『オンライン講座/日本興亡史の研究⑦』『児玉源太郎の電光石火の国難突破力➂』★『早期開戦論に反対した伊藤博文元老、山本権兵衛海相を説得』★『伊藤博文は、世界に対して大義名分が必要、戦を好まない日本帝国が、万止むを得ずして自衛の手段に訴えて戦争に立ち上がらされたことを示さなければならん』
日本リーダーパワー史(816)記事再録
『日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、インテリジェンス㉚
前坂俊之(ジャ-ナリスト)

1903年(明治36)10月12日、児玉参謀次長の登場から電光石火の取り組みが始まる。
田村前次長は早期開戦には慎重な立場だったが、参謀本部の福島安正第2部長らの最新ロシア情報とイギリス諜報部からの情報を加味して、児玉は早期開戦に踏み切り、慎重派の伊藤博文元老、山本権兵衛海軍大臣らを説得工作を開始した。
渋沢栄一や、財界首脳にも会い経済界に早期開戦の理由と応援をお願いし、戦費調達のための公債発行の協議など大車輪で準備を始めたのである。
政軍トップリーダーは常在戦場で長期的な視野に立って、早期に敵国の戦略を見抜き、その実力と実態をさらに長期的に調査、情報収集と分析を継続して行うことが、国家戦略情報の基本作業である。
川上操六参謀総長以来、こうした方針で対ロシア情報戦には取り組んでおり、福島安正はすでに10年前の明治26年、シベリア単騎横断の偵察で、シベリア鉄道の敷設状況を探ってきた。
明治35年8月、ロンドン、パリに福島少将が潜行して、現地で明石元二郎大佐にロシア背後の擾乱工作の準備を命じていた。36年4月には明石大佐がフィンランドに潜
行し、反ロシア革命家と接触し、工作を開始していた。
児玉を早期開戦に踏み切らせた情報は、イギリスからは「ロシア宮廷内部でも武断派の主戦強硬論者と、これに反対する文治派との抗争がいっそう激しくなり、ウィッテ蔵相の罷免もこれに関係するのではないかというものもあった」との情報が寄せられ、戦争準備はまだ進んでいないと思われた。
福島、明石情報など参謀本部の情報では
➀シベリア鉄道の軌道敷設はその大部分を終了しているが、まだ輸送力発揮のためには不十分で、特に満州内の東支鉄道工事は未完な部分がある。
②在満州部隊は依然として平時編成のもので、戦時態勢にするための兵力増強が全然実施されていない。前記鉄道輸送力が弱体である。
➂旅順とウラジオの両要塞部隊から兵力の一部を抽出して野戦部隊を編成中であるが、これも両要塞は備砲に比較して兵力が不足であるのに、さらに弱体化している。
④ 清国内では、ロシアが満州撤兵の約束違反したので、急に反露親日の傾向が強くなり、日清協同して対ロ作戦に当たれと主張する者が増えたこと。
以上を判断した児玉参謀次長はあと半年もすれば、ロシア軍の満州兵力派遣、軍備増強は急速に進むと見て、今開戦に持ち込むチャンスと考えた。
反対派の山本海相と伊藤博文への説得策をいろいろ考えた。
もともと、陸軍、海軍の協力体制は築かれておらず、山本は陸軍参謀総長が海軍軍令部長も全般的に統制する規定「大本営条例の改正」を主張していた。開戦に対しては「海軍が海軍軍備の整わない現在では、とうてい踏み切れない」と反対していた。
1ヵ月前に参謀本部総務部長の井口省吾少将が山本海相を訪ねて、陸軍の情報判断を説明し、『このまま推移すると韓国はロシャに奪われてしまう』と陸軍側の危惧を伝えると、
『韓国がロシアに奪られても構わぬ。オレの心配しているのは日本がロシアに奪られやしないかということじゃ』と陸軍案に反対を表明していた。
湖月会のメンバーの上泉徳彌海軍中佐が五月三日夜、山本海相と会見し、早期開戦論のへの見解をただした際、山本海相は日ごろの見識を展開して、こんこんと諭した。
「戦争の準備とロシアの行動を緻密に調査しておき、戦いになっても狼狽しないようにしておくことが肝心だ。早期の開戦論は間違っている。第二期撤兵延期もクロバトキン陸相の渡満の時機に合わしたて、延ばしたもので、鴨緑江沿岸での動きも韓帝とロシア側の密約でおきたものであり、問題外の「小事」である。」
後は訓示的に述べた「軽々しく熱血的な行動に走るな。外交は文明的なものである。戦争は決して突然に起るものにあらず、実に極論の外交の後に起るもの。さらに戦いは「大義」を明らかにしなくてはいけないこと、当然「利害」も考えなくてはならず、「ロシア側の行動を恐れてはいけない。いかに心配しても「軽挙妄動は軽蔑を受ける。海軍は陸軍とよく連絡を保つこと」、日本は東洋における攻勢を得るにあり、国力に応じない拡張はとても出来ることではない」
上泉は、「ロシアは満州より撤兵せず、居座っている」と詰め寄ると、山本海相は「朝鮮にロシア兵をたとえ少数でも入ったとしても日露協商に背いてはいない、そんな大事ではない」と一蹴した。
国際状況を熟知する山本海相の意見であった。
一方のカベは伊藤博文言元老であった。
伊藤は「日英同盟」はではなく、『日露協商」はで有り、親露派、恐露派であった。
