前坂俊之オフィシャルウェブサイト

地球の中の日本、世界史の中の日本人を考える

*

★⑩日本リーダーパワー史(713)ー伊勢志摩サミットの陰の主人公・初代ベンチャービジネスの真珠王・御木本幸吉に学ぼう①ーエジソンは「『人工真珠』だけは 発明できなかった」と御木本を絶賛した>

   

日本リーダーパワー史(713)

<記事再録>世界が尊敬した日本人(6)

初代ベンチャービジネスの真珠王・御木本幸吉①

<エジソンは「自分は『人工真珠』だけは

発明できなかった」と御木本を絶賛した>

                                  前坂 俊之

(静岡県立大学国際関係学部教授)

 

伊勢志摩サミットで勢ぞろいした世界のリーダーたち。胸元におそろいの美しく輝く『真珠のアクセサリー』をつけていた。世界に先駆けて発明された≪ミキモト真珠≫である。今からやく120年前の1893年(明治26年)に独力で『人工真珠』の養殖に世界で初めて成功した御木本こそ「日本発展の基礎」『貿易立国』日本の先駆者である。

 

Wiki御木本幸吉

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E6%9C%A8%E6%9C%AC%E5%B9%B8%E5%90%89

首脳の胸元に輝く真珠“世界中に届く場所に” http://www.realplay.com/channels/tbsnewsi/synopses/359742

志摩国鳥羽(三重県)の神明湾の養殖場で、 御木本幸吉(36歳)、うめ(29歳)夫婦は人工真珠の種を埋め込んだアコヤ貝を開けていた。莫大な借金をつぎ込み「狂っている?」「大法螺吹きや!」と 周囲から疎んじられながら、徒手空拳で真珠の人工養殖に取組んできて、早や5年がたつ。

来る日も来る日も何百というアコヤ貝を開くが、一向に変化はない。明治26年(1893)7月11日、妻うめが相島(現在の真珠島)の養殖場でいつものように開けた貝の中にピンクに輝くものがあった。驚いたうめは大声で幸吉を呼んで確認すると、紛れもない半円形の5ミリほどの真珠ができていた。人工真珠を世界で初めてできた瞬間である。

「その時歴史が動いた」風に言えば、105年前のこの明治26年(1893)7月11日こそ、わが国ではじめて世界的なベンチャービジネスが誕生した歴史的な日なのである。

御木本幸吉は安政5年(1858)年1月に 志摩国鳥羽(三重県)でうどん屋の長男でまれた。明治11年、21歳の時、当時、東海道はまだ鉄道が開通していないため、江戸時代と同じく徒歩で11日か けて上京し、文明開化の風が吹く東京、横浜の異人街など、2ヵ月間も商売の勉強と新知識の吸収に出かけた。

ここで、外国人たちがアワビや干魚、海産物 などを高額で買いあさり、中でも天然真珠が世界の王侯貴族、金持ちに愛される女性の最高の装飾品であり、最高級の輸出品であることを知った。商才に長けた 幸吉は世界のビジネスに目を開くとともに、やり方次第で地元の海産物を世界的ブランドにできるとピンとひらめいた。

30歳で東大・箕作佳吉博士の指導を受けながら、全財産をつぎ込み、英虞湾の孤島に一家で移住して、真珠の養殖に取り組んだ。半円真珠の養殖成功に力を得て、さらに天然の真珠に近い真円真珠の開発に悪戦苦闘する。赤潮、冷水の発生によって養殖貝が全滅するなどの大被害に何度も襲われながら、そのたびにさらに大借金と血のにjむような研究開発の努力によって、最終的に真珠養殖の技術が完成したのは明治38年(1905)、幸吉48歳の時であった。

「資源もない」「金もない」「情報もない」「技術もない」ないないづくしの当時の日本で御木本はモノづくりによって外貨を稼ぐ「貿易、技術立国」しかないことを見抜いて、独力で真珠養殖にチャレンジして、成功したのである。

明治38年、 明治天皇が伊勢神宮に行幸した際に、御木本は「世界中の女の首を真珠でしめてご覧にいれます」と大見得を切ったが、その通りミキモト・パールの大部分は海 外に輸出され、外貨を大いに稼いだ。その意味では豊田佐吉と並ぶ独創的な発明王であり、日本人初の国際ビジネスマンであったといえよう。

御木本の独創性は

①    地方のハンディーを乗り越えて、三重県という片田舎の海産物を世界な高級ブランド、高価な輸出品に仕上げたという地域おこし、町おこしの典型的な成功事例であること

