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日本リーダーパワー史(276)『原敬と小沢一郎を比較すれば』①『日本の歴代首相でリーダーシップNO1は原敬であるー

   

日本リーダーパワー史(276)
 
『原敬と小沢一郎を比較する』①
『日本の歴代首相でリーダーシップNO1は原敬であるー
政見、人心収攬術、人格、金銭感覚、国際感覚を
小沢と比べると月とスッポンはどちらか?>
 
前坂俊之(ジャーナリスト)
 
大宰相原敬と小沢一郎は同じ岩手県出身である。原敬は平民宰相を謳われた。

外交官としてパリ公使館で3年勤務、その後、大阪毎日新聞社長、その見識を買われて伊藤博文にひきぬかれて立憲政友会のかんじとなり、政党政治家としてスタート、明治の薩長藩閥政治の大ボスで政党嫌いの山県有朋と対決して「山県閥」政治権力を徐々に崩して大正七年(1918)にわが国初の本格的な政党内閣を築いた。
時に62歳。『西にレーニンあり、東に原敬あり』とその政治力がピークにあつた3年後に暗殺された。

大正期の衆議院議員・鈴木 隆(すずき たかし、1882―1978)は、大正9年(1920)の衆院選挙で千葉1区から立候補し初当選。以後5回連続当選を果たし、「政界思い出話百話」(昭和41年刊、千代田書店)なる本を出しており、この中で自ら政友会で謦咳に接した原敬についての思い出話を掲載しており、興味深い部分を紹介する。

 
●原首相、必ず結果の如何を考えた
                      
高橋光威君は、原首相のもとで書記官長であった。田中総裁の時は総務で、私と毎日本部で語り合った。原首相のことに話がなると、高橋が常に言うていた一つがある。日く、原サンは一事をやろうとすると、それがどんな影響を世間に与えるかを、深く考慮したと。
そして「これを聞く度に、一同はしめやかに聞取って、原サンは偉かったなあと言うたものだ。
それは「先哲が遠く膚(おもんば)からざれば 近き憂あり」というたことだ。
 
原首相は兇刀に倒れた後、満天下悼みて己まなかったではないか。これ原首相が結果の如何を常時考慮して、公人として私人として恥ずべき行為がなく、唯大衆の利得を主眼としたからである。為政者のみではない、万人の学ぶべき道ではなかろうか。

原首相談 『名と金に無欲な人には困る』   
 
①名誉と金欲の人
 
適材適所論は政変、毎に国民の前に耳にタコである。そして多くは空論の結果となっている。こんな羊頭狗肉の中にあって、適材適所の名実謳われるわれた者は、原首相が第一人者であったと云うも、過言でなかろぅ。
先ずその職域の人選については、1に本人が何を望んでいるか。第2は適材であるか。第3は私心如何という点に考えをこめられた。第1について実例をいうなら、名誉を希望する人には爵位を、金の欲しい人には日銀幹部の地位とか与えていた。

又党の役員人選については、自給自足の力ある者を主とした、その人の性格にもよることは勿論だが、金に縁の薄い者が、とにかく間違いを起しやすいという考えであったようだ。

だから閣僚でも党の役員でも本部から援助してもらって、当選するような議員は、あまり用いなかった、換言すれば自立の力ある議員を、主として用いたのである。随って醜聞などの防止と共に、議員の質の向上にも、寄与するところが、多かったと言いうるのである。
 
②名と金を望まぬ人
 
 これは困るとは原首相の教えだ。解散後の特別国会後、浜町のときわへ原総裁に招かれた。
高橋是清蔵相や山本達雄農商相が子爵に昇叙された時のことである。大ぜい原総裁を取巻いて昇爵について、色々と活気ある話を交わしていると、総裁いわく、昇爵にかかわらず名誉の看板を欲しがらぬようでは困る人だ、欲しがる人は簡単に片付くものだと、取り巻きの少壮の政治家に欲望と統率の哲学を説いてくれた。
 
その時、総裁の脇に昇爵ホヤホヤの、山本農相の居るのに気が付いた総裁は「オット、これは失敬」と、笑いながらに、左手を挙げられたことがあった、この一事を見ても、原首相は適材と適所と同時に欲望のある所を合わせて捉えて、人心を操作したものであった。
 
③西郷隆盛 

原は金も名も欲しなかった、政治家としてのモデルであろう。我家の家法人知るや否や、子孫のために美田を買わずと言うた。又南洲は陸軍大将として、月給五百円を、そのまま神棚に上せて置く。誰れかが持出してつかって無くなっても、とがめなかつたという。
 
民謡に
 金もいらない名誉もいらぬ
 たつた一つの命もいらぬ
 国家社会にささげし此身
 
こういうように、政治家は心してもらいたいものである。
 
 
 
