前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

百歳学入門(71)『トマト王』のカゴメの創業者蟹江一太郎(96歳)の長寿健康・経営10訓 ②

      2018/02/17

 百歳学入門(71

日本の食卓に長寿食トマトを広めた「トマトの父」

・カゴメの創業者蟹江一太郎(96歳)の

長寿健康・経営10  

前坂 俊之

(ジャーナリスト)

名言➂「日本一 前後かわらぬ トマトかな」その理念は『正直、感謝、
共存共栄、漸進主義』、

 

 彼の好んで描いたのは富士山の横に朝日の昇る真紅なトマトがある絵で、このような俳句や「正直」の2文字を添え書きしており、蟹江の性格と経営哲学が示されていた。トマトには表裏のない。即ち人にも表裏なく正直であれとの意味。富士山は日本一であり、表裏のない「正直」さで、日本一をめざすという意味にもとれる。

明治40年、庭に約200平方メートルの工場を作り、手作業、家内工業的なソースとケチャップの生産をはじめ、その間にグリーピ一躍注目を浴び、知多郡内で蟹江をまねたトマト加工業者が一挙に五十人にもふくれ上がり、やがて生産過剰となり、明治末期の不況で大半がつぶれてしまった。

蟹江は農産加工業は生産者、加工業者、販売者の「共存共栄」がなければ繁栄できないと考えて生産農家の組織化、生産、供給体制のシステム化に取組み、トマト栽培から、その加工、販路開拓と一歩一歩前進する漸進主義で経営に当たった。明治末の不況では銀行からの初めて借金して何とかしのいだ。

 

 

名言④徳川家康の遺訓『人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くが如し』
を経営理念にする。

 

大正2年、最大の支援者だった義父・甚之助が朗歳で亡くなり、一太郎は1人でトマト事業を成功させる決意を固め、それまでの同族企業から近代経営に脱皮を図った。翌年、カゴメ株式会社の前身である資本金三千円の「愛知トマト製造合資会社」を設立。この時、隣村の素封家・早川三郎が資金提供して協力し、この徳川家康の遺訓を送った。一太郎は胸に刻み込んだ。

 

  人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くが如し。いそぐべからず。

  不自由を常とおもへば 不足なし。

  心に望み起らば 困窮したる時を思ひ出すべし。

  堪忍は無事長久のもと、怒は敵とおもへ。

  勝事ばかり知て負る事を知らざれば 害その身に至る。

  己を責めて人をせめるな。及ばざること過たるにまされり。 

1914(大正3年)、第一次世界大戦が勃発はヨーロッパの交戦諸国からあらゆる物資の注文が舞い込み、一大好景気にわき、生活や食事の洋風化が進み、トマトケチャップやソースの需要も大きく伸びた。

大正八年(一九一九)春、蟹江はチャンスとばかり田畑や家屋敷などを担保に銀行から借金して、上野村大字荒尾村で2200平方mを造成、400平方mの工場を建設した。トマトの加工では最も重要な工程の自動裏漉しの技術にも成功し大正十年(一九二一)、その機械を備えた近代的設備の工場を稼働させ、トマト業界のトップに立った。

その後、契約栽培農家の組織化、トマトの集荷・輸送、代金の精算などに関する業務のシステムも整備し、農産物の生産、流通面の改善、合理化が強力に推進した。

 

ケチャップは昭和五年ごろ、全国の生産高が年間1千トンに達し、昭和10年の平均は二千百トン余でほぼ倍増した。しかし、その後、時代は戦争への道を進み、経済は政府の統制下に置かれ、生活用品は不急不要品としトマトケチャップ、ソースは苦境に立たされた。カゴメの本格的発展は戦後を待たねばならなかった。

名言⑤―「まず勇気を持って挑戦し、退屈せずに継続せよ」

 