これも「湖月会」のメンバーの1人の山座円次郎外務省政務局長の酔った勢いの「伊藤侯を叩き殺さにゃいかん」との勇ましい発言の問題である。五月末のこと黒田侯爵邸に筑前(福岡)出身の有志が集会して談話会を開いた。山座は「日露問題は最早戦争に訴へるより外に解決の途はない」と述べ、伊藤の対外認識の軟弱性を批判して、「伊藤侯を叩き殺さにゃいかん」と脱線した。
これを伝え聞いた伊藤は激怒して、小村外相へ「山座を連れてこい」と命じ、霊南坂の伊藤邸に帯同した。
対面した伊藤は「そんな勇気があるなら、これで吾輩を切れ」と日本刀を差しだして猛烈な剣幕で迫った。山座は酒興の上の冗談とすまそうとしたが、伊藤は「いやしくも帝国の官吏たるものが、かくの如き軽薄な言語を弄して済むと思うのか」と怒り狂った。
あわてて同席した小村が「十分訓戒を加えますので、このたび限り御赦しを願います」と陳謝した。
元来、豪傑として知られる山座もさすがに縮みあがった。これを見た伊藤は大笑いしながら。
「山座、そんなに驚くな。吾輩は君等の暴言などを歯牙に懸けるほど狭量じゃやない。余り世論がさわがしいから、一言、君等に注意して置かうと思っただけだ。まあ一杯やれ」
伊藤は「最後の覚悟において、吾輩は君等に一歩も譲らぬ積りである。
しかし,世界に対して大義名分が必要なのじゃ、戦を好まない日本帝国が、万止むを得ずして自衛の手段に訴え、余儀なく戦争に立ち上がらされたことをしめさなければにならん」と決意を語った。
関連記事
-
-
日本リーダーパワー史(630) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(23) 『川上操六参謀次長と日清貿易研究所を設立した荒尾精 「五百年に一人しか出ない男」(頭山満評)ー表の顔は「漢口楽尊堂店長」、実は参謀本部の海外駐在諜報武官。
日本リーダーパワー史(630) 日本国難史にみる『戦略思考の欠落』(23) …
-
-
★『オンライン百歳学入門動画講座』★『鎌倉カヤック釣りバカ人生30年/回想動画記』/『母なる鎌倉海には毎回、大自然のドラマがあり、サプライズがあるよ!
私も今年はどうやら古希(70歳)らしい、ホント!、ウソでしょうと言いたくなるよ。 …
-
-
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』 ㊾ 「日清戦争開戦10日前)『中国が朝鮮問題のため日本と一戦交えざるを得ないことを諭ず』
『中国紙『申報』からみた『日中韓150年戦争史』 日中韓のパーセプション …
-
-
元国連事務次長・明石康氏が「終戦70年を語る」シリーズで「変貌する国際社会と日本の役割」をテーマに日本記者クラブで講演、記者会見動画(2/3,90分)
●<日本記者クラブ主催の「終戦70年、語る,問うシリーズ」の一環として 元国連事 …
-
-
『F国際ビジネスマンのワールド・カメラ・ウオッチ(15)』『オーストリア・ウイーンぶらぶら散歩➁』郊外の「ハイリゲンシュタット(Heiligenstadt)」で ベートーヴェンを偲ぶ』
2016/05/17『F国際ビジネスマンのワ …
-
-
日本リーダーパワー史(373)ダルビッシュの活躍と松井秀喜の国民栄誉賞の受賞> ヤンキース松井秀喜の<勝負脳>に学べ
日本リーダーパワー史(373) <ダルビッシュの活躍と松 …
-
-
●『今から約10年前の 2012/01/23のマイニュース 速報(222)再録』★『日本のメルトダウン』★『迫りくる<日本沈没>は不可避か』●今こそ『インテリジェンス(叡智)と国難突破力が問われている』
速報(222)『日本のメルトダウン』 ★『迫りくる<日本沈没>=巨大地震・内部被 …
-
-
『Z世代のためのオンライン講座・リーダーパワー史(1256)』★『日本再建にはZ世代のMBL大谷2世を生みだせ!』★『大谷選手は日本が生み出したこの百年間で最高のクリエイティブ・パフォーマー(創造者・起業家)』★『資源がない日本は「マンパワー(人間力)」で発展してきた、米百俵精神(小林虎三郎の精神)、教育しかない』
2022年もあと2ゕ月余となったが、新型コロナ、ウクライナ戦争、世界的インフレな …
-
-
<まとめ>『日清戦争』『日露戦争』の国家戦略を立案、実行した名参謀総長・川上操六の<最強のリーダーシップ>の研究
<まとめ>川上操六について 『日清戦争』『日露戦争』の国家戦略を立案、 実行 …
- PREV
- 『オンライン講座/日本興亡史の研究➅』★『国家予算、軍事力とも約10倍のロシアに日露戦争開戦に踏み切った児玉源太郎の国難突破決断力②』★『ロシアと戦ってきっと勝つとは断言できないが、勝つ方法はある』★国破れて何の山河じゃ。ロシアの無法に譲歩すると国民は必ず萎縮し、中国、インドと同じ運命に苦しみ、アジアは白人の靴で蹂躙され、植民地からの脱却は何百年も先となるぞ』
- NEXT
- 『オンライン講座/日本興亡史の研究⑧』★『児玉源太郎の電光石火の解決力④』★『明治32年1月、山本権兵衛海相は『陸主海従』の大本営条例の改正を申し出た』★『この「大本営条例改正」めぐって陸海軍対立が続いたが、児玉参謀次長は即座に解決した』
