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『「申報」からみた「日中韓150年戦争史」(75)『(旅順要塞敗北など連戦連敗の清国軍の敗因について)兵を語る』

      2015/01/01

  

 

◎『「申報」からみた「日中韓150年戦争史」

日中韓のパーセプションギャップの研究』75

 

 

 

以下の記事を読むと、中華思想、中国人の思考形式のワンパターンぶりが示されている。

中国のお家元「インテリジェンス」の教科書の「孫子の兵法」の第一条を全く知らないことには驚く。

 

『戦争の古典である』孫子の兵法では「敵を知り、己をしらば百戦百勝」逆に、「敵を知らず、己を知らざれば百戦百敗」とある。

中国は「敵(日本は国土、人口、資源も10分の1以下の小国、日本人も小さな人間と侮っていた)をしらず、己を知らず(中国の尊大な中華思想・事大主義の張り子のトラ

の実態)で「連戦連敗」しただけのことである。

日本は幕末に西欧列強のアジア侵略に対して、西欧の近代科学、兵器、技術を目の当たりにして、このままでは戦争すればやぶれ、植民地にされるという危機感から、鎖国を解いて、西欧の学問、科学技術をはじめ、政治、経済、文化、思想、システムをあらゆるものを導入して、封建体制から、近代国家に脱皮した。

中国は反対にあくまでも「中華が世界の中心であり」「中華思想が西欧にも勝り優れている」という封建鎖国思想、皇帝政治から脱皮できなかった。中国の華攘序列から脱した日本は中華に歯向かう国と、敵意を示して、中韓と日本は敵対関係に入る。

陸軍に関しては、日本は「徴兵制(国民皆兵)」(明治6年)の導入で、国民国家を創設し、国民軍ができた。ドイツの陸軍に近代軍政を学び、メッケル少佐をドイツ陸軍からまねいて、陸軍大学教官にして、陸軍大演習を各地で実施して、参謀本部の将校、指揮官の軍事訓練を積んだのである。

一方、中国の軍隊は国民軍ではなく、土族、野盗、馬賊の私兵であり、戦争になるとにわかに農民や土民をかり集めただけの封建的な烏合の衆の兵士なのである。だから日清戦争の各地の決戦では、戦わずに大将共々,城をおいていち早く逃げ出すケースが続出した。

元々、「ドイツのモルトケ参謀総長(近代の孫子といってよい)に弟子入りして学んだ」川上操参謀本部次長は戦前から「清国などは全く敵ではない」と豪語していたこの言葉通り。戦争では川上が幕僚長となって全軍を指揮、もくろみ通リの連戦連勝となる。川上こそ「孫子の兵法」の実践者なのであった。

 

それと、この記事を読んで、もう1つ指摘である清国軍の腐敗、ピンハネ、汚職体質は1千年続く中国人の遺伝体質そのものといってもいい。今も習近平国家主席が「さかんに汚職一掃、腐敗追放のキャンペーン」をやっているが、中国共産党、党員、指導層の汚職体質は共産党一党独裁体制の崩壊なくしては根絶でできないものなのだ。

 

そういう面で、中国はいまだに「封建国家」を脱皮できておらず、現代の情報技術のインターネットを国民から封鎖している「情報隠ぺい鎖国国家」なので、120年前の日清戦争の敗北から何も学んでいないといえよう。中国の世界経済覇権の夢などは幻なのである。

 

 

 

1894(明治27)123日光緒20年甲午117『申報』


『(旅順要塞の敗北など連戦連敗の清国軍の敗因)兵を語る』

 

 

中国は10倍の国土,100万の大軍を有しながらみすみす小さな島国日本に敗北を続ながら,良策や奇策の1つもめぐらせて勝利をもたらすことができないのだろうか。

戦場にもそうそうたる精鋭が野をうずめておりながら,干支交わる中,身命を賭して敵を破る者はいないのだろうか。確かに古来より国の大小や軍勢の数の多少で軍の強弱や戦争の勝敗が決まるということはない。

 

しかし,今回ほど成否巧拙の差が歴然としていたことはなかった。戦争が始まって以来1000余万の戦費が調達され,1余万の大軍が動員されてきた。費用が不足したわけでもなく.兵が少ないわけでもないのに.数か月の間日本軍は着実に前進し,中国軍はひたすら後退を続け,要害の地を守れずはすべて遺棄されているありさまだ。天子におかれても憂慮のご様子だが,軍から勝利の知らせはない。人心は動揺し,状況は危機的だ。

 

勝敗は確かに兵家の常だが勝つからには必ず勝つ理由があり.負けたなら必ずその敗北の原因があるはずだ。

その理由がわかれば敗者はいっまでも敗者たるに甘んぜずに済み,勝者もそのまま勝者たるに安住することはできなくなる。世間の人々にいろいろその敗因を聞いてみてもはっきりしないが.私には原因はいくつかあるように思う。

 

まず第1に上官の部下に対する扱いが悪く手柄への恩賞にも乏しかったことがある。将が兵に対して忠義をもって励まし,恩義や信頼で結ばれて初めてその死力を引き出すことができる。今や兵を率いる上官たちはほとんど軍糧のビンバネに専念し.5両渡すべきところを2両半,4両を3両にといった状態だ。これは平時からすでに習いて風となり,改まることがなかった。

 

現在に至り沿界の辺地で戦乱が生じたが.このような時こそ憂国の士の活躍が求められ,そのため特に必要なのは恩賞によって結びつきを強めることなのに.指揮官らはなおも同じ轍を踏んでいる。

