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裁判員研修ノート⑤小沢幹事長疑惑報道のルーツはここにあるー<見込み捜査>と<見込み報道>の人権侵害

   

小沢幹事長疑惑報道のルーツはここにある
犯罪報道の<見込み捜査>とマスコミの<見込み報道>の人権侵害
 
 <以下は月刊「マスコミ市民」1983年1月号『冤罪とマスコミの責任」より>
           前坂 俊之(毎日新聞記者)
 
 
問われる記者・マスコミの人権意識
 
 1983(昭和58)年最大の焦点はいうまでもなく、10月の田中角栄・ロッキード裁判判決である。しかし、もう一つロッキード事件と比べても、決して劣らない、逆に市民レベルではもっと重大な問題がある。
 それは死刑確定囚の再審事件である。わが国の明治、大正、昭和の歴史を通じてはじめて死刑確定囚に無罪が下るかどうか、注目の免田事件の再審判決はこの五月に予定されている。このほかにも、死刑確定囚の再審事件や、死刑確定囚ではないが、三十年近く無実を訴える再審事件が目白押しなのだ。
 
 この二月に死刑確定囚の松山事件の再審開始が決まり、同じく財田川事件の再審は今夏には結審し、来春には判決が見込まれている。戦後、再審になった事件はすべて無罪になっているだけに、免田事件も無罪はほほ確定的だ。
 無実の者が三十三年間も絞首台につながれ「今日か」「明日か」と死刑執行の恐怖に脅え続けてきた可能性が濃厚なのである。人権尊重をぅたう法治国家の下で、このよぅなことが現実にあるとしたら、戦慄すべき事態であろう。それが三件も連続しているのである。
 安原美穂検事総長は新年早火、こう語ったといぅ。
 
 「いよいよ、田中角栄の判決を迎えるといっても、ロッキード事件は何も心配することはない。最も頭が痛いのは再審で、検察にとっては83年は難しい年になるかも知れない」(83年1月29日、毎日新聞)
 ロッキード事件では、検察、裁判は国民から拍手喝采を浴びている。たしかに、巨大な政治権力に対しての破邪顕正の役割を果たした功績は小さくない。
 しかし、その一方で、名もなき市民が陥し入れられた冤罪や再審でみせた検察、裁判の驚くべき人権無視や、誤りを絶対にただそぅとしない、かたくなな態度は空恐しいばかりである。ロッキード事件が日本の裁判、検察の明るい部分とすれば、冤罪、再審は〝暗部″であり、国民もマスコミもロッキード裁判ばかりに目を奪われていると、裁判の巨大な〝腐敗部分〟〝権力の犯罪″そのものを見すごすことになりかねない。
 
 しかも、冤罪、再審では瞥察、検察、裁判の誤りや行きすぎばかりがマスコミでは強調されがちだが、マスコミ白身の責任も決して小さくない。冤罪におけるマスコミの賀任を自覚している記者は果たして何人いるだろうか。冤罪、再審事件へのマスコミの取り組みの鈍さはこうしたマスコミの人権感覚の欠如と表裏一体になっている。    
 
 ロッキード事件と並んで、〝冤罪、再審の年″といわれることし。一番問われているのは裁判や検察の姿勢ではない。それをきびしく監視するマスコミの人権感覚なのであり、記者一人ひとりの人権意識なのではないだろうか。そぅした視点から冤罪とマスコミの関係を考えてみたい。 
 ’
   事件報道を反省すべき時期
 
 私はことしで新聞記者十五年目だが、このうち約半分の七年間ほ警察や裁判を担当した。警察を回り、たいした疑問ももたずに犯罪記事を数え切れないほど書いてきた。
 ところが、冤罪に関心をもつよぅになって、それまで何とも思っていなかった取材のやり方にがく然とした。恐しさを覚え書く気がしなくなった。うかつといえばうかつだが何千と書いた警察記事のなかで、被疑者や犯人の言い分をきちんと書いた記事は数えるほどしかないことに気づいたのである。これは私だけではなく、新聞記者に共通したことである。
 
