『インターネット江戸学講義②』★『諸国を遍歴、漫遊して芸術創造にまい進した“歩くノマド”たち』★『51歳から諸国を測量の旅に出て地球一周を歩き続けてライフワークの「日本地図」を完成した「伊能忠敬」
2025/12/25
人生50年といわれた江戸時代のこと。伊能忠敬(1745~1818年)は、寛政7年(1795年)51歳のときに幼い頃から興味を持っていた暦学・天文学を本格的に学ぶため、家業の醸造業を息子・景敬に譲って、江戸に出て浅草にあった幕府の天文方暦局(星を観測して暦を作成する部局)を尋ねた。

実際に距離を測るといっても、江戸から蝦夷地まで、その距離はあまりに遠い。50歳をすでに過ぎた老人が蝦夷地まで自ら歩いて測量の旅に出るのは無謀にさえ思えた。
それだけの距離を歩くには相当の体力とトレ-ニングが必要だ。それに幕府の援助が期待できないから、私財を投じてすべて自費でやるしかなかった。家業を再興して蓄財してきた私財を当てれば資金の工面は何とかできたが、自分の体力や健康など様々な困難や心配事が脳裏に浮かび、すぐには決心がつかなかった。


忠敬は、寛政12年(1800年)の第1次測量から文化13年(1816年)の第10次測量まで、17年間にわたって自分の足で北は蝦夷地から南は九州鹿児島まで、合計9回の測量の旅に出て日本中を歩き続け、日本全国を測量する大事業を成した(高齢や体調を考えて、第9次測量の旅には参加しなかった)。測量の旅は短くて約100日、長いものでは900日を越えていた。彼が17年間で日本全国歩き続けた距離は地球の外周と同じ約4万キロメ-トル、それに要した日数は3753日であった。当時の平均寿命が50歳位、それに200年前の江戸時代の危険な海岸線や道路事情の悪さなどを考えると、平均寿命をはるかに超えた老人がこれだれの超長距離を自らの足で歩き続けたことは驚異的なことである。まさに「日本中を歩き続けた命懸けの大仕事」であった。

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