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日本リーダーパワー史 ⑧山本権兵衛の異文化コミュニケーション能力、異文化認識力は・・

   

 2009、08、18
 
                        
       前坂 俊之
 
伴野文三郎著「花のパリの50年」(昭和34年、教材社)という大変面白い本があります。
今から100年前の日本人のパリ行状記を赤裸々に紹介して、出版当時、大変評判になった本です。
1920年代にもパリにはたくさんの日本人が住んでいましたが、伴野さんはそのパリで対仏輸出入組合理事長をして、日本人の世話役を長くしていた人物です。

当時、日本人のパリ行状記、異文化認識、異文化コミュニケーション、食事のマナー、男女交際、もろもろのフランス認識、西洋認識が具体的に紹介されていています。

当時の日本の軍人の最高峰・山本権兵衛のた立小便、無言で食事をして、コミュニケーション全くしない、フランス女性を女でなく小便つぼと思えなどーとんでもない女性感をもっていたことが、いろいろ語られていて興味深い内容なので、紹介します。
「バーバリアン(文明化されていない)の日本人」は、今もどれだけ変わったのでしょうか。

 
 
   カイゼルをアッと言わせた山本権兵衛
 
 明治四十年ごろ、山本権兵衛大将の一行がパリを訪れた。これは伏見宮貞愛親王の随員としてであった。女婿の財部彪大佐と秘書官の加藤寛治中佐とがお供をしている。財部はのちの海軍大将、海軍大臣になった切れ者で、加藤もまた海軍大将、連合艦隊司令長官、軍令部総長と、海軍最高職を歴任した人物。
 山本権兵衛大将は大日本帝国海軍の創設者で、その当時大変な権勢であった。そのころ在仏の海軍武官は大使館付の森山中佐ただ一人。当時の定めで軍人の夫人同行は自費という立前から独身者が多く、補佐官もなかったから、こんな場合多忙を極める。
乱暴なことでは人後におちぬ森山中佐でも、山本大将の「森山ッ」はよほどこわかったとみえる。そのためか、森山中佐は私を大将に引合せて「この男が私よりずっとパリが詳しいのでせいぜいお使い下さい」
 以後、あらゆるお世話を私が引受けることとなった。
 
   山本の食事のマナー、無言でむしゃむしゃ食うだけ
 
うまいところへ連れていけとのことで、その当時有名であった一流料亭二十軒を案内し
てまわった。一流店一食分の費用が大体五十フラン(当時の邦貨二十円)であったが、こういう店には各々自慢の古銘酒が地下に蓄えてある。
今日もう見ることができぬが、パイヤールというロシャ帝政時代の大公連が豪遊したという二階の密室(内側から鍵がかかる)をそなえた店などは、フィン・ナポレオンと称する、ナポレオン一世時代の古酒もある。これはコニャック小盃一杯が十フラン。食事のほかにコニャックなどを飲めばさらに五十フランくらいは加算される。その上にボーイが有名なシガーを数カン提げ来って一本五フランないし十フラン召上げられる。
 
まことに至れり尽せりの堂に入ったサービスぶりである。ところが山本権兵衛大将、酒はいらぬ、水でよい、シガーもいらぬ。これをどこの料理屋でもやる。ボーイが困った客だな、と変な顔付をする。それを私が気をきかしてチップを少しよけいにはずんでボーイを宣撫するといった次第。このようなチップ攻勢は一流店の伝統で、チップを渋るような客はそもそもはじめから来店せぬのが建前なのである。
 
   フランス女性
 
 その上にこの三人ときたら無言の研究会でもやっておるかと思われるほど、会話を好まぬ。ただムシャムシャと食うばかりである。 どんな有名店へ入っても名料理を食わせても、ただの一ペンでも旨いと云わぬ。
ある日突然、山本大将は「伴野、パリで女をやるか」「時々は」と答えると、「あんまりやるな、日本に帰る時、チンポが半分になる」ニコッともせずに、いうのである。また、ムシャムシャが始める。
西洋にはそんな病気があると聞いたことがない。が後日伝え聞くところによると、昔、支那ではローソクといって、だんだん減っていく悪い病気があったとかで、山本大将の老婆心は那辺より発するものと察しられた。
 ややあって加藤中佐が口を開いた。

「伴野、西洋の女を女と思うな、小便つぼだと思え」私はこのことばを、西洋の女は人情がうすいというふうに解釈した。だがこれには少しばかり西洋の女を知りはじめた私には異論があった。要するに加藤中佐は、商売女しか知らぬのだ。