 私も最初は疑問をもたなかったが、考えてみると、これは重大なことだと感じた。冤罪の原因も根をたどっていくと、この点に帰着すると思う。警察が逮捕、取り調べたものは、それだけで、本人の弁明や言い分も聞かずに警察の発表だけで一方的に書いてしまう。警察記事だけではなく、取材とはこうしたシステムになっており、マスコミもこの点に一向に疑問をもっていない。
 たしかに、仕方がない面がある。私もできるだけ被疑者や被告側の主張をきちんと載せよぅと努力したが、物理的に相手の話が聞けないケースが多い。やむなく警察を通じての木人の自供や弁明という今のやり方にならざるをえない。
 
 しかし、「自か黒か」、免罪か、といぅ場合、こうした一方的な取材は、冤罪に泣く者にとって決定的に不利であり、誤った情報が大量にバラまかれて、とり返しがつかない結果を生じる。
 かつて、公害問題や住民運動が噴出した頃、企業側か住民側か、加害者側か被害者側のどちらに立って報道するか、聴材記者の一人ひとりが真剣に論議し自らに問い、告発した。
 
 公害問題はいつしか立ち消えになったが、こうした真剣な自己反省は警察記者や事件記者のなかに生かされているだろうか。そぅした反省があれば犯人にされた者の弁明や言い分は聞けない場合でも、せめて警察発表をぅのみにせず、ギリギリにしぼって、確実な事実関係だけに抑えていく作業が最低行なわれるはずである。
 
 さらに、一歩踏み込んでいえば、警察の捜査にばかり覇材を過熱させていく、事件報道のあり方こそ反省すべき時期にきているのではないかと気づくはずである。
 
 真相がはっきりしない初期の警察捜査の段階で、判断を下す材料が少ないのに、警察発表に頼っているやり方。逮捕された段階で、報道はピークに達し、犯人と即断され、生育歴から家庭環境から、周囲のこれまた関係者の話によって洗いざらいプライバシーまで暴かれる。犯罪を犯したかどうかということは警察の逮捕によって決まるのではない。あくまで容疑者で、裁判によって白黒がはっきりする。逮捕はあくまで〝疑いカ の段階であり、裁判で両者が対等に応酬して、実体的真実が明らかになっていくという、ごくの下に切り捨てられている。
 
 被疑者や被告にとって、こうしたマスコミの報道がいかに一方的で、人権や名誉を傷つけ不利なものになるかはいうまでもない。
 
見込み捜査と同じ見込み報道という名の誤報、人権侵害
 
 ところが、新聞を例にとっても、警察記事、事件記事の作られ方の本質的な見直しや人権尊重の報道に徹するという論議はあまり聞かれない。
 
 雑誌『新聞研究』一月号で「人権をめぐる新聞報道の基準づくり」という記事が掲載された。『朝日』『読売』の基準を中心に討議されたものだが、①精神障害者との関連での仮名、実名問題、②自殺、心中をどこまで書くかどうか、③別件逮捕での実名、仮名はどうするか-といった技術論に終始しているきらいがある。
 
 現在の警察広報を一方的に流す報道体制で被疑者の人権は十分、守られているのかどうか、警察、検察の捜査のいきすぎが十分チェックされているかどうかといった、根本的な問題は一向にふれられていない。
 たとえば、ことし一月に起きた千葉大医学部研究生による女医殺し事件といわれるものをみてみると、犯罪記事の書かれ方のごく一般的なケースがわかる。
 
