前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

『Z世代のための日本近現代史の復習問題』★『徳川時代の身分制度(士農工商)をぶち破り、近代日本の扉を開いた民主主義革命家・吉田松陰の教育論から学ぶ①』

      2023/05/07

松下村塾で行われた教育実践は「暗記ではなく議論と行動」★『160年前に西欧によって軒並み植民地にされていたアジア、中東、アフリカ各国の中で、唯一、近代日本を切り開くことに成功した最初の革命家・吉田松陰の実践教育である』

明治150年「戦略思想不在の歴史⒁」記事再録

2015年、松下村塾が「世界文化遺産」に登録された。当たり前のことである。

160年前にヨーロッパによって軒並み植民地にされていたアジア、中東、アフリカの有色人種各国の中で、唯一、近代日本を切り開くことに成功した最初の革命家吉田松陰の教育の現場なのである。

開発途上国の国々には大いに参考になるはずである。近代化の原動力となった思想、教育、エトス(社会集団における道徳的な慣習)こそ一番知りたいところなのだ。

その意味で萩の町、松下村塾、吉田松陰の生誕地を訪ねれば日本の近代化150年(2018年)の軌跡を知ることができる。

いわば萩の「松下村塾」は日本の「聖地」と言って過言ではない。吉田松陰の高い志と熱血教育が徳川旧弊思想をぶち壊したのである。

教育に求められるものは単なる知識の伝達ではない。そこに込められた熱誠,志操、感動であり、その高温体質は幼心には瞬時に伝達する。教師をいくら増やしても、少人数教育にしても、学校設備をいかに充実しても、熱誠の先生がいなければ、生徒の心を動かすことはできない。

松下村塾の小さな古ぼけた日本家屋が「世界文化遺産」なのではなく、この中で行われた松蔭の思想と熱誠こそが「世界文化遺産」なのである。

 

ところで、「松下村塾」をテーマにした2015年のNHK 大河ドラマ「花燃ゆ」は低視聴率に終わった。

吉田松陰は「日本開国の父」であり、封建徳川を倒したエトス」である。明治維新の起こした志士たちでは坂本龍馬、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允ら大物小物がたくさんいるが、吉田松陰は中でも傑出した「奇跡の男」であり、自らの死によって「明治維新を起こす最初のトリガー(引き金)」を引いた人物である。

「吉田松陰」役の伊勢谷友介の目のキラキラの輝きがなかなか良かった。吉田松陰の最初の印象も目の輝きだった。

そういえば西郷隆盛も「巨眼」の漢であった。痩身の伊勢谷友介の体型、眼の光も適役であった。さらには文に扮した井上真央の演技力とその笑顔は素敵だった。

だから、本物の文は不美人で久坂も最初は縁談を断ったといわれているが、「ドラマ」は実際と違っていても構わない。

井上真央は若いが、大女優になる確かな演技力と素質を十分感じさせる。目の演技力も群を抜いている。将来も楽しみな女優であるとおもう。

 

松陰こそ真の教育者であるー松下村塾の教育方法

 さて、本題に戻る。幕末、明治史研究家の松浦玲氏によると、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%B5%A6%E7%8E%B2

松下村塾は「1855年(安政2)暮れに松陰が出獄して実父の杉百合之助

の家に預けられ.その幽室で近親者に講義を始めると.久保塾の門人もこちらに流れ込み.これが「松下村塾」とみなされるようになった。

出獄直後に講じたのが「孟子」で.これは1936年「講孟余話」としてまとまった。続いて講じたのが「武教全書」で.同年に「武教全書講録」ができあがった。松下村塾の双璧とみなされる一久坂玄瑞

と高杉晋作が入門したのは1857年(安政4)と思われる。この年.松陰は獄中で知り合った富永有隣が出獄したのを迎えて松下村塾の師とした。

杉家宅地内にあった小屋を修補して塾舎としたのもこの年である.これには久保も協力し表向きの塾主は久保だが、事実上の主宰者は松陰という形が確定した。講義内容は時事に及ぶことが多く.それが若者たちを引きつけた。

58年に塾生が増加したので塾舎を拡張し.また藩から家学教授の許可を得た。松下村塾は最盛期に達し,その名前は全国的に知られるようになった。日米修好通商条約をめぐる問題(条約勅許)が大詰めにきたので,松陰も強く刺激きれて各種の対策案をつくり.塾生もしだいに政治活動に引きこまれるようになった」という。

吉田松陰に初めてあった子供たちはその人格、人間性にひとめで感動してという。

松下村塾での村の少年たちを教育した期間はわずか数年である。松蔭の炎の人格について、門弟たちは次のように証言している。

「松陰は顔に痘瘡(ほうそう、あばた)があり、お世辞は努めて用いず、一見はなはだ無愛想のように思われたが、一度、二度と話し合う者は、長幼の別なく松陰を敬慕した。松陰も相手に応じて談話を試み、また好んで客をもてなした。食事時には必ず御飯を出し、客に空腹を忍んで談話を続けさせるようなことは決してしなかった。