名言⑥―商売(あきない)とは飽(あき)ないなり』

蟹江は郷土の偉人で儒学者の細井平洲を尊敬していた。その細井の「いつまでも同じ事を退屈せず、勤め行うことなり」「勇にあらずして何をもって行なわんや」(何をやるにしてもまず勇気が必要である)の教えを守り、トマト事業に勇気を持って挑戦し、わき眼もふらず一歩一歩着実に、カタツムリのごとく工夫と努力を重ねて、遠い道を。そこに成功の秘訣があったのである。

  昭和208月終戦、一太郎はすでに70歳を迎えていたが、事業に対する情熱は一向に衰えていなかった。戦後、日本人の食生活はいちだんと洋風化され、トマトケチャップはその代名詞となった。飛ぶように売れてトマトジュースは、健康食品のチャンピオンとなった。

 二十三年(1948年)には戦前の水準をこえ、三十二年に1万トンの大台にのり、三十八年には3万トンを突破、48年位は5、5万トンに達しカゴメはその七〇%のシェアーを握り王座に君臨した。戦前は発祥の地の東海市荒尾町の上野工場だけだったのが、全国各地に8カ所の工場を造った。

                                                                           つづく

 - 人物研究, 健康長寿, 現代史研究 , , , , , , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(250)/『2020年元旦/保釈中の日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告の前代未聞のレバノンへの国外脱出劇 』★『現代版モンテクリスト伯の<ガラパゴスジャパン>への復讐計画が始まるのか①』

           前坂 俊之(ジャーナリスト) 2020年の元旦の …

no image
『知的巨人の百歳学(158)記事再録/吉川英治創作の宮本武蔵の師・沢庵禅師(73)の『剣禅一致』 <打とうと思わず、打たじとも思わず、心海持平(しんかじへい) なる時、前に敵なく、後ろに物なし。ここが無の境地じゃ>

百歳学入門(73)   前坂 俊之 (ジャーナリスト)   …

no image
日本リーダーパワー史(440)安倍政権発足1年の採点表ー『30点』対『80点」 と評価は真っ二つで、激辛・激論・対談(12/10)

 日本リーダーパワー史(440)   安倍政権発足1年の採点 …

no image
<裁判員研修ノート⑨> 『無実を訴えて62年』―加藤新一事件の再審で無罪判決が下る

無実を訴えて62年―加藤新一事件の再審で無罪判決            前坂 俊 …

『オンライン講座/作家・宇野千代(98歳)研究』★『明治の女性ながら、何ものにもとらわれず、自主独立の精神で、いつまでも美しく自由奔放に恋愛に文学に精一杯生きた華麗なる作家人生』『可愛らしく生きぬいた私の長寿文学10訓』

    2019/12/06 記事再録  …

no image
世界が尊敬した日本人=冤罪との戦いに生涯をかけた正義の弁護士・正木ひろし

                                     200 …

no image
高杉晋吾レポート(8)★☆<スクープインタビュー>闇に隠された「ふげん配管ひび割れ隠蔽」のショッキング証言—森田渓吾①

 高杉晋吾レポート(8) <スクープインタビュー>『闇に隠された「ふげ …

no image
  『F国際ビジネスマンのワールド・メディア・ウオッチ(200)』-『マティス国防長官来日、いざとなれば、今まで通り米軍が助けるから、心配しないでくれ、トランプが何を言っても安全保障問題は俺が実行、解決するから」裂帛の気合いです。

   『F国際ビジネスマンのワールド・メディア・ウオッチ(200)』 &nbsp …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(114)/記事再録☆『世界が尊敬した日本人(36)ー冷戦構造を打ち破り世界平和を模索した石橋湛山首相』★『世界の平和共存、日本の対米従属から自主独立を盛り込んだ「日中米ソ平和同盟」の大構想を掲げ対米関係は岸、池田首相に任せ、自らソ連に飛んで、日ソ平和条約を話し合った大宰相』

    2015/10/11 &nbsp …

no image
『リーダーシップの日本近現代史』(335)-「日本の深刻化する高齢者問題―大阪を中心にその貧困率、年金破綻と生活保護、介護殺人、日本の格差/高齢者/若者/総貧困列島化を考える」(上)

2016年(平成28)3月24日  講演会全記録   「大阪の高齢者問題―貧困率 …