 すでに大方の人はマスコミを通じて、事件の概要を知っているだろうが、『朝日』は夫が逮捕された一月二十三日朝刊社会面で「ままごと生活、現実重く」 「温室育ち発作的犯行、計算人生もろくも自滅」の大見出しで次のよぅに書いている。「容疑者はやはり夫だった」 「今回の事件は恵まれすぎて、社会的な訓練を受ける機会のなかった一人の若者のせつな的犯行」「やっぱり」「だれが考えても夫以外に考えられない」「自己中心的で周りから押えつけられるのを嫌う性格」と情緒的な言葉が並び、断定的に書きながら、一方では逮捕は物証が少なく「状況証拠を重ね合わせて逮捕決断」「捜査本部のある幹部は『夫を逮捕しなければ、おさまりがつかないというあせりもあった』ともらしていた」とも書いている。
 
 そぅだとすると、状況証拠だけで、「あせりもあって」警察は逮捕に踏み切ったのに、『朝日』は逮捕したという理由だけで犯人と断定しているのである。もう少し慎重になるべきだと思うのは私一人か。警察に乗った取材のごく当り前の書き方といえば、それまでだが、過去の冤罪、再審事件に照らし合わせれば、これが最も危険なやり方なのだ。
 冤罪に共通した構造がある。見込み捜査、別件逮捕、自白強要、物証の不足…など警察の初期捜査の不備、誤り、あせりが重なって冤罪が生まれるという。
 
 この事件の場合にも、少ない物証、犯人は夫以外にないという見込み捜査から、身柄を確保して物証の不足を自供で埋めていくといったやり方に酷似しており、一歩間違えばとんでもない勇み足になる。
そうした反省から、捜査をきびしく監視、チェックしていくべき新聞が逆に警察をあおり見込み捜査に先行した形の〝見込み報道″をしているのである。
 
一月二十四日付では『朝日』は「依然、犯行を否認」「逮捕前に法律書で準備」、自供をしたという九日付『毎日』夕刊は「否認一転、やっと自供」 の大見出しが踊っている。〝否認″は、マスコミにとってもいけないことなのだ。「なぜ犯人なのに早く自供しないのか」といぅ叱責口調そのものだが、二月四日付『毎日』夕刊では「捜査陣をてこずらせていた夫はくるくる供述を変え……」といった具合だ。
 もしかしたら、夫は犯人ではないのではないかといぅ一まつの不安はここには見られない。警察の捜査への無条件な信頼、「逮捕即犯人」といぅ単純な見方である。あまりに早い結諭に逆に読者のほうが心配になってくる。適正な捜査かどうか。デュープロセスにこそ力点をおくべきなのではないか。
 
 
 日本国憲法第三八条では「供述の不強要、自白の証拠能力」の項があり、次のようになっている。記者たちはこれを読んだことがあるのだろうか。
①    何人も自己に不利益な供述を強要されない
②    強制、拷問、苦しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白はこれを証拠とすることができない。
③    何人も自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
 
この項目ほど裁判で無視されているものはない。冤罪や誤判、再審はこの第三八条が守られないことに起因するが、マスコミもこの項目を知らない人が大半ではなかろうか。
 
 冤罪は自白偏重が原因と何度も指摘されているのに、どの記事をみても「全面自供に追い込みたいとしている」「きびしく追及していく」 「全面自供にむけて全力を上げる方針」といった調子で、自白を金科玉条にしているのである。
 断わっておくが、私はこの事件が冤罪だといっているのでは毛頭ない。現段階で、判断するのは早すぎはしないか。もっと、裁判になって判断の材料が揃ってからでも遅くなく、警察の逮捕段階では物的証拠はあるのかないのか、具体的な事実にきちんとしぼって、単なる伝聞取材は慎んだほうがよいのではないか。
 
こうした記者の人権感覚、警察捜査と一体となった報道の仕方では、冤罪の構造である自白強要や
代用監獄(逮捕・勾留中の被疑者・被告人の身柄を、本来の拘禁施設である拘置所(監獄の一軒)に拘禁せず代用施設である暫察附属の留置場に拘禁し暫察当局の管理におく制度)
 
の問題点などは見えてこないし、それを批判する視点も生まれてこないと思う。
 逆に、冤罪が一向になくならない土壌をマスコミ自身がつくり出しているのだ。いったん逮捕すると、警察は軌道修正がなかなかできない。特に、マスコが大火的に報道する場合はなおさらである。
 
