を獲得せんことを密かに望んでいた。
東岸のラザレフ港か、それとも南岸のカルゴト島(巨済島)かと考慮しつつあった。一時ロシアにおいて朝鮮の港を獲得し、満州の沿黒龍江地帯を占領することを日本に認めさせて日本の遼東半島占領と妥協する考えがあった程である。
しかし、ロシアは決して満州に意を絶ったわけではない。朝鮮の港を獲得しても途中の満州こ他国の勢力が加はって、シベリア鉄道の側面が脅威を免れないようでは、その港も安全でない。それのみでなく、満州はロシアがシベリア鉄道により経済的にまた帝国主義的に深く支那に進入せんとする政策の出発点として必要な場所であった。
ロシアが黄海沿岸において不凍港を獲得せんとしたるは一朝一夕に非ず。一八九六年六月露清密約当時、ウィッテは李鴻章に北満幹線のみならず、北浦幹線より黄海沿岸の一港に至る南満支線の同意を要求し、李鴻章はその敷設に同意したが、狭軌を以て条件となし、北満幹線との同一軌幅五択を絶対に必要となせるウィッテとの協調は成らず、何等の結果を見るに至らなかったが、既にロシアの意のあるところを知るべし。
一八九八年三月十二日、ロシア外務大臣ムラヴイヨフがドイツ大使ラドーリンに、ロシアはドイツの膠州湾占領に対しては、ただ感謝する外はない、それがなかったならば、ロシアの旅順租借は恐らく無限に後れたであらうと語った。
ロシアの旅順租借の宿望は、ドイツの膠州湾占領によって急速に実現したのである。
東省鉄路沿革史に、一九〇〇年露暦五月末、奉天省都市人民間に義和拳の煽乱的宣伝が始まったと述べてあるが、拳匪紀事に盛京において端午節即ち六月一日、霧暦五月十九日以後義和拳が盛行し、支那暦五月末即ち六七月の交になって益々甚しく、土人の遊手閑を好むものは皆神拳を演練し、官場の僕役車夫等の加はるものは尤も衆かったと見え、当時現場にあったクシャコフの南満洲擾乱記に、義和拳の宣伝が見られ始めたのは、露暦五月初、即ち五月半ばで、大石橋から北方、奉天省において旅行せし時、従業員がその影響を受けて不安に陥っていたことが述べてある。
ロシア軍が満洲境に進軍を命ぜられたのは七月九日で、ハルビン救援軍がグ市[プラゴウエシチエンスク市、正しくは「プ市],より進発したのは七月十一日である。
[中略]スポティツチ将軍がロシア南満洲軍隊司令官に任命せられてから、南支線の支那軍掃蕩は開始せられた。スボティツチは八月二十七日放順口に着し、九月八日営口に着し、即日海城に向ひ、二十四日牛荘を占領し、二十六日鞍山端の戦、
二十七日沙河の戦、支那人を敗走せしめ、二十八日無戦闘こ遼陽を占額し、一日休養の後三十日遼陽を発し、十月一日午後四時コサック騎兵大尉デニソフの部隊が南門より奉天に入城し、其の晩アルタモノフ大佐の前衛部隊、ミシチエンコ大佐の部隊が続いて入城し、宮殿及び内城入門を占顕した。支那兵の掠奪をほしいままにして奔逃した当時の有様はクシャコフに詳述され、人をして卒読に堪えないものがある。
かくて南満支線は全部再びロシア人の手に回復せられ、それと共に南北満洲全部はロシア軍により占領されるとこととなった。
(朝鮮史・満洲史 稲葉岩吉・矢野仁一編著、平凡社、1941)
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