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日本リーダーパワー史(346)●『TPP,中韓との外交交渉にも三浦梧楼の外交力に学べ②』自主外交のこれが要諦』

   

日本リーダーパワー史(346
歴史的外交テクニック
●『TPP,中韓との外交交渉にも三浦梧楼の外交力に学べ

『フランス外交を手玉に取った三浦のディベイト必勝法-
談判、交渉、駆け引きはこのようにやれー』

◎『交渉はこちらが弱味を見せると、どこまでもつけ
上がるが、強く出ると弱る。自主外交のこれが要諦』

前坂 俊之(ジャーナリスト)
 
 
以下で紹介するのは大正143月『観樹将軍回顧録』の一節。『フランスとの交渉話』である。
 
いよいよ、本論に入った。フランス陸軍卿が
 
 「それならば、今フランスが戦っているから、この機会にやられてはどうか」
 と切り込んできた。
 三浦が「自分一個としては今が好機会だと思う」と相手の気を誘った。
「さてそうすると、失礼ながら貴国には船が不足している。もし御入用ならばフランスから御用立てる」
 
「それはありがたいが、日本は昔から不完全の船で、支那の沿岸を侵したもので、ありあわせの船でも大抵間に合うかと思われる。それに政府も近年、大分金をかけて、船を造ったから、支那と戦うために格別、船の必要はないかと思われる」
 
「それはそれでいいが、貴国には軍艦が少ないように思われる。支那にくらべれば」
「それはごもっともであるが、貴国のクルベー将軍が支那の南洋艦隊を撃沈された。追っつけ、北洋艦隊を撃破せられれば、日本には軍艦の必要は感じまい」
   
 とみな、ていよくはねつけて、鼻を明かした。ああいえば、こういう三浦の交渉、ディベイトですっかり煙にまいてしまった。
 
すると今度は金ときた。
 
「それならよろしい。時に甚だ失礼であるが、いよいよ開戦となると金にお困りのようなことがありはせぬか。もし御入用とあらは、フランスからお立て替え申してもよろしい。貴国と連合して、支那を攻めれば、勝敗はすぐに決する。その時には償金も取れることであるから、ほんの一時のことにすぎぬ。そ
れがために仏国が迷惑することもないから、お立て替えするもさしつかえはない」
 
「それについては貴官らにおわかりにならぬ不思議なことがある。日本は固陋頑愚の国ではあるが、一面には又、すこぶる美点がある。もし他国と戦端でも開けば、国民はカマドの下の灰まですすって出す。いやしくも国家のためとあらは、食うべきものがなくても、さらにいとわぬ国民である。従って紙幣を増発しようが、しまいが、そんなことはちっとも痛痔を感じない」
とこれも撃退してしまった。
 
フランス陸軍卿も内心「この野郎、煮ても焼いても食えない、これまでの日本人とは違う」と舌を巻きながら、しぶとく攻めてくる。
 
 「それならばなお結構である。ぜひ一つ共同の動作を取りたい」ときた。
 
それもよろしいが、大国と小国と連合すれば、小国の不利に帰するは明瞭である。支那はフランスの一国でさえ苦しんでいるところへ、さらに日本が加わらば、たちまち屈伏することは無論である。しかし支那(中国)が五十年、六十年の間、地中海を渡って、貴国に恨みを報ずることは出来ぬ。そのウラミの集まる所は、日本である。これは日本としてよほど考えておかねばならぬ」
(三浦のこの論法はさすが、正論であろうー筆者)
 
 と言うと、
 
「いかにもごもっともである。事実そのへんのこともある。それで平和談判の時には、日本が先に立ってフランスが後について回る。償金問題の如きも、日本がまず決めて、それからフランスということにしてはいかが」
 
 「それも一策である。しかし自分一個としてはこれ以上お答えするわけにいかぬ。これから先は国と国との談判である」
 
 と言うと、陸軍卿は喜んで固く固く手を握り
 「今日は大いに益を得ました」
 と挨拶したから、我輩も、
 「将来日本は貴国の親友と見てもらいたい」
 
 と挨拶して、別れを告げた。先方はフランス人を一人も入れぬ。談話はすべて我輩の連れていった小坂という少佐の通訳である。我輩と少佐とが何を話しても、一切先方にはわからぬ。
 
 「この親爺、なかなかくえん奴じゃな」などと勝手に内輪話をする。
 「こやつは長く陸軍卿をやっているかい」「早や五六年にもなります」
 「そうか」
 などと話し合っても、先方は何もわからぬから、澄まし込んでいる。
こんな調子で、談判は非常に楽であった。
 