初期捜査の失敗、不徹底が長期化した冤罪や再審ではいつも指摘されるが、マスコミのセソセーシ冒ナリズムや過度の特ダネ鋭争が捜査を誤噂し取りかえしのつかない冤罪の犠牲者、最終的に無実の死刑囚さえ生んではいないかと思う。捜査や裁判の責任とともにマスコミの貴任も自らに問うべきであろう。
 
免田、財田川、松山事件の真相解明を
 
免田、財田川、松山事件と死刑確定囚の再審事件が三件も連続したケースは世界の刑事裁判史上にも例がない。
 戦前、戦後を通じても、最大規模の裁判であるといって過言ではない。それなのにロッキード裁判にみせたマスコミの質最ともに圧倒的な報道がこの三事件に示されているだろうか。残念ながら、この三事件の根にある問題がまだ十分、追及されていないと思う。
 免田、財田川、松山事件はあらゆる点で似ている。免田事件が1948(昭和二十三)十二月、財田川事件が一九五〇年二月、松山事件が1955年十月と少し遅いが、ほぼ一九四九年一月の現在の刑事訴訟法施行前後の事件である。
 
 この点をとらえて最高裁や法務省側では、刑事訴訟法のきり替え段階での混乱期の出来事、警察力が劣っていた時代の産物で、現在ではこんなズサンな捜査はありえないとしている。
しかし、決してそうではないことは、三月九日、東京地裁で無罪判決のあった警視総監公舎爆破未遂事件や、土田邸、日石ピース缶爆弾事件をみてもわかる。
 
 この三事件をみても犯人枚挙までの見込み捜査、別件逮捕、拷問、自白強要、証拠の隠滅、偽造、検察側の執ような再審つぶし、再審の門をなかなか開かない裁判所の硬直化した姿勢 - など冤罪、誤判の構造は驚くほど似ている。
 見込み捜査を例にとると「谷口(財田川事件の被告)は平素荒っぽい、金は使う、怠ける不良の頭格で火のないところに煙は立たんというたとえもあるから、もう少し調べてと思って拘留して取調べを初めた」(財田川事件)
 免田事件は「身分不相応な金銭の浪費」が即容疑になり、松山事件では、東京で住み込みで働らいて家にも連絡しているのが、「家出逃走中で居所不明」と逮捕状の請求には書かれていた。
 
 免田事件は窃盗、それも被害届だけの米ドロボウ容疑で別件逮捕、財田川事件は窃盗、暴行、恐かつで別件逮捕が繰り返えされ、松山事件でも軽微な別件の傷害容疑を逮捕の突破口にされた。
 三件とも惨殺なのに、被告たちは返り血をほとんど浴びていないというミステリーも共通しており、唯一の物的証拠は微量の血痕付着。免田事件は凶器のナタの柄についた米粒大O型血痕、財田川事件はズボソの微量の0型、松山事件は斎藤幸夫被告の布団のエリあてについた八十数カ所の血痕が決め手となり、死刑に突き落とされた。
 
 ところが、この決定的な証拠について、不思議なことが起きている。この点にこそ、死刑再審事件のゾッとするようなミステリーがある。弁護側は〝警察、検察の陰媒″ときびしく批判する事件の謎が隠されていると思うのだが、マスコミの真相解明の努力は少ない。
 裁判担当記者の奮起を望みたいが、戦後、数多く発生した松川、八海事件などの教訓からしっかり学ぶ必要があると思う。
 
 警察、検察の証拠隠滅といわれる疑惑とは免田事件では事件のカギを握る凶器のナタの紛失、廃棄であり、松山事件では布
団のユリあての血痕を撮影したネガの紛失である。事件の最重要な証拠物が警察、検察側の手の中で、そろって消えたのである。
 この重大な疑惑にこそ、ロッキード事件にマスコミがこぞってみせた真相解明への執ような取材力をこそ向けるべきではないか。三十数年も冤罪を訴えてきた死刑確定囚がいちばん知りたくしてわからない部分こそジャーナリズムの真相解明のメスを必要としている。
 
