片野勧/衝撃レポート(40)太平洋戦争とフクシマ⑬悲劇はなぜ繰り返されるのか ★「ビキニ水爆と原発被災<上>」(13)
2015/01/01
太平洋戦争とフクシマ⑬
≪悲劇はなぜ繰り返されるのかー
★「ビキニ水爆と原発被災<上>(13)
片野勧(ジャーナリスト)
第五福竜丸元乗組員の大石又七さん
ビキニからフクシマへ。私は昭和29年(1954)3月1日、太平洋ビキニ環礁で行われた米国の水爆実験によって被曝したマグロ漁船「第五福竜丸」の元乗組員の大石又七さん(80)が、ビキニ事件を通して福島第1原発事故や核問題を語るという講演会があるというので、出かけて行った。今から2年数か月前の2012年2月25日午後2時――。
第五福竜丸展示館のある江東区・夢の島マリーナの会議室は超満員で立ち見するほどの盛況さだった。150名はいただろうか。講演会と銘打っていたが、元NHKプロデューサーの永田浩三・武蔵大学教授が質問する形の対談だった。
永田さんはNHK時代、主にドキュメンタリー、教養・情報番組に携わってきた有能なプロデューサーで、特に『クローズアップ現代』『NHKスペシャル』などNHKの看板番組を支え続けた男である。母は広島原爆投下の爆心地から800メートルで被ばくした。
彼は被ばく2世として第五福竜丸展示館や高木仁三郎氏(故人)の脱原発に共鳴し、それに関連した番組をプロデュースした作品が多い。2001年、『ETV2001』のシリーズ「戦争をどう裁くか」のNHK側の統括プロデューサーとしても活躍した。
この番組の2回目は慰安婦制度の問題を取り上げた「問われる戦時性暴力」。この番組に対して、一部の政治家が「偏向している」との懸念を示し、重要な場面がカットされるという、いわゆる「改変」が行われた。
メディアと権力。表現の自由をめぐり、裁判へと発展。のちに東京高裁で永田さんは、その改変の内実を証言。それ以降、永田さんは番組制作から干され、最前線を離れることになった。
私はその時の講演会の模様をICレコーダーで記録した。以下、大石さんと永田さんの一問一答から(要旨)。<>内は筆者の解説。
夕焼けが空を真っ赤に染めたような色
永田さん 「第五福竜丸事件の体験や苦しみを話していただけませんか。まずその状況から」
大石さん 「まだ夜明け前。真っ黒な空をぼんやりと見ていました。その時、大きな光が流れたのです。ピカーッと光ったのでなく、夕焼けが空を真っ赤に染めたような色でした。それから2時間か2時間半くらいたったころ、白い雨が降ってきました。雪か、と思いましたが、南洋に雪が降るわけがない。においもないし、なめても味がない。ただジャリジャリするだけでした」
<これはまさに水爆実験で白いサンゴ礁が吹き飛ばされてできた「死の灰」だった。大石さんは被ばくしたその日の夕方から、めまい、吐き気、下痢などの異常があらわれた>
大石さん 「漁師というのは弱音を吐くことは絶対にしませんから、そんなことは隠していました」
<2週間後の3月14日、第五福竜丸は焼津港に帰った。船での出来事は秘密にしていたので、誰も知らないと思っていた。ところが、読売新聞のスクープ記事に仰天する。「邦人漁夫、ビキニ原爆実験に遭遇」(1954年3月16日付)――。その日から、第五福竜丸の23人の人生は大きく変わっていく>
永田さん 「大石さんら23人の乗組員たちの中から次々とガンを発病されて亡くなられたわけですが、もう少し詳しく話していただけませんか」
大石さん 「専門的な治療が必要だというので、東京大学附属病院と国立東京第一病院へ16人の仲間と入院しました。そのリーダー役が無線長の久保山愛吉さんでした」
<ビキニ事件から約半年後の9月23日。久保山さんは母親と妻、3人の子供たちを残して亡くなった。死因は「放射能症」。解剖の結果、放射能に侵されて肝臓は普通の人の3分の1に縮んでいたという>
永田さん 「米国の水爆実験で被ばくしているにもかかわらず、いまなお法的な被爆者の対象になっていませんね」
大石さん 「第五福竜丸事件が起こって、わずか9カ月で政治決着し、その時点から被ばく者でなくなったんです。仲間は一人ずつ死んでいきましたが、一切、治療費は出ませんでした。現在も出ていません」
いつの間にか事件は政治決着
<ビキニ事件を契機に反核運動が起こる。これを抑え込むためにアメリカは日本政府に対して汚染されたマグロは人体にさほど影響がないという通達を出した。そして1954年12月、放射能に汚染されたマグロの調査は打ち切られ、翌月の55年1月、米政府は見舞金200万ドル(当時の円に換算して7億2000万円、一人当たり200万円)を日本政府に支払うことで政治決着。法律上の責任は問われなくなったと同時に、乗組員たちの被曝の実態も解明されないまま、今日に至っている>
永田さん 「福島第1原発事故で盛んに『ただちに健康に影響はない』という言葉が使われましたが、この『ただちに』は裏を返せば、ゆくゆくは影響があるかもしれないということですが、どう思われますか」
大石さん 「政治決着によって事件が終わった以上、病人として病院に置いておくことができなくなったのです。一方、漁師たちの中には退院と聞いて涙を流していた人もいました。その結果、この事件は隠ぺいされてしまい、被ばくについての研究もストップしました。同じことが福島第1原発事故で繰り返されなければいいのですが……」
福島第1原発事故の原点
