前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

日本リーダーパワー史(974)ー『中国皇帝の謁見儀式と副島種臣(初代、外務大臣)の外交インテリジェンス➀『中国の近代化を遅らせた中華思想の「華夷序列・冊封体制」の弊害が今も続く』★『トランプのプロレス流、恫喝、ディール(取引)外交は対中国の旧弊行動形式に対しては有効な方法論である』

   

中国皇帝の謁見儀式と副島種臣の外交力➀

                           前坂 俊之(ジャーナリスト)

米中貿易テクノ戦争は3月1日の期限を外し延長戦に入った。第二回米朝首脳会談はどたん場でトランプ大統領が席を立って決裂した。トランプ帝王対習近平中国永久国家主席(皇帝)、金正恩北朝鮮第3代最高指導者(独裁者)の「異次元世界外交格闘技」が続いている。

ポピュリズムの波にのって本人も予想外の大統領になってしまったトランプ氏はかつては世界最大のプロレス興行と深い関係を持ち、美女2人を引き連れてリングにも登場したマッチョな男でマイク片手に相手をさんざん罵倒口撃し、場外乱闘で相手をなぐり倒し、場内を興奮のるつぼと化したド派手なショウマンでもある。そのプロレス乱闘流のディール外交で、習皇帝と金独裁者相手に『国際政治プロレス頂上決戦』を演出しているとみれば、現在の国際政治経済状況の混乱がよくわかる。

トランプの対戦相手は三千年の歴史を自慢する中国。アヘン戦争に敗れる以前の清国(中国)は、モンゴルやシベリア東部まで治め、中国が世界の中心であるという「中華思想」の世界観に浸り切っていた。古代の儒教思想を堅持して儀礼を重んじ、メンツを最重視して、外国からの使節団が皇帝に謁見する場合も「三跪九叩頭の礼」(さんききゅうこうとう)、これを計3回繰り返すので、合計9回、「手を地面につけ、額を地面に打ち付ける」)あいさつを強制していた。

中華思想の「華夷序列・冊封体制」は中華との距離の近い朝鮮は「小中華」で、遠く離れたベトナム、日本などは夷狭(野蛮人)、ヨーロッパ人は(南の野蛮人、南蛮人)と蔑んでいた。

1793年(寛政5年、アヘン戦争より47年前)、英国の外交官が謁見した際、属国扱いして「三脆九叩頭」の礼を要求し、英外交官はこれを拒否して結局、条約締結はできなかった。

アヘン戦争の敗北により少し柔軟になり、1859年(安政5)アメリカ使節に対しては「一跪三叩」にマケたが、米使節はカンカンに怒り、謁見を拒否した。その後も、各国と何度も謁見問題で対立を繰り返していた。

ちなみに、日本の明治天皇の謁見は西欧式の立式に改め、積極的に会見し、古式の衣装装束も西欧スタイルに一新した。ところが、清国は日本を漢字、儒教文化を伝えたのに朝貢をしない礼節を欠いた野蛮国として日本を西欧以下に扱い、明治維新で「西欧文化のモノマネ」をしたことは「中華への挑戦」だと一層反感を募らせていた。

この困難な日中のパーセプションギャップ(認識の違い)、偏見を克復して日中外交を最初に切り開いたのが副島種臣外務卿(参議、現在の外相)である。1870年(明治3)8月に、明治政府は清国に対し修好を求めたが、拒絶された。しかし、副島は粘り強く清朝実力者の李鴻章らと交渉して日清修好条規にこぎつけた。


その第一条には「両国は和誼を厚くし、両国の領土は互いに礼を以て扱い、いささかも侵越することなく」と謳った平等条約で、治外法権と領事裁判権を相互に承認した画期的なもの。

1873年(明治6)4月30日、副島全権大使は天津で李鴻章と日清修好条規の批准書を交換、5月7日には北京へ乗り込み皇帝と各国の公使との懸案の謁見問題を見事に解決して、そのタフネゴシエーターぶりに各国公使は驚嘆した。

1873年(明治6)7月21日付中国紙「申報」は「東西各国公使朝見の儀」題してその交渉ぶりを報じている。

「副島は到着するとすぐヨーロッパ諸国の公使たちと協議し、その推薦をとりつけ総理通商衙門に「皇帝に謁見したい」と単独で申し込んだ。総理衙門は拒否を続けて、謁見延期が2ヵ月に及んだ。副島は「5回ではなく3回の礼をもって謁見の際の儀礼とする」「皇帝は中国の支配者だが,わが国の主君も日本の支配者で対等で、日本では三跪九叩頭を強制していない」

「清国は万国法を理解せず封建的な形式主義である」と書簡で何度も抗議、延々と交渉を続け『外国の対等な使節を2ヵ月間も謁見を引き延ばすとはなにごとか』と非礼を追及した。最後に「即座に帰国する」と通告した。中国流のいつもの引き延ばし、相手をじらせて最後にやっと謁見してやるという傲慢な戦術だが、中国は帰国の報に慌てふためいてやっと6月29日に実現した。