  他人事でない「冤罪・誤判」
 
 昭和三十年代はじめの松川、三鷹、八海、菅生事件などの冤罪事件の続発と今回もよく似ているが、報道の質量を比較すると明らかに現在のほうが劣っている。松川事件では無罪への決定的な役割を果たして諏訪メモをめぐって毎日新聞がスクープし、法廷へ提出するよう各社のキャンペーンが繰り返された。こうしたキャンペーンと世論の盛り上がりに抗し切れず、最高検は諏訪メモを掟出した。
 「犯人は警察官だった」-という推理小説顔負けの菅生事件では共同通信記者たちが都内に潜伏中の戸高公徳をつきとめ発見した。
 
 『共同』は事件記者七人からなる特捜班を編成、独自に調査、聞き込みや張り込みを続けて一九五七年三月に秘密のアパートに潜んでいた戸高を捕まえた。恐るべき権力犯罪を暴いた戦後史に残る輝かしいスクープとなった。
 諏訪メモと免田、松山事件にみられる被告の無実を証明する最重要証拠の紛失、廃棄とは同一のものだが、諏訪メモは追及され、国民の前に明らかにされたために、三審制のなかでからくも無罪となった。
 免田、財田川、松山事件ではジャーナリズムのその努力がなかったゆえに、三十数年という長年月を要したともいえなくはない。
 菅生事件の現職警察官、戸高公徳を『共同』が突きとめたケースにしても、松山事件で斎藤幸夫被告を留置場内でうまくだまし、自供を導き出したTの存在とよく似ている。弁護団はTを警察のスパイだとして、行方を追及しているが、Tは法廷で何度か証言した後に、目下、行方不明になっている。
 
 松山事件のカギを握る男だが、菅生事件のよぅにTを徹底して探し出して、真相を追及しようという動きほジャーナリズムにはみられない。次火に大事件があり、いろいろな制約や難しい画があることも事実だが、これだけ冤罪や再審事件が統発しているなかで、取組みの弱さを感じるのは私だけだろうか。
 
 米国ではサツコバソゼッティ事件に代表されるよぅに、無実の者が死刑執行されたこの事件を契機に、死刑問題、誤判をただす刑事裁判のあり方が国民的な議論を呼んだ。ヨーロッパにおいても、死刑誤判事件が、刑事裁判における徹底した人権尊重、「十人の犯人を逃しても、一人の無実の者を罰するな」という刑事裁判の大鉄則を確立するきっかけになった。
 わが国における三つの死刑確定囚の再審事件の成り行きは、どのよぅな影響を与えるか注目される。特に、五月に予定されている免田事件の判決の段階でジャーナリズムはどう反応するだろうか。
 
 ある人権団体の貴任者は悲観的に述べた。

「今のような国民の無関心、ジャーナリズムの人権感覚の鈍さでは、再審法の改正や死刑廃止の問題より前に、裁判はよくやったと逆に評価するんじゃないでしょぅか。たしかに、三十数年という長年月を要したとはいえ、死刑が実際に執行されたわけではない。裁判は間違ってはいたが、最後には誤りをただしたのは逆に裁判への国民の信頼を回復したという逆さまの論理を展開するのではと、心配している。ロッキード裁判に吹き飛ばされて世論は盛り上がらないのではないか……」
 

 刑法改正をはじめ、拘禁二法(刑事施設法案および留置施設法案)など戦前の治安維持法の改訂版が新たに登場している。マスコ
ミの反応も今一つだ。冤罪や誤判は決して他人事ではなく、誰にでもふりかかってくる問題であり、一人ひとりの人権尊重がくずれたとき、どのような恐しい状況になるかは戦前戦後の歴史のなかで、何度も経験ずみのことだと思うのだが……。                                        
 
 

 - IT・マスコミ論

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