日本一の三名園「岡山後楽園」の桜は満開で「桜祭り」が開催された(23年3月31日に撮影)★『後楽園・旭川・岡山城』の三拍子そろった『歴史文化景観スペース』は世界の都市の美的景観に引けを取らない』
2023/04/09
岡山プラザホテル8階から撮影、後楽園上に岡山城がそびえる。
日本の三名園「岡山後楽園」の桜は満開で「桜祭り」が開催された(23年3月31日に撮影)
私は岡山市北区内山下の生れである。昭和20年代の小学生の頃から米軍空襲で破壊され岡山城(鳥城)で石垣に登って、旭川で魚をつり、夏には泳ぎ、後楽園にもよく遊びにいき、この一帯はわが遊び場であり、庭であり、野外フィールドでもあった。
今、半世紀ぶりに、わが故郷・岡山・旭川・鳥城・後楽園には時々かえってきて、往時をふりかえり、この歴史自然文化環境スーペースのすばらしさをますますて実感している。
世界文化遺産について、世界各国を旅行して歴史的な遺跡、庭園、自然環境をみてまわったが、その少ない比較的少ない知見でも、ひいき目ではなく、この『
後楽園(名園)・旭川(清流)・岡山城(鳥城)』の3拍子揃った『歴史文化景観スーペース』は世界の都市の美的景観に引けを取らないと思う。
後楽園は日本三名園といわれるが、水戸の偕楽園、金沢の兼六園と比較しても、その歴史、規模、スケール、日本庭園としての芸術性、完成度、優美さでは第一でないかと思う。その他、名園としては名高い東京小石川の後楽園、京都の桂離宮の御庭、高松の栗林公園、三渓園(横浜)などたくさんはあるが、岡山後楽園は江戸時代を通じて名園として、日本を代表するものであることは間違いない。
中国の世界文化遺産に指定された蘇州などの拙政園、留園、網師園、環秀山荘、獅子林、滄浪亭、藕園、芸圃、退思園なども回り、日本庭園と後楽園とも比較してみた。文化、歴史、中国的な様式美、庭園美の違いはあり、優劣はつけられないが、その歴史、スケール、芸術性で決して劣るどころか、日本の代表的な後楽園は「世界文化遺産」の資格十分と感じた。
後楽園の場合、その借景として岡山城(鳥城)の優美な姿がある。清流の旭川がゆっくり蛇行し、旭川を挟んで後楽園のバックに黒壁の鳥城(別名カラス城)の天守閣が一望できる風景は江戸時代からの姿を今にも伝え、「ジャパンクール」の典型であり、日本でもこのような「名園・河川美・お城」の三点セットの城下町のシンボル的美観はここだけではないのか。 そうすれば日本の代表的『歴史美観スペ―ス』であり、『世界文化遺産』としても不思議ではない。
特に、われわれ日本人は水と空気と四季は当たり前とおもって、気がつかない。 日本でも有数の清流・名水・旭川のゆったりとした流れそのものがすばらしいウオーターフロント・景観なのである。
世界文化遺産になっている中国の蘇州、杭州は、ともに「水の都」、蘇州は「東洋のベニス」として知られるが、その水は泥水である。茶色ににごった水であり、中国の河は大河が多く、大陸の黄土を含んだ泥河であり、日本の川のようなきれいな水ではない。森林が国土の70パ―セントをしめる日本は世界トップクラスの森林国であり、いまや、たび重なる山河の破壊が進んでしまったとはいえ、山紫水明の国であることにかわりはない。
中国に行くとそのことを痛感する。 限りなく美しい『岡山・旭川・鳥城・後楽園』の『歴史自然文化景観スーペース』をなんとか世界文化遺産にしようではないか。 後楽園、鳥城・旭川の歴史、成立はネットで詳しくのっているので、ここでは触れない。特に岡山県外、世界の人々にみていただきたい。そのすばらしい魅力をーー
Wiki 岡山城
