前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

百歳学入門(43)『大隈重信の健康法』『わが輩は125歳まで生きるんであ~る』「恐れるな、愚痴をいうな、過去を忘れよ、善をなせ』

   

百歳学入門(43)『大隈重信の健康法』
 
『早稲田大学創設者・大隈重信の人生訓―
●『わが輩は125歳まで生きるんであ~る』
●『人間は、死ぬるまで活動しなければならないんであ~る
●『人生訓は「恐れるな」「愚痴をいうな」「過去を忘れよ」
「将来に望みをおけ」「人のために善をなせ」
 
 
                  前坂俊之(ジャーナリスト)
 
 「125歳まで生きるんであ~る」
 
「わが輩は125歳まで生きるんであ~る。人間は、死ぬるまで活動しなければならないんであ~る」。
 
この「あるんであ~る」というのが雄弁家・大隈のしゃべり方の特徴で、なんでもかんでも最後は「あるんであ~る」で結ばれた。明治、大正期に何をきかれてもたちどころにまとまった話ができた政治家は大隈が第一であった、頭も回転と巧みな弁舌とハッタリと大物の態度で、民衆的な人気がダントツの政治家であった。
 
 
 大隈重信は天保九年(一八三八)二月十六日に生まれた。佐賀藩士。明治維新・倒幕運動で活躍する。参議、外相、首相2回と政界に働き、東京専門学校(のちの早稲田大学)を創立して総長となる。
 
125歳説」は大隈重信の口癖ともいえる名言で、大風呂敷といわれた。

明治の元勲はほとんどが薩長(鹿児島、山口)や土佐(高知)出身でだが、大隈はただ1人、佐賀藩の出身である。早稲田大学の創設者で、いまも〝都の西北″早大構内にいかつい顔をした銅像が学問の独立と自治の精神を訴え続けている。

 
 ご本人はいつも125歳まで生きると公言していたが、一九二二(大正11)年一月一〇日、八三歳で亡くなった。これとて、平均寿命が50歳に届いていない当時としては大長命だが、死ぬまで活動するの「生涯現役」はその通り実践した。
 
「人間は老年になるに従って、いっそう急進的になり積極的になり、不動明王のごとき火を背負うようにならねばならない」
 
 それを信条として頑張った。外相、首相2回などトップにのぼりつめたが、自由民権運動、国会開設を唱えたことから大半は、野党的な立場に立っていた。
 
 その長生き健康法はー
 
 午後、毎日入浴し、湯のなかで、しきりに手足を動かして一種の自由体操をやる。全身に血液が循環してよいからだ。浴室を出ると、居間に敷かれた床に横たわる。休息し、読書し、お茶の代わりに牛乳を飲む。クスリはいっさい用いず、ただ健胃剤を飲んでいた。
 
「わが輩は怒ったことがない、といわれるが、しやくにさわると風呂に入る。糠袋(ぬか)でごしごし体を摩擦する。自然に疳癪(かんしゃく)が治る。それでも治らぬときは酒を一杯飲む。そして寝る。胡麻豆腐を毎日昼食に食べる。それが長寿法の一つだ」と豪語していた。
 
議会で、痛烈に大隈攻撃をしつづけている自由党の星亨(とおる)を自邸の台所に案内して、「あそこに釣ってあるのが神戸の牛肉、こっちのは樺太(いまのソ連領サハリン)産の鮭じゃ」と説明した。そして、「洋食と日本食とどちらがいいか」と聞いた。
 
 
 西郷隆盛はウナギが大好物だった。それを知って大隈重信が「ウナギをご馳走しますので、ぜひおいで下さい」と誘うと、西郷は大喜びで「連れがあるのでそのつもりで」と返事した。
 
連れの分まで十分用意して待っていると、西郷はただ一人でやってきた。不思議に思った大隈が問い質すと「連れは玄関でまっているのでたくさんご馳走してくだされ」という。改めて玄関に行ってみると、西郷が可愛がっていた犬がお供して待っていた。これは頭山満の話だが、「クマ(大隈)のご馳走には犬くらいが適当と思ったのじやろう」と大笑い。
 
 
 憲政の神様・尾崎行雄が、西園寺公望と大隈重信を、料理の上で比較した。西園寺家に招かれて御馳走になると、出る料理の品数は少ないが、一つ一つは精選されていて、すばらしくうまい。大隈家の料理はこの反対で、品数は豊富でみた目は豪華だが、個々の料理は必ずしもうまくない、と評している。
 