恩を下の者に及ぼすことを知らなければ.戦場で懸賞を重くして士気を高めることもしない。兵が闘志なく気を散らせて,敵の声を聞くとひるみ,形勢を見て靡(なび)くのは主にこのためだ。昔から名将というものは小さな手柄でも必ず恩賞を与えた。

 

そうすれば大きな手柄を立てたらどうなるかという期待がふくらみ,兵士たちは必死になって働き,ひるむ者などいなくなるからだ。

古来「賞するに時をこえず」という言葉がある。つまり恩賞は些細な功でも与えるということだけでなく早急に施すことも重要なのだ。

恩賞が遅れてのびのびになれば,人の心も日和見的になるからだ。また賞が過分であることも大切で,予想外の賞を得れば人は皆感激するものだ。公平であればその基準が明確になり,だれもが納得する。

 

 

さらに信用があれば人は偽らずに全力を尽くすものだ。兵書「三略」を見ても礼賞を重くし,それによっていかに英雄豪傑を存分に使いこなすかが詳しく説かれている。確かに手柄を立てながら放置されている者に対しては,聖賢でも名将でもそこから必死の働きを得ることはできない。

 

恩賞を与えなかった者に再度の活躍を期待するのは慈父と子の間でも無理であり.軍隊での将と兵の関係ならなおさらのこと不可能だろう。

したがって手柄がありながら賞を与えないことと,恩賞は出したがそれが迅速過分.公平,信用を欠くというのは将の忌避するところだ。またさらに肝心なのは恩賞を乱発しないことだ。乱発されるともらう方もありがたみがなく.貪欲な者の射倖心をあおることになり,限りある財源ではとても耐えられない。その浪費の害は甚だしく.不満も出よう。

 

したがって手柄があれば千金でも惜しまずに与え.功績がなければなにも与えないようにして恩賞を明確にすれば,人は進んで力を尽くし,どんな危険にも立ち向かうだろう。今世間では賞の乱発を問題にせず,その不十分.遅延,不公平.不信ばかりを心配しているうだ。

兵を率いる将官が自己を犠牲にして人の利益を図り,士卒のことを優先して自分のことを後回しにする精神を持てば,敗北転じて勝利となすだろう。

 

敗北の第2の原因は将が戦争に不慣れで,臨機応変の指揮ができないことだ。先日天津から来た手紙によると.「日本の用兵は常に小隊を先行させ.わが軍がその軍勢の規模を把擾する間もなく全力で戦い,疲れたところを見て初めて大隊が出てくる。

 

その大隊も戦場で皆隊を分散させ,多くて200300人.少なくて100人程度となって互いに前後に連携しつつ,勝てば疾風怒涛のごとく突進し.負ければ旗を乱して退却する。そのとき一方を追撃すれば他方を見逃すといった状態で,日本軍はその詭計をほしいままにしている。

 

 

さらに隊伍が分散しているため,中国側は銃砲で掃射しにくく.殺傷できる人数もたいしたことはない。鴨緑江を渡ってから後着実に前進し,その鋭鋒あたるべからざる勢いなのは皆このためだ」とある。

 

日本軍が分散してわが軍を包囲攻撃したことと,中国の将官が戦争に不慣れで戦場で適切な指揮ができなかったのが敗因だ。そもそも軍を動かすについては,円陣になったり方陣になったり.相手をやり過ごしたり出撃したり.進軍したり停止したり,分散したり結合したりを自在に行い,敵がどのように攻めてくるか,またこちらがそれにどう対応するかを見きわめ.将帥の軍令がひとたび下りるや敵の意表をつき勝利を収めることが肝要なのだ。現在,兵を分散して敵を包囲攻撃するのは珍しいことではない。

 

 

にもかかわらず中国は依然として兵を集中して敵に当たるだけ,旧法を墨守するだけで応用がきかない。そのため常に日本軍に翻弄され,手も足も出ない。分散集中を併用し,おとりの兵を使って敵の目をくらまし.また遊撃隊によってこれを誘導し,精鋭で側面から攻撃したり不意打ちをくらわせるなどして相手の前後左右の連携を断ち.その力を封じてしまえば一撃で勝利を得ることは必至だ。

 

用兵の道というものは千変万化,軽々しく語れるものではない。

 

中国では古来兵を論じた書物は非常に多い。どれも皆机上の空論ではあるが,実際に役立つこともないわけではない。兵を語るについてよく言われるのが.戦の定石をまねする必要はないということだ。

 

つまり,唐の張巡.末の岳飛の武勲は歴史上有名だが.彼らは定石など意識せずに戦をしながら定石の道理にはずれるようなこともなかった。しかし岳飛らの諸人は天分に秀で心が霊妙だったので,自らの一心に用兵の妙を存し.勝機をつかむことができたのだ。

 

これを常人にあてはめるべきではない。今日兵を率いる将帥は敵に当たる戦法を追求すべきだ。人を制するも人に制せられることがないようにすれば,敗北を勝利に変えることができよう。

 

以上がその第2点である。

 

戦場に臨んで戦意が動揺し,持久戦に耐えられないのがわが軍の致命的な欠陥だ。仮にも将たるものは沈着にして忍耐強く,百戦してもくじけぬ気力を持たねばならない。これもまた敗北を勝利に変える要因である。

 

軍の装備,武器の面で敵に劣っていたことも敗因には達いないが,すぐれた人物を将帥として育て,兵士たちが率先して軍令に従うようになれば.どんなに武器が貧張でも負けることはない。そうなれば日本など取るに足らないのだ。

 

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