日本リーダーパワー史(537)三宅雪嶺の「日英の英雄比較論」―「東郷平八郎とネルソンと山本五十六」
2015/01/15
日本リーダーパワー史(537)
三宅雪嶺の「日英の英雄比較論」―
「東郷平八郎とネルソンと山本五十六」【1943年6月、執筆】
三宅雪嶺
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%AE%85%E9%9B%AA%E5%B6%BA
『東郷平八郎とネルソンと山本五十六』
幕末に海軍を英国式にし、陸軍をフランス式に定め、明治維新後もそうであったのが、フランスがドイツと戦って敗れてから、陸軍をドイツ式にすることになった。これはフランスでかなり不平であっても、仕方がなかった。
それまで陸軍の模範的英傑がナポレオン一世であったのに、それからはナポレオンとモルトケとが、挙げられる事になった。どちらが偉いか、人の好き嫌いであって、何とも決することができない。
前には海陸軍といいなれ、普通に海軍陸軍と云ったのが、陸軍の将校が数も多く勢いが強いので、陸海軍ということになった。主な戦争といえば西南戦争、それは殆んど全く陸軍で片付いた。もし、薩軍が熊本を陥れ、長駆して海を渡るならば、そこで海軍がさえぎろうとする位のもの、それがなかったので、陸軍一点張りの形となった。
陸軍では、将校の理想がナポレオンかモルトケかということになり、山田顕義がナポレオンといわれ、他にモルトケを気取るといわれるのが幾人かあった。陸軍は、名将の模範が、ナポレオンかモルトケかという事になっても、海軍は、ネルソンと定まっていた。
兵学校で有望な生徒は、ヤング・ネルソンと呼ばれた。これは日本から英国に留学したものに、彼地でお世辞にも呼ばれた名称である。陸軍ではドイツ式となり、教官メッケル少佐が日本を好きな所もあり、熱心に教育し、今の東条英機首相の父君(英教)はその一番弟子というべきであった。
海軍はあたう限りにイギリス式にし、言葉もなるべく英語を使った。東郷平八郎元帥http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E9%83%B7%E5%B9%B3%E5%85%AB%E9%83%8E
は、英国で教育を受け、その海軍の奥義を究めたとでもいうべきことになる。
当時、英国はヴィクトーリア朝の全盛期にあり、自ら重んじ、模範視せられたことが色々ある。紳士は英国式、淑女は仏国式といい、紳士たる者は、英国に型を取るに傾いた。形式の末に流れる嫌いはあっても、一応は体裁が整い、その通りにするのを教養ある紳士とすることになっていた。ロシアの帝室でさえも、衣服をロンドンの仕立屋にあっらえるほどであった。英国の紳士風でなくては、社交場に立ち得ない様に考えられた。
これは後に幾らか変じ、特に第一次世界大戦後、米国風の流行と共に移り変ったけれど、ある時代にすこぶる重きをなした。我が海軍は、軍事上のみに英国を模範とするものの、礼儀作法にまでその影響を受けるところがあった。
もとよりわれに大和魂があり、何でも英人の真似するというのでなけれど、世界の何処に出ても不思議がられぬ位になっていた。あるいは海軍軍人は体裁に過ぎるともいわれた。
薩摩の荒くれ男も、英国での教養で、一かどの紳士になった。職を海軍に奉じては、英国を模範とし、より多く彼に似る程、進歩と思ったのが更に進歩して彼と同列になり、更にこれを凌駕したことは、流石に余り類例を見ない国運の発展とせねばならぬ。
英国海軍の英雄は、何といってもネルソン提督
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%
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トラファルガー広場で高くその英姿を仰ぐ事になっている。英国で誇りの英雄となっている。
海軍で成功すれば、小ネルソンといわれたのが、我が東郷元帥が、日本海海戦で敵軍を全滅させたため、どこでもネルソンと東西に並び立つものと認めつつ、東郷がネルソンに優るとの判断が、今後次第に広まり、東郷こそ海軍の模範的英雄と認められることになろう。
