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日本リーダーパワー史(712) 陸軍軍人で最高の『良心の将軍』今村均の 『大東亜戦争敗戦の大原因』を反省する②「陸海軍の対立、分裂」「作戦可能の限度を超える」 「精神主義の偏重」「慈悲心の欠如」 「日清日露戦争と日中戦争の違い」「戦陣訓の反省」

   

 

日本リーダーパワー史(712)

 『良心の将軍』今村均(陸軍大将)の

『大東亜戦争敗戦の大原因』を反省する②

ー「陸海軍の対立、分裂」「作戦可能の限度を超える」

「精神主義の偏重」「慈悲心の欠如」

「日清日露戦争と日中戦争の違い」「戦陣訓の反省」ー

 

③   陸海軍の対立、分裂、抗争

敗戦、第二の大原因は、陸海軍の対立、桔抗であろう。

陸海軍の対立ということは、わが国だけの特産ではない。アメリカのごときでも相当強く張り合っていると伝えられる。

しかし、わが国のような程度になっていたところは、他にはないのではあるまいか。

列国は、みんな、陸海軍の上に、これを統制する、実質的な国家の権カー国防大臣とか、首相とか、議会とか、大統領とか ー を持っている。

わが国では、陸海軍を統制して、陛下を輔弼し奉る機関がなく、陸、海おのおの独立し、憲法上、政治的には無責任の地位にあらせられる天皇に直隷し、相互に協議し合ってはいたが、その相談は、常にいかにして、同格同等の権威と資格とを並行させるかの思想と見地とで行われ、国家の他の機関とのつりあいを、どうするかではない。

政治に関連を持つ職にある陸海軍人が、その職に熱心になればなるほど、陸軍第一主義の頭になったり、海軍が主、陸軍が従の思想になったりする。

 

しかも世間体上、不一致を暴露せず、協力を仮装するためには、いきおい両者の同権同量で糊塗すること以外に策はなく、いっぼうが作戦上ある施設の予算を要することになると、かたらず他のいっぽうも、なんらかの理由をつけ、同額に近い費用を国庫に要求する。はじめは主として予算面にとどまっていたが、後には、地位も資材も政治的事柄に際してさえ、同格でなければならぬことになり、

甲地の総督が海軍軍人ならば、乙地の総督は陸軍の者でなければならぬと言い陸軍がどれだけの飛行資材を持つなら、海軍も同量を持たなければならないなどと主張し、もちろん、仮想敵国の軍備を対象として画策するのではあるが、同時に国内的には、陸海互いに他を見計らって競っていたのである。

 

これが国家全体の資材と費用に、どんなに大きな支障を及ぼし、また不経済の使用に堕したかは計り知れない。陸海軍人中にも、これを嘆息する人たちは多かったのだが、並行して流れる同速度の水の勢いは、どうしてもせきとめることは出来なかった。

これは陸海軍が、ともによくなかったのだが、本質的には制度の罪、すなわち陸海軍の上に、これを統御して大権を輔弼する機関がなかったことに帰因する。将来、もし国家が再軍備を必要とするなら、陸・海・空の三部門は、かならず国防省のような一機関のもとに、統制されなければならないと思う。

④  作戦可能の限度

敗戦、第三の大原因は、作戦可能の限度を越えて戦争をやったことである。

人間が一番よけいに注意しなければならないのは、好況の際である。調子がよい間は、つい調子につられ、うぬぼれとなり、足もとに注意しないようになりがちだ。

今から二千三百年以前に、史上有名なアレキサンダー大王という青年が、バルカン半島をふりだしに、エジプトから東の方およびヨーロッパなど、いたるところを席巻し、ついにインドにまで進み、そこでも戦いに勝つには勝ったが、マラリアと将兵の厭戟気分とで、兵を回さなければならなくなり、その後百年ぐらいして、これも歴史に名高いハンニバルという武将が、アフリカ北岸のカルタゴから出征し、