パリで友人から聞いていた一プルトンの話を引合に出せば中佐の言もくつがえすことができるとは思ったが、血気盛んな彼をいたずらに刺激してもはじまらぬので黙っていた。
友人の話というのは、あるブルタニュ生まれの三十前後の未亡人、しかもすこぶる美人と約半年間も情交のあった友人の打明話である。彼女は彼にほとんど金を費わせなかった。一度芝居へ行って、ゆうべは俺が全額を負担したんだぞといって喜んでいたことがある。

一時、彼女はバッタリ音信を絶った。不思議に思いつつ時を過すこと三四カ月、突然手紙で再会を求めてきたので会ってみたら、彼女は低い声で「じつは貴方の種を宿したのだ、しかし貴方のお気に召さぬことと思い、かつは私の社会に対する体面から人工流産させたが、以後容態すぐれず臥床にあり、今日やっとの思いでお目にかかれた」とのことに、彼は驚いてその諸経費を、辞退する手に無理やり握らせたのである。

彼は日本に帰朝して、老年に至るまでこの女を忘れなかった模様である。加藤中佐が小便壷と軽んずる西洋女にも、かくも人情こまやかなものもあったことの一例である。
 
 
   ドイツのカイザーをけむに巻いた山本権兵衛
 
 この無口の大将がベルリンから戻って、時々ふと思いだしように呵々と高笑いし、カイゼル謁見の図を回想して喜ぶのであった。よほど嬉しかったとみえる。カイゼルを「ア
ッ」と云わしてやったというのである。
 以下は大将の言による。
 日本海々戦にロシャ艦隊ほとんど全滅、日本艦隊の損失僅少の報は、当時世界驚讃の的となっておったので、せんさく好きのカイゼルは、この大海戦の詳細を聞こうとかなりの関心ぶりであったらしい。

大将はこの話題をひっさげて参内し、あいさつがすむや、ただちに日本海々戦がはじまった。大将は海戦の模様を井上大使の通訳で「立板に水を流すが如く英語で話し」さっさと引あげてきたのである。カイゼルはいろいろ質間がしたかったのに、あっというまに大将に退去され、「アッアッ」と言ってたと高笑いするのである。もっともこれは質問されては困るから、逃げ去ったのだろうと云った提督もある。

 
   日本海海戦の勝利はカミカゼではない、当たり前のこと
 
日本ではこの大勝利を神風といい、海軍大方才であったが、数年後欧州で発行された書物によれば、勝ったのは極めて当然だとしてあった。

国民のほとんど全部はこれから述べる事実を知らず、太平洋戦争も終りまで事実を知らず、勝った、勝ったの一点張りで、今度のような開びゃく以来の大敗北を喫した。

国民を欺瞞することは最大の損失であると思う。英国がシシガポール沖にその誇る不沈艦プリンス・オブ・ウェルズを失ったとき、チャーチルはただちに翌朝これを発表する勇気があって最後の勝利を獲得した。日本は最期まで事実を隠蔽して大敗を喫した。

 日本海々戦の真相であるが、ロシアバルチック艦隊は国を出てから約四カ月の余、南アフリカを迂廻する長い航海をなし、その中には足手まといの運送船まで引つれ、スエズを経由したが不慣れの熱帯地方に長徐行をなし、心身とも、に疲れ果て、士気は地におち、長途のあいだ寄港したのは同盟国フランスのマダガスカルと仏印カメラン湾のみ、したがって艦船の修理思うにまかせず、日本海々戦当時、船底に付着する貝殻の厚さ一メートルにおよんだとか。

したがって速力はでず燃料に窮し、寄港地では許容量以上の石炭を満載した。のちに瓜生艦隊先任参謀も、捕えた艦上到るところ石炭の山、これでよく戦えたもんだと述懐している。

 これに反しわが海軍はというと、旅順陥落後すでに敵なく、連日連夜世界に比なき猛訓練を重ねること数ヵ月余、殊に実射には練達し、いわゆる満を持して散を待っていた。
ヨタヨタのバルチック艦隊が東支那海を経て日本海へ入った頃に、すでに勝敗は決していたのである。この辺の事情を知らぬ日本国民はじめ世界の民衆は、ただトン数のみを比較して大勝利大勝利と騒いだのである。
 

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