珍しい、おいしい料理がないからといって、御飯を出すのを差し控えるというようなことはなかった。有合せの物のみで出し、快く客と一緒に箸を持つことを楽しんだ。

客を招待することがあっても、珍味を少し用意するより、粗末な物でもたくさん出すことを好んだ。(松宮丹畝「松陰先生の令妹を訪ふ」学生』第三巻第一〇号掲載)

「私(中島靖九郎)の家は萩にあり、先生(松陰)の塾は郊外の松本村にあった。初めは近所の人から「久坂義助(玄瑞)さんが吉田の塾へ行くので、お前さんも行かしゃらんか」と言われ、てくてく歩いて行ったのだが、その最初の日には誰もいず、久坂さんも不在だった。

しかし上がって待っいてたら、綿服の粗末ななりをした、目のキラキラした人が出てきて「お前は本を読むのか」と問うた。それが松陰先生だった。私は入門したい旨を答え、今日初めて久坂氏を頼って来たことを告げると、「何、久坂を尋ねて来たのか。よし、わが輩が教えてやろう」と、みずから『国史略』を開いて熱心に教えてくれた。

ところが先生は字句のことなどは説明せず、文章の裏面の意味を語った。知らない文字があってもそんなことは構わぬという風で、わずか十歳の少年をとらえて国家の大事を説き聞かせた。

一時はあっけにとられて、この先生は奇妙な教え方をすると思ったが、半時あまりその講義を開いている内に、心は先生に吸い取られてしまったようになった。家に帰っても本のことよりも、先生のキラキラした目と、強い熱い火のような弁舌とが頭の中を往来して、まるで夢心地で居た。」(中島靖九郎「吉田松陰の松下村塾」『学生』第三巻第一〇号掲載)

 - 人物研究, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
<日本最強の外交官・金子堅太郎③>『ルーズベルト米大統領、全米を説得したーその驚異の外交力の秘密』

<日本最強の外交官・金子堅太郎③> ―「坂の上の雲の真実」ー 『ルーズベルト米大 …

no image
『日本を救え、世界を救うために、決断を!』ー福島原発問題の最悪のシナリオから考える①(池田知隆)

『日本を救え、世界を救うために、決断を!』 福島原発問題の最悪のシナリオから考え …

no image
速報(101)『日本のメルトダウン』『 海江田経産相から直接電話があった』『今後解放されることはないセシウム汚染』

 速報(101)『日本のメルトダウン』   ●(小出裕章動画 …

★『Z世代への遺言・日本ベストリーダーパワー史(4)浜口雄幸物語④』★『アベクロミクスの責任論と<男子の本懐>と叫んだ浜口雄幸首相は「財政再建、デフレ政策を推進して命が助かった者はいない。自分は死を覚悟してやるので、一緒に死んでくれないか」と井上準之助蔵相を説得した』

2019/10/23  『リーダーシップの日本近現代史』(112)』記 …

no image
日本リーダーパワー史(398)ビデオ座談会<参議院選大勝後の安倍自民党政治の行方はー消費税、超高齢化、麻生発言

  日本リーダーパワー史(398)   ビデオ政治 …

『ウクライナ戦争の終わらせ方の研究①★『独裁者・プーチンが核兵器発射で脅している戦争を終わらせるのはなお難しい』★『太平洋戦争を鈴木貫太郎首相と昭和天皇の<阿吽の呼吸>で玉音放送で終結させた国難突破力は世界史にも例がない』

日本リーダーパワー史(746)歴代宰相で最強のリーダーシップを発揮したのは第2次 …

no image
速報(74)『日本のメルトダウン』ー動画まとめ10本『汚染除去装置が動いても課題―小出裕章』ほか

  速報(74)『日本のメルトダウン』 動画まとめ10本『汚染除去装置 …

『日露インテリジェンス戦争を制した天才参謀・明石元二郎大佐』 ロシア革命での情報活動①

  『日露インテリジェンス戦争を制した天才参謀・明石元二郎大佐』 -ロシア革命で …

no image
『米中新冷戦時代に突入しているが、中国の思想・行動パターン(中華思想)を理解するためには清国新聞『申報』で150年前の日中韓対立戦争史の論説を読むとよくわかる』★『前坂俊之HPで「申報」の検索結果は 153 件あるので見てください。』

●前坂俊之HPで「申報」の検索結果 153 件ある、ので見てください。 http …

no image
日本リーダーパワー史(787)「国難日本史の復習問題」 「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、リスク管理 、インテリジェンス④』★『日本史の決定的瞬間』★『撤退期限を無視して満州からさらに北韓に侵攻した傍若無人のロシアに対し東大7博士が早期開戦論を主張(七博士建白書事件)』

日本リーダーパワー史(787) 「国難日本史の復習問題」 「日清、日露戦争に勝利 …