日中北朝鮮150年戦争史(24)南シナ海、尖閣諸島の紛争は戦争に発展するか。『中国の夢』(中華思想)対『国際法秩序』 (欧米思想)との衝突の行方は!(下) 2049年に『中国の夢』が実現したならば、正しく『世界の悪夢』となるであろう。
2016/08/18
日中北朝鮮150年戦争史(24)
南シナ海、尖閣諸島での紛争は戦争に発展するのか。
―『中国の夢』(中華思想)対『国際法秩序』
(欧米思想)との衝突の行方は!?-(上)
前坂俊之(ジャーナリスト)
では習近平が唱える『中国の夢』とは一体なんだろうか。
「中国の夢」については「China2094―秘密裏に遂行される世界覇権100年戦略」(マイケル・ビルズベリー著、日経BP社、2015年刊)で著者40年の中国担当者だったCIA部員がこう書いている。
『中国の夢』の原本は中国国内で出版されてベストセラーとなり国家の統制下にあるすべての書店で「推薦図書」の棚に飾られた。
著者の劉明福は(人民解放軍国防大学の大佐で指導的学者)で『100年マラソン』の理論『100年かけて中国は米国を抜いて世界一の覇権国になる戦略』が書かられている。それが1947年のスタートなので2049年も覇権を目指すというわけである。
『中国の夢』の戦略は
① 毛沢東の「社会主義を奉じるわれわれは、イデオロギーの戦いで最適者として勝ち残るために、あらゆる状況を利用しょう」
② 中国人は世界の頂点の地位を回復するという歴史的野望によって動いていおり、「中国の歴史が語るのは、中国人は自国を世界最強の国にしようとするが、チャンスが訪れるまでその野望を隠すということだ」(鄧小平)の戦略である。
③ 「21世紀における中国の最大の目標は、世界一の強国になることだ。世界のリーダーシップを握るには、国際的レベルの軍事力が必要だ」と劉は言う。
④ 「アメリカの弱みを研究し、西洋が中国の本当のゲームプランに気がついたらすぐアメリカを打倒できるよう、準備しておく」と劉は言う。
⑤ 毛沢東は「アメリカを超すための壮大な計画を練り、アメリカの打倒は人類に対する最大の貢献になると述べた」と劉は讃える。
⑥ 現代中国思想の主流派の趨汀陽の『天下体系-世界制度哲学導論(2005年出版)では「伝統的な中国の理想像に基づいて世界の構造を作り直すことだ』と述べている。
⑦ この書によると世界(中国流では天下)は「『最も優れた』中国文明を頂点とする、統合された世界システム」とであり、「アメリカなどの他国の文明は「野蛮人」の文明にすぎず、中国には、文明化した世界の中心として、全世界の国家と国民を「調和」させ、「向上」させる(すなわち、中国の価値観や言語や文化を学ばせて、天下により順応できるようにする)責任があるとまで言っている。
そして、中国が世界の覇権を握ったこの「中華帝国」では「自由より秩序、法より倫理、民主主義と人権よりエリートによる支配に価値を置く」というまさに王道ではなく、覇道そのものの現在中国の一党独裁共産主義・人権言論弾圧強圧国家が世界の理想と本気で考えているのが怖い。
これこそ、中国2000年の歴史で強固に作られた『中華思想』『華夷序列思想の延長戦上であり、現在の英米西欧諸国中心の国際秩序(国際連合の思想】とは全く相反するものであることがわかる。
◎「中国の夢」は『中華思想』の発展形、
行動プロジェクトである。
『近代中国の父・孫文』は大正13年(1924)11月28日,神戸高等女学校で講演会「大アジア主義」を行った。その中で『今後日本が世界の文化に対して、西洋覇道の犬となるか、或は東洋王道の干城となるかは、日本国民の慎重に考慮すべき』と述べて、日本軍国主義を批判し『中華思想』について、次のように述べた。
『(古代から1800年当時までの)アジア弱小民族、弱小国家は中国に対し如何なる態度を執ったか。
当時、弱小民族、弱小国家は何れも中国を宗主国として、中国に朝貢するものは中国の属国となることを願い、中国に朝貢することを光栄とし、朝貢しないことを恥辱とした。
、中国に朝貢した国は、アジア各国のみならず、ヨーロッパ西方の各国まで、遠路をいとわず、朝貢した。 当時の中国はこれら多数の国家、遠方の民族の朝貢に対し如何なる方法を用いたか。
陸海軍の覇道を用いて彼等の朝貢を強制したであろうか、否、中国は完全に王道を用いて彼等を感化した。彼等は中国に対して徳を感じ、甘んじてその朝貢を希ったのである。彼等が一度中国の王道の感化を受けるや、子々孫々まで中国に朝貢せんとした。」
と『中華思想』は王道主義だと主張した。しかし、これは全く独りよがりの中国流の尊大・事大主義と思う。
◎中華思想の『エスノセントイズム』
(自文化最優先主義)の陥穽
徳川時代、明治初期に至るまで、古代中国で発達した高い文化、宗教、思想、技術は、朝鮮半島を経由して日本に伝えられたことは誰でも知っていた。『遣隋使』「遣唐使」ら派遣して学んだ日本にとって、いわば中国は師父の国であり、朝鮮は文化の先輩に当たる。江戸時代に需者が朝鮮を高く評価していたのはそのためである。