当日、副島はヨーロッパ式の大礼服を着用して参内,帯剣を腰に下げ,3回の礼を行い、国書を呈上した。清国側の副島を遇する礼は極めて丁重で、北京を離れ天津に行くと各砲台が19門の礼砲を放ち蒸気軍船を派遣して見送らせた。ヨーロッパ各国の公使はこぞって副島を称賛した。

1873年(明治6)7月21日中国紙「申報」は「日本の使臣は実に有能な臣下であり.われわれのとても及ぶところではない。もし日本の使節が折よく来朝しなければ,各公使の朝見の儀はおそらくまだ決着をつけられなかったであろう」と高く評価。

同年7月26日付「ノース・チャイナ・ヘラルド」は「謁見問題の場合と同じく,中国人政治家と交渉する際には.断固たる態度が何よりもものを言うという教訓を,副島は外国公使たちにまたも教えることとなった」とも指摘した。

トランプのプロレス流、恫喝、ディール(取引)外交は対中国に対しては有効な方法論なのである。 

 - 人物研究, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

『Z世代のためのウクライナ戦争3年目講座①』★『赤い旗(共産主義国家)の利点は殺人者が血に濡れた手を拭っても汚れないうことだ(ユダヤの格言)』★『3年半が経過したウクライナ戦争はプーチン・ロシアの歴史的体質とトランプ氏の支持で、戦争終結はさらに伸びそうだ』

 2022/05/11 /『オンライン/ウクライナ戦争講座』記事再録 …

『Z世代へのための<日本史最大の英雄・西郷隆盛を理解する方法論>の講義⑲』★『山本七平は「日本人とユダヤ人」のなかで「勝海舟は世界史の中でも傑出した偉人だが、彼は西郷隆盛を自分以上の大人物だったと絶賛』★『尾崎行雄と並ぶ<憲政の神様>犬養毅は西郷隆盛とは面識がないが、弟の西郷従道はよく知っており、その犬養毅による西郷隆盛のどこが偉いのか』

    2010/08/08 日本リーダーパワー史 …

no image
高杉晋吾レポート⑤ギネスブック世界一認証の釜石湾口防波堤、津波に壊滅ー巨大構築物建設の危険性!④

2011年3月25日 ギネスブック世界一認証の釜石湾口防波堤、津波に役立たず無残 …

no image
日本メルトダウン脱出法(801)「2050年の日本は超一流の大国か、没落の三流国か(古森義久) 「バラ色のシナリオ」実現にはいくつもの改革が必要」●「韓国の訴訟件数は日本の100倍以上、偽証600倍 なぜこうも日本と違うのか、その歴史的背景を探る」●「アメリカの金融正常化で 先進国は「勝ち組」と「負け組」に分かれる」

日本メルトダウン脱出法(801) 2050年の日本は超一流の大国か、没落の三流国 …

no image
★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < 米国メルトダウン(1053)> 『パリ協定を離脱した米国の孤立化』★ 『トランプの連続オウンゴールで中国が『漁夫の利』を占めた』●『PM2.5などの大気汚染、水質汚染、土壌汚染、汚染食物など史上最悪の 『超汚染環境破壊巨大国家」中国に明日はない。』

 ★『 地球の未来/世界の明日はどうなる』 < 米国メルトダウン(1053)> …

no image
日本リーダーパワー史(827)『明治裏面史』 ★『「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、 リスク管理 、 インテリジェンス㊶』★<記事再録>『日清戦争では世界中の大半が、中国の勝利を予想。イタリアに最初にわたった日本女性・ラクーザお玉 (最初の女流画家)はお百度参りして日本の勝利を祈願した。 ところが、いざ開戦すると連戦連勝に本人もイタリア人もびっくり仰天!』

 日本リーダーパワー史(827)『明治裏面史』 ★『「日清、日露戦争に勝利」した …

no image
速報(152)『日本のメルトダウン』 「ソブリンリスクの本質」『ユーロの崩壊は近いーユーロを救えるのは政治統合だけだ』ほか

速報(152)『日本のメルトダウン』  「ソブリンリスクの本質」 『ユ …

『ある国際ビジネスマンのイスラエル旅行記①』★『35年ぶりに、懐かしのイスラエル第3の都市・ハイファを訪ねました。』★『エルサレムでは偶然、岩のドームの金色屋根に接近し、数名の自動小銃武装の警官からムスリム以外は接近禁止と言われた』

2018/02/24 『F国際ビジネスマンのワールド・カメラ・ ウオッチ(229 …

no image
高杉晋吾レポート⑱ルポ ダム難民②超集中豪雨の時代のダム災害②森林保水、河川整備、住民力こそが洪水防止力

高杉晋吾レポート⑱   ルポ ダム難民② 超集中豪雨の時代のダム災害② …

no image
昭和外交史④  日本の一番長い日  陸軍省・参謀本部の最期

1 昭和外交史④  日本の一番長い日  陸軍省・参謀本部の最期 <阿南陸相の徹底 …