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『ガラパゴス国家・日本敗戦史』⑰『日本の最も長い日(1945 8月15日)をめぐる攻防・死闘ー終戦和平か、徹底抗戦か②』

      2017/07/13

 『ガラパゴス国家・日本敗戦史』⑰

 

 


『日本の最も長い日―日本帝国最後の日(1945

 

815日)をめぐる攻防・死闘―終戦和平か、徹底抗戦か②

 

       

 前坂 俊之(ジャーナリスト)

 

●「外務省の邦訳文」はどうなのか

 

バーンズ長官の回答は次のような内容だった。

 

ポツダム宣言の条項は之を受諾するも、右宣言は天皇の国家統治の大権を変更するの要求を包含し居らざることの了解を併せ述べられたる日本国政府の通報に対し、吾等の立場は左の通りなり。

一、 降伏の時より、天皇及び日本国政府の国家統治の権限は、降伏条項の実施の為、其の必要と認むる措置を執る連合軍最高司令官の制限の下に置かるる(サブジェクト・ツー)ものとす。

二、 天皇は日本国政府及び、日本帝国大本営に対しポツダム宣言の諸条項を実施する為、必要なる降伏条項署名の権限を与へ、且之を保障することを要請せられ、又天皇は一切の日本国陸、海、空軍官憲及び何れの地域に在るを問わず右

官憲の指揮下に在る一切の軍隊に対し戦闘行為を終止し、武器を引渡し、及び降伏条項実施の為最高司令官の要求することあるべき命令を発することを命ず

べきものとす。

三、 日本国政府は降伏後、直ちに俘虜及び被抑留者を連合国船舶に速かに乗船せしめ待べき安全なる地域に移送すべきものとす。

四、 最終的の日本国政府の形態はポツダム宣言に遵び、日本国国民の自由に表明する意思により決定せらるべきものとす。

五、 連合国軍隊はポツダム宣言に掲げられたる諸目的が、完遂せらるる迄日本国内に留まるべし。

 


首相官邸に入った松本次官はバーンズ回答の英文に目を通した。

 

「迫水君、安達君は既に回答文を通読していたが、すこぶる落胆した様な面持ちであった。私も黙って通読した。第一項と第四項とがヒシヒシと神経に響く。これはいかんと思いながら又、読み返した。

 

第一項の例のsubject to・・について我が国の治外法権の事を例にとれば、暫定的のことでもあるから、強硬論者を説き伏せ得ると考えた。まことに敵も天皇の存在を前提として立計している。

第四項は不戦条約の時の前例もあって、国体論者からは強い反対を予想せねばならぬ、又こうなった上は天皇の問題も、結局、人民がこれを認めるか否かにかかって来ることはやむを得まい。

とにかく、敵も天皇の存続は一応認めて、此の回答を送ったもので、多少顧みて他をいうことによって日本の通告を黙認したものともとれる」 (松本俊一手記)

 

読み終わった松本次官は迫水書記官長にいった。

 

「迫水君、これで大丈夫だ。この上、交渉を重ねることは決裂に導くだけで何にもならない。これをう呑みにする以外、手はない。この際はなんとしても戦争は終わらねばならぬ。私は外務大臣を説くから、君は総理を説いてくれたまえ」

松本次官はそういって首相官邸を後にし、東郷茂徳外相に会うためいったん外務省に引き上げた。

一方、迫水書記官長は文京区小石川の鈴木貫太郎首相の私邸に電話をし、それまでの経緯を報告すると、鈴木首相は断固たる調子でいった。「ともかく戦争は終結させなければなりません」

迫水書記官長は、これで政府の態度は決まったと思い、心強いものを感じた。

 

首相と外相の説得工作

 

真夜中に呼び出された外務省の渋沢条約局長は、車中で迎えにきた局員に、どんな内容の回答であるかを開いた。

局員は「よくは知りませんが、相当長いものらしく、なんでもsubject という字があって問題になっているようです」という。

subject というだけでは見当もつかないが、渋沢局長は(長いというのは良くない、これは紛糾するな)と思いながら外務省に入った。

「役所にはすでに大分、人が集って居て緊張した気分が堂に満ちていたが、条約局としてすぐに内容を法律的に検討すること、正式の訳文を作ることに着手した。事務当局としては、この回答は当方の申出を実質的に受諾したものと了解して差しつかえないとの見解であったが、軍部がきっと文句をつけるに違いないことは解って居た。

軍人は訳文にたよるに違いないから、これはうまく訳さなければいかぬと思ったがsubjet to をどう記すか、下田第一課長と相談したが、これは天皇の権限が総司令官に移ることを意味するものではなく、ただ制限されるだけだから従属とかいう刺激的な字は止めて、意味をとつて『制限の下にあり』という風にしようといって居るところに高柳博士(賢三・英米法学者、東大教授)が居合わせたので、どうだろうと聞くと、意味はそうだが『制限』という字は書いてないが……という返事だったが、それにすることに決めて、畑、松本次官も即座に賛成した。

末項については、これは水掛け論になるが政治形態あるいは政府形態は国体とは違うということで押し切れるという見解であった」

回答書の翻訳文のまとめが終わるのを待って、松本次官は安東義良政務局長、渋沢条約局長をともなって港区広尾にある東郷外相の私邸に向かった。夜も明けた朝の五時半ころだった。

普段着のまま出てきた外相は、

「どうなんだい」といって、ソファーにどかっと腰を下ろした。

松本次官は、連合国の回答は充分受諾し得るものであると、いろいろ説明をする。報告を聞いた東郷外相は「第一項についてはあまり心配はいらんだろうが、第四項はすこぶる問題だから諸君もよく研究してくれ」といい、さらに再交渉、回答文の再交渉の余地がはたしてあるのかどうか、軍部などは必ずそう主張してくるに違いないから、そのときはどうするかなどの懸念をあらわした。

松本次官は、もはや交渉の余地はない、そうすればプチ壊しになると強硬に主張し、外相も基本的には松本の主張に同意を見せたが、はっきりと再交渉を断るとはいわなかった。

四人の話し合いは二時間近くつづいたが、結論は見られなかった。松本と二人の局長は一抹の不安を覚えながら外相の私邸を出た。

「私はその足で直ぐまた総理官邸へ行った。そして応接室で、迫水君と朝食を食べながら相談した。迫水君は総理はさっき君の話した意見に同意だといったので、私は迫水君に心から感謝してまた直ぐに東郷大臣に合って、総理の決意を話し、大臣の決意を促した。大臣もそれではこのまま呑む方針で行こう、と決意を示したので私は非常に心強く思った」 (松本俊一手記)

だが、東郷外相が予想した通り、夜が明けると同時に政府と軍部内は「バーンズ回答」をめぐって侃々諾々、蜂の巣を突っついたような状態になった。

 

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