前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

日本リーダーパワー史(375)名将・川上操六(47)北朝鮮の恫喝外交を見ながら日清戦争の政府、軍当局の対応を比較する

      2015/02/23

 日本リーダーパワー史(375

 

空前絶後の名将・川上操六(47

北朝鮮のギリギリ・恫喝・挑発・チキン外交を見ながら日清
戦争開始前の日本の政府(伊藤博文首相、陸奥宗光外相)、

防衛当局(川上操六参謀本部次長)の対応と比較する

前坂 俊之(ジャーナリスト)

 

この川上操六の連載を、現在の国際状況と合わせて、久しぶりに再開する。

 

明治278月の日清戦争開始前にフランス、イギリスは清国からの要請もあり、日本に朝鮮から兵を引くように圧力をかけてきた。
清国は宣伝網を動員し、イギリスは香港の守兵(実は2,3中隊しかいなかった)を朝鮮・ソウルに急派させるという噂が立った。当時、中国を飲み込もうとしていた英、・フランスは、「日清の対立は、あたかもクジラとエビが戦うようなものだ」とみており、アジア第一の大国・清帝国と比べれば、日本など問題にしていなかったのである。

 「世界を支配するわが大英帝国が圧力をかければ、弱小日本を屈服させることなど、朝飯前のこと」と駐清公使オーコソナアは、李鴻章に豪語しており、清国の助っ人を買ってでた。

 陸奥宗光外相はさすがに腰が据わっていた。イギリスは確固たる外交的決意をもたぬとことを観破しており、面会をことわった。そのイギリスを前門のキツネとすると、ロシヤは後門のオオカミである。陸奥外相がその点を警戒していると、朝鮮に派兵すると、案の定、東京駐在のロシヤ公使ヒトロヴォが625日(大本営が設置せられて3週間後)にやってきた。

 

ロシヤ公使ヒトロヴォは単刀直入に切り出した。

「清国政府から調停をたのまれて来たのですが、清国が朝鮮から兵を引けば、日本も撤兵するのか」

陸奥は一応「理論としては、撤兵に異議ありませんね」と前置きして、ここでギロリと目をむいて声を張り上げた。

「元々、清国相手の外交は、底のない桶で水を汲むようなもの、これはあのイギリスでさえ手を焼いていますよ。清国の撤兵するというのも信用できませんからね」とクギを刺した。

さらに、「日本側の本心は朝鮮の自立と平和を希望する以外に野心はないので、将来、清国政府どんな振舞いをしようとも、こちらから攻撃的に挑戦するようなとはない」と回答したのである。

この言葉に、ヒトロヴォ公使は、一応納得して帰った。

ところが、5日後に再びヒトロヴォ公使が外相をたずねて来て、今度はロシヤ本国からの訓令だという公文をつきつけた。

内容は「朝鮮政府は、自国の内乱は鎮定したから日清両国は兵を引き取ってもらいたい、それについてはロシャの援助を望むと言ってきた。そこでロシヤ政府は日本政府に向い、朝鮮の請求を容れられるように勧告する。もし日本政府が、清国政府と同時に軍隊を引上げることを拒むならば、日本政府は重大な責任を負わねばならない」

まさに脅迫、恫喝外交である。さすがの陸奥も顔色をかえた。

 その夜、伊藤博文首相の芝の伊皿子の私邸に駆けつけてロシャの公文を見せた。伊藤首相は黙読し、しばらく沈思したあとに口をひらいた。

「どうするか」

「まさか、ロシャからの申込みで、ハイそうですかと、折角、海を越えてくり出した軍隊を、引っ返さすわけにもゆくまいしな」

 陸奥は、首相をキッと見直した。

「私もちょうどそう考えていたところです。総理と意見は一致ですね」

陸奥は玄関で別れ際に「それにしても大変な重荷を二人で引っ背負うことになったもんですなあ」と言うと、

伊藤は「しかし、助けてくれ手はないんだ。われわれでやるしかない」と表情を引き締めた。

伊藤はいつも弱腰、軟弱だと罵られながらも、勝負時では肚が据わり決して逃げない強さがあり、陸奥はその点が好きだった。伊藤は竹馬の友であり、ライバルの軍の大御所である山県有朋の目前でも、軍人に対して冗談まじりに

