日本リーダーパワー史(58) 名将・山本五十六のリーダーシップと人格について井上成美が語る④
なお、校長が航空本部長をしている期間にも、元帥は聯合艦隊長官として
会議その他のため上京せられた際には、たびたび会議の席上、その他においてお会いする機会は多かった。
今から話すことは、これらの機会に私が直接、元帥に接して受けた印象や、見聞きした元帥についての話で、新聞などに出ておらないことを主として紹介する。今から私の話すことの中には、ややもすれば相当機微にわたることもあると思うゆえ、今日の話は各自の修養の糧として心の中に留め、他人へは妄りに口外せぬように注意しておく。 (1) 元帥は頭脳は飛び抜けて明断、物事の判断は実に文字どおり快刀乱麻を断つがごとく、なお常に先が見えることは、余人の追従を許さぬところであった。これがため、元帥の言わるることは、時とすると大変に変わっており、人と違ったことをよく言われるので、吾々は「オヤッー」と思うこと
はたびたびあった。
て物を言っておられたためである。これは元帥にはよく先が見えるためで
ある。
戦争においても、何か一つの作戦が行わるる場合に、大概の人は至極簡単にうまくいくものと物事を割合にあっさり考えているような場合でも、
元帥は公開の席などでは何もいわれないが、私どもには率直に「ああ簡単にはいかないぞ」と予言せらるることがあり、ご自分ではちゃんとうまく
いかぬ場合のことを、前もって頭の中で練っておられたようである。
また、不思議に元帥の予言が的中する。そこで作戦が予定通り進まず、実施に多少の組齢を来したような場合があると、先の見えぬ連中(私等も此の連中の一人)は周章とまでいかずとも、ちょっと面喰らったり憤慨したり悔しがったりするが、元帥は「俺はそううまくはいかぬと思っていたよ」と平然たるものあり。
(5)元帥はまた極めて正義感の強い人であるゆえ、何事でもあらゆる角度からこれを検討して、正しいと考えたことなら必ず賛成せられ、「それでよし」といわれるので、その点、部下としても仕事は極めてやりやすくもあり、
また張り合いもあった。元帥はその反面として、正義に反することを非常に憎み、また嫌われた。
(6)以上述べた所のみを聞くと、山本元帥は峻厳そのもののごとき冷たい理智1点張りの人のように思われるかも知れないが、実はしからず、それとは
反対に元帥は非常に感じやすい情味豊かな人であった。元帥はよく「感激性のない奴はだめだよ」といわれた。
昭和十三年五月頃だったと記憶す。支那事変当初の渡洋爆撃隊の指揮官が内地へ帰還し大臣室で任務の報告があり、若い飛行機搭乗員奮戦の状況を具さに報告した。誠に感激深き報告であったが、報告終わって山本次官は次官室へ退がられ、後に続いて私も次官室へ迫がったところ、山本次官は涙を瀧のごとくに流され、拳でそれを払っておられた。そこへたった今報告を終わった航空部隊指揮官が入り来り、これを見て指揮官もともに涙を流し、次官の手を堅く握り、「有難うございます、これを知ったら死んだ部下も満足するでしょう」といったのであった。私はこの時、「山本次官の涙こそは、まさに部下をして喜んで水火に飛び込ませる将軍の涙だな」と感じた次第である。
昭和十二、三年は実に支那事変の海軍作戦の最高潮な時で、軍務局などは日曜も祭日もあったものでなく、全くの三百六十五日の出勤で、紀元節でも天長節でも仕事仕事で非常に多忙であったが、日曜日など十一時頃になると、秘書官がよく「次官からです」といって、美味しい寿司や洋食弁当などを軍務局長室へ持って来たものである。また暑い日には氷菓を下さったり、果物を届けていただいたりしたものである。
(7)かような次第で、元帥は非常に情味たっぷりの人であって非常に親しみゃすい人であるとは思ったが、怖い人といったような感じは一度も持ったことがなかった。かような人ゆえ、「クラス」の人たちは元帥に対し非常な尊敬と信頼を持ち、大変元帥を愛しておったようであった。また元帥が航空本部におられた時なども、元帥の室には海軍省構内(海軍省、軍令部、艦政本部、航空本部)の重要職員の二人や三人集まっておらぬことがないくらいであった。
その後、ほど経てその駐在員が再び元帥のところに伺った時、元帥の方から「メロンを食わせてやろうか」と尋ねられたところ、駐在員は「いや、真っ平です。あれ以来『メロン』 の臭いが鼻について、もう見るのもいやになりました」といって降参したとのことである。これは直接元帥から伺った話なるが、その駐在員の氏名を逸したのを残念に思う。この話などは若い駐在員に、最初に「そんなさもしいことをいうな」と戒める代わりに一枚上手に出られたところなど、いかにも山本元帥らしい。
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