       原首相の清廉と生活
 
 
①       文人 銭愛せず 武人 命愛せずの句がある。
 
文武両道(真のリーダー)の首脳にしてこういうこと
であれば、国の富強と民の福祉は、必ずや期待ししうるのである。これに反するときは、民は塗炭の苦に陥る、元首はその国を失うの例証は月星の如きものがある。
水戸黄門の如く、
朝な夕な箸とるたびに思うかな
     恵まぬ民に 恵まるる身は
と詠まれて、領民の生活を見て、自身領主の生活を戒しめた明主もあった。
 
 
②七十万円を変に備える
 
平民宰相原首相の金銭に正しく生活の質実さであった。七十万円を党の名で貯金しておいた大正九年、原内閣は国会を解散して総選挙をやった。その時政治献金が多かったので、七十万円を政友会の名で、貯金してあった。その理由を幹部に告げていわく、与党となると、金も集まりやすく使い方も荒らいものだ、
これに代議士が慣れると、野党の時大へんな難儀にあう、だからこの70万は手を附けずに次の総選挙の費用としろと、遺しておかれたのである。
 総選挙に臨んだ首相は外にもある。しかし原首相の如く、思いを将来にまで馳せて、貯金して備えて置いた者は無かろう。これが後日、政友会に役立ったことは後に記す。
 
③、その生活の簡素ぶり
 
総理となっても芝公園の、手狭な家で通した。別荘は鎌倉市の腰越の古河邸を借りて政務の傍ら往っていた。藤沢まで汽車、それから江ノ電を利用し、車中混み合いの時はつり革につかまって行かれた。台所のまかない費は総理時代ですら、七百円を越えなかったという。それだから原首相は家のやりくりは、お浅(夫人)に任せてあって心配なしと言われていた。
 
武藤金吾夫人の談 
武藤夫人は原夫人と、特に若かりし頃からの、深い間柄であったので、よく原夫人の台所操作の話をされた。その一端を語ろう。
 先ず新香のタクアンを切るに、大根のクビとシッポを切って小樽に入れる、お客や家庭用に中身をつかう。そして次の時間にその小樽に入れた、頚と尻尾を細かに切って、俗称かき合とする。それを客用にも家庭用にもするというやり方である。以て一般の家事の切り盛りが、お分かりでしょうとよく申されたのである。
 
 今の代議士の生活状態は、周知の事実であるが、金を貰い集めて代議士となると、①に車、②に二号、③に別荘というのがおきまりとしているとの世評だ。中には大臣ともなると、堂々たる住宅まで新造して、その財源の出所が噂せられているのが少くない。これを原首相の、金の操作を省る時、読者は今の政治家について、起る感想や如何である。
 
⑤高橋是清総裁 70万円に感激
 
 
原総裁が七十万円を、党の非常用として常備し、貯金して置いたその金を使う時が来た。原首相が暗殺されて逝き、高橋是清が総裁となり、総理となったが、閣内が統一を欠いたので、総辞職となって加藤友三郎内閣となった。
 
加藤死去して、清浦内閣が生まれた。政友会は分裂して本党と二つになり、国会は解散となった。本党は清浦内閣擁護党となり、憲政、政友、国民三派は連合して、野党で総選挙に臨んだ。
本党は政府党で選挙費はらくだ。困ったのは政友会である。横田、野田、岡崎、小川、小泉、望月、三土らが、高橋総裁邸で、選挙費の調達会議をやった。
 
故原総裁が貯金して置いた七十万円を基金として、選挙の門出利用となったのである。これがなければ、政友会は101名の当選も危かつたであろう。
故原絵裁の遠大なる思慮と清廉にして純潔なこと、これが党の為め国家の為として貯金しておいたその善行には、高橋総裁は感激の涙にむせんだ。
 
後日、新聞にも雑誌にも、この美談が、高橋総裁の思い出として、感嘆したことを述懐されたのである。また、高橋総裁は、後日、幹事長の岩崎勲と幹事をしていた私(鈴木隆)に、選挙は金のかかるものと聞いていたが、大変な金のかかるものと、始めて知った。それにしても、故原総裁の心遣いには感服の外ないと物語られた。
 
 原総裁の足跡
 
原敬首相が280余名の議員を統率して、一糸乱れず政策の遂行に邁進したことは、みんなが賞讃している。ところが、この70万円貯金の美談を述べる者が少ない。三派の連合政戦によって勝利を得、加藤高明内閣に、高橋、野田、横田の三人が入閣したが、政友会としては、甚だ淋しさの感なきに非ずであった。けれども漸次肥大して、犬養内閣には三百余名の代議士を抱擁するに至った。その遠因として、原絵裁の愛党と達識による七十万円が与って力があつたというも、過言では無かろう。こうした原絵裁の大いなる足跡は、政治史の随所畠用らしている。彼は確かに一世の大政治家であったのである。
 
 

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