     
 
 それから今度は外務卿に招かれて行った。
相変わらずお世辞だ。フランスには船もある。人もある。されども本国からはるばる陸軍を送るのは、やっかい千万である。何でも日本に片棒かつがそうという腹である。皆同じようなことを言っている。
 
そこで我輩は専ら条約改正のことを持ち出した。
 
 「今の条約は、国情のなお幼稚な時代に結んだもので、劣等国の待遇を受けている。何はさておいても、これを改正して、対等の条約を締結したい。これが日本国民一般の希望である。それがためには二度も三度も、使節を特派したが、今に目的を貫徹し得ぬ状態である。
我輩の行った当時が、最もその希望の急な時である。商務卿にもちょっと話しておいたが、外交のことは、外務卿の職分である。ぜひともこの外務卿を動かす必要がある」とこう思ったから、論鋒を進めた。
 
 「条約改正の期限は、はやくに経過しているにもかかわらず、未だにそのまま捨ておくということは、国家の恥辱として、一般国民のいかにも忍びがたい所である。随って速かに改正せんことを希望致しているが、他の諸国はそうまで異議なきにも拘らず、貴国が最も反対せられるように、国内では伝えている。
今の日本はまた旧時の日本にあらず。ぜひとも貴国の速やかに同意せられんことを望む」
 ときり出した。
 
 「日本の著しく進歩したことは、我らもつとに認める所で、条約の改正せねばならぬということは、よく承知致しておる。しかし各国の協議によって成り立つことであれば、フランスが先に立って承認するということも、いささか致しかねる点がある。
 
さればといって、フランスが主として日本の不利を計るということは、なおさら出来がたいことである。これは一つは誤解からきており、又一つは他の離間中傷ということもよくあることで、あるいはそんなことから起こった説かとも思われる。
フランスとしてはなるべく今日は改正せねばなるまいと思っている。決してフランス一国が故障するということは、出来得る道理がない。ここはどうか誤解のないようにしてもらいたい」
 と弁解につとめたのである。
 
 「それでよく諒解した。なおよく承っておきたいことがある。貴国においてはこの条約改正について、各国よりも先へ進んでやるという御意向であるか。それとも各国の後へついて行くという御所存であるか。それを承っておきたい」
 
 「それはなるべくフランスが先へ立ってやる考えである」と実に意外の返答である。
「それは感謝の至りに堪えぬ。このことは本国に報告するも、さしつかえはあるまいか」
と念を押した、外務卿は、「それはかまわぬ。今申した通りであるから、少しもさしつかえはない」
 
 と明言したから、我輩も、「国民もこのことを聞かば、さぞかし満足するであろう」と述べて、その好意を感謝した。
 
支那(中国)と戦争に加担さすには、日本の棟嫌を取らねばならぬ。日本の機嫌を取るには、条約改正に反対することは出来ぬ。フランスにとっては、痛しかゆしである。しかしこうなっては、最早今までの如く木で鼻をくくるようなあいさつは出来ず、仏国の条約改正に対する態度は、がらりと一変したのであった。       
 
我輩は早速この会見の報告を外務省へしておき、それからベルリンへ帰って来た。委細の事情を大山厳に語ると、
 「それはよかった、よくやってくれた」
 と喜んだ。我輩は無責任だと思われようが思う存分にやってのけたのである。
 
それから洋行も済んで、日本へ帰って来た。こちらではフランス公使が、えんきょくに日仏提携論を持ちかけておったが、我輩があちらで会見した結果、フランス政府の方針を一変し、今までの公使を召還して、上海の総領事をその後任とし、我輩に懇談した事柄を箇条書きにして、具体的に交渉を持ち込んで来
た。
 
外務省では我輩の報告書が先へ着いておったから、非常に都合が好かったとて井上も大いに喜んだ。
 
我輩はかねて外国人というものは、こちらが弱味を見せると、どこまでもつけ上がるが、こちらが強く出るときっと弱ると、こう思っておった。ところがフランス陸軍卿の話の間にも、向こうから、
 
「国が弱いと、妙なところからいろいろの故障が起きるもので、朝鮮の関係で、ちょっと出兵しょぅとしても、いろいろ
面倒のことが起きる。あれは貴国のやり方がよろしくない。断然決行されたら、誰も何とも言わなかったであろう」
と言っておった。
 
すべて外国人というものは、そんな調子で少し弱いなと思うと、どこまでも突っ込んでくる。自主的外交の必要は、ここに存する。
 
日本リーダーパワー史(345  『明治の黒幕・三浦梧楼の
痛快無比な外交力

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