永田さん 「第五福竜丸が被ばくした翌日の3月2日、日本政府は原子力開発のための予算2億6000万円をつけました。一方、同じころ、広島、長崎の原爆被害者の治療研究費がトータルで100万円ついただけです。実は、この時以来、『原子力の平和利用』という言葉が盛んに喧伝されるようになりました。原爆を投下された日本だからこそ原子力のエネルギーを平和的に使わなければならないというのです。ここで忘れていけないことは、常に健康被害の人たちがたくさん出ていたにもかかわらず、それを過小評価し、少々被ばくしても大丈夫だといって情報を握り潰し、原子力開発に舵を切ったことです」
大石さん 「福島第1原発事故の原点は60年前のビキニ事件に遡って考えなければ、正しい答えを見つけることはできないと思います」
<「原子力平和利用」という欺瞞の衣をまとって登場するのは1950年代。きっかけはアイゼンハワー米大統領の国連における演説“Atoms for peace!”(原子力に平和利用を!)だった。
この演説に乗せられたのが日本。そのお先棒を担いだのが、“青年将校”と呼ばれていた若手政治家・中曽根康弘氏である。中曽根氏は昭和29年(1954)3月2日、2億6000万円の原子力開発予算を突然、国会に提出。
この原子力開発には湯川秀樹氏や武谷三男氏ら多くの科学者は反対したが、アッという間に衆院を通過。札束で頬を張って無理やり突き進む政治家たちのいつもの手である。しかし、久保山愛吉さんの死をきっかけに日本では核実験反対運動に火が付いた。
それを抑えるために、「原爆反対をつぶすには原子力の導入しかない」として、「日米原子力協定」が結ばれた。そして1カ月後の同年12月、「原子力基本法」が制定されたのである。
これは米国から見れば、日本の核エネルギー政策を自分の管理下にとどめ置くことができた。それはまた日本から見れば、その拘束の中で独自に核技術を開発していくことができることを意味していた。
その一方、日本政府は反米、反核のうねりを抑え込むためにメディアの力を利用した。正力松太郎氏が率いる読売新聞と日本テレビが原発導入のキャンペーンを行ったのは、それである。
利権と政治的野望。日本政府は戦後の復興を遂げるためにもエネルギーが必要であり、そのために被った莫大なビキニ事件の被害額と国際法違反の責任も問わずに、アメリカの核実験を容認した。そして、それらを取引材料にして水面下で原子力技術やウラン、原子炉をアメリカから提供され、原発を推進してきたのである。要するに、ビキニ事件から日本の原子力開発は始まったといってよい>
お金で黙らせる体質は今も昔も
永田さん 「原発を推進する、あるいは兵器の開発につながる道を開いていく勢力と、大石さんのような健康被害を憂慮する当事者、あるいは市民、一部の科学者たちとのせめぎ合いの数十年だったと思います。今、福島の原発問題で大石さんが最も懸念されていることは線引きされて、この人はお金をもらえるけれども、この人はもらえない。
何日まで何キロ圏内に住んでいたから補償の対象です、この人は早く逃げたから補償の対象になりません。つまり、科学的根拠もなく、政治的判断に基づいて、しかも健康被害というものをお金で解決する。解決できないことをお金で黙らせとしまうことが今、進行していることに懸念を示されているのですね」
大石さん 「それは広島、長崎の被爆者と同じやり方です。その体質は今も昔もちっとも変っていません」
永田さん 「国際放射線防護委員会(ICRP)という機関があります。原子爆弾や水素爆弾が人体にどういう影響を与えていくのかを調査し続けている組織です。そのデータからいろんなことが分かってきているにもかかわらず、当事者である大石さんらには知らせないのですか」
大石さん 「最初から教えてくれません。それでも報告されたものを私たちは信じてきました」
865隻の漁船も被ばくした
<原爆被害者以外の被爆者の存在は当時、一般にほとんど知らされていない。事件当時、汚染された魚を廃棄した船舶は865隻にのぼり、1万人を超える乗組員が被ばくしたといわれている。
アメリカ統治下にあった沖縄をはじめ、台湾・韓国などの外国船も被ばくしていたが、被害の全容はいまだに不明である。ビキニ環礁から南東にあるロンゲラップ環礁、ウトリック環礁の島民243人も被ばくした。
汚染されたのは海の魚だけではない。お茶の葉っぱ、牛乳、野菜、井戸水、コメからも放射能が検出された。そんな中、多くの乗組員たちは生活のために差別を恐れて、被ばくの事実を自ら隠し、気づかないまま発病して命を落としていった>
大石さん 「今、福島第1原発で事故が起こって、いろんなことを言って政治家は騒いでいますが、責任を取る人は誰なのか、調べる人はいません。しかし、責任者はいるはずです。先頭に立って原子力を推進してきた中曽根元首相は原発を日本が持てば、いずれ核兵器を持てると考えていたと思います。事実、最近になって核を持ってもいいのでは、と言い始めました。
一方、メディアの方では読売新聞社の正力松太郎氏が宣伝役です。原子力船『むつ』を成功させて、総理の座を得ようとしていたとも言われています。国民のためなのか、自分のためなのか。そのことを追及しなければ、また同じ轍を踏みます。野田佳彦総理(当時)も就任して、さっそく中曽根さんに会いにいっています。政財界のOBたちや御用学者たちも原発の推進力を果たしています」
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