「お前たちの剣は腰にぶらさげとるのじゃが、わしは胸の中に剣をつっとるのじゃ」と本音を語ることが多く、陸奥もその気概を胸に帰宅した。

 『ロシャの武力介入も辞さぬ』との恫喝外交に内閣も参謀本部も色を失った。

とくに、川上が強引に出兵した参謀本部の幕僚のメンバーにとっては、清国一国をでさえ国土の広大さと軍隊、兵力に圧倒される思いなのに、これに軍事大国ロシアが加勢すれば一体どうなるか、青天の霹靂であった。

                                          (つづく)

 - 人物研究 , , , , , , , , , , , , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
日本リーダーパワー史 (26) 中国革命の生みの親・アジア革命浪人の宮崎滔天はすごいよ③

  日本リーダーパワー史 (26)   中国・アジアの革命を …

no image
日本リーダーパワー史(862)『日本の「戦略思想不在の歴史⑯』まとめ記事『世界史の中の元寇の役(文禄の役、弘安の役)6回』

 日本リーダーパワー史(862) まとめ記事『世界史の中の元寇の役(文禄の役、弘 …

no image
日本リーダーパワー史(175)『辛亥革命百年の真実』『孫文を助けた大アジア主義者・犬養毅らの熱血支援』

日本リーダーパワー史(175) 『辛亥革命百年の真実』 『孫文を助けた大アジア主 …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(271)★『日本敗戦(1945/8/15)の日、斬殺された森近衛師団長の遺言<なぜ日本は敗れたのかー日本降伏の原因>★『日本陸軍(日本の国家システム中枢/最大/最強の中央官僚制度の欠陥)の発足から滅亡までを 日露戦争まで遡って考えないと敗戦の原因は見えない』★『この日本軍の宿病ともいうべき近代合理的精神の欠如、秘密隠ぺい主義、敗因の研究をしない体質はその後の日本の官僚制度、政治制度、国民、政治家、官僚も払拭できず、現在の日本沈没に至っている』

  2010/02/10 /日本リーダーパワー史( …

no image
『日本戦争外交史の研究』/『世界史の中の日露戦争カウントダウン』㉝『開戦2週間前の「英タイムズ」の報道/★★『ロシアが極東全体を独占したいと思っており、一方、日本は,ロシアの熊をアムール川の向こうの自分のすみかに送り返して,極東における平和と安全を,中国人、朝鮮人,そして日本人のために望んでいるだけだ』

    『日本戦争外交史の研究』/ 『世界史の中の日露戦争カウントダウン』㉝ 『 …

 日本リーダーパワー史(792)ー 「日清、日露戦争に勝利」 した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、 インテリジェンス』➉『朝鮮半島危機には児玉源太郎のインテリジェンスに学べ』★『クロパトキンの日本敵前視察には包み隠さず、一切合切すべてみせろ』と指示。

 日本リーダーパワー史(792)ー 「日清、日露戦争に勝利」 した明治人のリーダ …

no image
日本リーダーパワー史(858)ー来年1月からNHK大河ドラマ「西郷どん」が始まる。国難の救世主「西郷隆盛のリーダーシップ」に学ぶ。

日本リーダーパワー史(858) 国難の救世主「西郷隆盛のリーダーシップ」に学ぶ。 …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(67)記事再録/ 日本の「戦略思想不在の歴史」⑵-日本で最初の対外戦争「元寇の役」はなぜ起きたか②『「モンゴル帝国は計6回も日本に使者を送り、外交、貿易、 属国化を迫ってきた』『日本を攻めようにも風涛艱険で、 モンゴル軍が安全に進攻できるところではない』

 2017年11月14日 /日本の「戦略思想不在の歴史」⑵ …

no image
日中北朝鮮150年戦争史(16)日清戦争の発端の1つ甲午農民戦争(東学党の乱)はなぜ起こったのか。『閔族一派専横の時代』の内政の腐敗、紊乱、貪官汚吏の収賄,苛斂誅求に対する百姓一揆だった。

    日中北朝鮮150年戦争史(16) 日清戦争の発端ー日本最強の陸 …

no image
日本の「戦略思想不在の歴史⑻」「高杉晋作のインテリジェンスと突破力がなければ、明治維新も起きなかった。

●「高杉晋作のインテリジェンスがなければ、 明治維新も起きなかった。 古来密接な …