②    明治44年のロンドン支店を皮切りにパリ、ニューヨークに出店するなど海外販売網を築き、日本企業の海外進出のさきがけ的な存在となった。

③    来日した世界のVIPがこぞって真珠島を訪れたが、御木本は大いに歓迎して、真珠と日本を大いに売り込んだPRの天才だった。

④ 異文化コミュニケーションの天才でもあり、外国人とのコミュニケーションに抜群の才能を発揮したーなどである。

昭和2年(1926)2月、欧米視察旅行にでかけた御木本はニューヨークでエジソンと会見、「私はダイヤモンドと真珠だけはどうしてもできなかった。その真珠を発明されたことは世界の驚異です。おめでとう」と世界の発明王から絶賛され、当時69歳の御木本は大感激した。

もう1つ御木本の偉大さは、明治の経済人の中でも最も長寿であったことで、独自の健康法、食事法を実践して、96歳8月の長寿を保ち、昭和29年9月にその生涯を終えた。

 - 人物研究, 健康長寿, 現代史研究

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

no image
日本の「戦略思想不在の歴史」⑹『日本最初の対外戦争「元寇の役」はなぜ勝てたのか⑹』★『14万の元モンゴル軍の海上襲来を海戦などで撃退、再び台風襲来で「弘安の役』に勝利した』

 『弘安の役』について詳述する。 弘安4年初頭での元軍の日本再征軍の編成は次のよ …

no image
終戦70年・日本敗戦史(135の続)「国を焦土と化すとも」と国際連盟を脱退する外交大失敗を冒した荒木陸相、森恪、松岡洋右のコンビと新聞の不見識

   終戦70年・日本敗戦史(135の続) <世田谷市民大学2015> …

no image
 『百歳学入門』(167)いよいよやって来る「90代現役」時代–映画『手紙は憶えている』 が映す時代の趨勢(古森義久)』●『王貞治の師・86歳荒川博氏「週1~2回ステーキ、野菜は嫌い」』●『長寿県と短命県でこんなに違う!食事と生活習慣【男性編】』★『超高齢化社会が到来、ますます「稼ぐ力」が必要だ 高まるリスクと人生のリスクヘッジ』★『日本の「食事バランスガイド」に海外が熱視線「長寿の秘訣はコレだ」』●『100歳以上の人が300人も暮らすイタリアの町 長寿の秘訣は食事だった?』

 『百歳学入門』(167)   いよいよやって来る「90代現役」時代& …

no image
『オンライン/新型コロナパンデミックの研究』-『 感染病を克服した明治のリーダーたち』①『『衛生行政の父』後藤新平と「日本の細菌学の父・北里柴三郎』の活躍で伝染病を一掃した』(5月13日)

 感染病を克服した明治のリーダーたち①            …

『オンライン講座/真珠湾攻撃から80年②』★『 国難突破法の研究②』ー『山本五十六のリーダーシップー日独伊三国同盟とどう戦ったか』★『ヒトラーはバカにした日本人をうまく利用するためだけの三国同盟だったが、陸軍は見事にだまされ、国内はナチドイツブーム、ヒトラー賛美に満ち溢れた』

  2012/07/29 記事再録・日本リーダーパワー史(288) < …

no image
『オンライン/最後の海軍大将・井上成美が語る山本五十六のリーダーシップ論』★『2021年は真珠湾攻撃から80年目、米中日本の対立は火を噴くのか!』

    2019/08/04 &nbsp …

no image
日本リーダーパワー史(415)『インド独立の原点・日本に亡命帰化しインド独立運動を指導したラス・ビハリ・ボース (中村屋ボース』

 日本リーダーパワー史(415) グローバルジャパニーズ 『インド独立 …

no image
日本リーダーパワー史(788)「国難日本史の復習問題」 「日清、日露戦争に勝利」した明治人のリーダーパワー、リスク管理 、インテリジェンス⑤』★『日本史の決定的瞬間』★『撤退期限を無視して満州からさらに北韓に侵攻した傍若無人のロシアに対し東大7博士が早期開戦論を主張(七博士建白書事件)』★『七博士建議書の全文掲載』●『現在日本を取り巻く地域紛争の激化―北朝鮮・中国の軍事エスカレーションと比較しながら、この提言を読む』

 日本リーダーパワー史(788) 「国難日本史の復習問題」 「日清、日露戦争に勝 …

『世界仰天ニュース・日本歴史編」★『日露戦争の勝利に驚愕したヨーロッパ各国』★『ナポレオンも負けた強国ロシアに勝った日本とはいったい何者か、パリで最高にモテたのは日本人』★『あの強い日本人か、記念にワイフにキスしください」と店内の金髪女性から次々にキスの総攻撃にあい、最後には胴上げされて、「ビーブ・ル・ジャポン」(日本バンザイ)の大合唱となった、これ本当の話だよ』

    2019/10/19 &nbsp …

『リモート/京都の祇園ぶらり散歩>動画』★『祇園も春爛漫ー多くの外国人観光客がぶらり散歩、建仁寺を参観へ』★『 cherry tree is in full bloom. Kyoto 京都で最高の桜スポットー祇園白川の大和橋付近』』

   京都祇園も春爛漫ー多くの外国人観光客がぶらり散歩を楽し …