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E5%B1%B1%E5%9F%8E
関連記事
-
-
『リーダーシップの日本近現代史』(199)ー『先日101歳で逝去され中曽根康弘元首相の戦略とリーダーシップ』★『「戦後総決算」を唱え、国内的には明治以来の歴代内閣でいづれも実現できなかった行財政改革「JR,NTT,JTの民営化」を敢然と実行』★『「ロン・ヤス」の親密な日米関係だけでなく、韓国を電撃訪問し、日韓関係を一挙に改革し、胡耀邦氏と肝胆合い照らす仲となり、日中関係も最高の良好な関係を築いた、口だけではない即実行型の戦後最高の首相だった』』
中曽根康弘元首相の戦略とリーダーシップ 前坂 俊之(ジャーナリスト) 中曽 …
-
-
池田龍夫のマスコミ時評(103)『名護市長選ー辺野古移設実施への難題(1/22)』『渡辺・読売会長が「情報保全諮問会議」座長(1/17)』
池田龍夫のマスコミ時評(103) ◎『名 …
-
-
『Z世代のための日韓国交正常化60年(2025)前史の研究講座④」★『井上が書いた「華兵凶暴」の記事に支那側(李鴻章)か猛反発、井上の暗殺指令を出し、『漢城旬報』の販売差し止めを命じたので井上は辞任1884年(明治17)5月に帰国した』
「華兵凶暴」の記事が支那側から激しい抗議があり、辞職、帰国のやむな …
-
-
日本風狂人伝⑳日本最初の告別式である 『中江兆民告別式』での大石正巳のあいさつ
『中江兆民告別式』での大石正巳のあいさつ   …
-
-
日本の「戦略思想不在の歴史⑮」ペリー来航45年前に起きたイギリス東洋艦隊の「フェートン号」の長崎港への不法入港事件」★『ヨーロッパでのナポレオンの戦争の余波が<鎖国日本>にも及んできた』
「 日本外交史➀(幕末外交)」などによると、 1808年10月4日(文化5年8月 …
-
-
『Z世代のための最強の日本リーダーシップ研究講座(42)』★『金子サムライ外交官は刀を持たず『舌先3寸のスピーチ、リベート決戦」に単身、米国に乗り込んだ』
『金子サムライ外交官は『スピーチ、リベート決戦」に単身、渡米す。 …
-
-
『湘南リフレッシュ・ドライブ』ガイド!『夏だ!湘南シーサイド・ロード(鎌倉→江ノ島)をすっ飛ばせ、スカッと!リフレッシュ』
<『湘南リフレッシュ・ドライブ』ガイド!> 『夏だ!湘南シーサイド …
-
-
★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < 東アジア・メルトダウン(1070)>★『北朝鮮の暴発はあるのか?』★『人間は後ろ向きに未来に入って行く(ヴァレリーの言葉)』●『過去の歴史的な知見にたよりながら未来を想像し、後ろ向きに歩むので、未来予想は誤りやすい』★『それでも、北朝鮮の認識と行動のルーツを知ることは一歩前進ではあろう』
C 1894(明治27)年の日清戦争のそもそも原因は、朝鮮に起因する。 という …
-
-
『巣ごもり京都観光動画』★『世界文化遺産・京都南禅寺(3/29)参拝の全記録』☆『石川五右衛門が「絶景かな・」とうたった大山門へ』☆『京都三大山門の1つを拝観、高さ22メートルかから、京都市内を見渡す、まさに絶景だったよ』
世界文化遺産・京都南禅寺(3/29)に参拝すー石川五右衛門が「絶景 …
-
-
百歳学入門(39)『画家・中川一政、97歳』<よく生きた者が、よく死ぬ。そこになんの理屈も神秘もない>
百歳学入門(39)―『百歳長寿名言』 <自らの意思でチャレンジせよ …