東郷元帥も、ネルソン 学ぶところがあったろう。沈思熟慮、出来るだけ危険を冒さず、一旦、戦を開くや全力を注ぐ点は、瓜二つといえる。単に勇敢に戦のは、他に幾らもある。成るべく危険をさけつつ、敵に大打撃を与えるコツは、特殊の名将でなくては出来ない。
これは、当時の我が山本権兵衛海相も深く考えたところである。勇戦奮闘する将官は乏しくなく、限りあるわが軍艦をなるべく保全し、それで敵に壊滅的打撃を与えるのは、東郷以上のものはいない。東郷の斃れた後は、誰を後継者とするかも考えたけれど、兎に角、東郷第一線に出だし、これならばよかろうと思ったのが、予想以上に出来栄がよく、まことに完全無欠、如何にも天佑と、有難涙がこぼれた。補佐の良いところもあるけれど、東郷元帥は真に天晴れであった。
ネルソンは、以前から度々負傷し、最後に戦死した。東郷元帥は、ネルソン以上に危険を冒しつつ、負傷だにしなかったことは、運というべきものか。
それはそれとし、ネルソンは品行が甚だ芳しくなく、妻があるのに、ハミルトン夫人と共にし、これが妻であるといい扶助料の支給を遺言した。他にも芳しからぬことが伝えられた。何分にも英国では、ヴィクトーリア朝に、特殊の紳士風を重んじたものの、その以前にそれほどでないのみならず、紳士で不禁徳の限りを尽したのがある。
ジョージ四世は、欧洲第一の紳士と呼ばれ、それふしだらの限りを尽した。ネルソンは、後の紳士風の出来上らぬ時代の産物であって、非紳士的の行動を免がれなかったであらう。
東郷元帥は、本来の性格もありヴィクトーリア王朝の英国紳士の長所を体得し、英国でも模範視すべきものだろう。若し、日本と英国とが、その地を換えたならば、東郷元帥がどこまで偉大視せられるか測り知れない。
ところで我が帝国において前に陸軍が従の形であったのをば、後に少くとも同格にし、更に空軍の発達を期待し、場合によって、最も重きを加へねばならぬと考へられる。将来に於て、或は空軍が第一位に立つかとも考へられるけれど、今日のところで、陸軍又は海軍に従属し、場合によって、最も重要な地歩を占める事になっている。
山本五十六元帥が、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%85%AD
空軍で指揮しそれで戦死したこと、ネルソンの海軍に於けると趣きを同じくする。山本元帥は、なお幾度も要地に立って奮戦して貰いたかったけれど、我が帝国は、諸葛孔明が宰相として鞠躬尽力「鞠躬(=きっきゅう 身をかがめること)して尽力し、死して後、已む」とした蜀漢の衰運と違い、国運がたゞ進むことあって退くことなく。
文武の人物が次から次と出で、鞠窮尺力して到らぬところないので、各自の為し得る限りを為しさへせば、それで完全に職分を果し得たことになる。
同盟国の独国総統ヒットラーは陣頭に出で、我が後にゲーリングが居ると明言した。衰運では、一葉落ちて天下の秋を知り、盛運ではその悲しみがない。
世が変れば変るもの、東郷元帥の生れた鹿児島藩は、戊辰の役に官軍の名に於て、北越から奥羽を征伐したもの、その北越の長岡藩から、山本元帥が生れて出た。
薩藩の兵が、後に賊軍となって戦った時、『勝てば官軍、負ければ賊、油断するなよ官軍さん』といった。官といい、賊とい、均しく日本帝国内のこと、外に事があれば挙国一致、共同の敵に当るべきは必然の勢いである。それが我が国内で、最も遺憾なく発揮せらるゝことになっている。前に幾人も、鹿児島藩の人が要路に立ち、今や旧長岡藩の出身が国葬を賜はる。これも、事に応じて全国民が一致協力する象徴であって、他国に例を見ない現象に属する。
当年の鹿児島藩には、特長もあり、欠陥もあったが、長岡藩は、前に何事があったとて、武士魂の著しく残った土地、それを体験した山本元帥が高く空軍で華と散り(昭和18年4月に戦死)、時代に相応する武士魂を将来に植えつけるには少しの疑いを容れない。
東郷元帥は、英国で学んだだけ、いくらか英国紳士の痕があり、只その長所をとり短所を棄てた。山本元帥は英国紳士が世界に幅を利かした時代を過ぎ、日本帝国の武士として、今更らの様に特殊の精神を世界に表現するを失なわない。
(昭和18、6月執筆))「人生八面観」(実業之世界社 (1955刊)収録。
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