スペインに上陸のうえ、いたるところでローマ軍を撃破し、アルプスを越え、イタリアに侵入し、有名なカンネの大殲滅戦で、さんざん敵を破ったものの、本国よりの補給可能の限度を越えた作戦は、そんなに長つづきすることは出来ず、

勝ちながら、引きあげざるを得なくなり、カルタゴに押しょせてきたローマ軍にザマで破れ、戦争犯罪に問われ、小アジアに逃げ、そこで毒を仰いで死んでいる。

また、ジンギスカンの蒙古軍は、遠征して欧洲の半分以上を占領したが、その末は、現在見るような影のうすい民族になりさがり、ナポレオンもヒットラ―も、長駆モスクワに迫りながら、ともに敗れた。

みな、すべて、その国、その軍の戦力と補給力とがまかない得る、作戦可能の限度を越えて戦いを進めたからである。

大東亜戦争にしても、兵を止めるべき限度、防衛すべき区域はあったはずだ。

どんなことがあっても、トラック島とジャワの線、または、トラック島とシンガポールの線を越えてはならず、すみやかに、その線と、その内部に堅固な防空的要塞を建設すべきであるのにビルマ進攻といい、ニューカレドニアだととなえ、軍隊は弾丸を送らぬでも戦うことが出来、食料はなくても生きて行かれる人間の集団ででもあるかのような戦争をやったものである。

幾十万の将兵は、ビルマで、比島で、ニューギニアやガダルカナルで、兵火によるのではなく飢餓のために、むなしく倒れるような悲惨な運命に追いこまれてしまった。

⑤   精神主義の偏重

敗戦の第四の大きな原因は、物資と科学を軽視した、精神主義の偏重である。

健全なる精神は、健全なる肉体に宿ると言われるように、精神と肉体とは、並行して養われなければならぬことは、だれでも常識でわかることである。もちろん、精神力が肉体を鼓舞し、これを活動せしめる。が、これには限度がある。横網に二週間絶食させ、腹の満ちている、ずっと下っぱの力士と相撲させれば、一目明瞭であろう。

しかるに私自身も、師団長のときまでは、多分に、この精神偏重の思想を持っていた。しかし二カ月以上も草根のほか食い得ないでいたガダルカナルの部下を目にしたとき、痛切に、この限度を越えた作戦が、どんなにみじめなものかを、心のどん底まで悟らせられた。

富が人の道徳性を消磨するより、もっともっと強く、飢えは人間を無反省ならしめる。いな、心はいかに正しく励ましても、肉体は、それについていけないようになってしまう。終戦直後の内地の状況が、端的に、これを証明しているのではあるまいか。

戦いも同様である。劣悪の装備をもって、肉弾よく敵を撃破し得るのは、幾度かであって常ではない。なぜなら肉弾は、弾丸のように、すぐなん度でも補充し得るものではないからである。

近代戦争では、最高度の科学を利用するための肉弾でなければならず、昔のような体力だけを主とする争いの肉弾では、決して勝利を導くものでないことを銘記しなければならない。

⑥   戦陣訓の反省

第五の大きな原因は、軍隊の慈悲心欠如である。

私の二十歳前後、今から四十年も前の、わが国学生界の運動競技の中心は、各高等学校にあって、今日のような大学にはなかった。

そのうちでも、向が丘の第一高等学校が、最も盛んで、各高等学校間の対校競技でも、優秀回数が一番多かった。

私は、そのころ、一高のバンカラ気分と、寮歌とに引きつけられており、幾度も、その試合を見物にいった。

そのころの一高の試合のときの合いことばは、『勝ったが好い』と言うものであった。

試合最中の彼らの騒々しさは、ひと通りのものではない。ブリキかんやバケツをたたき、太鼓や鐘をならし、極端に粗暴なやじをとげし、試合しているのか、学校間の争議なのかわからぬぐらいのもの。一部からは、スポーツマンシップに欠けるものとして非難されていたものであるが『なんとしたって勝つのだ 』という勝利に対する、ひたむきの気迫は、十分納得されたものである。