その古代中国人の間で芽生えたのが中華思想である。「中」とは世界の中心、「華」とはずば抜けて高い文化をさす。周辺の文化の低い未開人を東にいる民族は東夷(とうい)、北に住むのは北狄(ほくてき)、西は西戍(せいじゅう)、南は南蛮(なんばん)とし、我のみ『中華の民』なりと自負した。日本は東夷 つまり東方の未開人できわめて文化は低いとみられていた。
こうした文化的優越感は数千年の年月を経ても、明治時代の中国人の間に脈うっていた。
清王朝は満洲人の帝国であるが漢文化に同化し、漢民族の高い文化的衿特をもって欧米人に対していた。アへン戦争で敗れた清国は条約を結んで外国使臣の北京駐在を認めたが、各国を清国と対等の国として取り扱わず、皇帝に謁見するのに三跪九叩頭(さんき、きゅうこうとう)の礼(三度床にひれ伏し九度床に頭をつける最敬の礼)を各国の外交官にも強制いた。
これは清国王に対する臣礼であるから、外交官たちは怒ってこれを拒否したため紛争が絶えなかった。
1873年(明治6)3月、外務卿・副島種臣は日清修好条約の批准書交換と同治帝に大婚慶祝のため、自ら特命全権大使となり北京に赴いた。批准書の交換も終わり、さて同治帝に謁見し、祝文を奏することになった。
従来の三跪九叩頭の礼を固執する廷臣たちに対して、副島は豊かな漢学の素養をもって、その非を論破し、西欧間の外交慣習について説得したため、頑迷な廷臣たちもついに副島の説に服した。
以来、清国では各国の外交官に対して態度を改め、対等に扱い、各国から副島は感謝された。といって清国宮廷の上下が日本を対等の国として認めたわけではない。
翌明治7年、日清修好条約により、柳原前光が駐清国特命公使として北京に赴任したが、清国からは日本へ公使を派遣して来なかった。国交が回復して四年目の明治10年末になって、ようやく何如璋(か じょしょう)が初代駐日公使として赴任した。
この間、日清間に種々の問題も発生し、多数の華僑が神戸や横浜に移住してきたのに、清国は公使を派遣して来なかった。日本を小国として軽視していた証拠である。以来、明治27年8月(日清戦争勃発)まで約17年間に6人の公使が着任した。
これらの駐日公使はほとんど学者で儒学の素養がふかく、また随員にも沢山の学者、文人がいて、日本の漢学者、漢詩人と親しく交わり尊敬されていた。しかし、第二代公使の黎庶昌の外は、ほとんどが帰国して後、反日論、攻日論を唱えている。
◎反日論、攻日論の理由は・・
- ① 日本は取るに足らない小さな島国で、人口も少なく体格も劣り、軍備も不充分である。
- ② さらに国内は不安定で、議会では政府と民党が激しく抗争をくり返し、政治は混乱して反乱事件も起きている。
- ③ 文物制度すべて上国(自国の尊称、清国のこと)の模倣で、いわば文化的従属国にすぎない。
- ④ 使用する文字はもとより、風俗習慣に至るまで一つとして上国(中国)に起源を有しないものはない。
- ⑤ このように数千年来、上国(中国)に学びながら、現在の政府に至り急に洋夷(西洋化)の風を尊び中国の恩に背こうとしている。
よろしく事に托して師(戦争)を起こし、一挙に征(征服)してその罪を懲すべきである。わがままな子供に罰を与えることは慈父の務めである、というのである。これらの攻日論、東征論は清国宮廷の大勢の意見であった。
清国のこの傲慢な態度に堪忍袋の緒を切った福沢諭吉は『今後、清国、朝鮮の悪友とは絶交する』との有名な「脱亜論」を時事新報社説(1885年(明治18年)3月16日)で発表して、日清戦争の開戦を支持した。その主張に全面的に賛成した英国紙「ノース・チャイナ・ヘラルド」の記事は
ヨーロッパ、日本から見た『近代化』を拒否した遅れた中国政治システムと軍備増強、農奴の状態で搾取と支配維持をしていた清国皇帝政治を厳しく批判している。
①中国は世界最大の国の1つだが、不幸なことに,きわめて尊大な国民なため,西洋諸国との賢明な関係を持つことを拒否している。
②何千年もの間、中国人はほとんど、あるいは全く知的進歩をとげておらず.「たくさんの魂のない自動人形」のように暮らして,世界を知らずにぼんやりと過ごしている。
③中国の慢性的な保守主義は、戦争で負けるまでは直らない。
④中国は長年にわたり「軍艦や鉄砲,水雷」の製造に莫大な金を費やしている。
⑥地方行政の失政,おそまつでみすぼらしい道路,財政制度に見られるきわめて不適当な財政上の原則.未発達な貨幣制度-中国の内政は最悪の状態にある。
⑦中国に今必要なものは要塞や銃ではなく,政治上.行政上の改革だ。が、そのような博愛主義の計画が少しでも考慮されていない。
130年たった現在の中国共産党一党独裁・習近平体制も自己改革できていないのが、「中国の悲劇」であり、新たな『黄禍論』であることが、この記事を読むとよくわかる。
習近平共産党指導部は議会制、政治の民主化を拒否している世界で数少ない独裁国家であり、人民が稼いだGDPの多くを共産党幹部と国営企業のトップが不正利得として蓄財している腐敗体制で、人民のインターネットからの批判、世界の知識へのアクセスを拒否し、人権弾圧を繰り返している古代の中国歴代王朝とかわりはない。
もし2049年に『中国の夢』が実現したならば、それはまさしく『世界の悪夢』となるであろう。
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