 
 
 

 - 健康長寿 , , , , , , , , , , , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
日本メルトダウン脱出危うし(834) 『世界の壁』『日本バカの壁』の宴のあとー『あきれた東芝!存亡の危機に瀕してなお「長老支配の強化」に乗り出すとは 大赤字に紛れて、驚くべきことが発表』●『野村克也 清原逮捕に「天才だが考えられないバカ。野球人としての復帰は難しい」●『島尻沖縄北方相「歯舞(はぼまい)群島」読めず」●「英紙がベッキー騒動を報道「日本の芸能界にはびこる性差別」●「東国原英夫、大嫌い「文春」の“ハニートラップ”手法を明かす」

   日本メルトダウン脱出危うし!(835)         『世界の壁』『日本 …

no image
記事再録/知的巨人たちの百歳学(117)「超俗の画家」熊谷守一(97歳)●『貧乏など平気の平左』で『昭和42年、文化勲章受章を断わった。「小さいときから勲章はきらいだったんですわ。よく軍人が勲章をぶらさげているのみて、変に思ったもんです」

百歳学入門(151)元祖ス-ローライフの達人「超俗の画家」熊谷守一(97歳)●『 …

『Today’s image of Mt. Fuji is amazing』(今日の富士山は最高だよ)★『2025/05/03/am700/逗子なぎさ橋珈琲テラス、逗子海岸、石原慎太郎の「太陽の季節」記念碑前から富士山を眺める。幸福度指数最高‼」」

     

no image
ジョーク日本史(3) 宮武外骨こそ日本最高のジョークの天才、パロディトだよ★ 『宮武外骨・予は時代の罪人なり』は超オモロイで

 ジョーク日本史(3) 宮武外骨こそ日本最高のジョークの天才、パロディトだよ、 …

『鎌倉カヤック釣りバカ日記』最終編『バンクーバーでカヌーのスローライフを見て以来、釣りバカ暮らし50年に』★『40㎝巨大サバが連続ヒット、最後に大物、そんなに引っ張るなよ』★『海はドラマチック、魚クンや海洋生物と遊ぶと、身も心もリフレッシュ。筋トレにもなるよ』

  2013/07/04  『鎌倉カヤック釣りバカ …

「2022年コロナ・デルタ株終息後のパクスなき世界へ(下)」(2021/9/15 )★『パラリンピックの熱戦が人々に勇気と力を与えた。』★『人間には無限の可能性がある』★『バイデン大統領はアフガン戦争から撤退した』★『日本興亡史のサイクルは77年間』★『「富国平和・軽武装国家」で2回目の興隆サイクルへ』

「2022年コロナ・デルタ株終息後のパクスなき世界へ(下)」 パラリンピックの熱 …

no image
『クイズ『坂の上の雲』>明治陸軍の空前絶後の名将とは・・参謀総長・川上操六の略歴③

  『クイズ『坂の上の雲』>明治陸軍の空前絶後の名将とは・・児玉源太郎ではない参 …

『オンライン/死生学講座』『日本最初の民主主義者・中江兆民(53歳)の死に方の美学』★『医者から悪性の食道ガンと宣告され「余命一年半・・」と告げられた兆民いわく』★『一年半、諸君は短促なりといわん。余は極めて悠久なりという。 もし短といわんと欲せば、十年も短なり、五十年も短なり。百年も短なり。 それ生時限りありて、死後限り無し」(『1年半有』)』

 2015/03/19/『中江兆民(53歳)の死生学』記事転載 (遺言)「戒名は …

no image
記事再録/知的巨人たちの百歳学(141)-民俗学者・渋沢秀雄(90 歳)の「健康長寿10訓」『一怒一老、一笑一若』『少肉多菜 少塩多酢 少糖多果 少食多齟 少衣多浴 少車多歩 少煩多眠 少念多笑 少言多行 少欲多施』です。

知的巨人たちの往生術から学ぶ③ 前坂 俊之     朝日の[ …

no image
『オンライン,鎌倉武士の魂/鎌倉古寺/仁王像巡礼の旅へ』★『外国人観光客への鎌倉古寺の一番おすすめは「妙法寺」ー京都の「苔寺」より上④』★『鎌倉時代の武士をみたいのなら妙法寺に往けー「夏草や兵どもが夢の跡」じゃ』 

★5鎌倉紅葉百選ー『苔寺』の妙法寺の紅葉は中世の面影を残している   …