軍人になり、戦争というものを研究すればするほど、世にこんな重大な容易ならぬ勤務が、またとあろうかと考えさせられた。

陛下の赤子、国民父老の愛児の生命を用いて敵に当る。人間が人間の命を手段として、ある任務を達成する。他の、どこにこれに類する厳粛な事実があり得ようか。

あだやおろそかに、むだないくさをしたり、敵に負けるようなことがあってはならない。部下将兵の生命を、勝ち得ない、戦いに失うぐらい大きな犯罪は、またと世にあり得ようか。

なんとしても勝たなければならぬ。一高生のロにする『勝ったが好いす』とは真理である。しかり、軍人の国家に負う最高の義務は、戦勝を獲得する一事であり、武将が、どんなに人格を修養し、りっぱな善行を重ねても、戦いに負けるようでは、それは罪悪である。

従って、戟勝を得るための悪行は、すべて許さるべきではないのかという、心のうちの疑問のささやきは、長い間、聞かれたものであった。

それが、支那(日華)事変になり、右の認識は、やはり誤りであったことを痛切に悟った。

歴史を読むと、アレキサンダー大王は、ペルシャ(イラン)占領のなかごろまで、またナポレオンは、アルプスを越えイタリアを攻撃したときまでは、戦勝を得るための悪行、 - 略奪、強姦、捕虜及び無辜の市民の虐待または奴隷化は、公然これを許し、この悪行は、戦勝獲得の必要手段とさえ考えていたようであるが、をの後は、厳禁している。なぜであろうか。どうも人道的見地から、そうしたとは本には見えていない。

 

 しかるに、支那(日華)事変では、悪行厳禁の必要が、はっきりと分明した。

 日清戦争、北清事変、日露戦争、日独戦争、シベリア事変までの歴代戦争指導者は、皇軍は王師であり、聖師でなければならぬとして、戦陣道徳の格守を厳重に監督してきた。

 従って、皇軍の向かうところ、草の風になびくように迎えられ、風を聞いて投降するものがあいつぎ、敵情は、手にとるようにわかり、大きな犠牲なしに、すみやかに戦勝を得るようになった

しかるに時代がかわり、支那(日華)事変当初の指導者は、入城一番乗りをきそわしめたりしたため、各部隊は、手間がとれ足手まといになる捕虜や市民のあつかいをいいかげんにし、ただ入城だけをあせったため、いつでも、敵の軍隊そのものは逸してしまい、

のみならず支那兵をして捕虜になることは戦死と同様のことだと観念させ、また荒らされた市民の恨みを買い、敵兵の抗戦意識と後方の兵端線の不安とを大きくし、進むことは進み得るが、いつまでたっても敵は手をあげず、ついに長期戦にしてしまった。

すなわち、知る! 戦陣道徳。敵対する敵軍以外の者には、慈悲心をもって接することが、迂遠のようで、じつは戦勝獲得の近道であることを……

私は、昭和十六年九月発行の『祖国』という雑誌で、北昤吉氏の 「中支戦跡視察記」中で『X軍の行くところ、村落草木、悉く廃墟、残されたものは唯人民呪誼の声』

との長文の記述を読み,これを聖戦の姿であると言うなら、日本全国民は、悉く之を否定し、憤激するであろう″との結論に、完全に同感したものである。

私は、東条陸軍大臣の依嘱で『戦陣訓』の起稿を主宰した。

このときは、軍隊の戦闘行動以外の慈悲行為が、戦勝獲得の必須の業であるとの思想を汲み入れたものである。

あとで、私が第一線の軍司令官になり、戦陣で読みなおしてみると、あの〝戦陣訓″は抽象に過ぎ、完全に過ぎ、また名文に過ぎてしまって、ぴんと将兵の頭にひびかず、失敗であったことを自認した。

もっと簡単平易に、具体的に、数項の豆点のみを掲げ、むしろ師団長以上の高額指揮官のみに対し、その戦陣遺徳の指導監督を強要し、それに不熱心の者は、どしどし内地に召還するくらいの英断でのぞんだほうが、はるかに有効であったと猛省されたものである。

(以上は今村均『幽囚回顧録』秋田書店(1966年刊、250-258P)

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